社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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4.男ともだち

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「ごめん、三浦さん。この資料、研究所の方へ返しておいてくれる?」


社に戻る早々、田山さんにお使いごとを頼まれる。

この時「はい」と普通に返事はしたものの、心臓だけが自分の意思とは関係なく、ドクッと大きく鼓動した。

会社に入社して約1カ月あまり。
あの研修の時以来、私は研究所を訪問したことは1度もなかった。

営業職は、研究所に用事がない限り向こうには出向かない。
むやみやたらと出入りすると、白衣の中でのスーツは目立つし、知り合いもいない場所で1人でいたら浮いてしまうのは目に見えている。

会社という所は自分の気持ちだけで動けない場所だった。
学生時代ならいろんな場所に出没して、気になる人の名前くらい調べることなんて簡単だったのにと、近くを通る度に思っていたのだ。


だから、研究所に堂々と訪問できる大義名分が私は喉から手が出そうになる程、欲しかった。
例え、こんな些細なお使いごとでも...。


※※※


「し、失礼します...」


お昼休憩間近に来たのにも拘らず、個人デスクが並んでいる部屋はもぬけの殻だった。
これは遠くに見える幾つかのドアの向こうのエリアに研究員が篭っている為によるもの。

それを事前に聞いていた私は勝手にそちらの中へ行くわけにはいかなかったので、仕方なく、受付カウンターの上に置いてある呼び出しを利用する。

すると、白衣の男性がドアの向こうから頭を掻きながら面倒くさそうにやってきた。
そして、私の顔を見るなり舌打ちした。

「...なんだ、三浦かよ」

「なんだとは何よ?」

失礼な態度にカチンときたから、思わず敬語を忘れる。

いくらなんでも初対面の相手だったらここまでムッとする事はないんだろうけれど、彼は日頃からよく知っていたので、つい、いつもの調子で反応してしまう。

この人を人とも思わないぞんざいな扱いをするこの研究員は、何を隠そう、私の大学時代からの友人、松浦まつうらかなめ

大学に入学してすぐの飲み会で、たまたま同じクラスメートだったので、ひょんなことから知り合いになった。

でも、俗に言う男女の関係とは程遠い関係性で。
だから、大学時代の彼の女性遍歴もわりと知っている。

それでも、付き合いがずっと続いているのは、私には男兄弟しかないから、向こうもそんな感じなのだろうと勝手に思っていた。

ただ、この会社に入社してすぐの時は、そんな彼の前でも悔しさが滲み出た。
同じ大学からはたった3人しか就職できず、同じ本社には私たち2人だけ。
右も左もままならないこの場所で知り合いがいるというのは、心強いはずなのに。

その悔しさの理由わけは、自分が入りたかったこの研究所に彼だけが研究員として配属されたことだった。

今では当時ほど悔しいとは思わないけれど、白衣姿で立っている目の前の彼を羨ましいとは思う。


そんなライバルみたいな関係の私たち。
彼は、私の唯一の男ともだち。
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