異世界わんこ

洋里

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第二章

デプレストゥの森

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 ポランさんの船をおりた時には、もう深夜に近い時間だった。
 さすがに、そこからすぐ森に入るわけにはいかず、一旦わたしの魔法バッグから家を出し、ひと晩やりすごしてから、という事になる。
 何よりわたしが、こんな夜中に不幸の森になんて入りたくなかったし。
 ゆっくりベッドで休んで、翌朝のお天気は快晴、晴れやかな太陽の光で目が覚める。
 うーんと、伸びをしながら、
 (今日は爽やかな、いい移動日和になりそう)
と、思っていたのに、いざデプレストゥの森に入ると、とたんに鬱蒼うっそうとした木々に太陽の光ははばまれてしまい、薄暗い陰鬱いんうつな雰囲気の中を歩く事になる。
 濃い緑の匂いと湿った土の匂い、森林浴というには、湿気と薄暗さでどうにもそぐわない。
 地面も、枯葉がしっとりと濡れていて、カサリとも音を立てない。
 どうしてフレッドのお友達は、こんな森にいるのかしら。

 歩き始めて30分ほど経ったころだろうか、沢山のつたつる植物に絡み付かれた、2本の巨大な大木の間に隠れるようにして建っている、木造の小さな小屋が現れる。
 薄暗さのせいで、よくよく目をらさないと見逃してしまいそうだ。
 そこでフレッド達は馬を、わたしはハクから降りて地面に降りたつ。
 フレッドが、その小屋のドアをノックしようとしたその時、
ガチャリ
と、音を立てて扉が開いた。
 出てこようとした相手に、ぶつかりそうになってのけぞるフレッド。
「うわっ!」
「おおぉ? おお、久方ぶりだなフレデリック王子」
 そう言って小柄な体に、頭からすっぽりとマントのフードを被っていた人物が、そのフードを外すと、どう見ても子供、いや少女が現れた。
 くりくりと丸いドングリのような茶色い瞳は、少しだけ紫がかった光を帯びた、不思議な色合いをしている。
 髪色は綺麗なクリーム色。
 ストレートのロングヘアーを後ろで無造作に束ねている。
 肌は、あくまでも白く透き通るばかりだ。
 背は、わたしより断然低く、130cmにも満たないかも?
 どう見ても、小学校の中学年くらい?
「あぁびっくりした。 ヒルダ久しぶり」
「どうした? 王子が、こんな僻地へきちにわざわざ来るとは。 観光という訳でもあるまい?」
「うん、ヒルダに折り入って頼みがあってね」
「ふむ、せっかく遠路はるばる訪ねてもらって何なのだが、われはこれから大事な用があっての、急いでいるのでまたにしてくれ」
 無下むげに言われて、フレッドは慌てたように言い募る。
「いやいやいや。 ここに来るのが大変だっていうのは、君だって十分に分かってるでしょ、ヒルダ。 出直せなんてそんな殺生な。 その急ぎの用事には悪いけど、こっちを優先してもらう訳にはいかないの?」
 ヒルダさんは、しばし迷ったように眉間にしわを寄せて考えているようだった。
「我の用事を代わりに引き受けてくれるなら、考えてやらん事もない」
 前方の一点を見詰めたまま、そう結論付ける。
「分かった。 じゃあ、とりあえずお互いの話をする為に、中に入れてよ」
 ヒルダさんは、ちょっと不満気な顔をしながら、
「話は、5分じゃぞ」
と、渋々ながらも小屋の中に招き入れてくれた。
 わたし達は、馬の手綱を外の木の枝に括りつけ、ハクは、クルンっと小さくなって、みんなと中に入れてもらう。
 中に入るや早々そうそう、椅子に座る暇もなく、ヒルダさんは、せっつくように聞いてくる、
「して、用件はなんじゃ?」
「ヒルダの錬金術で、武器を作ってほしい」
「材料は?」
「持ってきてるよ。 アダマント鉱石と魔宝石」
 あくまでもにこやかに答えるフレッドに、そっけないヒルダさん。
「無理じゃな、時間がかかり過ぎる」
「そう言わずにさ。 ところでヒルダの用って何?」
「グルームダンジョンで、素材集めじゃ」
「う」
 フレッドの顔色が、目に見えて悪くなる。
「お主等が、我の代わりにグルームダンジョンに行って、素材集めをしてくれるなら、数日がかりになりそうな、それを請け負ってやらん事もないが、それでも、まだちょっと我の方が割に合わんな」
「あー、実は、作ってほしい武器は、2個なんだよね」
「それは、決定的に割に合わん。 では、そろそろ出かけるとしよう。 フレッド、会えてよかった、ごきげんよう!」
 そう言って、外に出て行こうとするヒルダさん。
「ちょ! ちょっとまってよ、分かった、分かったから。 ダンジョンで素材を集めてくるほかに、こちらから支払いもしよう」
「なんじゃ? 我は、金ならいらんぞ」
「分かってるよ。 マナ、悪いけど鉱山ダンジョンで出た例のマント、出してくれる?」
 え? 
 それって、透明マントの事だよね。
「はい」
 返事をして、魔法バッグから透明マントをとりだして見せる。
「これが報酬ではどう? 超レアな透明マント」
 そこで初めて、ヒルダさんも感心を示してくれる。
「ほう、話には聞いたことがあるが、本物を見るのは初めてじゃの。 見事に消えておるわ」
「だろ? これを逃すと、たぶんもう、お目にかかれないと思うけど」
「う───む。 今後、ひとりでダンジョンに潜る時には、重宝しそうではあるな。 しかし……」
 顎に指をあてて、考え込むヒルダさんに、
「ヒルダ殿、集めてくる素材は、何をどのくらい必要とされるのですか?」
と、セイさんが口を挟む。
「ひるのだえきせん、100個は集めるつもりじゃった」
「グルームダンジョンですと、吸血ヒルですね。 その唾液腺が、100個ですか。 いいですよ、そちらと他に採取できたアイテムを、全てお渡ししましょう」
 ヒルダさんの瞳が、キラリと光る。
「では、最下層のボスの、すいてつもお願いできるかの?」
「水姪。 まぁボスがドロップしたら、という事でいいなら」
「よいよい。 では、決まりじゃ。 我の取り分は、この透明マントにヒルの唾液腺100個、水姪、他のドロップ品はまぁ、いい物があったらいただこう。 して、そちらの武器の材料とやらを出してみるがよい」
「マナ、アダマント鉱石あるだけ出して」
 フレッドはそう言って、自分の魔法バッグから魔宝石を取り出し、目の前の大きながっしりとした木のテーブルに並べる。
「このパパラチアと、ブルーサファイヤでハンマーをひとつ。 イエローサファイヤとブルーサファイヤでもひとつ。 グリーンサファイヤは、毒の付与効果があるから指輪に加工して、念の為に血清も準備してほしい。 ピンクサファイヤは、魅了の付与効果があるから、ペンダントトップに。 金属部分は全部アダマント鉱石で、ここにあるぶん好きなだけ使ってくれ」
「げ───。 そんなにか? 武器だけじゃなく、指輪にネックレスに血清もじゃと? うーむ、我の取り分が少なすぎる気がしてきたぞ?」
 そう言って、悩み始めるヒルダさんに
「ヒルダ! ボスの水姪すいてつなんて、自分じゃ絶対取れないだろ? チャレンジしてきてやるんだから、十分にウィンウィンだぞ。 あ、あとこれ、サピロス・ラグーンの土産の温泉まんじゅう」
 そう言って、温泉まんじゅうを1箱取り出して渡す。
 そういえば、サービスのお茶請けで置いてあった温泉まんじゅうは、黄味餡きみあんでかなり美味しかった。
 わたしも何箱か、お土産に、とフレッドに買ってもらっている。
「うー、温泉まんじゅうかぁ。 まぁ仕方ない。 わかった請け負ってやろう。 じゃが、ヒルの唾液腺は100個以下ではダメだぞ、1個でも少なかったら、もういちど潜ってもらうからな」
 こうしてわたし達は、吸血ヒルがいるという、グルームダンジョンに潜ることが決まったのだった。

 ダンジョンに潜るにあたって、グルームダンジョンは吸血ヒルだけでなく、吸血蝙蝠こうもりもいる、という事で、ヒルダさんは、
「念の為な? ワンコは耳が良いというから、蝙蝠の超音波がさわっては可哀想じゃからの」
と、犬達用に耳当てを貸して下さった。
 スヌードのような感じで、頭に被せると耳がすっぽり隠せる。
「ご親切に、ありがとうございます」
 お礼を言うと、ヒルダさんは、初めてわたしの存在に注目してくれたようで、
「ん? そなたがこの犬達の飼い主なのか? 我は、ヒルダガルデ・フォン・メイヤード。 錬金術師じゃ」
と、自己紹介をしてくれた。
「初めまして、小日向真奈といいます。 この犬達と、冒険者パーティを組んでいます」
 わたしも、そう名乗ると、
「なに? 犬と冒険者パーティじゃと? ふふん、お主なかなか面白い事をしておるの」
と、なぜか満足気に、にんまりされてしまった。
「いちおう虫除けというか、ヒルけの薬を塗っていくがよい」
と、ちょっと草っぽい独特な匂いのする軟膏なんこうを棚から出してくれたので、腕や顔などに塗っておく。
「さて、では気を付けて行ってくるのじゃぞ。 くれぐれも、唾液腺は100個よりはまからんからな」
 そう念を押されて、出発することになる。
 フレッドが、馬達は、そのまま置いて行くと言うと、
「だったら、裏の馬小屋に入れておいてやろう。 なに、心配するな、我の馬小屋は世話焼き用のデク人形付きじゃ、馬達も快適に過ごせるじゃろ」
と、ヒルダさんは自信満々に胸を張っていた。

 グルームダンジョンは、ヒルダさんの小屋のすぐ先、小さな滝のある小川の裏手にあるそうで、そこに着くまでの間、気になっていた事を質問する。
「ヒルダさんって、おいくつなんでしょう?」
 するとフレッドが、
「11才だと思ったよ。 僕と同級生だった頃は、5才だったからね」
「え、そんなにお若いんですね」
「うん、飛び級しまくりの超天才って有名だったからね。 物凄く優秀で将来を期待されていたのに、偏屈な錬金術師の先生に師事して、弟子になったんだよ。 おかげで、こんな辺鄙へんぴな森の中に住んでるって訳」
「では、そのお師匠様は?」
「さぁ? そういえばいなかったけど、もう引退して長い事姿を見せてないらしいから、生きているのかどうか」
「そうなんですか」
 そんな事を話しながら歩いていると、湿気のある苔むした岩だらけの中、狭い入り口の洞窟に辿り着く。
 ここが、これから攻略するグルームダンジョンの入り口らしかった。


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