86の約束

仙道 神明

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Lap 5 「30年目のスタートライン」

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 筑波サーキットのゲートをくぐった瞬間、悟の胸にふわりとした緊張が走った。
 青空の下、アスファルトの熱気とエンジン音が入り混じる──まさに、ゲームでは味わえない“本物”の空気だった。

「じゃーん!これ、悟さんに!」

 そう言って、早矢が差し出したのは──新品のレーシンググローブだった。
 赤と黒の配色、悟の手にぴったりのサイズ。タグにはさりげなく「SATORU」の刺繍がある。

「え、これ……」

「サーキットデビュー記念ってことで!サイズは店長に聞いたからバッチリのはず!」

 驚きつつも、その気遣いに思わず笑みがこぼれる悟。

「ありがとう、でも……悪いな、気を遣わせて」

「あの時の表彰台、賞金が少し出たので。悟さんがいたから、あの日3位になれたんです」

そこへ古川がニヤけた顔で割って入る。

「へぇ~、おっさんのくせにやるじゃん」

「うるせぇよ」

 照れ隠し気味に悟が返すと、早矢も小さく笑っていた。

──

 朝の予選時間が近づく。古川がぽんと悟の肩を叩いた。

「いきなり予選だもんな~。慣れる時間なくてすまんな」

「いや、グランツーリスモで走り込んでるから、なんとかなるっしょ」

 冗談めかした口調に、早矢が笑いながらも真剣な顔を見せる。

「悟さん、ピットレーン出口にバンプありますから、気をつけてくださいね。あと、ブレーキングポイントは……」

 レーシングスーツに着替え、愛車に乗り込む悟。窓越しに、早矢が身振り手振りでアドバイスを送り続ける。

「んじゃ、ちょっくら走ってくるわ」

 そう言って、親指を立てた悟の顔には笑みが浮かんでいたが、内心では──

 心臓が破裂しそうなほどバクバクだった。

──ピットアウト。

 初めての実車レース──しかし、サーキットの景色が、どこかで見たものと重なる。

(……あれ?)

── 1周目。恐る恐るだったステア操作。
── 2周目。ブレーキングとアクセルワークのタイミングが合ってくる。

(……グランツーリスモと、感覚が近い)

 まるで、自宅のリビングでハンドルコントローラーを握っているかのような錯覚。
 冷静さを取り戻した悟は、何度かピットインしてブレーキの感触やタイヤの温度などを古川に確認する。

 そんな悟の走りを見ながら、早矢がぽつりと呟いた。

「なんだか……遠慮した走りですね」

 古川が腕を組んで笑う。

「車、壊さないように慎重なのかねぇ。あのトレノ、本人にとっちゃ家族同然だしな」

 そして、予選残り5分。悟が再びコースイン。

「ちょっと……攻めてみるか」

 30年共にした相棒──AE86トレノ。ハンドルを握る手に力を込める。

最終コーナー。

 ドリフト気味に、滑るようにアウト側の縁石ギリギリを駆け抜ける。アクセルを抜かず、そのまま立ち上がる──。

 ストレートエンドでチェッカーフラッグ。ピットに掲示されたタイムに、早矢が息を呑む。

「えっ……予選1位……!?」

 ピット内がざわめき立つ中、悟がクールな顔で戻ってきた。

 ヘルメットを脱ぎながら一言。

「うーん、まあまあかな」

 その顔には、ゲームでの「中途半端な順位」に甘んじていた男とは別の、確かな自信が宿っていた──。
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