ヒロインと呼ばれても〜自称悪役令嬢に王子をお勧めされましたが、私の好みは貴女の従者様です

春日千夜

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第二章 諦めない70日間

37:計画を見直しました

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 突然現れたイールトさんに私は驚いたけれど。第一王子は何てことないように、穏やかに語りかけた。

「やあ、イールト。ずいぶん疲れてるようだね」
「殿下……。ご無沙汰しております」
「そういうのは学内ではよせと言ってるだろう。君と私の仲だ。そうだろう?」

 すぐに臣下の礼をとったイールトさんに、第一王子は気さくに笑いかける。私としては信じられない気持ちでいっぱいだけれど、それはどこからどう見ても心優しい王子様の姿だった。

(アルフィール様は、この第一王子しか知らないんだろうな)

 アルフィール様だって、ジミ恋の第一王子の事を俺様とか自信家とか言ってたけれど。それでも、あんな氷のような冷たい顔もあるとは言わなかった。
 だからきっと、さっきまで私が見ていた第一王子の姿は、本当に裏の顔なんだろう。貴族の本音と建前って、すごく恐ろしいんだと身に沁みて感じられた。

「君が探していたのはこの子だろう? アルフィールが後見になったそうだね。道に迷っていた所を見つけたんだが、身体が冷え切っていたようだから休ませていたところだ」
「そうでしたか。アルフィールお嬢様に代わり、感謝申し上げます。ありがとうございます」
「相変わらずイールトは固いね。まあだからこそ、私の婚約者を任せられるというものだが」

 体調が悪いと聞いたからか、イールトさんは第一王子と話をしながらも心配そうに私を見てくる。私は安心出来るようにと微笑みを返して、第一王子に頭を下げた。

「王子殿下、助かりました! ありがとうございました!」
「顔を上げて、モルセン子爵令嬢。君と会えて良かったよ。君ならきっと、ここにもすぐ慣れる。何かあったらいつでも私に言いなさい。遠慮しないでね」
「は、はい……」

 さり気なく手を取られて、微笑みながら手の甲にキスを落とされて。この人誰⁉︎ って、思わず叫びそうになったけれど、必死に笑顔を作ってどうにか応えた。

「それじゃ、イールト。後は頼んだよ」
「はい。御前、失礼致します」

 王子様らしい爽やかな笑みを残して。第一王子はゼリウス様、ジェイド様と共に去って行く。恭しく礼をとって、イールトさんと私は三人を見送った。

「シャルちゃん、お疲れ様。その感じだと、うまくいったみたいだね」
「イールトさん……。はい。うまくいきました」

 イールトさんは「頑張ったね」って褒めてくれたけれど、何となく寂しそうにも見えて。ヤキモチを妬いてくれてたら嬉しいな、なんて思いながら、私は第一王子にキスされた手の甲をギュッと握りしめる。
 そんな私から目を逸らすように、イールトさんは先へ促した。

「詳しい話は明日、お嬢様と一緒に聞くよ。子爵家の馬車が待ってるから、とりあえず行こうか」
「はい。心配かけてすみません」

 誰もいない通路に、コツコツと私たちだけの靴音が響く。イールトさんとの間に会話はないけれど、それでもさり気なく歩調を合わせてくれるから。やっぱりイールトさんは優しいなって、胸が切なくなった。

「でもビックリしました。もう帰ったと思ってたのに……私のこと、探してくれてたんですね」
「まあね。本当は近くで見守ってあげたかったんだけど、それは無理だから。一応待ってたんだ」

 せっかくの二人きりだ。少しでも声を聞きたくて問いかければ、イールトさんは、苦笑しつつも話してくれた。

 アルフィール様は予定通り先に帰られたそうだけれど。イールトさんは、私がちゃんと帰るまで見届けようと馬車乗り場で待っててくれたそうだ。
 でもあまりに遅すぎるから、何かあったのかもしれないと心配して見に来てくれたらしい。それなのに裏庭に私がいなかったから、学園中を探し回ってくれたんだとか。

「いっぱい探してくれたんですね。ごめんなさい」
「いや。こちらこそ、ごめんね。ゼリウス様は気配に敏感だから、どうしてもシャルちゃんに任せるしかなかったけれど、もう少し配慮するべきだった。……それに結局、あの場にいるべきじゃない俺が、最後に出ていっちゃったからね。邪魔しちゃったかもしれないし」
「そんなことありません! 王子殿下のお言葉、イールトさんも聞きましたよね? アルフィール様がお話されてたセリフとほとんど同じでしたもん。だからきっと、うまくいったはずです」
「そうだね。ありがとう」

 手の甲にキスをしたり、困った時は自分に頼るように言ったり。あの時の第一王子の振る舞いだけは、アルフィール様から聞いてたジミ恋の出会いイベントそのものだった。

(あれがアルフィール様の言ってた「ゲームの強制力」だなんて思いたくないけれど。とにかく成功したはずだよね)

 イベントの内容はめちゃくちゃで。アルフィール様から聞いてた話とも、想定して考えていた事ともまるで違う。それでも最後だけは、アルフィール様の言ってた通りになったというのが、何となく不気味だった。

 でもそれは、イールトさんには明かせないから。複雑な気持ちを押し隠して私が必死に言い募ると、イールトさんはホッとしたみたいに頷いて。けれどやっぱり切なげに微笑んで、馬車乗り場まで送ってくれた。

「じゃあ、また明日。今日はゆっくり休んでね」
「はい。お疲れ様でした」

 イールトさんと別れて、私は子爵家の馬車に乗り込む。ようやく慣れ始めたお屋敷に帰り着いた頃には、もう昼過ぎになっていた。

 帰宅の挨拶もそこそこに、リジーの手を借りて急いで着替え、私はダイニングへ向かう。父さんは仕事に出かけてるから、今日は母さん、兄さんしかいないけれど、二人はちょうど昼食を食べ終えた所だった。
 朝、体調が悪そうだった私の帰りが遅かったからか、兄さんに心配されたけれど。今の私は化粧をし直したから、血色が戻ってる。校舎を見てから帰ってきたのだと話せば、兄さんも安心して納得してくれた。

 そうして遅めのお昼を食べて自室へ戻ると、リジーが興味津々といった様子で私を待ち構えていた。

「シャルラ様、お疲れ様でした。それで、王子殿下とはどうだったんですか?」
「リジー。今は私たちしかいないから、話し方は戻していいよ。それより聞いて! 大変だったの!」

 リジーに聞かれるまでもなく、私だって誰かに話したくて仕方なかった。アルフィール様には内緒にするって約束したから、イールトさんには話さないけれど、リジーには話しちゃうよ。
 だってリジーと私は、アルフィール様と第一王子をくっ付けるなんだから。

 第一王子との事を包み隠さず全て話すと、リジーは始めこそ信じられないという感じだったけれど。話が進むうちに、納得した様子で何度も頷いた。

「やっぱりそうよね。いずれ王となる方だし、そういった一面も必要だわ」
「それでも怖かったんだよ、本当に」
「そうでしょうね。シャルラはよく頑張ったと思うわよ」

 疲れ切った私を労うようにリジーは微笑んで、温かい紅茶を入れてくれた。出だしからこんな事になっちゃったけれど、リジーの温もりで癒される。ひとりぼっちじゃなくて良かったと、つくづく思った。

「それでシャルラ、これからどうするつもりなの? 王子殿下のお気持ちは確認出来たみたいだけれど」
「すぐに打ち明けても、きっと信じてもらえないと思うの。だから王子殿下のお気持ちに寄り添って、まずは信じてもらおうと思って」
「そうね。良い考えだとわたしも思うわ」
「でしょう? だからリジー。王子殿下とアルフィール様のこと、もっと教えてもらえる? 呼び名にずいぶんこだわってたし、王子殿下は悩んでるっぽかったんだよね」
「呼び名……。そういえば、メイド長から聞いたことがあるわ。お嬢様は最初から王子殿下との婚約に納得されてなかったから、頑なに名前を呼ばれるのを拒否してたそうなの」
「その辺詳しく!」

 元々私は、アルフィール様から聞いたジミ恋のシナリオ通りに動いて第一王子に近付き、協力をお願いするつもりだったけれど。第一王子はきっと、アルフィール様との距離を縮めたいはずだから、シナリオ通りに進めようとするのは悪手だと思うんだよね。
 だからまずは、第一王子の願いを叶えるお手伝いをして。私がお二人を応援してるって分かってもらった上で、打ち明けた方がいいはずなんだ。

 そんなわけで私は、夕食の時間までリジーから色んな話を聞いた。婚約を解消するために、アルフィール様は第一王子にかなり冷たく接していたようで。それでも第一王子は、アルフィール様を諦めなかったんだとか。

「そこまで避けられたら、諦めてもいい気がするけど……」
「結局はお嬢様も、王子殿下のことは好きなんだもの。殿下も心の底から嫌われていないのは、分かってたんだと思うわよ? それにたぶん、お嬢様が逃げるからかえって燃えたというのもあると思う。王族だから矜持もあるでしょうし」
「なんかそれ、獲物を狩る野獣みたいだね。でもあの王子殿下なら、違和感ないかも」

 優しいアルフィール様があの恐ろしい第一王子から逃げ切るなんて、どう考えても無理だと思う。やっぱりお二人がくっ付くのが一番幸せなんだと再確認して。私は改めて、第一王子に協力をお願いする方法を考えた。
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