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バニラアイスー祥太郎と風花ー(インフルエンザ裏側の話)
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あの日、玄関を開けたら、そこに吉野さんがグッタリと座り込んでいた。
「吉野さん!? 大丈夫?」
声をかけ、顔を覗き込んだら震えながら泣いていた。
触れた体温は、平熱よりも大分熱くて、これはもう絶対インフルエンザになっちゃったんだなと確信した。
今日一日、吉野さんに涼真の世話をお願いしてしまった俺のせいでもある。
涼真に一番近い存在なのは吉野さんなのは、わかっていたのに……。
「吉野さん、立てる?」
声をかけてもグッタリした様子に、思い切って抱きかかえた。
腕の中で震え、息づかいも荒い、目尻からは時折涙が零れる。
よっぽど体がしんどいのだろう。
「ごめんね、勝手に開けるけどいい?」
返事はないけど、吉野さんの部屋を開けた。
吉野さんが住むようになってから、この部屋を開けたことがない。
久々に開けた先には、昔洸太朗が使っていた時のむさくるしい臭いやおもかげもなく。
あの頃と同じなのは机と棚くらいなのに、まるで違っていた。
花みたいないい匂いと清潔な空間、女の子の部屋になっていた。
机の上には、小さなコップと一輪のピンクのガーベラ。
ブックエンドに並べられた本は料理の本や童話、棚にはウサギのファミリーみたいな、小さいドールハウス、どれも吉野さんらしいチョイスだなと思った。
「ちょっと待ってて、すぐ布団敷くから」
壁にもたれかけさせて、畳んであった布団を敷き。
「吉野さん、用意できたよ! 布団入ろうか、少し寝ないと」
そう声をかけたら、ぐったりしながらも頷いて。
「え!? 吉野さん?」
突然上着を脱ぎ、白いワイシャツのボタンを上から一つ一つはずし始める。
「う、ちょっと待って、桃ちゃんか美咲帰ってくるまでは、そのままでいいから! あとで、パジャマに着替えさせるから、待って!!」
上から三つ目のボタンを解いたあたりで、チラリと見えた白い胸元から目を逸らし、彼女を布団に寝かせ布団で包みあげる。
見てない、ちゃんとは見てないから!!
「あとでお粥とか買ってくるけど。他、何か欲しいものない?」
目をつぶったまま、弱々しく首を横に振る吉野さんの額に触れると、布団の中から出てきた冷たい手が、俺の手をキュッと握る。
「……」
「ん?」
何か言ったような気がして、耳を近づけた。
「行かないで……」
「え?」
「どこにも行かないで、……祥太朗さん……」
え? 俺!?
驚く俺の手を引き寄せ、両手で握りしめる。
カタカタ震えて、それでも必死に縋りつくような細い手を解けない。
「いるよ、ここに」
安心させるように声をかけたら、頬が少しゆるんで、コクコクと頷く吉野さん。
……、なんか、こう普段こんな風に甘えることなんて絶対になくて、新鮮というか……、可愛いというか……。
「買い物、洸太朗に頼むよ。なんか欲しいものある?」
「アイス……」
「え? 寒くない?」
「喉痛い、アイス食べたい……、食べたいよお……」
顔をゆがませてポロポロ子供みたいに泣き出した吉野さん。
「わかった、アイスね? バニラ?」
「うん、バニラ」
ニヘラと歯を出して、目を瞑ったまま力のこもらない笑顔を作る。
「お粥は?」
「たまごがゆに、海苔の佃煮入れて」
「美味しいの? それ」
「わかんない……、美味しいかなあ?」
多分、熱に浮かされてわけわかんないこと言っちゃってるんだろうな。
開いている手で、洸太朗に買い物リストを送信する。
「祥太朗さん、あのね」
「はい?」
「祥太朗さんの手、あったかくて好き」
「へ?」
握っていた俺の手を自分の顔に近づけた吉野さんは、嬉しそうに笑って。
俺の手にキスをした。
好きなのは、俺の手であって、彼女は熱にうなされているだけ。
いつもの吉野さんじゃない。
わかっているのに。
「祥太朗さん……」
「ん?」
「ここにいてね」
「いるよ、ちゃんと」
「よかったあ……」
俺の返事を聞き、にっこりうれしそうに微笑んで、それきり彼女は安心したように眠りに落ちた。
眠りに落ちながらも、しっかりと俺の手を恋人つなぎで握りしめたままだ。
ちょっとこれはマズイ。
心臓が、ヤバイことになってる。
好きとか、吉野さんに言われたら困るんだ。
いつも、誰かのために頑張ってて、俺が困っている時もすぐに声をかけてくれる人で。
自分が騙されても相手のことを思いやるような、優しい人だ。
いつからだっけ……?
美咲と勇気のことがある前からか?
彼女のことが、気になってなかった、と言えば嘘になる。
だからこそ、意識して気にしないように、していた。
だって家族なんだから、そう思いこもうとしていたのに。
こういうのは、本当にちょっとマズイ。
止まらなくなりそうで困るんだ……。
想いをはぐらかすように手を引こうとしても、逃がしてはくれない彼女の無邪気な寝顔に、苦笑した。
「バニラアイス……」
「あるよ、ちゃんと買ってあるから」
数時間後、少し熱が下がった彼女はアイスを欲した。
まだ眠いのだろう、目をつぶったまま布団の上に座り、たどたどしくアイスを掬おうとしているのを危なっかしくて見ていられず、スプーンを奪い取り食べさせる。
あーんと開いた小さな口に、少し多めにアイスを落とすと、美味しいと口角をあげた彼女の唇の端から、熱で溶けたアイスが垂れた。
首筋までトロリと流れていきそうなアイスを指で撫で止めようとして、とめた。
ためらいながら、唇で堰き止める。
少しだけ当たった、柔らかな唇の感触に気づき、すぐに離れた。
なにも気付いていない、吉野さんはまた口を開ける。
「バニラアイス、めっちゃ甘いね」
「うん、おいしい」
側にいたいって思ったのは、俺の方だった。
嬉しそうにトロンと笑う彼女は、俺が味わったアイスの意味を知らない。
バニラアイス-祥太朗と風花-
最後までお読み下さり、ありがとうございました!!
佐々森りろ先生より、「今宵、月あかりの下で」に素敵なイラストをいただいております!!
りろさん、ありがとうございます!
「吉野さん!? 大丈夫?」
声をかけ、顔を覗き込んだら震えながら泣いていた。
触れた体温は、平熱よりも大分熱くて、これはもう絶対インフルエンザになっちゃったんだなと確信した。
今日一日、吉野さんに涼真の世話をお願いしてしまった俺のせいでもある。
涼真に一番近い存在なのは吉野さんなのは、わかっていたのに……。
「吉野さん、立てる?」
声をかけてもグッタリした様子に、思い切って抱きかかえた。
腕の中で震え、息づかいも荒い、目尻からは時折涙が零れる。
よっぽど体がしんどいのだろう。
「ごめんね、勝手に開けるけどいい?」
返事はないけど、吉野さんの部屋を開けた。
吉野さんが住むようになってから、この部屋を開けたことがない。
久々に開けた先には、昔洸太朗が使っていた時のむさくるしい臭いやおもかげもなく。
あの頃と同じなのは机と棚くらいなのに、まるで違っていた。
花みたいないい匂いと清潔な空間、女の子の部屋になっていた。
机の上には、小さなコップと一輪のピンクのガーベラ。
ブックエンドに並べられた本は料理の本や童話、棚にはウサギのファミリーみたいな、小さいドールハウス、どれも吉野さんらしいチョイスだなと思った。
「ちょっと待ってて、すぐ布団敷くから」
壁にもたれかけさせて、畳んであった布団を敷き。
「吉野さん、用意できたよ! 布団入ろうか、少し寝ないと」
そう声をかけたら、ぐったりしながらも頷いて。
「え!? 吉野さん?」
突然上着を脱ぎ、白いワイシャツのボタンを上から一つ一つはずし始める。
「う、ちょっと待って、桃ちゃんか美咲帰ってくるまでは、そのままでいいから! あとで、パジャマに着替えさせるから、待って!!」
上から三つ目のボタンを解いたあたりで、チラリと見えた白い胸元から目を逸らし、彼女を布団に寝かせ布団で包みあげる。
見てない、ちゃんとは見てないから!!
「あとでお粥とか買ってくるけど。他、何か欲しいものない?」
目をつぶったまま、弱々しく首を横に振る吉野さんの額に触れると、布団の中から出てきた冷たい手が、俺の手をキュッと握る。
「……」
「ん?」
何か言ったような気がして、耳を近づけた。
「行かないで……」
「え?」
「どこにも行かないで、……祥太朗さん……」
え? 俺!?
驚く俺の手を引き寄せ、両手で握りしめる。
カタカタ震えて、それでも必死に縋りつくような細い手を解けない。
「いるよ、ここに」
安心させるように声をかけたら、頬が少しゆるんで、コクコクと頷く吉野さん。
……、なんか、こう普段こんな風に甘えることなんて絶対になくて、新鮮というか……、可愛いというか……。
「買い物、洸太朗に頼むよ。なんか欲しいものある?」
「アイス……」
「え? 寒くない?」
「喉痛い、アイス食べたい……、食べたいよお……」
顔をゆがませてポロポロ子供みたいに泣き出した吉野さん。
「わかった、アイスね? バニラ?」
「うん、バニラ」
ニヘラと歯を出して、目を瞑ったまま力のこもらない笑顔を作る。
「お粥は?」
「たまごがゆに、海苔の佃煮入れて」
「美味しいの? それ」
「わかんない……、美味しいかなあ?」
多分、熱に浮かされてわけわかんないこと言っちゃってるんだろうな。
開いている手で、洸太朗に買い物リストを送信する。
「祥太朗さん、あのね」
「はい?」
「祥太朗さんの手、あったかくて好き」
「へ?」
握っていた俺の手を自分の顔に近づけた吉野さんは、嬉しそうに笑って。
俺の手にキスをした。
好きなのは、俺の手であって、彼女は熱にうなされているだけ。
いつもの吉野さんじゃない。
わかっているのに。
「祥太朗さん……」
「ん?」
「ここにいてね」
「いるよ、ちゃんと」
「よかったあ……」
俺の返事を聞き、にっこりうれしそうに微笑んで、それきり彼女は安心したように眠りに落ちた。
眠りに落ちながらも、しっかりと俺の手を恋人つなぎで握りしめたままだ。
ちょっとこれはマズイ。
心臓が、ヤバイことになってる。
好きとか、吉野さんに言われたら困るんだ。
いつも、誰かのために頑張ってて、俺が困っている時もすぐに声をかけてくれる人で。
自分が騙されても相手のことを思いやるような、優しい人だ。
いつからだっけ……?
美咲と勇気のことがある前からか?
彼女のことが、気になってなかった、と言えば嘘になる。
だからこそ、意識して気にしないように、していた。
だって家族なんだから、そう思いこもうとしていたのに。
こういうのは、本当にちょっとマズイ。
止まらなくなりそうで困るんだ……。
想いをはぐらかすように手を引こうとしても、逃がしてはくれない彼女の無邪気な寝顔に、苦笑した。
「バニラアイス……」
「あるよ、ちゃんと買ってあるから」
数時間後、少し熱が下がった彼女はアイスを欲した。
まだ眠いのだろう、目をつぶったまま布団の上に座り、たどたどしくアイスを掬おうとしているのを危なっかしくて見ていられず、スプーンを奪い取り食べさせる。
あーんと開いた小さな口に、少し多めにアイスを落とすと、美味しいと口角をあげた彼女の唇の端から、熱で溶けたアイスが垂れた。
首筋までトロリと流れていきそうなアイスを指で撫で止めようとして、とめた。
ためらいながら、唇で堰き止める。
少しだけ当たった、柔らかな唇の感触に気づき、すぐに離れた。
なにも気付いていない、吉野さんはまた口を開ける。
「バニラアイス、めっちゃ甘いね」
「うん、おいしい」
側にいたいって思ったのは、俺の方だった。
嬉しそうにトロンと笑う彼女は、俺が味わったアイスの意味を知らない。
バニラアイス-祥太朗と風花-
最後までお読み下さり、ありがとうございました!!
佐々森りろ先生より、「今宵、月あかりの下で」に素敵なイラストをいただいております!!
りろさん、ありがとうございます!
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