ヒロインと呼ばれても〜自称悪役令嬢に王子をお勧めされましたが、私の好みは貴女の従者様です

春日千夜

文字の大きさ
20 / 102
第一章 人生が変わった7日間

20:令嬢生活が始まりました

しおりを挟む
 子爵家で迎えた二度目の朝。大きなベッドの上で目を覚ました私は、さらりと流れた自分の髪に、ふふふと笑ってしまった。

(あんなに傷んでたのに。本当にサラサラのピカピカになってる)

 貴族はお金持ちだと知ってたしこのお屋敷が物凄いのも分かってたけれど、まさかお風呂まであるとは思わなかった。それも私の知るお風呂とは全然違うものだ。

(あんなにたくさんのお湯を一人で使うなんて、貴族って本当に贅沢だよね)

 お風呂なんて今までは週に一度入れたらいい方だった。普段は水を浴びたり身体を拭いたりして清潔さを保って、下町にある公衆浴場に週に一度行くようにしてたの。
 だからお風呂って、大人数で入るものだと思ってたけれど、このお屋敷のお風呂は一人用だった。大人が三人ぐらい寝そべれるような大きな浴槽があるのに一人で使うんだよ。ビックリだよね。

 そして他にも貴族のお風呂には違いがあって。何種類もの石鹸を使い分けるんだって。
 身体用、顔用、髪用って分かれてるそうだけど、私は使い分けなんて出来るはずもなく。ものすごく恥ずかしかったけれど、アンヌさんに身体中磨かれた。

 このお屋敷に気絶したまま運ばれた時は、父さんの魔法で私の身体を綺麗にしていたそうだけど。それはあくまで汚れ落としなだけで、お肌の新陳代謝とやらには全然足りないんだそうだ。
 そういうわけで問答無用で垢擦りもされたし、お風呂上がりには良い匂いのするオイルを使ってマッサージもされた。あまりの気持ち良さにそこで一度寝ちゃったぐらい、アンヌさんの手は素晴らしかった。

 そうして夢うつつのままネグリジェを着せられてベッドに移動して。一晩ぐっすり眠って目を覚ましてみれば、ビックリするぐらい髪も肌もツルピカになってたというわけ。

(あのお風呂にこれから毎日入れるなんて、夢みたいだけど。ここは夢じゃなくて、現実なんだよね)

 ちょっとだけ。本当にちょっとだけ、貴族の娘になって良かったと思う。
 そんな事を考えながらベッドの上で幸せを感じていると、アンヌさんが私を起こしに来てくれた。

「お嬢様、おはようございます」
「アンヌさん、おはようござ……アンヌ、おはよう」
「よく出来ました」

 挨拶の途中、アンヌさんの目がキラリと光った気がして。昨日から何度も敬語をやめるように言われていたのを思い出して言い直してみれば、すごく良い笑顔が返ってきた。
 なかなか慣れないけど、頑張らなくちゃ。

「さあ、お嬢様。お着替えしましょう。支度をしながら、今日のご予定をお伝えしますね」
「分かりま……分かった。でもアンヌ、そのドレスは?」
「これも旦那様が奥様のためにお作りしていたものですよ」
「ううん、そうじゃなくて。また違うのを着るの?」
「当然です。お嬢様はモルセン子爵家のご令嬢なのですから」

 貴族女性は時間帯や用途によって一日に何回も着替えるらしく、ドレスは衣装部屋いっぱいに用意しておくものなんだとか。ただうちは子爵家だから、特別な用事がなければ朝と寝る前の着替えだけでいいそうだ。
 今日は外に出かける予定はないけれど、来客はあるそうで。昨日の朝に着た部屋着のドレスよりもう少し綺麗めで、でも脱ぎ着しやすいワンピースドレスを着せられた。

(親父さんたちに挨拶に行きたかったけど……。お客さんが来るなら、その後かな。私が着てたいつもの服、捨てられたりしてないよね? ちゃんとあるか後で聞かなきゃ)

 着替え終えると、芸術品みたいな鏡台の前に座らされて。髪をハーフアップにまとめられたり軽く化粧をされながら、私はそんなことを考えていたんだけれど……。

「お嬢様には朝食を取りながら、ロバートのマナーレッスンを受けて頂きます。これは奥様も同様です。その後は、お嬢様と奥様がお世話になった方々との面会がございます」
「お世話になった方々って……まさか」
「パン屋と仕立屋のご夫婦をお招きしているそうです」
「親父さんたちを⁉︎」

 思いがけない話に唖然としてしまう。今日はパン屋の店休日だけれど、親父さんたちは何もしないわけじゃない。日替わりサンドの具材を考えたり、パン種を仕込んだり、小麦粉を仕入れたりと忙しいんだ。
 それなのにお屋敷に呼び出しちゃったなんて!

「お店まで、私が挨拶に行くつもりだったのに……」
「お言葉ですがお嬢様。それは先方にもご迷惑をおかけすることになります。お嬢様は貴族になられたのですから、慣れて頂きませんと」

 下町に貴族が直々に訪れる事なんて滅多にない。あっても、身分を隠してお忍びで行くぐらいだろう。でも今回は父さんも子爵家当主としてお礼を言いたいらしいから、お忍びで会いに行くのはあり得ないそうだ。
 立派な馬車で店に乗りつければ目立つし、どんな噂が立つかも分からない。下手をすれば、貴族と知り合いならと親父さんたちにお金をせびる人も出るかもしれないと、アンヌは諭すように話した。

 そうまで言われたら、私には何も言える事はない。しゅんとした私を慰めるように、アンヌは柔らかな笑みを浮かべた。

「こちらへお越し頂くからこそ、出来るおもてなしもございますよ。お嬢様と奥様に良くして下さった方々ですから。旦那様も悪いようにはしないはずです」
「……そうだね。うん。お礼を言うんだもんね」
「そうですよ。お綺麗になられたお嬢様を見て頂きましょう」

 支度を終えると、ニッコリ笑ったアンヌに案内されてダイニングへ向かった。その途中、廊下の窓辺から人影が見えて、私は足を止めた。

「あれ? あのメイドさん、アンヌと服の色が違うね」
「あらま、あの子ったら……。申し訳ございません。後でしっかり注意しておきます」
「注意? あの人、何か間違ってるの?」
「あの子は下働きの子で……」

 アンヌは言いかけて、気まずそうに口ごもった。そこで止められたら、すごく気になる。

「どうしたの? 何なのか話してくれないの?」
「これはあの、お屋敷での決まりですので、奥様を悪く言うわけではないんです」
「母さん? ……そういえば母さんも昔は、このお屋敷の下働きだったんだっけ」
「はい、そうです。私ども使用人にも、階級がございまして」

 貴族の屋敷は広く、維持するだけでも手間がかかる。だからそこには、当然多くの人たちが働いているけれど、そこには明確な線引きがあるんだそうだ。

「私のように、皆様のお世話を直接する女の使用人がメイドでございます。そのメイドの指示に従い、洗濯や掃除など見えない仕事を担うのが下働きの者です。下働きの者たちは、作法を身につけていない者がほとんどなため、皆様の視界に入らないように動きます。ですのであの子は本来、あそこにいてはならないのです」
「それって、難しくないの?」
「いえ。私ども使用人が使う区画と、お嬢様方が過ごされるフロアは分かれておりますから。決まりを守っていればそれほど難しくはありませんよ」
「そうなんだ。じゃあ、どうやって父さんと母さんは出会ったんだろう?」
「それは……機会がありましたら、直接お伺いになられた方がよろしいかと」

 話の最後、なぜか生温い目でアンヌは微笑んだ。何があったのか、聞きたいような聞きたくないような……。

「ただこれだけはお伝えしておきますが、奥様はとても真面目に仕事をする方でした。旦那様も当時はお若かったので、致し方ない面もあったのです。何をお聞きになられても、責めないで差し上げて下さいね。お二人が再会出来て良かったと、私もロバートも喜んでるんですよ」
「ロバートさ……ロバートも、昔からここで働いてるの?」
「はい、そうでございます。ロバートは、代々モルセン子爵家に執事としてお仕えしている家柄です。旦那様のスケジュール管理から、お屋敷全体の采配まで担っております。こちらで暮らす中で分からないことがありましたら、私かロバートにいつでもお聞きくださいね」
「分かった。ありがとう」

 母さんと父さんが出会えたのは、父さんが何かしたからなんだろうって事は分かった。これ以上は深入りしない方が良さそうだ。

 それにしても身分の差って大きいんだと改めて思う。お屋敷で同じく仕えてくれてる人たちなのに、貴族の前に出ていいかどうか分けられてるなんて悲しい事だ。でもこれに慣れなきゃいけないんだよね。
 そう考えると、イールトさんが従者で良かったと思う。下手したら会う事も出来なくなってたかもしれないんだから。

 そんな事を思いつつダイニングに向かうと、ロバートの指導を受けながら丁寧に朝食を食べる母さんと、それを優しく見守る父さんがいた。
 ようやく掴んだ幸せを噛み締めるような二人の姿を見ていると、私が生まれたのって奇跡なんだと感じる。身分差を乗り越えてこうして二人が一緒になるんだから、私も娘として頑張らなきゃ。

「シャルラ、おはよう。入らないの?」
「兄さん、おはようございます。もちろん入りますよ」
「そうか。今日は朝から化粧したんだね。服も似合ってるし、その髪型も可愛いよ」
「ありがとうございます。兄さんも、今日もカッコいいですね」
「……ありがとう。改めて、これからよろしくね」
「はい。よろしくお願いします!」

 ちょうどやって来た兄さんと、笑顔で挨拶を交わして。私は気合いを入れて、父さんたちの中に混ざっていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。

新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。 趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝! ……って、あれ? 楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。 想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ! でも実はリュシアンは訳ありらしく…… (第18回恋愛大賞で奨励賞をいただきました。応援してくださった皆様、ありがとうございました!)

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【完結】悪役令嬢の妹に転生しちゃったけど推しはお姉様だから全力で断罪破滅から守らせていただきます!

くま
恋愛
え?死ぬ間際に前世の記憶が戻った、マリア。 ここは前世でハマった乙女ゲームの世界だった。 マリアが一番好きなキャラクターは悪役令嬢のマリエ! 悪役令嬢マリエの妹として転生したマリアは、姉マリエを守ろうと空回り。王子や執事、騎士などはマリアにアプローチするものの、まったく鈍感でアホな主人公に周りは振り回されるばかり。 少しずつ成長をしていくなか、残念ヒロインちゃんが現る!! ほんの少しシリアスもある!かもです。 気ままに書いてますので誤字脱字ありましたら、すいませんっ。 月に一回、二回ほどゆっくりペースで更新です(*≧∀≦*)

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

処理中です...