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Ep.8「希望の嘘」
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病室のカーテンの隙間から、夕陽が差し込んでいた。
橙色の光が、点滴のチューブをゆらりと照らす。
「ほら、今日もちゃんと注射がんばれたね」
看護師の美咲が笑いながら言うと、ベッドの上の少年・湊は、少し得意げにうなずいた。
「もう慣れたもんだよ」
「そっか。じゃあ次の約束、ちゃんと覚えてる?」
「もちろん。退院したら、一緒に海行くんでしょ?」
「うん。約束だよ」
美咲は指切りをした。その指は細く、どこか震えていた。
湊の病気は、医師の間でも難しいと言われていた。治療で一時的に良くなる日もあったが、長くは続かない。
けれど彼は、いつも笑っていた。それは、きっと誰よりも“希望”を信じていたからだ。
いや、正確に言えば——
希望を信じるふりを、していた。
ある夜、美咲はナースステーションでカルテを閉じたまま、しばらく動けなかった。
担当医から聞いた言葉が、まだ耳に残っていた。
「……長くは、もちません」
その一言が、心の奥で冷たく響いていた。窓の外には、病院の庭が見える。
去年の夏、湊と一緒に“海の絵”を描いた場所。
「この先には、きっと青い海があるんだよ」
——あのときの笑顔を思い出す。
次の日の昼。
湊はベッドの上で、ノートに何かを書いていた。
「なに書いてるの?」と尋ねると、
「海で見たいものリスト!」と笑った。
“かもめ、貝がら、浮き輪、美咲さんの笑顔”
美咲は思わず吹き出した。
「最後のはずるいなぁ」
「本当のこと書いただけだもん」
笑い合う二人。でも、その笑顔の裏で、美咲は“嘘をつく準備”をしていた。
数週間後。
容態が急変した夜、美咲は湊の手を握った。心拍モニターの音が、ゆっくりと間をあけて鳴る。
「ねぇ、美咲さん……海、行けるかな」
「行けるよ」
美咲は涙をこらえて、微笑んだ。
「だって、約束したでしょ? 次は、青い海だよ」
「うん……楽しみだな……」
湊は安らかに目を閉じた。美咲はその手を離さず、静かに「ありがとう」とつぶやいた。
——
それから半年後。
休暇を取った美咲は、ひとりで海辺に立っていた。
水平線の向こう、光る波の中に、少年の笑顔を見た気がした。
風が髪を揺らし、潮の香りが頬をなでる。ポケットの中から、小さな紙切れを取り出す。
“見たいものリスト”
その最後の行に、彼女は小さく書き足した。
“約束、ちゃんと果たしたよ”
そして、青い空に向かって微笑んだ。
その笑顔は、誰かの“希望の嘘”が残した、ほんの小さな奇跡だった。
橙色の光が、点滴のチューブをゆらりと照らす。
「ほら、今日もちゃんと注射がんばれたね」
看護師の美咲が笑いながら言うと、ベッドの上の少年・湊は、少し得意げにうなずいた。
「もう慣れたもんだよ」
「そっか。じゃあ次の約束、ちゃんと覚えてる?」
「もちろん。退院したら、一緒に海行くんでしょ?」
「うん。約束だよ」
美咲は指切りをした。その指は細く、どこか震えていた。
湊の病気は、医師の間でも難しいと言われていた。治療で一時的に良くなる日もあったが、長くは続かない。
けれど彼は、いつも笑っていた。それは、きっと誰よりも“希望”を信じていたからだ。
いや、正確に言えば——
希望を信じるふりを、していた。
ある夜、美咲はナースステーションでカルテを閉じたまま、しばらく動けなかった。
担当医から聞いた言葉が、まだ耳に残っていた。
「……長くは、もちません」
その一言が、心の奥で冷たく響いていた。窓の外には、病院の庭が見える。
去年の夏、湊と一緒に“海の絵”を描いた場所。
「この先には、きっと青い海があるんだよ」
——あのときの笑顔を思い出す。
次の日の昼。
湊はベッドの上で、ノートに何かを書いていた。
「なに書いてるの?」と尋ねると、
「海で見たいものリスト!」と笑った。
“かもめ、貝がら、浮き輪、美咲さんの笑顔”
美咲は思わず吹き出した。
「最後のはずるいなぁ」
「本当のこと書いただけだもん」
笑い合う二人。でも、その笑顔の裏で、美咲は“嘘をつく準備”をしていた。
数週間後。
容態が急変した夜、美咲は湊の手を握った。心拍モニターの音が、ゆっくりと間をあけて鳴る。
「ねぇ、美咲さん……海、行けるかな」
「行けるよ」
美咲は涙をこらえて、微笑んだ。
「だって、約束したでしょ? 次は、青い海だよ」
「うん……楽しみだな……」
湊は安らかに目を閉じた。美咲はその手を離さず、静かに「ありがとう」とつぶやいた。
——
それから半年後。
休暇を取った美咲は、ひとりで海辺に立っていた。
水平線の向こう、光る波の中に、少年の笑顔を見た気がした。
風が髪を揺らし、潮の香りが頬をなでる。ポケットの中から、小さな紙切れを取り出す。
“見たいものリスト”
その最後の行に、彼女は小さく書き足した。
“約束、ちゃんと果たしたよ”
そして、青い空に向かって微笑んだ。
その笑顔は、誰かの“希望の嘘”が残した、ほんの小さな奇跡だった。
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