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カモフラージュの婚約
しおりを挟む----3年前。
「父上!何故私は隣国に行かなくてはならないのですか!」
国王の執務室に
ケルヴィンの怒気がはらんだ声が木霊する。
ユーフォリアはケルヴィンの隣で
ジッと耐えるように二人のやりとりを
聴いている。
ケルヴィンを挟んだ隣にいる
アルヴィンもまたユーフォリアと
同じように二人の会話を黙って聞いていた。
「仕方ないのだ。和平の実現に向けて
交換留学するというのがあちらの条件だ。」
国王はわずかに顔をしかめるが
落ち着いた声でケルヴィンを
窘めようとする。
「しかし!それでは!私とリアの婚約はどうなるのですか!」
ケルヴィンのその質問に
強張っていたユーフォリアは息を飲んだ。
「アルマニー家との婚約は弟であるアルヴィンと結ぶことにする。」
国王の言葉にユーフォリアは
目を見開いて国王を見やる。
告げられた言葉が理解できずにいると
ケルヴィンはユーフォリアの手を
ぎゅっと握りしめたのち
「リアは私のものだ!誰にも渡さない。
たとえ大切な我が弟であったとしても!」
「ケルヴィン殿下!王の命に逆らうのは!…」
国王の隣で立って黙って聞いていた
宰相がここで初めて声を出すが
すっと手を挙げた国王によって
続く言葉は発せられずに
苦い顔をして再び黙った。
アルヴィンはそれでもまだ
じっと黙ったまま何も話さない。
ユーフォリアは握られた
温かいケルヴィンの手を同じように
握り返すことしかできなかった。
自分が王族でもないのに
この場に呼ばれた理由がなんなのか
わかった気がする。
だけどケルヴィン以外の誰かに
嫁ぐことを想像するだけで
足元が崩れていくのを感じる。
(ケルヴィン様以外の人に嫁ぐの?)
「アルマニー家との縁を結ぶことは
王族にとって、強いてはこの国にとって重要なことだ。だが王族であれば
ケルヴィンではなくてもいい。
あちらの国はケルヴィンを指名してきた。
恐らくはお前と王女の一人を婚姻させる算段だろう。そうしてこの国を中から乗っ取るつもりだろう。」
「そのことがわかっているのに何故受け入れようとするのですか!?」
「わかっているからユーフォリアをアルヴィンの元に嫁がせるのだ。」
「父様。国一のアルマニー家が王族に嫁ぐことで兄上が王女と婚姻してもシンフォニア国を中から乗っ取られることを阻止し逆にこちらから隣国を手篭めにするおつもりですね。」
それまで静かに聞いていた
アルヴィンが少し低い声で国王に問うた。
「そういうことだ。」
ユーフォリアの実家である
アルマニー家は元々一つの小さな国であった。
このシンフォニア国と隣国タスリア国の間にあった小さな国は幾度となく
両国の争いに巻き込まれながらも
国を守り続けていた。
当時のアルマニー国王であった先先代が
このままではアルマニー国の土地や
民は疲弊し焦土とかした何もない場所に
なるのを恐れて
当時のシンフォニア国王が
戦ではなく対話で解決したいと
真摯な心に打たれ
シンフォニア国を主君として
アルマニー国からシンフォニア国の領地となった。
その暁に当時の王女がシンフォニア国に嫁ぎその時の国王の妃となった。
シンフォニア国の庇護のもと
アルマニー家のものが中心となって
タスリアに二度と侵略できないよう条約を結ぶところまで持っていった。
シンフォニアの領地となった
アルマニー家だが
元々両国から長年民たちを守り続けた
才ある一族たちだ。
積み重なった戦に疲弊して
シンフォニア国の領地になったものの
国一の貴族家となり
数多ある貴族の中でもアルマニー家は
王族に次ぐ権力を持ち合わせている。
忠誠心が高くその血筋は
元は一つの国の王族だ。
あらゆる知識と経験があり
タスリアとの不可侵条約を結んだのも
当時のアルマニー家の活躍ものだった。
そんな彼ら一族を
シンフォニアの王族達は
王族と婚姻を結ぶことで彼らを庇護し
対等レベルに扱っていた。
ある時は王太子妃に。
ある時は王女が降嫁してアルマニー夫人に。
しかし現国王の王妃は
周囲の反対を押し切り
アルマニー家以外の貴族の出であるため
次代のユーフォリアが
王族に嫁ぐことで関係を保っていた。
今ではタスリアとの良好な関係を築けているのはアルマニー家がいるからだ。
仮に反対の隣国から王女が嫁いできて
中からシンフォニアを乗っ取ろうと考えたところで
タスリアとの友好関係を築いている
アルマニー家が王族に嫁げば
タスリア国もアルマニー家のものまで
敵になる。
隣国にそこまでの勢力はない。
外から侵略しても中から侵略を試みても
結果は隣国がシンフォニアの手篭めに
されるだけだ。
国王は前々からずっと反対の隣国を
手篭めにしようと考えていたのだろう。
だからあちらの条件を飲んだふりをして
ケルヴィンを留学させようとしている。
そして留学中に王女を娶らせ
隣国を支柱に収めるために。
アルマニー家のものとしてずっと
ケルヴィン様に嫁ぐものだと思っていた。
いや、アルマニー家を抜きにしても
ケルヴィン様の妻になれると
ずっとずっと思ってきた。
それなのに。
(今更アルヴィンとなんて。)
下をじっと見つめて
これからのことを考えるだけで
目頭が熱くなってくる。
アルヴィンのことは大切だと思っている。
でもそれはシンフォニア国の王子であり
ケルヴィン様の弟だから。
自分にとっても弟のような家族のような彼に今更嫁ぐなんて。
(私が好きなのは、ケルヴィン様だけなのに。)
「…わかりました。留学の件了承しました。」
今にも国王に飛びつかんとしていた
ケルヴィンが繋いでいた反対の手を
強く握っていたのを解くと静かに
返事をした。
ユーフォリアはケルヴィンの返事に
どん底に落とされた気持ちになった。
その場に立っているのが辛くなって
ドレスで隠れている足は
ブルブルと震えていた。
そんなユーフォリアを慮って
ケルヴィンは繋いでいた手を
ギュギュッと2回強く握り返した後
はっきりとした声音で言った。
「しかし。ユーフォリアとアルヴィンの婚約は一時的なものでお願いします。
留学の間に必ず隣国を婚姻以外でシンフォニアの手篭めに収めることを誓います。そして帰国後ユーフォリアと結婚するのを認めてください。」
その言葉にどん底に落とされていた
気持ちが浮上していく。
俯いていた目が涙で溢れていく。
「…そんなに待てぬぞ。」
「はい。必ず5年…いや3年以内にやり遂げて見せます。」
ケルヴィンの強い眼差しと
真剣な口調に国王も大きく頷き
「よかろう。其方の手腕に期待する。
…必ず無事に帰ってくるのだぞ。」
「はい!父上!」
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