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飛べない動物と武官

4 ノーニス① その他現生生物とすべての共通の祖先を意味する。

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 ピラフと餃子。
 おそらく私が皿の上に乗せたものだ。それを持って、豪華な料理が並ぶテーブルから離れると、給仕からシャンパンをもらって早速口へ運ぶ。会場には私の様に飲み食いする人間が大勢集まっていた。城の最奥の広場を利用したパーティーは、晩餐会というよりレセプションといったところだろう。物珍しそうに城を眺めるご婦人の他に、社交やビジネスに忙しそうな客も多いようだ。
 しかし、彼らは皆一度は会場の外を見る。
 広場を覆うはずの城壁が崩れ、高台から臨めるようになった夜の砂漠を見る為に。
 私もその眺望に見入っていた。
 広がる闇。
 風が吹くとそれは運ばれて移動する。
 ざあざあと、闇が動く音がする。
 人の営みのすぐ後ろにあるそれは、まるで世界の境界線のようだ。皆、この心細く懐かしい思いをこの古城で体感するのだ。このパーティーはとても良いお披露目式となっただろう。そう思いながら、ピラフを食べる。入っているのは牛肉とにんじん?――見慣れたものより色が薄く甘みがある、のようで、シンプルだが米にうまみが染みていて美味しい。しかし、ピラフとは違う食べ物のようだ。この丸い水餃子のようなものも随分大きいから、餃子じゃないのか?

「それは、マンティですよ。餃子と違って牛肉が詰まっています。お米の料理はプロフと言います。どちらもこの地方の郷土料理ですよ」

 やや下方から声が掛かる。カラ城の管理責任者のクルロだった。レセプションの為にタキシードを着用している。彼の体格に合わせた小ぶりのボウタイが良く似合っていて可愛らしい。会場の招待客も随分ドレスアップしていた。用意が良い事だ。私は相変わらずのブルーのスーツなのだが、ウィラビィはしっかりと準備していたはずだ。横目で会場を伺えば、すらりとした長身にぴったりと沿った赤いドレスが見えた。夜の砂漠は冷える為か白いシャンタンジャケットを羽織っている。フルートグラスの細い脚をつまみ、髭を蓄えた紳士と談笑している。彼女は社交に忙しそうだが、ぶちのめせる相手を探しているに違いない。私も、城で火遊びをした犯人は気になるところだ。早速一番疑わしい人物に話を振ってみる。

「貴方は随分この地域に詳しいようだ。エナンティオから来られたのでしょう?」
「ええ、そうです。エナンティオで博物館などの指定管理が進められているのですが、弊社も一端を受け持っておりまして、このカラ城のお話を頂いたんです。私はもともとイベロメソルの文化に興味がありまして立候補した次第です」
「なるほど。貴方にとって望んだ転勤だったわけですね」
「そうです。今後はカラ城を開放して旅行客を呼び込む予定です。披露宴やパーティーの会場として提供するのも良いでしょう。今日の来賓に提供した小部屋は泊り客用の部屋になります。私はそれらを指揮して営業を軌道に乗せるのが当面の仕事ですね」

 地下でウィラビィが広げたパンフレットが思い出される。表紙に砂漠のオアシス、と書かれてあった。やはり砂漠の観光地化を目指しているということか。

「ホテルを兼ねるとは良い案ですね。そう言えば、ここには地下もあるのでしょう?そちらはどのように使用するのです?」

 クルロは図書室を隠していたのだ。どう説明するのか気になった。しかし彼は不思議そうに頭を傾げる仕草をするだけで特に怪しい様子はない。玉座の間に現れた地下への階段に気づかなかったということは、誰かが隠すような細工をしたのだろうか。

「地下ですか?このカラ城にそのような設備はありませんよ。図面に地下の記載はありませんでしたし、前任からも聞いていませんが」
「そうでしたか。城内を見て回りましたがあまりに立派なので地下室などがあるのかと勘違いをしました。玉座の間にも行きましたが、ひどい火災だったようですね。どのような状況であんなことに?」
「ああ、燃え残った柱をご覧になったのですね。実は先程落雷がありまして全て燃えた所だったんですよ。貴女方にお怪我がなくて良かった」

 クルロがほっと息を吐く。落雷の原因は私達なので複雑な気分だ。そこへ遠くから手を振る客があり、彼は控えめに会釈を返した。そろそろ今日のホストを解放した方が良いだろう。

「実は火災は私が赴任する数日前の話で、詳しくは知らないのです。この土地の性質がの為に、火は直ぐに消し止められて他の建物に燃え移らなかったそうですよ。玉座の完全な姿を目にすることが出来なかった事は残念ですが、歴史的に素晴らしい城塞です。貴女の良いご滞在になりますことを」

 クルロはそう言って私の手の甲に軽くキスをすると、踵を返した。私は先ほどの話を反芻する。火災は彼の赴任を知った何者かが仕組んだのだろうか。エナンティオから派遣されるクルロに地下の存在を知らせない為に? 

「面白いものを食べているわね」

 直ぐ横にウィラビィがやって来る。その彼女も片手に料理を乗せた皿を持っていた。

「そっちこそ、それは何?」
「ザクロのサラダよ。美容に良いんですって」

 彼女も郷土料理が気になったようだ。しかしその皿をカウンターテーブルに置くと私に顔を寄せてくる。

「彼、見かけと違って1の質ですって」

 ウィラビィがクルロの後ろ姿を見やった。アベメタタリア特有の目や鱗の容姿だが3の質ではないらしい。彼が使える力は4。火災を起こすことが彼にもできるということか。

「ふぅん。でも火災はクルロの赴任直前だったらしい。指定管理になる前から働いている従業員に話を聞いた方が良さそうだね」
「それが、イベロメソルから雇われていた職員は全員解雇されたそうよ」
「解雇?」
「そう。今の従業員はエナンティオが新たに募集を掛けて雇ったようね。今月から働いているんですって。引継ぎは残された文書だけだったそうよ。もう少し詳しく聞いてみようかしら?」

 そう言ってウィラビィが若い給仕にウィンクする。満更でもない顔をした彼が、かものトップバッターだろう。会場では、長い尾が生えた人間ノーニスや顔に鱗のある人間ノーニスなど様々な形をした給仕が忙しく動き回っていた。

「入れ替えるには相当な人数だね」
「職に困った前の従業員が一人や二人紛れ込んでもいても気付かれない。探してみる?」
「いや、そちらは私がする」

 私はウィラビィを制すると、飲み終えたグラスと皿をテーブルに置いた。そして、崩れた城壁を肩越しに指す。境の向こうは夜を纏った広大な砂漠だ。

「こっちの警備は厚いんだけど、城門はちょっと不用心な気がする。まあ、パーティーの手前重々しい雰囲気には出来ないんだろうけど。ウィラビィは玉座の間で見張っていていてくれないか。誰かが本をとりにくるかもしれない」 

 私の指示にウィラビィがわずかに逡巡した。

「良いけど、貴女はあの地下の本に価値があると思っているの?選定書官として」
「いや、あそこに私が必要とする物はないよ。でも、あれらの正しい価値が分かる者と、エナンティオの回し者に奪われたくない者が同時に、または別々に存在するかもしれない」
「そんなに気になるなら、そっちへ行っても良い。でも、忘れないでね。私は貴女の護衛武官よ。身の回りにはくれぐれも気を付けて」
 
 私がその言葉に頷くのを見ると彼女は速やかに会場から姿を消した。
 さて、私は従業員の方か。
 まずは新しいシャンパンが必要だ。
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