社内恋愛はじめました。

柊 いつき

文字の大きさ
182 / 199
【spin-off】bittersweet first love

22

しおりを挟む
電車に乗るとますます雨が激しくなり、幸いに座れた座席でも手を離せずにいた。俺はなかなか止みそうにない雨音を窓ガラス越しに聞き、高澤の様子を伺う。

「雨、止みそうにないからウチに来るか?ほら、ここからだと近いし」

思いつく言葉をひたすら言い訳のように並べ、なんて誘い方だと自分自身に呆れる。それだから無意識に照れ隠しさながら前髪をかきあげると、左肩に軽く重みを感じた。それは高澤の頭が寄りかかったせい。

「...うん」

そんな下手くそな誘いにもかかわらず、彼女は誘いに応じてくれた。すると、どういうワケかそんな状況なんていくらでも経験しているはずなのに、じんわりと手のひらに汗をかくくらい、緊張してきた。決して下心がないわけじゃないが、それ以上に大事なことを伝えたかったからだ。彼女と一緒にいられる時間は限られており、あと僅かしかない。

うちの最寄り駅に着いても、まだ、降り止まない雨。駅のコンビニでビニール傘を買い、一つの傘の中で身を寄せ合うように自宅へとたどり着いた。玄関先で高澤に先に入るように促すと、少し躊躇いがちに入って行く。そして、俺も続くと玄関のドアが閉まり、先ほどまで激しく降り続いていた雨の音がドアで少し遮断され、小さくなった気がした。

...静か、だな。

そのおかげで自分の心臓の音がものすごくうるさく感じる。高澤にもそれが伝わってしまいやしないかと、暗がりの中、手探りで明かりの電源を探す。

「電気は、、と。....ん?」

伸ばした腕が、制するように触れられる。それは高澤の意思だった。

「どうかしたか?」

「...電気つけないで」

「なんで?」

「今、藤澤に顔を見られると恥ずかしい。多分、真っ赤だと思う、から」

その言葉で、高澤も俺のことを男として意識してくれているんだと分かり、口元が緩む。幸い、この暗がりでこちらの顔も見られないので助かったが、きっと見られたら同じ気持ちだとバレてしまうだろう。だが、今はそんなのどうでも良かった。

「...だったら、こうすれば高澤の顔は俺には見えない」

暗がりだろうとも、多少は目が効く俺は彼女の身体を強引に引き寄せた。

「あ...」

俺の思いもよらない行動に彼女は身動きもできなかったのだろう、すっぽりと俺の腕の中に収まる。彼女の頭を抱きかかえる形になってしまったが、顔が見えないのは今度は好都合だった。俺だって、こんな時どんな顔しているか自分でも想像つかない。いつものポーカーフェイスなんてとっくに出来なかっただろうと思うから。


「...なあ、今からやり直していいか?」

「何を...?」

高澤が不思議がるのは無理がなかった。でも、今、きちんと話さないと彼女とはもうこれっきりのような気がして、ずっと不安だった。

「俺、あの時からずっと後悔してた。あの文化祭の日から」

「...なに、を?」

高澤の声がいささか震えて聞こえたが、俺は構わず続ける。  

「倉科と付き合うって言ったこと。俺はあの時より前から高澤がずっと好きだったんだと思う。それなのにあの時は意地をはって、ごめん」

「...」

彼女は何も言ってはくれなかった。やっぱり、今更感が否めないのだろうなと自己解釈したが、俺は彼女にちゃんと伝えたかった。


「...今も君の事が好きだ。あの日からやり直させてほしい。もちろん、倉科の事はちゃんと決着つける。だから、俺と」

言いかけると、暖かい手の感触に頬が包まれる。そのまま、グイッと前屈みに促され、唇が柔らかく塞がれた。ほんの一瞬の出来事に俺は棒立ちになってしまったが、高澤の顔が小さく笑ったのが見える。

「藤澤のバーカ。遅いよ、今更...」

「本当に、今更か?」

でも、その微笑みは続いているから、俺だって往生際も悪くなる。彼女の頬に手を伸ばし、コツンと額同志をくつけると彼女の表情は明確だ。すると、彼女はとてもバツ悪そうにして俺から目を逸らしつつも。

「私だって今でも藤澤のこと、好きだよ」

「...なら、お互い様だ」

きっと真っ赤になっているであろう、彼女の唇をこちらが塞ぐのは容易だった。



その夜、人生で初めての昂揚感を味わう。

それはいつものように淡々とした行為によってではない、愛や恋を伴うものによって。

自分の腕の中で喘ぐ彼女から何度も「好き」という言葉を聞き、その度に心が幾度となく揺さぶられる。

やっと高澤の心を手に入れたと思った俺は、このまま地獄に落ちたっていいと思うほど、どうしようもないくらい彼女に恋をしていた。

きっとその気持ちは以前からあったのだろうが、自分で否定していたに過ぎない。

なんて、馬鹿だったのだろう。




しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...