社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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61.I want to know you more③

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藤澤さんは首にかけたタオルで髪を無造作に拭きながら、私の手元を覗きこむ。

「炭酸、嫌い?」

そんな風に言われて気がつくコップの中身。妄想に夢中でまだ一口も飲んでいなかった。

「い、今、飲もうとしたところで...」

彼の目の前でコクコクと一口、二口飲んで見せると、変に演技かかったようにギクシャク。どう見ても怪しげな雰囲気の私に「慌てて飲まなくてもいいのに」と苦笑いしている彼の瞳は優しかった。

でも、何もしないでいたら、いつもの癖でずっと彼を目で追ってしまいそうだしと、その邪な気持ちを悟られないように、その後もチビチビとコップに口を付ける。隣に座っている藤澤さんは、私を全く意識していないのか、私待ちで手持ち無沙汰になったのか、テレビをボンヤリ眺めていた。

コップに口付けながらも、横目でそんな気になる彼をチラリ。
上はTシャツ、下は楽そうなパンツ姿と よくある家でのリラックスした格好。シンプルな装いだからこそ、余計に彼の体躯の良さを引き立たせ、いつもの見知っている以上の男性的な身体のラインにドキッとする。

それに、濡れた黒髪をかきあげた横顔が男の人なのに綺麗って思えてしまうのは、『水も滴るナントカ』の効果なのでしょうか?

いつも以上にカッコよく、そのうえフェロモンという物質のせいで私はコップを視線を落とし目を合わせられないほど、男としての彼を意識してしまっている。
そして、内心ガチガチに緊張しながら持っていたコップがヒョイと手元から奪われた。

「え...?」

奪われたコップの行方を追うと藤澤さんの顔が。目が合うと、ニッコリ。

「甘くない炭酸は苦手みたいだから」

言うのと同時に、コップの中身を私の代わりに一気飲み。

...あ、間接キス。

彼が飲み干す様子をジッと見入ってしまったので、目の前のローテーブルにコップが置かれた時、怪訝な顔をされてしまった。

「ごめん...もしかして、違ってた?飲みたかった?」

「...い、いや...そうじゃなくて、髪が...」

「髪?」

ずっと口元を見ていてドキドキしてしまったなんてばれたくかった私は、苦し紛れの言い訳をしてしまう。

「まだ濡れているみたいだから、乾かさないと...風邪ひいちゃいます」

「なんだ。そんなことなら...」

「優里が拭いて?」と、私の言葉を信じた藤澤さんが私に向けて身体を屈めを頭を差し出してきた。私は躊躇いはしたものの、タオルで拭き始めると本当に髪が生乾きである事に気がつき、拭くのに夢中になってゆく。次第に身を乗り出していき、彼との距離が殆どなくなっていたのなんて全く気にも留めなかった。あらかた拭き終えたところで、元の位置にタオルをかけ直す。

「はい、できました」

その達成感から満面の笑みを浮かべていると、頭を下げていた藤澤さんが勢いよく顔をあげるものだから真正面のどアップでその顔を正視するハメに。私は距離をあける間も無く、いつもみたいに頰を撫でられる。

「ありがとう...でも、もういい?」

その指先で顎や唇の輪郭をなぞられてゆくと、その先にされる事を想像してしまうのは彼に覚えさせられた条件反射みたいなもの。私が当たり前のようにゆっくりと目を閉じると唇に彼の感触が残る。

...藤澤さんとなら、怖くない。

お互いの唇が離れ目を開けると、藤澤さんは畏まるように握っていた私の手を握り、不安そうな瞳を向けていた。

「...本当にいいの?」

そんな彼に私は言葉なく態度で示そうと、1度頷き、再び目を閉じる。

それを了承と受け止めた彼の唇は、最初、啄むように軽く触れ、顔の角度を変えてから、2度3度と唇以外、頰にも額にも触れた。その時々に、ピクっと顔が反応してしまい、頭を優しく撫でてくれる。決して強引ではない優しく私に触れる唇が大丈夫だよと暗に伝えてくれるみたいで、私の身体から強張りがなくなり、緊張がほぐれてゆく。

彼は私の身体の変化を見計らったのか、短く触れるキスから長く触れるキスへと変化させ、ある時を境にゆっくりと唇の奥も舌で暴くように、喰んでいった。

「んン...あっ...」

初めて自分の口からあられもない声が漏れてしまったけれど、後頭部をいつの間にか抑えられていた。彼に声も息も制限され、初めて交わる舌の感触に翻弄されるばかり。少しの間の出来事なのに、私の息は簡単に上がってしまっていた。

「大丈夫...?」

苦しそうにしていた私に気がついてくれた藤澤さんは、一旦、唇を離し、私の額にコツンと自分の額を合わせ、私を伺い見る。

「...は、はい、なんとか」

初めての行為に息が上がり、顔を紅潮させている私を心配するあまり、この後に及んで「ここでやめても...」と弱気な発言の藤澤さん。

そんな彼に「やめないで下さい」と懇願すると覚悟を決めてくれた彼は、ソファーから私を横抱きに抱きかかえ、寝室へと運んでくれた。寝室には私の部屋のベッドよりも明らかに大きいベッドが中央で存在感を示している。その清潔感のあるリネンの上に彼は私を横たわらせた。

彼もベッドの上に上がり、私の下半身を跨ぐように膝をたて私を見下ろしている。
明るい蛍光灯の下、異性にこんな風に見下ろされるのは初めての経験だった。それも顔のすぐそばに両手をつかれ、今にも覆い被さらんとしている体勢で。
その状況下、切長の綺麗な瞳に見つめられ続けていると、なんだか全てを見透かされている気分になる。

いつもは、暗がりの中でしかない至近距離だから、余計にそう思うのかもしれない。

それに新しい発見もした。
ずっと真っ黒だと思っていた彼の瞳がよく見ると茶色い...。
それは、彼の顔が近づいてきたから分かったこと。

ギシリと2人分の重みを受けたベッドの軋むただの音が、今の私にはとても淫らな音に聞こえる。



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