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第二章
アイリス様
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自分の姿が水鏡に映し出されたのを見て、わたしは急いでその場から逃げようとするが、動き出す前にがっちりとアーティボルト王子に肩を掴まれてしまう。
「捕まえた」
そう囁かれて、全身が冷たく凍りつく。
すぐに透明マントが剥ぎ取られ、わたしとココの姿が露わになる。
ココはスリングの中で、
「ウゥ────────」
と低く唸っているが、王子は整った顔立ちに、にやついた笑顔を貼りつかせ、わたしの顎に手を触れて上向かせる。
「こんなところまで入り込むとは、困ったネズミちゃんだね」
わたしは王子を見詰めたまま、
(ココ、黙って)
と指示を出してココを静かにさせると、胸元に下げている、ピンクサファイヤの魅了のペンダントヘッドに魔力を込める。
強く、強く、強く。
そうして魔力を込めていると、王子の顔つきがどんどんと、信じられない、とでもいうような驚愕の表情になり、そのあとに、今度は喜びで一杯の笑顔になる。
最後には、目に涙を浮かべて、今にも泣き出しそうな表情へと変わった。
王子の百面相を見ながら、どうしたらいいのかと戸惑っていると、
「母上……。 まさか、またお会いできるとは……」
と、言葉を詰まらせている。
わたしが、お母様に見えているの?
とたんに、また国王が、
「ぐわあぁぁぁぁぁぁー!」
と叫び出した。
ハッとしたように王子はそちらをチラリと見ると、わたしの手を取り、
「ここでは何ですから、どうぞこちらにいらして下さい」
と部屋を出る。
そのまま手を引かれて、2階の別の部屋へと連れて行かれる。
中に入ると、
「どうぞ。 母上がこの部屋に入られるのは初めてですね」
そう言いながら、椅子を勧められる。
白のロココ様式風でそろえられた、品の良い調度品の美しい部屋は、たぶん王子の私室なのだろう。
仕方なく、勧められるままに椅子に腰かける。
「何か飲み物でも、ご用意いたしましょうか?」
と気遣うように聞いてくれるが、他の人がわたしを見たら騒ぎになるだろう、と思い首を横に振る。
「そうですか」
そう言いながら、熱っぽい目でこちらを見つめつつ、向かいの椅子に腰かける王子。
「あぁ、全く夢のようです。 母上にまたお会いできるなんて思ってもみませんでした」
そして、気づかわし気な視線に変わる、
「ご病気で亡くなられたというのは、何かの間違いだったのですね。 まさか、僕に会わせないための大嘘だったという事なのかな? だとしたら本当に許せない。 誰の仕業なのか……」
そしてしばらく考え込むように黙っていたが、またパッと明るくこちらを見つめ直す。
「まあ、それは、今言っても仕方のないことですね。 今は、母上にまたこうしてお会いできたことを喜ばなくては。 それにしても、貴女とこうしてお話ができる機会が訪れるとは……」
と、目をウルウルとうるませながら続ける。
「初めてお会いした3才の頃から、僕はずっと、ずっと、貴女とこうしてゆっくりとお話がしてみたいと思い続けていたんですよ。 それが叶う日がくるなんて、本当に夢のようだ。 母上、いえ、アイリス様と呼ばせてください」
そう言うと思いつめたような表情に変わり、こちらをじっと見つめてくる。
「アイリス様、僕は幼い頃からずっと貴女に褒められたくて、認めて欲しくて、剣術も勉学も全てを完璧に習得するよう頑張ってきました。 アイリス様は、1度も僕に関心を持ってはくださらなかったけれど、僕は全てを貴女のためにと努力してきたんです。 1度でいい、ただ1度だけでいいから、貴女に頭を撫でられてみたかった」
そう一気に言い放つと、今度は一転して俯きながら、恨み言のように声音が低く変わる、
「それなのに、貴女はフレデリックの事ばかり……」
しかし、すぐにハッとして、取り繕うように慌ててフォローしだす、
「あ、いえ、フレデリックは貴女の実の息子なのですから、当然のことだとわかってはいるのです」
そして、少ししょんぼりしたように俯く、
「でも、僕もほんの少しだけでも貴女の子供として扱っていただきたかった。 いえ、いえ、すみません! 別に今になって、恨み言が言いたいわけではないんです。 ただ、貴女への僕の思いを知っていただきたくて、つい」
そこまで言うと、今度は慈愛の籠った慈しむような、今にも泣き出しそうな表情になる、
「すみません、そんな困ったお顔をなさらないでください。 アイリス様は、笑顔でいらっしゃるのが1番似合っておられるのですから」
そして、気を取り直したように明るく言う、
「ああそうでした、そういえば僕は、もう少しでこの国の王位を引き継ぐのですよ。 アイリス様にも、ぜひ戴冠式には出席していただきたい。 僕の晴れ姿を見ていただきたいのです」
楽し気にそこまで言うと、また表情が暗く変化する、
「アイリス様、国王は……、父はもうダメなのです。 貴女の夫たる資格は、もうあの人にはない」
しばらく顔を背けていたが、またすぐ、気を取り直したように明るく話しだす、
「しかし、安心してください。 父に代わって王位を引き継いだ僕が、責任を持ってアイリス様の面倒は見させていただきます。 貴女が望んでくださるのなら、僕の正妻として迎えてもいいのです」
正妻?
義理とはいえ、お母様の立場だった女性に?
すると、わたしを見る目が、また熱のこもったものになる。
「ああ、そんなに驚かないで下さい。 そうです、僕はもう何年も貴女を、貴女だけをお慕いしていたのです。 こうしてまたお会いできて、この気持ちをお伝えする事が叶うなんて、本当に奇跡です。 どうか、この僕の思いを受け入れていただきたい」
ええと、とりあえず王子の目がやばい。
聞いていて、すごく気の毒だなとは思うのだけれど、その目の色が、もう正気の人のものではない。
アイスブルーの綺麗な瞳なのだが、その瞳孔が、ずっと開きっぱなしなのだ。
なにか薬物でもやっているような、1点を見つめる見開いた目。
これは魅了効果によるものなのだろうか。
やばい、やばい、やばい、やばい。
こわい、こわい、こわい、こわい。
狂気を帯びた目でアーティボルト王子が、次々とまくし立てているのをじっと聞きながら、私の頭の中ではずっとその繰り返しだった。
察するにこの人は、継母であるフレッドのお母様に懸想してらした、ということなのだろう。
わたしのピンクサファイヤのペンダントヘッドの魅了効果で、わたしの姿がその継母様に見えてしまっている、と。
話しながら、じわじわと迫ってきていて、とてもやばい感じがひしひしとしている。
いちおう後ろ手で、魔法バッグから、いつでも【ロータスの戦槌】が取りだせるようにしておく。
すると、いつの間にかアーティボルト王子が、ずずいっとわたしの前にきて跪くと、わたしの左手を取り、その手の甲に口づける。
「僕の気持ちを受け入れて、妻となって下さいますね、アイリス様」
(どうしてそうなった?)
と思っているうちに、アーティボルト王子は、わたしを椅子から立たせると、そっと両肩を抱きしめてくる。
ギャ───!
心で悲鳴を上げながら、右手で魔法バッグからロータスの戦槌を取りだすと、アーティボルト王子の後頭部にポコンと軽く当てる。
気絶してぐったりと倒れこむ王子を支えつつ、奥の部屋のベッドに運んであげる。
怪力になっていてよかった、と思いながら王子をベッドに寝かせて、透明マントを羽織り直す。
そのベッド脇の机に、見覚えのある革のサコッシュが2つ置いてあるのが見える。
これ、セイとフレッドの魔法バッグだ。
それを引っ掴んで、急いで自分の魔法バッグに入れながら、王子の部屋をでる。
(マナ、おつかれさま)
ココが労ってくれるが、本当、どっと疲れた。
いろんな衝撃があったけれど、とりあえずはやり過ごせたんだから、よしとしよう。
とにかく、一刻も早く、セイと囚われている貴族の方々を見つけないと。
透明マントのフードを目深に被って、自分とココの姿を消すと、第1王子の部屋から物音を立てないようにそっと抜けだす。
階段を下りて中庭に出ると、そのまま突っ切って奥の3本並んだ塔へと急ぐ。
塔の入り口には扉はなく、番兵が一人ずつ付いてはいるが、そのまま脇を通り中の螺旋階段を、音を立てないように慎重に上る。
上り切ると最上階の部分にぐるりと部屋がいくつか並んでいた。
最初の部屋の鍵を開錠して開けると、中にいたのは見知らぬ男性だったが、今回、連合を組んで捕らえられている貴族達の名簿をもらってきているので、それを見ながら小さく聞いてみる、
「貴方のお名前は?」
男性は突然の声に驚いたようだが、
「アーサー・ドーズ・オッペンハイム」
と素直に答える。
ふむふむ、名簿にある名前だ。
「オッペンハイム伯爵ですね、お助けに参りました。 こちらの帰還石で、メイヤード侯爵家の中庭に移動できます。 着きましたら、屋敷の中の者に匿ってもらってください」
そう言って帰還石を差し出し、触れてもらう。
あっという間に消え去るのを確認して、すぐに部屋を出てもう1度施錠する。
次の部屋も、また次の部屋も、今回捕らえられた貴族達だった。
6部屋回って、6人を助け出すと、第2の塔へ移動する。
そちらでも、やはり6人をメイヤード侯爵家に送りだす。
第3の塔では2つ目の部屋に、やっとヒルダのお父様であるメイヤード侯爵がいらっしゃった。
簡単に事情をお話しして、やはり帰還石で戻ってもらうが、その前に、セイの囚われている場所がわからないか聞いてみる。
「すまない、この塔の中にいないのであれば、はっきりした事はわからない。 だが、もしかしたら地下なのかもしれません。 謁見の間の床には地下へと落とされる仕掛けがあると聞いた事があるので、その地下が実在するなら、地下牢があってもおかしくはないでしょう」
そう教えてもらう。
「分かりました、ありがとうございます。 では、お屋敷に匿っていただいている、他の皆様をよろしくお願いします」
そう言うと、
「こちらこそ、こんな危険な事をしてまで来て下さってありがとう。 礼はまたのちほど」
と言いながら、帰還石で戻っていかれた。
第3の塔を全て見て回ったが、やはりここには、第2王子派とされて捕らわれた貴族しかいなかった。
謁見の間と、その地下を探さなければ。
もらっていた見取り図から、謁見の間は居館の隣の宮廷の方面にあると確認して、今度はそちらへと急ぐ。
もう、ここに潜入してから2時間は経とうとしていた。
第1王子が、いつ気絶から覚めるかもわからない。
宮廷の中の謁見の間を探し当てて、人がいない事を確認すると、ココに床から落ちる仕掛けがないか探ってもらう。
(この下が、空洞みたい)
と、すぐに見つけてくれるココ。
試しに補助魔法で罠解除をしてみると、床が開いた。
下を覗き込むが、かなり暗くて底が見えない。
でも、ここから入るしかないよね。
(ココ、魔法防御かけてくれる?)
とお願いすると、
(いいけど、ここから落ちるなら、ミルクをだして頭に乗せて)
と、魔法防御をかけてくれながら言われる。
( ? うん、分かった)
と、わたしも素直に魔法バッグからミルクに出てきてもらう。
バッグの中に残されたハクが、どうして僕だけ置いて行くのー、とでも言うようにギャンギャン鳴いているが、その声が漏れ聞こえる前にと、慌てて閉じる。
ごめんね、君の出番はまだだよ。
ミルクを頭に乗せて、魔法防壁にブーストをかけて鉄壁にすると、意を決して床の穴に飛び込んだ。
「捕まえた」
そう囁かれて、全身が冷たく凍りつく。
すぐに透明マントが剥ぎ取られ、わたしとココの姿が露わになる。
ココはスリングの中で、
「ウゥ────────」
と低く唸っているが、王子は整った顔立ちに、にやついた笑顔を貼りつかせ、わたしの顎に手を触れて上向かせる。
「こんなところまで入り込むとは、困ったネズミちゃんだね」
わたしは王子を見詰めたまま、
(ココ、黙って)
と指示を出してココを静かにさせると、胸元に下げている、ピンクサファイヤの魅了のペンダントヘッドに魔力を込める。
強く、強く、強く。
そうして魔力を込めていると、王子の顔つきがどんどんと、信じられない、とでもいうような驚愕の表情になり、そのあとに、今度は喜びで一杯の笑顔になる。
最後には、目に涙を浮かべて、今にも泣き出しそうな表情へと変わった。
王子の百面相を見ながら、どうしたらいいのかと戸惑っていると、
「母上……。 まさか、またお会いできるとは……」
と、言葉を詰まらせている。
わたしが、お母様に見えているの?
とたんに、また国王が、
「ぐわあぁぁぁぁぁぁー!」
と叫び出した。
ハッとしたように王子はそちらをチラリと見ると、わたしの手を取り、
「ここでは何ですから、どうぞこちらにいらして下さい」
と部屋を出る。
そのまま手を引かれて、2階の別の部屋へと連れて行かれる。
中に入ると、
「どうぞ。 母上がこの部屋に入られるのは初めてですね」
そう言いながら、椅子を勧められる。
白のロココ様式風でそろえられた、品の良い調度品の美しい部屋は、たぶん王子の私室なのだろう。
仕方なく、勧められるままに椅子に腰かける。
「何か飲み物でも、ご用意いたしましょうか?」
と気遣うように聞いてくれるが、他の人がわたしを見たら騒ぎになるだろう、と思い首を横に振る。
「そうですか」
そう言いながら、熱っぽい目でこちらを見つめつつ、向かいの椅子に腰かける王子。
「あぁ、全く夢のようです。 母上にまたお会いできるなんて思ってもみませんでした」
そして、気づかわし気な視線に変わる、
「ご病気で亡くなられたというのは、何かの間違いだったのですね。 まさか、僕に会わせないための大嘘だったという事なのかな? だとしたら本当に許せない。 誰の仕業なのか……」
そしてしばらく考え込むように黙っていたが、またパッと明るくこちらを見つめ直す。
「まあ、それは、今言っても仕方のないことですね。 今は、母上にまたこうしてお会いできたことを喜ばなくては。 それにしても、貴女とこうしてお話ができる機会が訪れるとは……」
と、目をウルウルとうるませながら続ける。
「初めてお会いした3才の頃から、僕はずっと、ずっと、貴女とこうしてゆっくりとお話がしてみたいと思い続けていたんですよ。 それが叶う日がくるなんて、本当に夢のようだ。 母上、いえ、アイリス様と呼ばせてください」
そう言うと思いつめたような表情に変わり、こちらをじっと見つめてくる。
「アイリス様、僕は幼い頃からずっと貴女に褒められたくて、認めて欲しくて、剣術も勉学も全てを完璧に習得するよう頑張ってきました。 アイリス様は、1度も僕に関心を持ってはくださらなかったけれど、僕は全てを貴女のためにと努力してきたんです。 1度でいい、ただ1度だけでいいから、貴女に頭を撫でられてみたかった」
そう一気に言い放つと、今度は一転して俯きながら、恨み言のように声音が低く変わる、
「それなのに、貴女はフレデリックの事ばかり……」
しかし、すぐにハッとして、取り繕うように慌ててフォローしだす、
「あ、いえ、フレデリックは貴女の実の息子なのですから、当然のことだとわかってはいるのです」
そして、少ししょんぼりしたように俯く、
「でも、僕もほんの少しだけでも貴女の子供として扱っていただきたかった。 いえ、いえ、すみません! 別に今になって、恨み言が言いたいわけではないんです。 ただ、貴女への僕の思いを知っていただきたくて、つい」
そこまで言うと、今度は慈愛の籠った慈しむような、今にも泣き出しそうな表情になる、
「すみません、そんな困ったお顔をなさらないでください。 アイリス様は、笑顔でいらっしゃるのが1番似合っておられるのですから」
そして、気を取り直したように明るく言う、
「ああそうでした、そういえば僕は、もう少しでこの国の王位を引き継ぐのですよ。 アイリス様にも、ぜひ戴冠式には出席していただきたい。 僕の晴れ姿を見ていただきたいのです」
楽し気にそこまで言うと、また表情が暗く変化する、
「アイリス様、国王は……、父はもうダメなのです。 貴女の夫たる資格は、もうあの人にはない」
しばらく顔を背けていたが、またすぐ、気を取り直したように明るく話しだす、
「しかし、安心してください。 父に代わって王位を引き継いだ僕が、責任を持ってアイリス様の面倒は見させていただきます。 貴女が望んでくださるのなら、僕の正妻として迎えてもいいのです」
正妻?
義理とはいえ、お母様の立場だった女性に?
すると、わたしを見る目が、また熱のこもったものになる。
「ああ、そんなに驚かないで下さい。 そうです、僕はもう何年も貴女を、貴女だけをお慕いしていたのです。 こうしてまたお会いできて、この気持ちをお伝えする事が叶うなんて、本当に奇跡です。 どうか、この僕の思いを受け入れていただきたい」
ええと、とりあえず王子の目がやばい。
聞いていて、すごく気の毒だなとは思うのだけれど、その目の色が、もう正気の人のものではない。
アイスブルーの綺麗な瞳なのだが、その瞳孔が、ずっと開きっぱなしなのだ。
なにか薬物でもやっているような、1点を見つめる見開いた目。
これは魅了効果によるものなのだろうか。
やばい、やばい、やばい、やばい。
こわい、こわい、こわい、こわい。
狂気を帯びた目でアーティボルト王子が、次々とまくし立てているのをじっと聞きながら、私の頭の中ではずっとその繰り返しだった。
察するにこの人は、継母であるフレッドのお母様に懸想してらした、ということなのだろう。
わたしのピンクサファイヤのペンダントヘッドの魅了効果で、わたしの姿がその継母様に見えてしまっている、と。
話しながら、じわじわと迫ってきていて、とてもやばい感じがひしひしとしている。
いちおう後ろ手で、魔法バッグから、いつでも【ロータスの戦槌】が取りだせるようにしておく。
すると、いつの間にかアーティボルト王子が、ずずいっとわたしの前にきて跪くと、わたしの左手を取り、その手の甲に口づける。
「僕の気持ちを受け入れて、妻となって下さいますね、アイリス様」
(どうしてそうなった?)
と思っているうちに、アーティボルト王子は、わたしを椅子から立たせると、そっと両肩を抱きしめてくる。
ギャ───!
心で悲鳴を上げながら、右手で魔法バッグからロータスの戦槌を取りだすと、アーティボルト王子の後頭部にポコンと軽く当てる。
気絶してぐったりと倒れこむ王子を支えつつ、奥の部屋のベッドに運んであげる。
怪力になっていてよかった、と思いながら王子をベッドに寝かせて、透明マントを羽織り直す。
そのベッド脇の机に、見覚えのある革のサコッシュが2つ置いてあるのが見える。
これ、セイとフレッドの魔法バッグだ。
それを引っ掴んで、急いで自分の魔法バッグに入れながら、王子の部屋をでる。
(マナ、おつかれさま)
ココが労ってくれるが、本当、どっと疲れた。
いろんな衝撃があったけれど、とりあえずはやり過ごせたんだから、よしとしよう。
とにかく、一刻も早く、セイと囚われている貴族の方々を見つけないと。
透明マントのフードを目深に被って、自分とココの姿を消すと、第1王子の部屋から物音を立てないようにそっと抜けだす。
階段を下りて中庭に出ると、そのまま突っ切って奥の3本並んだ塔へと急ぐ。
塔の入り口には扉はなく、番兵が一人ずつ付いてはいるが、そのまま脇を通り中の螺旋階段を、音を立てないように慎重に上る。
上り切ると最上階の部分にぐるりと部屋がいくつか並んでいた。
最初の部屋の鍵を開錠して開けると、中にいたのは見知らぬ男性だったが、今回、連合を組んで捕らえられている貴族達の名簿をもらってきているので、それを見ながら小さく聞いてみる、
「貴方のお名前は?」
男性は突然の声に驚いたようだが、
「アーサー・ドーズ・オッペンハイム」
と素直に答える。
ふむふむ、名簿にある名前だ。
「オッペンハイム伯爵ですね、お助けに参りました。 こちらの帰還石で、メイヤード侯爵家の中庭に移動できます。 着きましたら、屋敷の中の者に匿ってもらってください」
そう言って帰還石を差し出し、触れてもらう。
あっという間に消え去るのを確認して、すぐに部屋を出てもう1度施錠する。
次の部屋も、また次の部屋も、今回捕らえられた貴族達だった。
6部屋回って、6人を助け出すと、第2の塔へ移動する。
そちらでも、やはり6人をメイヤード侯爵家に送りだす。
第3の塔では2つ目の部屋に、やっとヒルダのお父様であるメイヤード侯爵がいらっしゃった。
簡単に事情をお話しして、やはり帰還石で戻ってもらうが、その前に、セイの囚われている場所がわからないか聞いてみる。
「すまない、この塔の中にいないのであれば、はっきりした事はわからない。 だが、もしかしたら地下なのかもしれません。 謁見の間の床には地下へと落とされる仕掛けがあると聞いた事があるので、その地下が実在するなら、地下牢があってもおかしくはないでしょう」
そう教えてもらう。
「分かりました、ありがとうございます。 では、お屋敷に匿っていただいている、他の皆様をよろしくお願いします」
そう言うと、
「こちらこそ、こんな危険な事をしてまで来て下さってありがとう。 礼はまたのちほど」
と言いながら、帰還石で戻っていかれた。
第3の塔を全て見て回ったが、やはりここには、第2王子派とされて捕らわれた貴族しかいなかった。
謁見の間と、その地下を探さなければ。
もらっていた見取り図から、謁見の間は居館の隣の宮廷の方面にあると確認して、今度はそちらへと急ぐ。
もう、ここに潜入してから2時間は経とうとしていた。
第1王子が、いつ気絶から覚めるかもわからない。
宮廷の中の謁見の間を探し当てて、人がいない事を確認すると、ココに床から落ちる仕掛けがないか探ってもらう。
(この下が、空洞みたい)
と、すぐに見つけてくれるココ。
試しに補助魔法で罠解除をしてみると、床が開いた。
下を覗き込むが、かなり暗くて底が見えない。
でも、ここから入るしかないよね。
(ココ、魔法防御かけてくれる?)
とお願いすると、
(いいけど、ここから落ちるなら、ミルクをだして頭に乗せて)
と、魔法防御をかけてくれながら言われる。
( ? うん、分かった)
と、わたしも素直に魔法バッグからミルクに出てきてもらう。
バッグの中に残されたハクが、どうして僕だけ置いて行くのー、とでも言うようにギャンギャン鳴いているが、その声が漏れ聞こえる前にと、慌てて閉じる。
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