社内恋愛はじめました。

柊 いつき

文字の大きさ
32 / 199

32.社内恋愛のオキテ②

しおりを挟む
藤澤さんから見つめられることに慣れていない私は、いつも目をそらしていた。
でも、今ばかりは二人きりで、向かい合わせ。そんなことをしてしまったら、失礼極まりない。
それよりも何よりも、その視線から目を離せない自分がいる。
彼は意識せずともそれはそれは魅惑的な眼差しで、平凡な容姿の私の注意をひいてしまうのは造作もないことなのだろうけれど。

その魅惑的かつ真剣な眼差しを持つ彼から次に繰り出されるものはと、私が身構えることは当然のことだった。

「あの、こんな日にいう事ではないのですが。三浦さんにお願いがあるのです」

「はい...何でしょう...か?」

普通に聞き返したけれど、心臓は壊れそうなくらいバクバクしている。
お願いされるような事なんて、たくさん考えても1つも浮かばない。
彼が教えてくれるのをただひたすら待つしかなかった。

彼も非常に言いづらい事なのか、私から視線をそらして、ようやく。

「俺たちが付き合っていることを周りには、特に、会社...会社の人間には黙っててもらえませんか?」

...え?

意味不明とまではいかなかったけれど、その申し出には驚いて目をパチパチと瞬かせてしまう。本当にお付き合いをした当日にそんなお願いをされるだなんて思わなかったからだ。

...私と付き合っていることが知られたら、恥ずかしいとか、困るとか。

あらぬ方向、しかも悪い方でしか物事を考えられなくなっていると、さっきの言葉を彼が自ら補足する。

「俺は、結構女性社員の間では評判が悪いんですよ。その俺と三浦さんが付き合っていることが知れたら、変な噂を立てられたり、変な目で見られたりすることがあるかもしれません。俺は慣れていますが、三浦さんにはそういう目にあってほしくないんです」

私はそんな噂話とかは実際に聞いたことはなかったけれど、彼が話してくれたことにはその表情からして間違いはないのだと感じた。

そもそも誰ともお付き合いをしたことがない私には、会社の人間に話さないで欲しいという意味がよく分からなかった。
だから、今の私にとってはこんな些細なことで彼との関係がこじれることの方が大問題。そうなると、自ずと答えは出る。

「わかりました。私たちのことは絶対誰にも話しません」

私がその意思を伝えると、彼の強張っていた表情が一気に綻ぶ。

「あー、よかった。ホッとしました」

彼が漏らした言葉に、私も同じように気が緩みホッとする。

それからは、藤澤さんの好きなものがカキフライとか実は左利きではなくて両利きだったとか、普段だったら絶対に知ることのできない情報を聞いてしまって、もう今日だけで私の片想いメモは許容量めいいっぱい。

帰りも、彼の車を駐車したコインパーキングまで一緒に歩いてくれることになった。
私が冬の空を見るのが好きと話したから、車を取りに行くのをわざわざやめてくれてまで。

並んで歩く時も相変わらず私にあわせてくれる。
そんな風にのんびり歩き、二人で空を見上げると、綺麗な星空が広がっていた。
今日は特にきれいに見えるのは、隣に彼がいるから。
同じように空を見上げている藤澤さんの様子が気になってしまう。

...私と同じ気持ち、だったら嬉しいけど。

なんて夢見がちなことを男性の彼が思うわけがなく、ボソッと呟いてくれたのは星に関する質問だった。

「あの星は何の星座とかってわかりますか?」

藤澤さん、ガッツリ、理系なお人。

こういう時にこんな質問されるのって?と困っていたら、もっと詳しく星に関して質問をされた。そして、好きだというわりに私が全然答えられなくて、彼の方が詳しかったというオチがついてしまう。ええ、それには、たいそう笑われましたとも!

でも、こんな会話すら嬉しい。
会社と違う素の笑顔を私にだけ向けてくれるのだから。


今、流れ星とか見てしまったら、きっと願うことはただ1つ。

「一分でも一秒でも長く、彼とのお付き合いが続きますように」

こうして、憧れてやまない彼との秘密の社内恋愛が始まったのである。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...