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1章 テムの町

9 故郷からの旅立ち

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 昨夜は、町を出て行く段取りを悶々と考えている内に、いつの間にか眠っていた。
 それでも元々寝た時間がそれ程夜遅くはなかった為、夜明けと共に起きることが出来た。

 今はまだ朝市が始まってないから、今の内にナタリーおばさんへの手紙を書いておこう。あの叔父が早朝から起き出して来る筈はないと思うけど、出来る限りこれ以上迷惑にならないように出ていかなきゃ。

 ナタリーおばさんの家は、旦那さんと息子さんは猟師をしているから朝が早い。だから一緒に朝食を食べさせて貰ってからもう少し休んでいるって言えば、手紙を発見される頃にはもう町を出ているよね。よし!

 着替えをして、朝市で食料を買い込む為のお金や袋などをタブレットから取り出して肩掛けカバンに入れると、紙代わりの薄い板を取り出して手紙を書く。

『お世話になりました。叔父さんに見つからないように、一人で出て行きます。商隊に入れて貰ってザッカスの街へ向かいますので、心配しないで下さい。今までありがとうございました』

 ナタリーおばさんとはそれこそ生まれた時からの付き合いで、家族ぐるみでいつも何かと私達一家を気遣ってくれていた。
 『私も娘が欲しかった』と言いながらかまってくれるナタリーおばさんのことを、それこそ第二のお母さんのように慕っていたのだ。

 だから昨夜の『この町で面倒を見る訳にはいかない』というおばさんの言葉は、そうだろうな、と理性では納得できても、私の中のノアーティが「おばさんまで私からいなくなるの」と泣き叫んでもいた。
 本当はちょっとだけ、「ガデスが来たら追い払ってやるから、私にまかせておきなさい」と言って、この家で一緒に暮らせたら、そう甘えたいという気持ちがないとは言えない。

 だからあえてあっさりとした置き手紙で別れを告げるのだ。面と向かって止められても、「じゃあおばさんが私の面倒をみてくれるの?」と言ってしまいそうで、そしてその問いに困るナタリーおばさんの姿を見たら、今ギリギリのところで耐えている精神の糸がきっと切れてしまうから。

 ……もしかしたら町を捜索してくれるかもしれないけど、それで叔父が私がこの町からいなくなったと納得してくれたらいいよね。まさか森の中までは探しに来ないだろうし。半日くらい町の皆の手間をかけてしまうかもしれないのは、本当に申し訳ないけどね。

 でも、どう考えても今はこうするしかないと思うのだ。例えガデス叔父さんが居なくても、結局子供一人で雑貨屋をやれない以上、あの家からは出なくてはならなかっただろうし。そうなったら、ナタリーおばさんが引き取ってくれたかもしれないが、それでもおばさんにずっと面倒を見て貰うことなど出来ないのだから。

 きっと、大丈夫だよね。ほとぼりが冷めれば、ザッカスの街へ買い出しに行けるだろうし、十歳になれば街で見習いとして住み込みで働けるようになるかもしれない。
 街の出入りには簡単な検査はあったが、洗礼の時に貰った身分証明書は持っているから街には入ることは出来る筈なのだ。

 前世の佐藤乃蒼としての記憶を持つ私は、ただの八歳の子供ではないのだから。大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせながら、不安には蓋をしてこの家を、この町を一人で出る準備を整えた。



 それから、下でナタリーおばさんが朝食の準備をし始めた気配を察知して手伝い、朝食を一緒にごちそうになってから予定通りに一度泊めてくれた部屋に戻って手紙を布団の上へ乗せると、ナタリーおばさんが裏の畑へ行ったことを確認して抜け出した。

 そうして町の農家が収穫を持ち寄る朝市が開かれている広場へ行き、顔見知りでない人の店で芋や根菜などの野菜や保存できる食料を不自然にならない程度買っては裏道に入りタブレットへ入れた。
 ある程度の買い出しを終えるとそのまま大通りから街道へ続く門へ向かわず、町を囲む柵へと向かう。

 町の外に広がる農地に近い柵には、農家の人が畑へ行く為の扉があり、夜はしっかりと施錠されているが、朝は農地へ行く為に開けっ放しになっているのだ。
 何気なく歩き、不審に思われずに外へ出ることに成功し、そのまま柵の周囲を歩いて共同墓地へと足を向けた。
 そうして真新しいお墓に、そっとさっき摘んだ野花を供えた。

「お父さん、お母さん。私、行くね。いつか……いつか戻って来て、また報告に来るから。心配しないでね。……今まで育ててくれてありがとう。私、幸せだったよ。……ごめん、ごめんなさいっ、お父さん、お母さんっ」

 私が転生したせいで。そう口に出して言うと、本当に私のせいな気がしてどうしても口に出せなかった。
 目を固く閉じ、口を引き結んで泣くのを堪えると、無理に笑顔を浮かべて背を向けた。長々といると、動けなくなりそうだった。



 前世の佐藤乃蒼は、家族とは疎遠な家庭だった。両親はどちらもバリバリに働いていて、小さな頃は託児所に預けられ、小学生になってからは鍵っ子でいつも一人で家にいた。
 土日も出勤することが多く、家族で出かけた記憶もほとんどない。一人っ子だったから姉弟もいなく、ずっと孤独だった。
 だから大学で上京してからは一度も家に戻ることもなく、連絡も疎遠だった。

 ……ある意味、死んでも未練はあんまりなかったんだよね。家庭というものが良く分からなかったから結婚にも夢がなくて、告白されたことはあったけど付き合ったこともなかったしね。あのまま生きていたら、何か好きなことを見つけたかもしれないけど、死んだこと自体は仕方ないかって思ったもの。

 それが、転生してこの世界でノアーティとして温かな幸せな家庭で育つことが出来た。今なら家族という意味も、いかに前世で自分が寂しかったのかも実感できた。

 だから親といえば今世の両親のことで、前世の佐藤乃蒼としての記憶を思い出すよりも、何事もなくノアーティとしてお父さんとお母さんと一緒に暮らしていたかった。今、佐藤乃蒼としての自我を殺して両親が生き返るなら、躊躇なく佐藤乃蒼としての前世を捨てることを選ぶだろう。

 でも、時を戻すことは誰にも出来ないから。せめて。

 お父さんとお母さんが守ってくれたから、自分から死のうとは思わないから。絶対頑張って生きていくから。そして今幸せだって思えるようになったら、笑顔で報告しに来るからね。だから今は。

 行って来ます、お父さん、お母さん。



 町を出ても行く当てなんて今の私には全くなかった。
 ザッカスの街の逆の王都の方へ向かっても、次の大きな街のデールスの街の間には二つの村と一つの町があり、馬車でも四日かかる道のりだった。

 ……草原で野宿してもいいけど、もしかしたら私を捜索している人に見つかるかもしれないよね。なら、森へ入って、隠れ場所を見つけて夜を過ごすしかない、かな。結界もあるし、とりあえず行ってみよう。

 まだ通販スキルも、チャージしたポイントで何を変換出来るのかも確認してもいないし、タブレットの収納が時間経過がどうなっているのかも検証していない。

 今日はとりあえず街道の方へ歩いて森へ向かい、森に付いたら色々と検証してみよう。よし、一応目立たないようにローブを羽織っておこうかな。

 もう朝の商隊は出ただろうから、街道を通る人はほとんどいないとは思うが、見とがめられたり、攫われて奴隷商人に売られでもしたら本末転倒になる。

 そう決意すると、茶色のローブを取り出すとしっかりとフードをかぶり、振り返ることなく農地から離れて目立たないように草原を横切って街道の方へ向けて歩き出したのだった。





ーーーーーーーーー
これで1章は終わりとなります。明日から2章です。
もふもふカウントダウン始まります( ´艸`)そこからは暗さは無くなって行きますので、もうちょっと暗めですがお付き合いいただけると嬉しいです。
どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>
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