社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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129.Catharsis ②

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慣れないお酒をたくさん飲んだものだから、途中で気分が悪くなりトイレへと駆け込む。1度吐いたら頭も身体もスッキリして、さっきの場所に戻ってくると送別会は終盤へと差し掛かったようだ。その中で誰かが声を上げる。

「この後、二次会行く人ー!」

それは送別会の後の二次会のお誘いだった。

「はーい!」

わりと大勢の人が挙手をしており、私も帰り支度をしながら参加の為に挙手をすると、後ろから挙手していた腕ごと引っ張られる。

「お前はこっち」

吐いていた時、心配してトイレまで連れて行ってくれた松浦の仕業だった。

「や、やだ!止めてってば!まだ、飲みたいんだってば!!」

「こんな状態でまだ飲めるわけがないだろ?帰るぞ」

力任せに引っ張られ所を抗ったけれど、男の人の力には敵うわけがなかった。二次会希望のメンバーの輪を外れ、呆気なく店の外まで連れて行かれる。

「ちょっと、何するのよ?私が飲もうと飲むまいと、松浦には関係ないでしょうが!!」

強引に向かわせられた駅への道すがら、酔っ払いの私は声のトーンを落とせずに引っ張られていた腕を何とか振り払う。ただ、その時勢いよく身体ごと振り回したものだから、グラリと眩暈に襲われてしまう。そのおかげで立ちくらみ、不本意だけど松浦に身体を支えられてすんでの所で転倒を免れた。

「ほら、言わんこっちゃない」

「...ごめん」

ここまでお世話をかけてしまい、自分がいかに頼りない状態だったかを自覚する。それからは腕を引っ張られてもさして抵抗をしないまま連れていかれたけれども、ある場所にて再び吐き気を催してしまう。

「...気持ちが悪い」

引っ張られている腕を外し口元を抑える俯くと、松浦が大いに慌てていた。

「え?!マジか?おいっ、大丈夫か?」

「無理」

それには力なく答えて、顔を横に振ると口元を抑えながら見た先のある建物には肩を寄せ合うカップルが1組入っていくところだった。私は徐ろにそっちを指差して。

「...あそこで横になって休みたい」

「え?だってあそこは...お前...」

彼が戸惑うのは無理はない。そこはラブホテルの入り口だからだ。松浦は私の提案にその場から動こうとしなかったので、私は御構い無しにカップルたちが入っていったラブホテルの入り口へ誘われるようにふらふらと向かう。

「...バカ三浦!そこへ入る意味わかってるのか?」

「分かってるよ」

後ろから松浦に怒鳴られたけれど、全く無視をしてそれでも中へと進む。その時、私は藤澤さんが笑いながらも話していた意味を思い出していた。

『俺以外の男と2人きりで飲まないように』

私だって子供じゃない。
お酒を飲んで無防備になった所を付け込まれるなんてよくある事だからと彼は注意してくれていたのだって、知っている。

その忠告を頭の中で無視してホテルの部屋に入った途端、また、吐き気を催した。後から渋々入ってきた松浦がトイレで背中をさすってくれ、ある程度吐いたらすっきりする。そして、部屋の中央に鎮座する大きなベッドに端に力なく腰掛ける私に、彼はペットボトルを備え付けの冷蔵庫から取り出して渡してくれた。

「ほら、これでも飲めよ」

「ありがと...」

吐いた後の口の中が気持ち悪かったから、渡されたミネラルウォーターの水がやたら美味しかった。私はそこでようやく一息つくことができ、それでも松浦は心配してくれて隣に並んで座る。

「大丈夫か?」

「うん...」

彼が私の顔色を伺うように近付くと、ベッドが意識せずにギシリと軋む。その音で頭が変に冷静さを取り戻す。

そう、ここは普通の場所でなくラブホテル。

私は藤澤さんとこういう場所で愛し合った事はなくともここで何をするのかは当然知っている。彼に愛された綺麗な思い出は今の私には無意味で必要ない。もう、何もかもどうでもいい。

心配してくれる松浦に悪いとは思ったけれど、彼を利用して藤澤さんに愛された自分を無くしたかった。そうでないとまた微かな希望を持ち続けてしまいそうになる。

気がつくと私は半分くらい飲み終えたペットボトルをベッドのヘッドボードの隅に置き、松浦の顔を見ずに抱きついていた。

「な、何するっ!?」

私の突飛な行動に松浦は私の身体を引き剥がそうと必死で腕を掴み抵抗していたけれど、それには怯まず今度は耳元で囁く。

「...ここでしかできない事がしたい、お願い」

「な?!お、お前、言っている意味分かってんのか?この酔っ払いが!!ここでしかできない事っていうのはだな...」

いつも毒舌な松浦が珍しく狼狽して言葉を濁している。そんな彼の態度は非常に珍しかったが、こちらも折れるわけにはいかず必死だ。早くと焦れるように再び強く彼にしがみついた。

「...松浦とならいい。それに、私、初めてじゃないから何も気にしなくていいよ」

「......」

私の誘い文句に彼の抵抗する手がピタリと止まる。どんな表情かは定かではなかったけれども、何やら考えているみたいで。そのあと大きくため息のような息を吐いたかと思うと、ベッドの中央に2人の身体が縺れたまま倒れこんでいた。

「あ...」

背中がベッドに沈むと吐息なのような声が漏れる。彼は優しく私の腕を解き、私に覆いかぶさらんとした体勢でいつの間にか私を見下ろしていた。

「本当に良いんだな?」

私に問う松浦の顔は真剣そのもので、初めてみる男の人の表情。視線は私の心のうちを射抜くような鋭いもので、その熱い眼差しに黙って頷くと松浦の身体の重みが私の身体に加わる。

それは藤澤さんと抱き合った時とは全く異なる重みで、抱きしめられても何も感じなかった。
そして、私の視線は虚ろなまま、天井にある鏡に映る男女を見つめていた。


これから始まる行為セックスは、まるで他人事。
ただ、ズタズタに傷ついて藤澤さんに関する何もかもを忘れたかった。

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