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58.Encounter③
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「なんだ、無意識だったんだ。俺はてっきり分かっててやっているものだとばかり」
1人だけ事情を知っている田山さんに、藤澤さんはムッとして問う。
「だから、なんだよ?」
田山さんはそんな態度に怒りもせず、寧ろその優位性のためか嬉々として答えた。
「だってさ、名前覚えられない症候群の藤澤がその日に三浦さんの名前を覚えたんだもの。それは印象に残るよ」
...名前覚えられない症候群?
そんな病気あったかしらと首を傾げていると、指摘された藤澤さんは顔を片手で覆い項垂れている。彼には大いに心当たりがあったみたいで、そこに田山さんは駄目押しを。
「それと、年明け鎌倉で誰に会ったのかな?いつもクールを決め込んでいる藤澤が女の子連れてデレデレだったと聞けばねぇ?」
ようやく私も初めて心当たりが。点と点が繋がり線になる。
...確か吉岡さんは藤澤さんの昔からのお友達で、田山さんともお友達?
田山さんの暴露により、藤澤さんは入ってきた時の勢いはすっかり削がれ、正座したまま意気消沈。向かい合わせに座っている田山さんは軽く酔いも手伝ってかリラックスムードの漂う中、ビールを追加注文する。
「すみません、グラスビール二つ!」
そして、少し経ってから独特の曲線美を描くグラスに注がれた琥珀の鮮やかなビールが運ばれ、彼らの前に置かれた。
上機嫌の田山さんはそれはそれは美味しそうに、大口でゴクゴクと喉に流し込んでいる。それでも、藤澤さんがいつもみたいにグラスに手を伸ばさずにいたら、田山さんは気にかけた。
「飲まないの?」
「今はいい。飲みたければお前が飲めばいい」
「あっそ」
すると、さっさと1人で自分のビールを飲み終えた田山さんは帰り支度を始めていた。それは、藤澤さんにとって予想外の事みたいで。
「もう帰るのか?」
「あぁ、お邪魔虫になりたくないしね」
「...邪魔って」
そう言われた彼が意図的に私の方に顔を向けてくると、注がれた視線に耐えきれず、俯いてしまう。この後、2人きりになる事を意識してしまったせいだ。
そんな私に藤澤さんは何も言わず、代わりに帰り支度を済ませた田山さんが私に向かって話しかけてきた。
「...三浦さん。藤澤は女心に疎くて性格が捻くれている。それに頭デッカチだから何考えているのか分からない事も多いけど、宜しく頼むね。それで、もし何かあったらその時は遠慮せず俺に相談してくれて構わないからさ」
本人を目の前にしての昔からの友人からの辛辣な助言に、藤澤さんは口を全く挟むことをしない。それは彼自身、自覚していることのようだった。
私は不謹慎ながらも田山さんにバレていて、良かったと思っている。そうでなければ、こうして藤澤さんと話せる機会はないと諦めてしまっていた。
「...はい。こちらこそ至らない点がありますが、よろしくお願いします」
深々と田山さんに頭を下げると、今度は藤澤さんに向かって。
「素直だね、三浦さん。後はお前次第ってことだ。じゃ、ここの支払いは宜しく」
無言で頷く藤澤さんを他所に、田山さんは笑いながら手をひらひらさせ、襖の向こうに行ってしまう。パタンと締められた音と同時に、1番話をしていた人間がいなくなったものだから、部屋には静寂が襲ってくる。
...この後、何を話したら?それとも、すぐに帰る?
自分から口火を切る勇気はなく、何か余計な事を口走ってしまいそうになるのを必死で堪え、相手の出方を伺う。しばらく隣で黙っていた彼は、考えがまとまったのか、さっきまで田山さんが座っていた向かいの席に移動して、畏まった。
「...三浦さん、俺の話を聞いてくれませんか?」
その真剣な態度に押され、俯いたまま「はい」とだけ小さく返事をした。けれども、藤澤さんの顔を見れそうにはなく、それでも彼は続ける。私は唇を引き結び、噛み締めて話を聞いていたのだけれど...。
「先日はあんな事してすみませんでした。別に三浦さんを傷つけたくてあんな事をしたわけではなく、自分に対して腹が立って...あー、いや、そうじゃなくて...」
いつも沈着冷静な彼にしては珍しく支離滅裂なことを話し始め、途中から言葉が続かなくなってしまったのか最後にはテーブルに手をつき私に深々と頭を下げた。
「とにかく、すみませんでした!」
一通り話を聞き終えた私は、少しの間、茫然自失。
すぐに声をかける事ができなかったのは、彼の行動は自分にとっては想定外の出来事だったからだ。それよりも何よりも、あの別れ話のことを全く触れずにいてくれた事が嬉しい。藤澤さんがここに来た時からずっと別れ話を再びされる事を覚悟していたのだから。
私はテーブルに額をつけんばかりに頭を下げてくれる彼の手に自分の手を添えた。
「藤澤さん...」
声をかけると恐る恐る顔を上げ、不安げな様子で彼が私の言葉を待っているのが分かる。だからこそ勇気を出して、あの手紙が届いてからずっと聞きたかった事を尋ねた。
「私の事が嫌いになったのでしょうか?」
彼はなんと答えるのだろう?
それは神様だけが知っている。
1人だけ事情を知っている田山さんに、藤澤さんはムッとして問う。
「だから、なんだよ?」
田山さんはそんな態度に怒りもせず、寧ろその優位性のためか嬉々として答えた。
「だってさ、名前覚えられない症候群の藤澤がその日に三浦さんの名前を覚えたんだもの。それは印象に残るよ」
...名前覚えられない症候群?
そんな病気あったかしらと首を傾げていると、指摘された藤澤さんは顔を片手で覆い項垂れている。彼には大いに心当たりがあったみたいで、そこに田山さんは駄目押しを。
「それと、年明け鎌倉で誰に会ったのかな?いつもクールを決め込んでいる藤澤が女の子連れてデレデレだったと聞けばねぇ?」
ようやく私も初めて心当たりが。点と点が繋がり線になる。
...確か吉岡さんは藤澤さんの昔からのお友達で、田山さんともお友達?
田山さんの暴露により、藤澤さんは入ってきた時の勢いはすっかり削がれ、正座したまま意気消沈。向かい合わせに座っている田山さんは軽く酔いも手伝ってかリラックスムードの漂う中、ビールを追加注文する。
「すみません、グラスビール二つ!」
そして、少し経ってから独特の曲線美を描くグラスに注がれた琥珀の鮮やかなビールが運ばれ、彼らの前に置かれた。
上機嫌の田山さんはそれはそれは美味しそうに、大口でゴクゴクと喉に流し込んでいる。それでも、藤澤さんがいつもみたいにグラスに手を伸ばさずにいたら、田山さんは気にかけた。
「飲まないの?」
「今はいい。飲みたければお前が飲めばいい」
「あっそ」
すると、さっさと1人で自分のビールを飲み終えた田山さんは帰り支度を始めていた。それは、藤澤さんにとって予想外の事みたいで。
「もう帰るのか?」
「あぁ、お邪魔虫になりたくないしね」
「...邪魔って」
そう言われた彼が意図的に私の方に顔を向けてくると、注がれた視線に耐えきれず、俯いてしまう。この後、2人きりになる事を意識してしまったせいだ。
そんな私に藤澤さんは何も言わず、代わりに帰り支度を済ませた田山さんが私に向かって話しかけてきた。
「...三浦さん。藤澤は女心に疎くて性格が捻くれている。それに頭デッカチだから何考えているのか分からない事も多いけど、宜しく頼むね。それで、もし何かあったらその時は遠慮せず俺に相談してくれて構わないからさ」
本人を目の前にしての昔からの友人からの辛辣な助言に、藤澤さんは口を全く挟むことをしない。それは彼自身、自覚していることのようだった。
私は不謹慎ながらも田山さんにバレていて、良かったと思っている。そうでなければ、こうして藤澤さんと話せる機会はないと諦めてしまっていた。
「...はい。こちらこそ至らない点がありますが、よろしくお願いします」
深々と田山さんに頭を下げると、今度は藤澤さんに向かって。
「素直だね、三浦さん。後はお前次第ってことだ。じゃ、ここの支払いは宜しく」
無言で頷く藤澤さんを他所に、田山さんは笑いながら手をひらひらさせ、襖の向こうに行ってしまう。パタンと締められた音と同時に、1番話をしていた人間がいなくなったものだから、部屋には静寂が襲ってくる。
...この後、何を話したら?それとも、すぐに帰る?
自分から口火を切る勇気はなく、何か余計な事を口走ってしまいそうになるのを必死で堪え、相手の出方を伺う。しばらく隣で黙っていた彼は、考えがまとまったのか、さっきまで田山さんが座っていた向かいの席に移動して、畏まった。
「...三浦さん、俺の話を聞いてくれませんか?」
その真剣な態度に押され、俯いたまま「はい」とだけ小さく返事をした。けれども、藤澤さんの顔を見れそうにはなく、それでも彼は続ける。私は唇を引き結び、噛み締めて話を聞いていたのだけれど...。
「先日はあんな事してすみませんでした。別に三浦さんを傷つけたくてあんな事をしたわけではなく、自分に対して腹が立って...あー、いや、そうじゃなくて...」
いつも沈着冷静な彼にしては珍しく支離滅裂なことを話し始め、途中から言葉が続かなくなってしまったのか最後にはテーブルに手をつき私に深々と頭を下げた。
「とにかく、すみませんでした!」
一通り話を聞き終えた私は、少しの間、茫然自失。
すぐに声をかける事ができなかったのは、彼の行動は自分にとっては想定外の出来事だったからだ。それよりも何よりも、あの別れ話のことを全く触れずにいてくれた事が嬉しい。藤澤さんがここに来た時からずっと別れ話を再びされる事を覚悟していたのだから。
私はテーブルに額をつけんばかりに頭を下げてくれる彼の手に自分の手を添えた。
「藤澤さん...」
声をかけると恐る恐る顔を上げ、不安げな様子で彼が私の言葉を待っているのが分かる。だからこそ勇気を出して、あの手紙が届いてからずっと聞きたかった事を尋ねた。
「私の事が嫌いになったのでしょうか?」
彼はなんと答えるのだろう?
それは神様だけが知っている。
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