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【spin-off】bittersweet first love
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「藤澤さんって、どちらのご出身なんですかぁ?」
「田山たちと同じで...」
「学部はなんだったんですかぁ?」
「あー、理系で」
「京都からはいつ戻るんですかぁ?」
「....いや、まだ全然考えてなくて」
「藤澤さんって...」
先ほどまで仲の良かった田山を差し置いて質問攻めをされる。のらりくらりかわしつつも、自分の苗字を他人からうんざりするほど連呼される経験には流石に疲れた。近くにいる田山は彼女の変わり身の速さに苦笑いながら助け舟を出さずに面白がっているので、相手をするのが面倒くさくなった俺はトイレへと逃げる。
...別に悪い子じゃないけど、せっかくの就職祝いが台無し。
田山に後で文句を言ってやると、しばらくしてから店に戻ろうとすると、件の彼女にばったり出くわしてしまう。てっきりトイレかと思った俺は軽く会釈して通り過ぎようとしたのだが。
「藤澤さん」
「はい?」
呼ばれて反射的に返事をしたのがまずかった。「すみません、こっちへ」と人気がない通路に腕を引っ張られて、連れていかれる。
「...あの、これは?」
彼女に壁を背に退路を断たれたわりに、なんとも言えない微妙な気持ちになったのは、見下ろす形になってしまったせいだろうか。このシチュエーションの逆のパターンはやった事があったがされた事はないので、少し間抜け質問をしてしまった。
「...ただ、私、もう少し藤澤さんとお話がしたくって、つい」
「はあ...」
...ついって、なんだよ?
全く彼女とは別に話をしたいと思っていなかった俺は、彼女の事は受け流すつもりでいた。だから、その場を聞かなかった事にして立ち去る事にする。
「すみません、田山たちを待たせているんで先に行きますね」
「え?ちょっと待って」
さきほどよりも強く腕を取られ、腕が柔らかな感触に包まれた。意図的に彼女の胸元にギュッと押しつけられたせいだ。
「あの...本当になんですか?」
俺が嫌がっている事が分からないのだろうか?
腕は取られたままであるが、今度は強い口調で伝えると、彼女は潤む上目遣いで訴える。
「もっと、藤澤さんとお話ししたいから、このまま2人で消えません?」
「え?」
突然のことで無言になってしまったが、こういう女性からの積極的な好意はわりと嫌いじゃない。わかりやすい口説き文句に先ほどまでの嫌悪感が好奇心へとすり代わってゆくにさほど時間はかからなかった。
...なるほど、そっちね。(笑)
少しだけ戸惑う演技をしながら、腕を柔らかく振り解き、今度は逆に彼女の退路を断つために壁に追いつめる。もちろん、両腕で囲い、逃しはしない。
「...それなら、どこで2人きりになりましょうか?」
いきなり態度を変えた俺に、彼女はふふと小さく笑い、両腕を首に回した。
「静かな所がいい、かな...」
これで暗黙の了解が成立。すぐ近くにあった首筋に吸い付くと、無防備だった彼女の身体がピクリと跳ねる。腰に腕を回し逃さないように首筋から上へと唇を這わせ、最終的に美味しそうな唇をいただいた。
「...ん」
軽い口づけから、性的な意味を持つものに変化してゆくと、彼女の手が縋るように俺のシャツを掴む。頃合いを見計らい、ワンピースの腰から背中を撫でるように指先で弄り、久しぶりの行為に夢中になりかけたのだが。
...何、やってんだ?
一瞬、冷静になり、自問自答する。
大学時代、高澤との一件から誰とでも快楽に溺れていた時期もあるというのに、大学院時代、ずっと禁欲生活を過ごしてきたせいか、性に淡白になってしまっていたらしい。しかも、行為の途中でどういうわけか高澤との夜を思い出してしまい、もう、それ以上食指が動かなくなってしまう。
「...どうしたの?」
そして、腕の拘束を解かれた彼女に甘えた声で先を促されると、完璧に気持ちが萎えた。
「すみません、この後用事があるので貴方にはお付き合いできません」
いくらなんでもその気にさせておいてその場に放置なんて昔は絶対しなかったのだが、今夜は本当に無理だった。
だから、背中越しに「最低!!」と叫ばれても、振り返ることも、引き返すこともしなくて。
俺にとってあの日の夜が最高で最低だったという事を改めて思い知る。
もう吹っ切れて、忘れたと思っていたのに。
自分が思っていた以上に『初恋』に抉られた傷はまだ深いみたいだ。
「田山たちと同じで...」
「学部はなんだったんですかぁ?」
「あー、理系で」
「京都からはいつ戻るんですかぁ?」
「....いや、まだ全然考えてなくて」
「藤澤さんって...」
先ほどまで仲の良かった田山を差し置いて質問攻めをされる。のらりくらりかわしつつも、自分の苗字を他人からうんざりするほど連呼される経験には流石に疲れた。近くにいる田山は彼女の変わり身の速さに苦笑いながら助け舟を出さずに面白がっているので、相手をするのが面倒くさくなった俺はトイレへと逃げる。
...別に悪い子じゃないけど、せっかくの就職祝いが台無し。
田山に後で文句を言ってやると、しばらくしてから店に戻ろうとすると、件の彼女にばったり出くわしてしまう。てっきりトイレかと思った俺は軽く会釈して通り過ぎようとしたのだが。
「藤澤さん」
「はい?」
呼ばれて反射的に返事をしたのがまずかった。「すみません、こっちへ」と人気がない通路に腕を引っ張られて、連れていかれる。
「...あの、これは?」
彼女に壁を背に退路を断たれたわりに、なんとも言えない微妙な気持ちになったのは、見下ろす形になってしまったせいだろうか。このシチュエーションの逆のパターンはやった事があったがされた事はないので、少し間抜け質問をしてしまった。
「...ただ、私、もう少し藤澤さんとお話がしたくって、つい」
「はあ...」
...ついって、なんだよ?
全く彼女とは別に話をしたいと思っていなかった俺は、彼女の事は受け流すつもりでいた。だから、その場を聞かなかった事にして立ち去る事にする。
「すみません、田山たちを待たせているんで先に行きますね」
「え?ちょっと待って」
さきほどよりも強く腕を取られ、腕が柔らかな感触に包まれた。意図的に彼女の胸元にギュッと押しつけられたせいだ。
「あの...本当になんですか?」
俺が嫌がっている事が分からないのだろうか?
腕は取られたままであるが、今度は強い口調で伝えると、彼女は潤む上目遣いで訴える。
「もっと、藤澤さんとお話ししたいから、このまま2人で消えません?」
「え?」
突然のことで無言になってしまったが、こういう女性からの積極的な好意はわりと嫌いじゃない。わかりやすい口説き文句に先ほどまでの嫌悪感が好奇心へとすり代わってゆくにさほど時間はかからなかった。
...なるほど、そっちね。(笑)
少しだけ戸惑う演技をしながら、腕を柔らかく振り解き、今度は逆に彼女の退路を断つために壁に追いつめる。もちろん、両腕で囲い、逃しはしない。
「...それなら、どこで2人きりになりましょうか?」
いきなり態度を変えた俺に、彼女はふふと小さく笑い、両腕を首に回した。
「静かな所がいい、かな...」
これで暗黙の了解が成立。すぐ近くにあった首筋に吸い付くと、無防備だった彼女の身体がピクリと跳ねる。腰に腕を回し逃さないように首筋から上へと唇を這わせ、最終的に美味しそうな唇をいただいた。
「...ん」
軽い口づけから、性的な意味を持つものに変化してゆくと、彼女の手が縋るように俺のシャツを掴む。頃合いを見計らい、ワンピースの腰から背中を撫でるように指先で弄り、久しぶりの行為に夢中になりかけたのだが。
...何、やってんだ?
一瞬、冷静になり、自問自答する。
大学時代、高澤との一件から誰とでも快楽に溺れていた時期もあるというのに、大学院時代、ずっと禁欲生活を過ごしてきたせいか、性に淡白になってしまっていたらしい。しかも、行為の途中でどういうわけか高澤との夜を思い出してしまい、もう、それ以上食指が動かなくなってしまう。
「...どうしたの?」
そして、腕の拘束を解かれた彼女に甘えた声で先を促されると、完璧に気持ちが萎えた。
「すみません、この後用事があるので貴方にはお付き合いできません」
いくらなんでもその気にさせておいてその場に放置なんて昔は絶対しなかったのだが、今夜は本当に無理だった。
だから、背中越しに「最低!!」と叫ばれても、振り返ることも、引き返すこともしなくて。
俺にとってあの日の夜が最高で最低だったという事を改めて思い知る。
もう吹っ切れて、忘れたと思っていたのに。
自分が思っていた以上に『初恋』に抉られた傷はまだ深いみたいだ。
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