選定書官リンネと飛べない動物たち

橙と猩々

文字の大きさ
9 / 20
飛べない動物と武官

4 ノーニス② その他現生生物とすべての共通の祖先を意味する。

しおりを挟む
 私は会場の奥に設置された簡易な厨房へ戻ろうとする給仕の女性を呼び留める。ウサギの様な耳を持った彼女は慌てて振り返ると、一杯しか残っていなかったシャンパンを薦めた。私は、そのフルートグラスを受けとる仕草で彼女の手首を掴む。驚いてトレイごとグラスを落さないよう、強い力で。彼女は怖気づいた顔で私を見上げ後退ろうとした。私はそれを許さず、廊下脇の小部屋へ引きずり込む。

「な、なんなんですか、貴女は!?」

 給仕が大声を上げる。長い耳がぷるぷると震えていた。それを横目に見ながら私はグラスを傾けた。料理と違って馴染みのある味。酒はエナンティオから取り寄せたのかもしれない。そう言えばイベロメソルの住人は酒を飲まないらしい。

「他市の人間が飲み食いするのは不快だろう」
「いいえ、私はこの城に雇われています」
「そう?仕事熱心なことだね。
 君は新しい責任者がエナンティオから派遣される前から働いているんでしょう」

 私がそう言うと、彼女は怒りに任せて開いた口をぐっ、と噤んだ。

「君は玉座の間で火事があった時その場にいたはずだ」
「……私には何の話か…」
「分からないって?ひょっとしたら君は今日も行ったんじゃないかな。落雷の後に」
「なっ、何を根拠にそんなことを言うの!?この城の従業員は一新されたのよ!」

 給仕がきっ、と睨んでくる。

「根拠ね、勿論あるよ。君のその靴、どうしたのかな」

 思わず私の視線の先を追った彼女が自分の靴先を見て驚愕する。彼女の靴は所々青く変色していた。

「それは玉座の間のタイルが溶けたものだろ?
 君は火事の現場にいた。しかもかなり近くで目撃していたはずだ。最初の火災でタイルが溶けていたのは舞台の上の一部分だけだったからね。舞台の上に上がって、     
 …力を使った?木材を燃やして地下への通路を塞ぐために」
「私は2の質よ!この城で火の力は使えないわ!」
「では、君がしたのは落雷後に通路を塞ぐことか。5の力なら壁を変質させることが出来るだろう」
「………」

 給仕は今更ながら押し黙った。これまでの彼女の様子を見ると、激高して叫んだり、明らかに狼狽したりと、とても犯罪に手慣れているとは思えない。犯行も大事で人目に付きやすいものだった。単独の犯行ではないだろう。

「地下の書物を隠すだけにしては大げさじゃないかな?一体なぜこんな事をしたんだか」
「……貴女達よそ者には分からないわ」

 私を睨む彼女の目に強い光が灯る。

「貴女達にこの城の本当の価値なんて分かる筈がない!
 ここには私達が住む世界の歴史があるのよ。
 大切に保管された書簡は、何代も、何代も、書き加えられてきたもの。
 砂と共に生きて来たこの記憶は私達だけのものだ!
 エナンティオの兵器にはさせない!」
「…エナンティオの兵器だって?」
「知っているのよ。エナンティオに古書が集められているって!隣国にでも攻め入るつもりなんでしょ!?カラ城の貴重な書物をそんな道具にされるなんてごめんだわ!」

 物騒な話に私は眉を顰める。

「声高に話す内容じゃないな。今すぐ古文書の隠匿の罪で捕まえても良いんだぞ。
 ……それは誰の入れ知恵なんだ?そいつが放火の犯人か?」
「……皆知っていることよ。
 私達は指定管理者制度が導入され一時解雇された時に、地下室の事を秘匿してこの城を去った。私や一部の従業員は、隠蔽工作や見張りの為に残ったけど。やっぱりあんたみたいなエナンティオの犬が来るのね」
「あいにく鼻が効くんでね」

 給仕が再び噛みつくように口を開こうとした時、城内に爆音が響いた。
 二人とも弾かれたように顔を上げる。
 給仕の腕を掴んだまま廊下へ出ると、城内の客や従業員が出口を目指して退去していた。しかし、ここは城の最奥で爆発は恐らく中央部分。警備員が大声で人々に会場へ戻るように誘導している。賊が正面から壁を越えて襲撃している旨が聞こえて来た。
 玉座の間が狙われた!
 上空にいくつもの稲光が走るのを見て焦る。
 爆音も断続的に続いている。
 激しい攻防の中で輝く金髪を容易に想像できた。
 突然、夜空が赤く染まる。

「書庫が!」
 
 給仕が小さい悲鳴を上げる。
 燃え上がる火柱を見て思わず緩んだ私の指を振り払って給仕が走り出した。
 長い耳が後方に揺れる姿が、会場へ戻る人波に逆らって走る。
 私も直ぐに後を追った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...