社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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【spin-off】bittersweet first love

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「帰りラーメン食べていかね?」

いつもの放課後、卒業を残したのみ俺たちは受験も部活も関係ないからはっきり言って暇だ。特に田山は先日の文化祭で彼女を作り損ねたらしく、最近は放課後になるとやたらと誘ってくる。俺は帰り支度をしつつ、いつもいるはずの吉岡の行方を探した。

「吉岡も?」

「...いや、今日はユメちゃんとデェトだとさ」

『デェト』と苦々しく答える田山は吉岡にも既に同じように誘って断られたらしい。なるほどと理解すると、頼みの綱と両手で俺を拝んでいた。要するに残るは俺のみという事だが。

「藤澤君は大丈夫だよね?暇だよね?ね?」

今日は1人でラーメンは食べたくないとばかりに必死で田山は訴えてくるが、そこは顔色を変えることなくバッサリ。

「無理。俺もと待ち合わせがある」

相手にする時間が惜しいとさっさと帰り支度を終え、リュックを片手に席から離れようとすると尚も追い縋って来た。

「ひどっ!!こんな日に俺を一人ぼっちにするなんて。誰のおかげで彼女持ちになれたのさ。クリスマスイブに1人にされる俺の身になれよ」

その言い草に余計なお世話だとつい舌打ち。それなのに感謝しろという田山が面倒くさくなった俺は渋々、、、。

「...ついてくるのは駅までだからな」

彼女に会いたいという彼を念押しして駅まで来るのを許してしまった。そして、テンション高めで歩く田山に対し、俺の方はテンション低めで待ち合わせの駅へと向かう。

今はクリスマスシーズン。あの文化祭から2ヶ月経っており、途中の道すがらあの日の出来事をふと思い出す。

※※※


「ん?」「え?」


お互い素っ頓狂な声をあげ、磁石の反発のごとくその場からあとずさり、行為キスの余韻の残る口元を左手で隠した。

...今、何をしたっ!??

自分のした行為キスを反芻しながら高澤を見ると彼女も俺と同じように口元を隠し、目を真ん丸くしている。それはそうだろう。事もあろうか、付き合ってもいない俺と一瞬でもキスをしてしまったのだから。ましてここは海外でもなく日本だ。軽いキスが挨拶になる習慣なんて彼女にあるわけがないし、帰国子女のこの俺でさえ、唇を合わせるようなキスは挨拶だなんて思っていなかった。それに高澤を『守ってあげたくなるほど可愛い』と心から感じた上でのもので、彼女を異性として好感を持っているからこその行為キスをした。いや、してしまった。

...落ち着け、俺。

あくまでも平静を装い、この状況を好転させるべく脳細胞をフル活用して彼女にかける言葉を必死に絞りだそうとしたものの、残念ながらなかなか言葉にならず。お互いに探るように相手の出方を待っている時間が過ぎ、先に言葉を発したのは高澤の方だった。

「あ、あのね...」

「...うん?」

何を言われるのか、ピクリと全身が硬直する。固唾を飲んで待つこと、数分。頭の中で浮かんだ言葉をどんな言葉よりも予想がつかなかった言葉をかけられた。

「...今日は、この後、時間ある?」

「..................................................!?」


妙な間が空き、「時間?!」と彼女の言葉を狼狽えながら復唱してしまうと、クスッと小さく笑われた。

「そう、時間。今日は文化祭の初日で片付けがないから、ちょっと藤澤に話があるけど迷惑?」

俺が狼狽えたことに余程可笑しかったらしく、彼女は本気で笑い始めた。俺もその笑顔につられてや口元を緩めてしまうと、さっきまでの気まず雰囲気が一気に消し飛ぶ。ただ、俺との行為キスに対して一言もなく華麗にスルーされたのは気になったが、変なを聞いて以前のように無視されるよりマシと、何も考えずに待ち合わせの約束をした。

この時の俺は何故会いたい言ってくれたのかとは微塵も思わず、俺に対し少なからず好意を持ってくれているのだろうと前向きなことしか考えられなかった。

...高澤とになりたいわけじゃ...ない。

彼女と会った時に何を言おうかと田山たちと合流した後も頭から離れず、文化祭が終わる頃には心地の良い高揚感が生まれていた。

以前より彼女に近づきたいし、いつでも近くにいられる存在でありたい。

初めて芽生えた微かな恋心。それを自覚しつつ、田山たちと別れ、待ち合わせた駅へと足早に向かう。すると、高澤を見かけ声をかける前に急ぎ足が自然と止まる。見慣れないもう1人の女生徒が彼女と一緒にいたからだ。

...誰だっけ?

探るように歩調がゆっくりになり、彼女たちの前に立つとようやくその子の名前を思い出す。

...確か、倉科?...だったよな。

「え...と...」

戸惑いを隠せず口元を左手で押さえ、2人の様子眺めると倉科は顔を赤らめ、待ち合わせの約束した高澤はその子の後ろで何やら促している。俺が話したいのは高澤だと思いながらもなかなか何かを言い出せない倉科を見ていたら、ある既視感を覚えた。




「...私、ずっと、藤澤君が好きだったの」



高澤ではない女性から似た台詞を言われたことは何度もあったが、心が揺り動かされる事は今まで一度もなかった。だが、今回の告白には先ほどの心地よい高揚感がサーっと冷めるくらい心がゆり動く。それと同時に高澤の気持ちを瞬時に読み取ってしまった俺が、冷たくなった気持ちのまま倉科の告白を受け入れるのは容易かった。





「...いいよ、俺でよければ付き合おう」


気がつくと感情のない声で、普段なら絶対に言わない言葉を倉科に伝える。どうやら心の奥底で微かに芽生え始めた恋心モノが、くだけ散るには時間はさほどかからないらしい。
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