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一章 辺境の森の中の小さな集落
1話
しおりを挟む「とうとう一人ぼっちになっちゃったな……。まあ、わかっていたことだけど」
集落の小さな広場にポツンとある木のベンチに座り、青い空を見上げて呟いた。
深い森の中にある、結界に包まれた小さな集落の中でたった一人の呟き声は、シーンとした静寂に消えて行く。他には何も音を立てる者はいない、と思われた時。
「クオン」
もう一人の生物の声が響いた。
そして鳴き声とともにふんわりともふっとした毛並みが伸ばした足に寄せられ、この集落で自分以外の温もりがあることを思い出す。
その温もりに、ぽっかりと空虚な穴が空いた心が少し埋まっていくのを感じた。
それでも視線は青い空へと向けたまま、そっと膝の上に乗ってきた重みに手を伸ばした。その心地よい感触に、また少し、心が温かくなる。
「そうだよね。ごめんね。シルバーがいるから一人じゃなかったよね。……でも、マダルおじいちゃんもいなくなっちゃったんだ」
つい昨日。とうとう最後の住人の老人が、息を引き取った。これでこの集落の私以外の全ての住人が、墓地の中へと旅だってしまった。
拾って育ててくれたのは呪術師のエリザナだが、集落の全員が私のことをとても可愛がってくれた。
だから一人で年老いた全員の世話をすることをつらいこととは思ったことなど一度もなかった。この小さな集落で暮らすみんなが家族だったのだから。
でも、そんな生活も昨日で終わり。これからはシルバーと私だけだ。
「これからどうしようかな……」
家族を全員失ってしまい、ぽっかりと心に穴があいてしまったようで、心が寂しいと声を上げて泣き叫んでいる。それでも実際には、涙はほとんど出て来なかった。ただ、一人残されたことがあまりにも空虚で、今日は朝から何もする気力も起きなくて、こうしてぼんやりとしている。
「こうなることは、わかってはいたけれど」
一人、一人と息を引き取っていく中、これから先のことなんてあえて考えようとはしなかった。ただ、残された人との時間だけを見つめていた。
「グオオッ!」
「うわっ!ちょっ、シルバー、くすぐったいわよ!」
ふいにぬるん、とした感触が頬を濡らし、そのままもふもふな毛並みにベンチに押し倒された。顔中をなめられ、どんどん涎まみれにされていく。
「アハハハハっ!くすぐったいってば、シルバー。わかった、わかったから!シルバーも家族だから、私は一人じゃないわよね!元気出すからっ!」
シルバーを森の結界内で見つけてこの集落で一緒に暮らし始めて二年。子犬に見えたシルバーはやっぱり狼で、魔力を取り込んだ魔獣だからかすくすくと大きく育ち、今では立ち上がると私よりも大きいのだ。だからこうやって圧し掛かられると、全身がもふもふまみれにとなる。
「もう、シルバーったら!もふもふしちゃうからねっ!」
硬質な輝きを持つ白銀の毛並みは、触ると表面はつやつやでしなやかな毛だが、内側はふかふかで極上の触り心地だ。
顔をなめるのを避けようとシルバーの胸元の白いもふっとしたふわふわな毛皮に顔を埋めて、両手で抱き着きながら首筋から背中を撫でまわす。もふもふ。もふもふ。
「はうー。いつ撫でてもシルバーは、本当にいいもふもふ具合……」
いつの間にか胸の穴からとめどなく湧き出していた寂しい気持ちが少しだけ奥へと引っ込み、そのかわりにちょっとだけ幸せな気持ちになった。
「さすがシルバー。私の扱いが上手いわー」
「プっ、何よそれ。リザったらシルバーに転がされてるの?飼い主じゃなかったのね」
不意に上から聞こえた声に顔を上げると、いつの間にかピュラがこちらを覗き込んでいた。
ピュラが森から出て、集落の外れにある私の住むエリザナの家以外に来ることは、今まではなかった。だから今ここにいる理由はすぐ察することができて、また胸の穴が温かい気持ちで少しだけ埋まる。
「ピュラ!シルバーは確かに最初は子犬みたいだったけど。でも最初から私の家族なんだから、飼ってる訳じゃないわよ」
「そう、ね。そうだったわね。すっかり大きくなっちゃったしね。今じゃあリザより大きいし、リザよりよっぽどシルバーの方が頼もしいわよね」
「そうそう、もう押しかかられると抜け出せないし、ってピュラ!ひどいわよっ!シルバーより私が頼りないって!」
それだけはさすがに私でも聞き逃せないんだけれどっ!
「ガウっ」
「きゃっ!ちょっ、ちょっとシルバーいきなり私を転がして、咥えて背中に放り投げるのは止めてっていつも言っているのに!」
急に視界がグルッと回って引っ張られたと思ったらふわっとした空中滞空時間の後に、もふっと毛皮に埋まった。
「うーーーー。でもやっぱりシルバーの背中は最高だわ。この手触り、もふもふ感、そして体重かけてもまったくぶれない力強さ!うん。シルバーは私にとって一番頼りになる相棒よね!」
もふもふもふ。シルバーの背にうつ伏せに乗ったまま、そのまま腕を首筋からお腹の方へと動かしつつ思う存分もふもふを味わう。シルバーに触ると無意識に手が動いてもふもふしてしまう。凄い!シルバーのもふもふマジック!
「まったくリザったら。まあ最初はどうなることかと思ったけど、本当に仲いいわよね」
最初に会った時。『シルバー』と呼んで差し出した手をおずおずとシルバーはなめた。
それから集落に連れ帰っても最初の頃は、恐る恐るこちらを警戒していた。食事を差し出すのも、同じ部屋で眠るのもどこか緊張感さえ漂っていた。けれどいつの間にか、どこに行くにしても隣にはいつもシルバーがいるようになっていた。
ただシルバーが小さい頃は結界内に入ってくる動物の狩りも一緒に協力してやっていたが、最近は狩りの時だけはシルバーだけ森へ走って行って、気づくと獲物を咥えて戻ってくるようになった。それがちょっと不満でもあるんだけど、その獲物を解体するのは私の仕事だ。
シルバーは生肉も食べることは食べるけれど、小さい頃から焼いた肉を出していたからか、最近では焼け、と指示して来ることもある。というかほとんど焼いて出している。
「うん。今では大体シルバーの言ってることもわかるわよ」
「目と態度がねー。リザとずっと一緒だからか分かりやすいわよね、シルバーは」
野生の獣は目を見ても感情を感じることはあまりないけれど、でもずっと一緒にいたシルバーは目と声で大体何が言いたいのか分かる気がしている。
「ガウウ」
「うん、ありがとうシルバー。心配してくれたんだよね。ちょっと元気が出てきたよ。ピュラもありがとう。私の様子見に来てくれたんだよね?」
「……これからどうするの、リザ。あなた一人でここで暮らすの?」
「うーん……。誰もがさ、最後に言ったんだよね。ここのことは気にするな。好きなように生きなさいって。……ここを出て外に行って、広い世界を見る選択も確かにあるとは思うの」
みんなの目が、この集落で一人でいるより外へ出て人の間で生きろ、と訴えていた。言葉にしなかったのは、私が否定の言葉を返すことを恐れたのかもしれない。みんなへの言葉を約束にして、私がこの集落から出て行かない理由としないように。
本当に自分の死に際まで、最後まで私のこれからのことだけをみんなは心配してくれていた。
確かにこの小さな集落では、周りには年寄りしかいなかった。それでも街中で大勢の同世代と育つより、もっとずっとたくさんの優しさを貰って成長してこれたと断言できる。私はこの集落で皆と暮らしたことは幸せだったのだ。
だってみんなが私の為に生きる術を、沢山のことを残してくれたのだから。それこそたった一人きりでもここで生きて行ける程に。
だからそんなみんなの優しさを無駄にしない為に、私は外の世界も否定はしない。狭い世界しか知らない事実は、事実として受け入れる。
「そうね。この森はとても広いけれど、世界はもっとそれ以上に何倍も広いのよ。私は森の精霊だけど、ここから出たってリザについて行くわ」
「ガウっ」
「うん。シルバーはどこに行ったってずっと一緒だよ。だって家族だもん。ピュラもありがとう。……私はここが好きよ。ここにはたくさんの思い出があるもの。……ただ、ここから一度も出ないでこの集落に残るっていう選択をするのもどうかとも思うの」
外の暮らしを知る。これから生きて行く上で、それは最低限知っておかなければならないことだと、ちゃんと自覚はあるのだ。私は全てみんなが教えてくれたことと、エリザナが残してくれた本の知識しか知らないのだから、実際に自分が外の世界を見て、知ってどう思うのかは分からないのだから。
そう、例えこの集落から出ることを、ほとんど考えていないとしても。
「うん。そうよね。私だってここの森は大好きだけど、他の森のことも知っているわ」
「うん。だから、ね。一度近くの村まで一度行くわ。それで外に出る選択をするにしても、今回は戻って来るけどね。ただこの集落の外を、他の人の住んでる暮らしを見て来るよ」
もうここには慰めてくれる優しい人達はいないけれど。私はこの機会に自分と向き合わなくてはならないのだろう。ずっと逃げ続けていたけれど、もうたった一人きりなのだから。
「うん、リザの気持ちは分かったわ。じゃあ私が森の出口まで案内してあげる。村への道は、もうほとんど森で閉ざされてしまっているからね。行くときには絶対声を掛けてね!」
「うん、ありがとう、ピュラ。大好きだよ」
歩き出して森へ行くようになってからは、いつでも気が付けば隣にいてくれた。ピュラはずっと私のことを見守ってくれているのに、私の意思を何よりも優先してその意思を支えてくれようとしてくれる。
「なっ!な、なななによ、いきなりっっ!ふんっ!なんか元気みたいだし、もう私は行くわっ。またねっ!」
「ふふふふふ」
ほんのちょっぴり意地っ張りで素直じゃないけれど。他の人には見えなくても、でも私の大切なお友達。だから。
「よし!シルバー、村へ行く準備をするから手伝ってね!せっかく行くなら買い物もしたいし、現金がいるのよ。薬草を集めるわ!エリザナおばあちゃん直伝の薬を作りたいし、それが売れなさそうな時の為に薬草も持って行くわ。あとは歩きながら山の物を集めて持って行ってみようと思うの!布と調味料を買うくらいのお金にはなるわよね!」
「ウウォンッ」
さあくよくよするのは今はもう終わり。とりあえず一度この世界の人の村を見に行こう!いつだって、みんなは私の胸の中にいるのだから。
「さあ材料採りに森に行くよ、シルバー!」
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