11 / 16
Darkness Fantasy
投げ込まれた火炎瓶
しおりを挟む
「おいおい、何だってこんなのを後生大事にしまい込んでいるんだ。燃やしちまおうよ」
ロビンはシャーロックの手から新聞をもぎ取り、暖炉に放り投げた。今にも消えそうだった火種は餌を与えられて緩やかに蘇り、オレンジ色の舌がチロチロと紙面を舐め取って行くのが見える。
「気にするなって言っているだろう。連中は本当に何も分かっていないんだ。この件で君がどんなに苦労しているかなんて」
「だがお前はさっき、見た目が全てだと言っただろう。その通り、世間から見れば俺はただの能なしだ。落ちぶれた頼りのない奴だ。しかしニュー・ジャックには庶民を善行へ導く力がある」
「まあ神だって祀り上げてる連中もいるね」
「そうだ。その神を逮捕しかねない――いや例え自首しようと証拠がないんじゃ無理だが――警察や探偵には消えて欲しいと思うのが自然だろう」
「そうかも知れないけど、ニュー・ジャックがいるからって悩み事が全部消えるわけじゃないんだから、客足はその内戻るさ。そこまで気落ちする必要あるのかい? 別に痛くも痒くもないじゃないか」
「まあな。先週は火炎瓶を投げ込まれたが別に痛くも痒くもなかった」
言いながらシャーロックは窓の下の黒ずんだ床を見る。まだ日が浅く、修理の手も間に合わないので現場は意図せず保存されていた。
投げ込まれた火炎瓶は三、四本。思いのほか激しく燃えたのでフローリング材の一部が焼失し、床下のコンクリートが顔を出すありさまだった。しかし、焦って瓶を取り除こうとしたために両手に負った火傷の方は、もう痛みも感じないまでに回復している。
「うわ、前言撤回するね。やった奴らの名はリストアップしたかい」
「いや。大した被害はなかったからいい」
「そうかね、僕だったら絶対に思い知らせてやるんだけど」
ロビンは少しの間、シャーロックには分からない古い言葉で悪態をついた。
「でも此処に住んでいる以上、君は家賃を払わなきゃいけないんだぜ。仕事がなくて大丈夫なのかい? いつもの警部に他の事件を回してもらったら? そいつで名誉挽回しよう」
「俺のせいで減給になったレストレードにか? 無理だ。あいつには家庭がある。上手くは行っていないようだが」
「でも、もうどれくらい大家さんに待ってもらってるんだっけ?」
「三ヶ月だ」
「……よく追い出されずに済んでるね」
「そりゃ、」
シャーロックは一瞬言葉を詰まらせて、水滴滲む窓の外を凝視した。
「俺の元助手と一緒にスイスへ旅行中だからな」
「何だって?」
驚きに目を見開くロビンを見て、シャーロックは自嘲気味に笑う。笑い過ぎて咳き込む程に。
「どうりでこの間もその前も姿を見ないなと思ったけど、嘘でしょ、まさかこんな時に?」
「こんな時だからこそだ。火炎瓶騒動の後はあいつ宛てに、蓋を開けると毒針が飛び出すとんだびっくり箱が送られて来た。俺がその場にいなかったらまず間違いなく死んでいたな。だがそれで危険が去ったわけではないと散々言い含めたが男の癖に泣きまくり、どうしても聞かなかったんで、終いには薬で眠らせて船に積んだ。あと三年は帰って来ない。俺の兄が旅費含め何もかも手配してくれた」
「正しいと思うけど、ずいぶん無理矢理だね。彼らが帰ろうとしたらどうするんだ?」
「パスポートはあと三年、何があっても帰国を許さない状態にした。それに兄は政府機関の人間だからな、伝手で世界中にシークレット・サービスを派遣した。あの二人は何時でも何処でも大勢の人間に見守られている」
「見張られているの間違いだよねそれ」
シャーロックは白い息を吐いた。
二人を海外に追いやったのはロビンへの説明通り、「ニュー・ジャック」の過激な信望者達の手から逃がすためだったが、護衛をつけたのは他ならぬ自分のためだった。もし自制が利かず、無防備な彼らを追ってしまったら――それを考えると恐ろしかったのだ。
ロビンはシャーロックの手から新聞をもぎ取り、暖炉に放り投げた。今にも消えそうだった火種は餌を与えられて緩やかに蘇り、オレンジ色の舌がチロチロと紙面を舐め取って行くのが見える。
「気にするなって言っているだろう。連中は本当に何も分かっていないんだ。この件で君がどんなに苦労しているかなんて」
「だがお前はさっき、見た目が全てだと言っただろう。その通り、世間から見れば俺はただの能なしだ。落ちぶれた頼りのない奴だ。しかしニュー・ジャックには庶民を善行へ導く力がある」
「まあ神だって祀り上げてる連中もいるね」
「そうだ。その神を逮捕しかねない――いや例え自首しようと証拠がないんじゃ無理だが――警察や探偵には消えて欲しいと思うのが自然だろう」
「そうかも知れないけど、ニュー・ジャックがいるからって悩み事が全部消えるわけじゃないんだから、客足はその内戻るさ。そこまで気落ちする必要あるのかい? 別に痛くも痒くもないじゃないか」
「まあな。先週は火炎瓶を投げ込まれたが別に痛くも痒くもなかった」
言いながらシャーロックは窓の下の黒ずんだ床を見る。まだ日が浅く、修理の手も間に合わないので現場は意図せず保存されていた。
投げ込まれた火炎瓶は三、四本。思いのほか激しく燃えたのでフローリング材の一部が焼失し、床下のコンクリートが顔を出すありさまだった。しかし、焦って瓶を取り除こうとしたために両手に負った火傷の方は、もう痛みも感じないまでに回復している。
「うわ、前言撤回するね。やった奴らの名はリストアップしたかい」
「いや。大した被害はなかったからいい」
「そうかね、僕だったら絶対に思い知らせてやるんだけど」
ロビンは少しの間、シャーロックには分からない古い言葉で悪態をついた。
「でも此処に住んでいる以上、君は家賃を払わなきゃいけないんだぜ。仕事がなくて大丈夫なのかい? いつもの警部に他の事件を回してもらったら? そいつで名誉挽回しよう」
「俺のせいで減給になったレストレードにか? 無理だ。あいつには家庭がある。上手くは行っていないようだが」
「でも、もうどれくらい大家さんに待ってもらってるんだっけ?」
「三ヶ月だ」
「……よく追い出されずに済んでるね」
「そりゃ、」
シャーロックは一瞬言葉を詰まらせて、水滴滲む窓の外を凝視した。
「俺の元助手と一緒にスイスへ旅行中だからな」
「何だって?」
驚きに目を見開くロビンを見て、シャーロックは自嘲気味に笑う。笑い過ぎて咳き込む程に。
「どうりでこの間もその前も姿を見ないなと思ったけど、嘘でしょ、まさかこんな時に?」
「こんな時だからこそだ。火炎瓶騒動の後はあいつ宛てに、蓋を開けると毒針が飛び出すとんだびっくり箱が送られて来た。俺がその場にいなかったらまず間違いなく死んでいたな。だがそれで危険が去ったわけではないと散々言い含めたが男の癖に泣きまくり、どうしても聞かなかったんで、終いには薬で眠らせて船に積んだ。あと三年は帰って来ない。俺の兄が旅費含め何もかも手配してくれた」
「正しいと思うけど、ずいぶん無理矢理だね。彼らが帰ろうとしたらどうするんだ?」
「パスポートはあと三年、何があっても帰国を許さない状態にした。それに兄は政府機関の人間だからな、伝手で世界中にシークレット・サービスを派遣した。あの二人は何時でも何処でも大勢の人間に見守られている」
「見張られているの間違いだよねそれ」
シャーロックは白い息を吐いた。
二人を海外に追いやったのはロビンへの説明通り、「ニュー・ジャック」の過激な信望者達の手から逃がすためだったが、護衛をつけたのは他ならぬ自分のためだった。もし自制が利かず、無防備な彼らを追ってしまったら――それを考えると恐ろしかったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる