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1章
5話 塔の封印、初めての戦い
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午後の光が伸びるころ、王都の裏手、北側の細い石畳を進む。
雑木林の中、小道の先には、時に忘れられたような古びた塔が朧げに見える。塔の周囲には人の気配がなく、代わりに──渦巻くような濃密な気配が、風に混じって漂って来る。
「……あそこが、その“封印の塔”か」
カイルがごくりと唾を飲み込んだその時、ぴし、と音を立てるような足音が聞こえた。
「ご到着をお待ちしておりました、殿下、カイル様」
声の主は、一人の女性騎士だった。
銀の髪をきっちり結い上げ、鋭利な印象の眼鏡が知的な雰囲気を醸し出す。
軽装の鎧の上に、純白の外套を羽織り、腰には優美な拵えの細剣と小さな盾。
「護衛隊副長、セシリア・グランフェルと申します。ご案内いたします」
その姿勢は凛として、涼やかな声には一切の揺らぎがない。まさに騎士の鑑──なのだが。
「……な、なんで俺に、"様付け"なんですか? 俺、ただの旅人ですよ?」
カイルのぼやきに、セシリアの眉が一瞬だけひそめられた。
「……殿下と一緒に塔に向かわれる方が、“ただの旅人"とは思えませんが」
「いやそれは……! 事情が、というか、流れで!」
「では、その“事情”を、後ほど伺えることを楽しみにしています」
まったく悪気のない声で、さらりと突き刺してくる。
この人……思ったより毒舌だ……!
カイルがたじろぐ横で、リュミエールがくすくすと笑いながら手を差し伸べてくる。
「大丈夫! カイルと一緒なら、私、どこへだって行けるもの」
その天然炸裂な一言に、カイルの頬が一気に熱くなる。
「こ、こういう時、さらっと手とか握らないでください......。心臓が!」
「え? じゃあ、両手にする?」
「あーーーッ!」
──騎士団の面々が、揃ったように咳払いをひとつ。
「……殿下。そろそろ進まないと、日が暮れてしまいます」
セシリアがやや呆れたように言いながら、塔への道筋を指す。
「それに……この塔、記録もないですが、ただの廃墟には見えません。魔力が濃すぎます。幻獣が出たという報告も、偽りではないでしょう」
その真剣な口調に、場の空気が引き締まる。
セシリアは続けた。
「殿下をお守りするのが私の任務。そして、あなたを見張るのも──私の役目です」
「俺、見張られるんですか!?」
「ーー何をするか分からない、そう思われてますから」
「え、そこまで......!?」
そう言いながら、セシリアは無表情のまま眼鏡を直し、小さくつぶやく。
「──でも。殿下が、選ばれた方です。少しだけ、期待もしてます」
その一言に、カイルは一瞬言葉を失った。
塔の前に集まる騎士団の中、誰よりも毅然としたその立ち姿ーー。
(……この人も、けっこう変わってるな。でも、何となくだけど、信頼できるかも)
セシリアは、カイルに視線を向けるが、特に何も言わず、そのまま塔の入口へと歩き出す。
「先に進みましょう。塔の中で何が起きているのか、早急に確認する必要があります」
塔へ向かうその背に、カイルも覚悟を決めるように息を呑む。
「よし……行こうか」
その言葉にリュミエールが小さく頷き、彼の隣に並ぶ。
*
森を抜けると、突如として視界が開けた。
そこには、思いがけない程に高い、石造りの塔がそびえ立っていた。年月を重ねた外壁は苔むしていたが、それでもなお重厚な存在感を放っている。
「……っ、空気が……」
肌にまとわりつくような、重たい圧力。
湿気でも、熱気でもない。重たく、濃い"気配"。
「魔力……こんなに濃いの、初めて感じたかも」
リュミエールが目を細めてつぶやく。
空気がゆらぎ、景色の輪郭が滲んで見える。耳元では、低くうねるような振動が、微かに鳴っていた。
「気をつけてください。......魔力そのものが、押し寄せて、来てます」
セシリアが前に立ち、剣を抜いた。銀の刃先が、空中に漂う魔力を切り裂くように閃く。
「刃先を前に向けて、魔力の流れを断ち切るつもりで進んでください。体を包む“膜”のような感覚があります。無理に踏み込むと、感覚が狂います」
「ま、膜って……シャボン玉か何かみたいな?」
「もっと重いです。例えるなら……“魔力でできたゼリー”の中を歩く感覚、でしょうか」
「ゼ、ゼリー!?」
「押し返されても、構わず前進してください。足を止めると、逆に、捕まりますので」
「え、怖ッ……!?」
そんな中――カイルの胸ポケットが震えた。
「......わっ!?」
慌てて取り出すと、【ステータスカード】がうっすら光っている。
《因果律干渉》――そのスキル名の下に、小さな文字が追加表示されていた。
【周囲の魔力異常を検知。
対象:封印領域に関する因果干渉。準備状態――】
「……また、反応してる?」
カイルが思わず声に出すと、リュミエールが隣からのぞき込む。
「……カイル。やっぱり、あなたって、"特別"だと思うわ」
塔の力、因果の鍵。そして今、魔力の奔流に“何か”が呼応しようとしている。
セシリアが振り返り、やや緊張した面持ちで言った。
「……この塔、想定以上に“目覚め”ています。迂闊に触れれば、幻獣だけでなく、別の"もの"も起きるかもしれません」
「別のって……?」
「……さあ、何か大変なこと?」
「そ、そんなざっくりと……!」
カイルが愕然とする中、塔の扉に近づくと、微かな光が扉の継ぎ目から漏れていた。
*
一行が扉の前まで来たところで、木々の陰から素早く動く影が現れた。
「……猫?」
リュミエールが目を細めた先で、二匹の小さな生き物がじゃれ合うように動き回っていた。
けれど、その体つきはどこか妙で、尻尾が太く、手足も太く逞しかった。
次の瞬間、影が揺れ、形が変わった。
――姿を現したのは、鋭い牙と爪を持った虎のような幻獣。
「っ、下がれ!」
「構えろ!」
騎士たちが即座に剣を抜き、リュミエールの前に立つ。
「殿下、こちらへ!」
副団長のリヴェルトが王女を後ろに引き寄せる。その隣で、護衛騎士たるセシリアも、盾を構え前へと出た。
幻獣は低く唸り声を上げながら、塔の前で小刻みに動き回る。跳ねるような動きから一転、突進しようとする構えに変わる。
(まずい……このままじゃ)
そう思いながら、リュミエールの方へカイルは向き直る。幻獣の動きにかき乱され、護衛の隊列が乱れていた。
胸ポケットの中でカードが震えーー光が溢れ出す。
■ スキル発動中:《因果律干渉》/攻撃動線予知モード
次の瞬間、カイルの視界の中に、**「赤い線」**が走った。
「……こっちか!」
赤い線の先で、虎が跳びかかろうとした瞬間、カイルは動き出す。
空間が歪み、スローモーションのように、時が置き去りにされる感覚。
光の帯で縁取られた線上に沿って、カイルは身を翻す。
「逃げろ、殿下!」
リュミエールの方へ駆け寄り、抱きかかえたまま、横へ飛んだ。
幻獣の爪が空を切り、すぐ横の石畳に深く食い込む。
虎の咆哮が轟くが、カイルは腕で王女を覆い、その前に立ちはだかった。
その時――虎型の幻獣は、静かにうなり声をあげたかと思うと、輪郭が再び揺らぎ、空気の中へと溶けるようにふっ……と消えた。
「……消えた? 幻……だったのか?」
騎士たちが警戒を解かないまま、周囲を確認する。
だが、そこにもう姿はなかった。
「……カイル!」
リュミエールが驚きと共に彼を見つめる。
「すごい……今の、あなたの力?」
「た、多分、そう…...」
カイルは赤面しながら、王女の前で姿勢を戻した。
セシリアが、静かに剣を納めながらカイルを見る
「……よく殿下を守りました。あの動き、尋常じゃありませんね」
「い、いやいや……スキルが見せてくれただけで……」
リヴェルト副団長も苦笑しながら盾を置いて言う。
「だが、とっさに動けたのは大したものだ。まさか、殿下をお救いするとは、ドラマチックにすぎるぞ」
リュミエールはにっこりとカイルに向き直り、手を伸ばす。
「ありがとう。本当に、あなたがいてくれてよかった」
その手は、押しつけがましくない。けれど、確かに“甘くて温かい”。
カイルは目線をそらしつつも、小さく頷いた。
「……俺も、殿下が無事でよかったです」
カイルは小さくうなずきながら、心の中でそっと呟いた。
(……王女って、ほんとに、なんなんだ。天然すぎるだろ……でも、守れて良かった)
その笑顔と手のぬくもりが、心の奥で温かく残った。
*
幻獣が消えたと思った次の瞬間、木漏れ日が落ちる木々の影が蠢いた。
――音もなく、猫のような幻獣が数体浮かび上がり、次々と虎のような姿に変貌していく。
「前方に2体、側面にも2体、分散して接近!」
リヴェルト副団長が指示を出す。
だが、幻獣の動きは予想以上に速く、騎士団も対応が追い付かない。
そんな中、一際目立つ銀髪の影が飛び込んできた。
――セシリアだ。
盾を振りかざし、完璧なタイミングでリュミエールとカイルを庇い、一瞬で、飛びかかって来た幻獣の進路を遮る。
「セシリア……!」
カイルもすかさず反応する。
胸ポケットのカードが再び光り、赤い動線が視界に現れた。
時間が引きのばされ、手足を覆う空気が、水のように身体にまとわりついて来る。
その動線をたどり、素早く、幻獣の横へ回り込み、殴りかかる。
セシリアもカイルの動きに合わせ、剣で一撃入れる。
次の瞬間、幻獣は倒されて地面に崩れ落ちた。
「やった…!」
リュミエールが安堵と驚きに息を漏らす。その横で、カイルは息を整えつつも手を差し伸ばした。
セシリアが目線をそらしながらも、その目はどこか柔らかかった。
戦闘が落ち着くと、セシリアは剣をきれいに収め、カイルへと振り返る。
「……カイル様、あなたの“見る力”には驚きました。的確でした」
「いや、赤い線が出ただけで……」
カイルが照れ笑いを漏らすと、セシリアの頬がほんのり赤くなる。
「その予知で、殿下を守ることができました。……ありがとう」
その言葉に、カイルは頷きながら、一歩だけ彼女に近づく。
リュミエールが二人を見つめてそっと微笑み、その表情に一瞬の安心感が広がる。
幻獣は全て撤退し、辺りは静寂に包まれた。
ただ一匹だけ――猫型幻獣がふわりと姿を消さず、影の中へ滑るように消えていく。
カイルのカードがまた震え、表示が変わる。
■ 新効果:“幻獣接触予兆”
リュミエールはそっとカイルの肩に手を置き、優しい声で囁く。
「……まだ終わりじゃないわね」
セシリアは剣を握り直し、塔を鋭く睨む。
そして、塔の上部窓。
そこに、人影がひらりと――まるで羽ばたくかのように揺れる。
まぶしいほどではない。けれど、確かに「誰か」がそこにいた。
雑木林の中、小道の先には、時に忘れられたような古びた塔が朧げに見える。塔の周囲には人の気配がなく、代わりに──渦巻くような濃密な気配が、風に混じって漂って来る。
「……あそこが、その“封印の塔”か」
カイルがごくりと唾を飲み込んだその時、ぴし、と音を立てるような足音が聞こえた。
「ご到着をお待ちしておりました、殿下、カイル様」
声の主は、一人の女性騎士だった。
銀の髪をきっちり結い上げ、鋭利な印象の眼鏡が知的な雰囲気を醸し出す。
軽装の鎧の上に、純白の外套を羽織り、腰には優美な拵えの細剣と小さな盾。
「護衛隊副長、セシリア・グランフェルと申します。ご案内いたします」
その姿勢は凛として、涼やかな声には一切の揺らぎがない。まさに騎士の鑑──なのだが。
「……な、なんで俺に、"様付け"なんですか? 俺、ただの旅人ですよ?」
カイルのぼやきに、セシリアの眉が一瞬だけひそめられた。
「……殿下と一緒に塔に向かわれる方が、“ただの旅人"とは思えませんが」
「いやそれは……! 事情が、というか、流れで!」
「では、その“事情”を、後ほど伺えることを楽しみにしています」
まったく悪気のない声で、さらりと突き刺してくる。
この人……思ったより毒舌だ……!
カイルがたじろぐ横で、リュミエールがくすくすと笑いながら手を差し伸べてくる。
「大丈夫! カイルと一緒なら、私、どこへだって行けるもの」
その天然炸裂な一言に、カイルの頬が一気に熱くなる。
「こ、こういう時、さらっと手とか握らないでください......。心臓が!」
「え? じゃあ、両手にする?」
「あーーーッ!」
──騎士団の面々が、揃ったように咳払いをひとつ。
「……殿下。そろそろ進まないと、日が暮れてしまいます」
セシリアがやや呆れたように言いながら、塔への道筋を指す。
「それに……この塔、記録もないですが、ただの廃墟には見えません。魔力が濃すぎます。幻獣が出たという報告も、偽りではないでしょう」
その真剣な口調に、場の空気が引き締まる。
セシリアは続けた。
「殿下をお守りするのが私の任務。そして、あなたを見張るのも──私の役目です」
「俺、見張られるんですか!?」
「ーー何をするか分からない、そう思われてますから」
「え、そこまで......!?」
そう言いながら、セシリアは無表情のまま眼鏡を直し、小さくつぶやく。
「──でも。殿下が、選ばれた方です。少しだけ、期待もしてます」
その一言に、カイルは一瞬言葉を失った。
塔の前に集まる騎士団の中、誰よりも毅然としたその立ち姿ーー。
(……この人も、けっこう変わってるな。でも、何となくだけど、信頼できるかも)
セシリアは、カイルに視線を向けるが、特に何も言わず、そのまま塔の入口へと歩き出す。
「先に進みましょう。塔の中で何が起きているのか、早急に確認する必要があります」
塔へ向かうその背に、カイルも覚悟を決めるように息を呑む。
「よし……行こうか」
その言葉にリュミエールが小さく頷き、彼の隣に並ぶ。
*
森を抜けると、突如として視界が開けた。
そこには、思いがけない程に高い、石造りの塔がそびえ立っていた。年月を重ねた外壁は苔むしていたが、それでもなお重厚な存在感を放っている。
「……っ、空気が……」
肌にまとわりつくような、重たい圧力。
湿気でも、熱気でもない。重たく、濃い"気配"。
「魔力……こんなに濃いの、初めて感じたかも」
リュミエールが目を細めてつぶやく。
空気がゆらぎ、景色の輪郭が滲んで見える。耳元では、低くうねるような振動が、微かに鳴っていた。
「気をつけてください。......魔力そのものが、押し寄せて、来てます」
セシリアが前に立ち、剣を抜いた。銀の刃先が、空中に漂う魔力を切り裂くように閃く。
「刃先を前に向けて、魔力の流れを断ち切るつもりで進んでください。体を包む“膜”のような感覚があります。無理に踏み込むと、感覚が狂います」
「ま、膜って……シャボン玉か何かみたいな?」
「もっと重いです。例えるなら……“魔力でできたゼリー”の中を歩く感覚、でしょうか」
「ゼ、ゼリー!?」
「押し返されても、構わず前進してください。足を止めると、逆に、捕まりますので」
「え、怖ッ……!?」
そんな中――カイルの胸ポケットが震えた。
「......わっ!?」
慌てて取り出すと、【ステータスカード】がうっすら光っている。
《因果律干渉》――そのスキル名の下に、小さな文字が追加表示されていた。
【周囲の魔力異常を検知。
対象:封印領域に関する因果干渉。準備状態――】
「……また、反応してる?」
カイルが思わず声に出すと、リュミエールが隣からのぞき込む。
「……カイル。やっぱり、あなたって、"特別"だと思うわ」
塔の力、因果の鍵。そして今、魔力の奔流に“何か”が呼応しようとしている。
セシリアが振り返り、やや緊張した面持ちで言った。
「……この塔、想定以上に“目覚め”ています。迂闊に触れれば、幻獣だけでなく、別の"もの"も起きるかもしれません」
「別のって……?」
「……さあ、何か大変なこと?」
「そ、そんなざっくりと……!」
カイルが愕然とする中、塔の扉に近づくと、微かな光が扉の継ぎ目から漏れていた。
*
一行が扉の前まで来たところで、木々の陰から素早く動く影が現れた。
「……猫?」
リュミエールが目を細めた先で、二匹の小さな生き物がじゃれ合うように動き回っていた。
けれど、その体つきはどこか妙で、尻尾が太く、手足も太く逞しかった。
次の瞬間、影が揺れ、形が変わった。
――姿を現したのは、鋭い牙と爪を持った虎のような幻獣。
「っ、下がれ!」
「構えろ!」
騎士たちが即座に剣を抜き、リュミエールの前に立つ。
「殿下、こちらへ!」
副団長のリヴェルトが王女を後ろに引き寄せる。その隣で、護衛騎士たるセシリアも、盾を構え前へと出た。
幻獣は低く唸り声を上げながら、塔の前で小刻みに動き回る。跳ねるような動きから一転、突進しようとする構えに変わる。
(まずい……このままじゃ)
そう思いながら、リュミエールの方へカイルは向き直る。幻獣の動きにかき乱され、護衛の隊列が乱れていた。
胸ポケットの中でカードが震えーー光が溢れ出す。
■ スキル発動中:《因果律干渉》/攻撃動線予知モード
次の瞬間、カイルの視界の中に、**「赤い線」**が走った。
「……こっちか!」
赤い線の先で、虎が跳びかかろうとした瞬間、カイルは動き出す。
空間が歪み、スローモーションのように、時が置き去りにされる感覚。
光の帯で縁取られた線上に沿って、カイルは身を翻す。
「逃げろ、殿下!」
リュミエールの方へ駆け寄り、抱きかかえたまま、横へ飛んだ。
幻獣の爪が空を切り、すぐ横の石畳に深く食い込む。
虎の咆哮が轟くが、カイルは腕で王女を覆い、その前に立ちはだかった。
その時――虎型の幻獣は、静かにうなり声をあげたかと思うと、輪郭が再び揺らぎ、空気の中へと溶けるようにふっ……と消えた。
「……消えた? 幻……だったのか?」
騎士たちが警戒を解かないまま、周囲を確認する。
だが、そこにもう姿はなかった。
「……カイル!」
リュミエールが驚きと共に彼を見つめる。
「すごい……今の、あなたの力?」
「た、多分、そう…...」
カイルは赤面しながら、王女の前で姿勢を戻した。
セシリアが、静かに剣を納めながらカイルを見る
「……よく殿下を守りました。あの動き、尋常じゃありませんね」
「い、いやいや……スキルが見せてくれただけで……」
リヴェルト副団長も苦笑しながら盾を置いて言う。
「だが、とっさに動けたのは大したものだ。まさか、殿下をお救いするとは、ドラマチックにすぎるぞ」
リュミエールはにっこりとカイルに向き直り、手を伸ばす。
「ありがとう。本当に、あなたがいてくれてよかった」
その手は、押しつけがましくない。けれど、確かに“甘くて温かい”。
カイルは目線をそらしつつも、小さく頷いた。
「……俺も、殿下が無事でよかったです」
カイルは小さくうなずきながら、心の中でそっと呟いた。
(……王女って、ほんとに、なんなんだ。天然すぎるだろ……でも、守れて良かった)
その笑顔と手のぬくもりが、心の奥で温かく残った。
*
幻獣が消えたと思った次の瞬間、木漏れ日が落ちる木々の影が蠢いた。
――音もなく、猫のような幻獣が数体浮かび上がり、次々と虎のような姿に変貌していく。
「前方に2体、側面にも2体、分散して接近!」
リヴェルト副団長が指示を出す。
だが、幻獣の動きは予想以上に速く、騎士団も対応が追い付かない。
そんな中、一際目立つ銀髪の影が飛び込んできた。
――セシリアだ。
盾を振りかざし、完璧なタイミングでリュミエールとカイルを庇い、一瞬で、飛びかかって来た幻獣の進路を遮る。
「セシリア……!」
カイルもすかさず反応する。
胸ポケットのカードが再び光り、赤い動線が視界に現れた。
時間が引きのばされ、手足を覆う空気が、水のように身体にまとわりついて来る。
その動線をたどり、素早く、幻獣の横へ回り込み、殴りかかる。
セシリアもカイルの動きに合わせ、剣で一撃入れる。
次の瞬間、幻獣は倒されて地面に崩れ落ちた。
「やった…!」
リュミエールが安堵と驚きに息を漏らす。その横で、カイルは息を整えつつも手を差し伸ばした。
セシリアが目線をそらしながらも、その目はどこか柔らかかった。
戦闘が落ち着くと、セシリアは剣をきれいに収め、カイルへと振り返る。
「……カイル様、あなたの“見る力”には驚きました。的確でした」
「いや、赤い線が出ただけで……」
カイルが照れ笑いを漏らすと、セシリアの頬がほんのり赤くなる。
「その予知で、殿下を守ることができました。……ありがとう」
その言葉に、カイルは頷きながら、一歩だけ彼女に近づく。
リュミエールが二人を見つめてそっと微笑み、その表情に一瞬の安心感が広がる。
幻獣は全て撤退し、辺りは静寂に包まれた。
ただ一匹だけ――猫型幻獣がふわりと姿を消さず、影の中へ滑るように消えていく。
カイルのカードがまた震え、表示が変わる。
■ 新効果:“幻獣接触予兆”
リュミエールはそっとカイルの肩に手を置き、優しい声で囁く。
「……まだ終わりじゃないわね」
セシリアは剣を握り直し、塔を鋭く睨む。
そして、塔の上部窓。
そこに、人影がひらりと――まるで羽ばたくかのように揺れる。
まぶしいほどではない。けれど、確かに「誰か」がそこにいた。
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