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にゃん 6 子猫は惑乱する
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◇◆◇◆◇ 綾乃 side
「どうしたの、綾乃。何ボーッとしちゃって」
「…」
「あーやーのー?綾乃ってば!」
ごチン、っと頭に衝撃があって、その痛みでやっと覚醒した。
「イタっ!痛いよ、佳代ちゃんっ!」
「あんたが反応しないのが悪いんでしょ。どうしたのよ、今日は変だよ、綾乃。まあ2週間前に実家に帰った後も変なテンションで変だったけど。どうしたの?」
まさに今頭の中を独占している悩み?というかの渦中の人が纏わる指摘にドキっと飛び上がる。まさしくそこは突っ込んではいけないというか、何というかっ!
「えっ、ええっ。へ、変、かな?そんなに」
「変よっ!ほら、さっさと白状なさい。もうっ!どうせあんたに隠し事なんて出来ないんだからっ!」
「う、ううううっ」
今日は日曜日。昨日晃さんに会ったその次の日。前から約束してあった高校からの友人の一人である佳代とお茶しているところで。勿論頭の中を占めているのは、突然メールが来て会った晃さんのことで。
「ほらっ!なんだか理想のメガネ男子に会ったって大騒ぎしていた時の綾乃よりなんか今日は更に変よ。ため息ついたと思ったら頭かかえて。そう思うと猛烈に首振って。今度は何があったの?またこの間会ったって言う理想よりもそれ以上のメガネ男子を見つけたとか?」
「うっ…。い、いや。その。その人、のことだよ」
「はあ?だから何っ?新しいメガネ男子見つけたって?」
「違うよ。そ、そのっ。2週間前に会った理想のメガネ男子の人っ!」
「ええっ。あの写真見せて貰ったとんでもない美形の人達?会ったの?いつの間にっ!連絡先交換したけど綾乃からは連絡しずらいって言ってたじゃない」
「そう、なんだけど…。向こうから連絡が来て、昨日会ったのよ」
「へえーーー!凄いじゃない。確か写真飾って毎日拝んでるって言ってたじゃない。本物に会えたならなんでそんなに変になってるのよ?」
「…3人に会ったんじゃないから、かな」
「はあ?3人に呼び出されたんじゃない、ってことは個人で会ったってこと?えっ、いつの間にそんなことになってるのよっ!」
「そうなのよっ!まさにいつの間にそんなことになったのよっ!って今こんな状態なのっ!」
もうっ、もうっ!ほんっっとうに、どうしてこうなったのっっ!
メールを貰った時はうれしさに確認を忘れて。3人でも晃さん一人でもいい、って会いに行ったのは自分なのに。なんで今こんなに次の日になってまで動揺しているのか?そんなの自分でも分からない。
「えっ。まさか何かあったの?二人っきりで会って?2週間以来の昨日の1日だけで?」
「まさかっ!べ、別になにもなかったわよ。食事して話をしただけだから」
そう。結局あの後、髪をバサバサに下して太い黒縁メガネを掛けた晃さんと食事に行った。勿論健全なお昼ご飯だ。変装にラフな格好の晃さんだから普通に落ち着いた洋食の食堂で話をしながら食事をして。そのまま少し街を歩いてお茶をして夕方に別れた。
そう、ただ、それだけ。それだけ、って思うのに、なんでっっ。
「ふうん。会って食事して話をした。まあ男と二人っきりってのは綾乃にとっては初めてのことだろうし、それで動揺したっていうのは分かるけど。でもイヤって訳でもなかったんでしょ?なら口説かれたとか?」
「いやっ!ないからないからっっ!そんなのあるわけないでしょっっ!」
「ふうん?ならなんでそんな状態なのかな?綾乃は?昨日二人っきりで会って何の話をしたの?」
「二人っきりっ!ま、まあ二人だったけど。確かに男性と二人っきりってのは初めてだったけど」
はっ。そうだ、そうだったぁっっ!昨日はなんだか待ち合わせがあれだったから意識しないちゃったけど、そういえばそうだった!
田舎で公立の小学校中学校を出て、そのまま女子高に入って女子短大を出て。東京で就職したけど東京に慣れるのと仕事に慣れるのとで職場と家の往復。たまに会うのは学生時代からの女友達。こんな生活で出会いなんてある訳もなく。合コンとかも好きじゃなくて、一回だけ誘われて行ったけど、あんまりお酒が好きじゃないこともあってその後は行ってなくて。職場にも気になるような男性もなく。もうキレイさっぱり男性とは縁遠い生活をしていた自覚はあった。から。
ああああっ!そんなことさえも気づかなかった!なんでそこにも気づかないかなっ!私もっ!
そこを意識した途端に昨日も呼ばれた『綾乃』という名前呼びをした晃の声まで思いだして…。
「うわっ、うわっ、うわぁーーーーっ」
なんで男性に名前呼びされてて意識もしてなかったのよぉ!
男性と話したのも最近では仕事関係の人のみ。勿論自分のことを名前で呼ぶ男性なんて親くらいだ。それなのに。
なんか3人と会った時はテンションが突き抜けててそれどころじゃなかったから…。そのまま晃さんのことも意識しないちゃってたんだ。
「何よもうっ!やっぱり何かされたの?昨日。そのメガネ男子に」
「いやいやいや。されてない、されてないからっ!本当にっ!自分のうかつさというか鈍さを今一気に自覚して落ち込んでいるところだからっ!」
「まあ綾乃がうかつで鈍いのは今に始まったことじゃないけど。ねえ。本当に昨日は何もなかったの?」
「昨日は何もなかったよっ。本当に。何もなかったのっ!食事してお茶して。その間話してただけなんだから。会話もお互いのこととか趣味のこととか?普通に話していただけだもん」
そう。普通に晃さんは自営業で何か事業を起こした訳じゃあなく自宅で作業をしているってこととか。くわしい仕事の内容までは聞かなかったけど。あとは好きなこととか。休日の過ごし方とか。私のメガネへのこだわりとかも晃さんは文句も言わずに聞いてくれてた。だから夕方まで男性とお互い名前を呼び合って二人っきり、ってことなんて意識も…。
「ああああああっ…」
「何よ、もう綾乃は。本当に何かあったんじゃないの?昨日の彼と」
「…何もなかったよ。何もなかったのは本当なのよ。でも…。ね、ねえ。出会って2回目でお互い名前呼びで一緒に食事して話する関係って、な、何だと思う?」
「はあ?名前?何それっ!お互い名前で呼び合ってるの?もう?2回目なのにっ?ねえ、それってデートとかいうんじゃないの?まさしくっ」
「いやいやいやいやいやっ!ありえない、ありえないよっ!晃さん、すっごいイケメンなんだよ!イケメンっていう言葉じゃ追いつかないくらいに美形なんだよっ!普通に会わないかって誘われただけだしっ!」
「晃さん、って言うんだ。ふうん。ね、どの人?あの写真の人でしょ。もう一回見せてよ」
「ええっ。いや、あの、その」
思わずテーブルに置いておいたスマホを握りしめて佳代から遠ざける。
「何でそこでダメなのよっ。この間は私がうんざりする程出会った時の話をして写真見せてくれたでしょ!ねー、綾乃。あんたその晃さんって人のこと意識してるんじゃない?」
「えええっ!い、意識って!いやいやいや。あの、確かに理想のメガネ男子としてはドストライクなんだけど、でも、そのっ」
意識?意識って、晃さんにっ?ええええっ。あの、街中に立ってるだけで女性が群がる女性ホイホイな晃さんのことを?
~♪
「メールだ。えっ、あ、晃さん?」
握りしめていたスマホへの着信音をすぐ気づいてしまって、そのまま見てしまう。
「なになに、その晃さんなの?昨日会った?何てメールなの?」
「水曜日に会えないか、って…」
「うっわー、それ、やっぱりデートのお誘いなんじゃないの?昨日会ったのにもう約束のメールなんて」
「いやいやいやっ!違うからっ!昨日話をした時に今かかっている映画の話になって!丁度見たいね、って言ってた映画があったから、その映画のお誘いだからっ!水曜ならレディースデイだからどうか?って」
「ふうーん。まあ綾乃はいつも大抵定時で帰れるものね。じゃあちゃんと行きなさいよ。水曜日。ホラ、行きますって返信しないと!」
「ええっっ」
「だって映画なんでしょ。ただの。綾乃も行きたがってた映画。予定ないなら断る理由ないんじゃない?」
「うっ、そ、それはそうだけど」
「ホラ、返事。さっさと出して。何にもなかったならいいじゃない」
「うううっ。分かったわよ。返事書くからちょっと待ってて」
確かに映画のことは昨日話をして。今度行こうかって話もしたから、誘って来てくれたのはその流れだってのは分かるし、多分その通りだし。
でも、1つだけ佳代ちゃんには言えなかったこと。それは。すでに金曜日の夜にも会う約束がしてあるってこと、で。
う、うにゃぁぁぁっ!な、なんで約束の前に更にお誘いが入るの?なんで晃さんは私のことそんなに誘って来るの?
「あううう…」
「ほら、また挙動不審に。別に誘われてイヤって訳じゃあないんでしょ。イヤなら最初から行かないだろうし。だったらいいんじゃないの?それが例えただの誘いでも、デートの誘いでも」
「いやいやいや。その2つって全然違うじゃないっ?」
「なんでそこで困るの?イヤじゃないならいいじゃない」
イヤじゃないって?うん。イヤなんかじゃない。そんなんじゃないけど、でも。だって。
「だって…。晃さんだよ。本当に凄いイケメンなんだよ。なんで私なのかわからないよ…」
「だったら聞いてみたらいいじゃない?ここで悩んでたって仕方ないんだし。水曜日に会うなら丁度いいんじゃない。会った時に聞いてみなさいよ」
「…う、うん。そう、だよ、ね」
本当にそう、なんだ、けど。
でも、晃さんだし。アウトレットでは話していたのは恭介さんと和樹さんばっかりで晃さんはあんまり話さなかったのに。でも昨日は普通に話してて。二人っきりって佳代ちゃんに言われるまで意識してなかったし…。
ふいに目を隠すような前髪と、太い黒縁メガネの姿でもご飯を食べながら私の話に笑ってくれた顔を思い出してドキンとした。変装してたってイケメンは美形でイケメンだったし!
でも、絶対晃さんは外で寄って来る女の人には笑いかけたりしない、よね。
また佳代ちゃんに怒鳴られるまで、気がつけば晃さんのことを考えてしまっていた。
◇◆◇◆◇ 晃 side
ピピっ。
「ああ、もうそんな時間か」
ずっとパソコンの画面に張り付いていた視線をそらし、傍らに置いたスマホで時間を確認する。4時30分。支度して出かけるには丁度いい時間に掛けておいたアラームだった。
「ふう」
掛けていたブルーライトカットのメガネを置いて目をもむ。いつものこととはいえ、気が付くと目の疲労感が凄く、目を閉じただけでクラクラくる程だ。
「もうちょっととはいえ、根を詰めすぎたか」
綾乃に連絡する前に自分で決めた計画。その計画の最終段階の準備にもうちょっと、というところでつい根を詰めすぎてわずかな睡眠をとった以外はずっと画面の前にいた。
「綾乃…。支度するか」
計画を立てた時には、最後まで実行するかは半々だと思っていた。けれど土曜の日に改めて綾乃に会って。半日一緒に居て二人きりで話をしていても、楽しいばかりで煩わしいとも鬱陶しいとも思うことは一度もなかった。
待ち合わせの時、素顔を晒したのは勿論わざとだ。綾乃の反応を見たい為に素顔を晒した。綾乃が来るまではハッキリ言って集まる女達の視線で吐き気さえする程だった。顔なんて産まれた時に勝手に決まるもので、所詮薄皮一枚のこと。それなのにどれ程今まで振り回されてきたか。あまりにもうんざりしすぎて、独りで生きることの方がよっぽどましだと思っていた。それなのに。
「どうして綾乃はあんなに予想の斜め上を行って、それなのにそうだったらいい、と期待していた通りのことをするんだろうな」
あんな娘は今までいなかった。出会えるなんて思ったこともなかった。
「本当に凄いよ、綾乃は。この顔に感心するとは思ってもいなかったのに、な」
鏡の前の自分を見る、なんてことさえほぼなかったのに。髪を撫でつけて流して綾乃の選んだメガネを掛けた自分は、今まで嫌いだった顔が少しはましに見える。
「まあ、今日はとりあえずはこっち、だけどな」
整えた髪をわざと手荒く乱し、メガネをケースにしまって今まで使っていた太い黒縁メガネを掛ける。それだけで印象がガラリと変わる。
「これだけのことなのに顔にこだわるなんて滑稽なだけだ」
さて。今日も計画通りに進めねば。綾乃はどんな反応をしてくれるのか。
それを想像しただけで口元が緩む。そんな自分を受け入れて待ち合わせに向かう為に玄関へと向かった。
今夜の映画の後の食事を楽しみに思いながら。
「どうしたの、綾乃。何ボーッとしちゃって」
「…」
「あーやーのー?綾乃ってば!」
ごチン、っと頭に衝撃があって、その痛みでやっと覚醒した。
「イタっ!痛いよ、佳代ちゃんっ!」
「あんたが反応しないのが悪いんでしょ。どうしたのよ、今日は変だよ、綾乃。まあ2週間前に実家に帰った後も変なテンションで変だったけど。どうしたの?」
まさに今頭の中を独占している悩み?というかの渦中の人が纏わる指摘にドキっと飛び上がる。まさしくそこは突っ込んではいけないというか、何というかっ!
「えっ、ええっ。へ、変、かな?そんなに」
「変よっ!ほら、さっさと白状なさい。もうっ!どうせあんたに隠し事なんて出来ないんだからっ!」
「う、ううううっ」
今日は日曜日。昨日晃さんに会ったその次の日。前から約束してあった高校からの友人の一人である佳代とお茶しているところで。勿論頭の中を占めているのは、突然メールが来て会った晃さんのことで。
「ほらっ!なんだか理想のメガネ男子に会ったって大騒ぎしていた時の綾乃よりなんか今日は更に変よ。ため息ついたと思ったら頭かかえて。そう思うと猛烈に首振って。今度は何があったの?またこの間会ったって言う理想よりもそれ以上のメガネ男子を見つけたとか?」
「うっ…。い、いや。その。その人、のことだよ」
「はあ?だから何っ?新しいメガネ男子見つけたって?」
「違うよ。そ、そのっ。2週間前に会った理想のメガネ男子の人っ!」
「ええっ。あの写真見せて貰ったとんでもない美形の人達?会ったの?いつの間にっ!連絡先交換したけど綾乃からは連絡しずらいって言ってたじゃない」
「そう、なんだけど…。向こうから連絡が来て、昨日会ったのよ」
「へえーーー!凄いじゃない。確か写真飾って毎日拝んでるって言ってたじゃない。本物に会えたならなんでそんなに変になってるのよ?」
「…3人に会ったんじゃないから、かな」
「はあ?3人に呼び出されたんじゃない、ってことは個人で会ったってこと?えっ、いつの間にそんなことになってるのよっ!」
「そうなのよっ!まさにいつの間にそんなことになったのよっ!って今こんな状態なのっ!」
もうっ、もうっ!ほんっっとうに、どうしてこうなったのっっ!
メールを貰った時はうれしさに確認を忘れて。3人でも晃さん一人でもいい、って会いに行ったのは自分なのに。なんで今こんなに次の日になってまで動揺しているのか?そんなの自分でも分からない。
「えっ。まさか何かあったの?二人っきりで会って?2週間以来の昨日の1日だけで?」
「まさかっ!べ、別になにもなかったわよ。食事して話をしただけだから」
そう。結局あの後、髪をバサバサに下して太い黒縁メガネを掛けた晃さんと食事に行った。勿論健全なお昼ご飯だ。変装にラフな格好の晃さんだから普通に落ち着いた洋食の食堂で話をしながら食事をして。そのまま少し街を歩いてお茶をして夕方に別れた。
そう、ただ、それだけ。それだけ、って思うのに、なんでっっ。
「ふうん。会って食事して話をした。まあ男と二人っきりってのは綾乃にとっては初めてのことだろうし、それで動揺したっていうのは分かるけど。でもイヤって訳でもなかったんでしょ?なら口説かれたとか?」
「いやっ!ないからないからっっ!そんなのあるわけないでしょっっ!」
「ふうん?ならなんでそんな状態なのかな?綾乃は?昨日二人っきりで会って何の話をしたの?」
「二人っきりっ!ま、まあ二人だったけど。確かに男性と二人っきりってのは初めてだったけど」
はっ。そうだ、そうだったぁっっ!昨日はなんだか待ち合わせがあれだったから意識しないちゃったけど、そういえばそうだった!
田舎で公立の小学校中学校を出て、そのまま女子高に入って女子短大を出て。東京で就職したけど東京に慣れるのと仕事に慣れるのとで職場と家の往復。たまに会うのは学生時代からの女友達。こんな生活で出会いなんてある訳もなく。合コンとかも好きじゃなくて、一回だけ誘われて行ったけど、あんまりお酒が好きじゃないこともあってその後は行ってなくて。職場にも気になるような男性もなく。もうキレイさっぱり男性とは縁遠い生活をしていた自覚はあった。から。
ああああっ!そんなことさえも気づかなかった!なんでそこにも気づかないかなっ!私もっ!
そこを意識した途端に昨日も呼ばれた『綾乃』という名前呼びをした晃の声まで思いだして…。
「うわっ、うわっ、うわぁーーーーっ」
なんで男性に名前呼びされてて意識もしてなかったのよぉ!
男性と話したのも最近では仕事関係の人のみ。勿論自分のことを名前で呼ぶ男性なんて親くらいだ。それなのに。
なんか3人と会った時はテンションが突き抜けててそれどころじゃなかったから…。そのまま晃さんのことも意識しないちゃってたんだ。
「何よもうっ!やっぱり何かされたの?昨日。そのメガネ男子に」
「いやいやいや。されてない、されてないからっ!本当にっ!自分のうかつさというか鈍さを今一気に自覚して落ち込んでいるところだからっ!」
「まあ綾乃がうかつで鈍いのは今に始まったことじゃないけど。ねえ。本当に昨日は何もなかったの?」
「昨日は何もなかったよっ。本当に。何もなかったのっ!食事してお茶して。その間話してただけなんだから。会話もお互いのこととか趣味のこととか?普通に話していただけだもん」
そう。普通に晃さんは自営業で何か事業を起こした訳じゃあなく自宅で作業をしているってこととか。くわしい仕事の内容までは聞かなかったけど。あとは好きなこととか。休日の過ごし方とか。私のメガネへのこだわりとかも晃さんは文句も言わずに聞いてくれてた。だから夕方まで男性とお互い名前を呼び合って二人っきり、ってことなんて意識も…。
「ああああああっ…」
「何よ、もう綾乃は。本当に何かあったんじゃないの?昨日の彼と」
「…何もなかったよ。何もなかったのは本当なのよ。でも…。ね、ねえ。出会って2回目でお互い名前呼びで一緒に食事して話する関係って、な、何だと思う?」
「はあ?名前?何それっ!お互い名前で呼び合ってるの?もう?2回目なのにっ?ねえ、それってデートとかいうんじゃないの?まさしくっ」
「いやいやいやいやいやっ!ありえない、ありえないよっ!晃さん、すっごいイケメンなんだよ!イケメンっていう言葉じゃ追いつかないくらいに美形なんだよっ!普通に会わないかって誘われただけだしっ!」
「晃さん、って言うんだ。ふうん。ね、どの人?あの写真の人でしょ。もう一回見せてよ」
「ええっ。いや、あの、その」
思わずテーブルに置いておいたスマホを握りしめて佳代から遠ざける。
「何でそこでダメなのよっ。この間は私がうんざりする程出会った時の話をして写真見せてくれたでしょ!ねー、綾乃。あんたその晃さんって人のこと意識してるんじゃない?」
「えええっ!い、意識って!いやいやいや。あの、確かに理想のメガネ男子としてはドストライクなんだけど、でも、そのっ」
意識?意識って、晃さんにっ?ええええっ。あの、街中に立ってるだけで女性が群がる女性ホイホイな晃さんのことを?
~♪
「メールだ。えっ、あ、晃さん?」
握りしめていたスマホへの着信音をすぐ気づいてしまって、そのまま見てしまう。
「なになに、その晃さんなの?昨日会った?何てメールなの?」
「水曜日に会えないか、って…」
「うっわー、それ、やっぱりデートのお誘いなんじゃないの?昨日会ったのにもう約束のメールなんて」
「いやいやいやっ!違うからっ!昨日話をした時に今かかっている映画の話になって!丁度見たいね、って言ってた映画があったから、その映画のお誘いだからっ!水曜ならレディースデイだからどうか?って」
「ふうーん。まあ綾乃はいつも大抵定時で帰れるものね。じゃあちゃんと行きなさいよ。水曜日。ホラ、行きますって返信しないと!」
「ええっっ」
「だって映画なんでしょ。ただの。綾乃も行きたがってた映画。予定ないなら断る理由ないんじゃない?」
「うっ、そ、それはそうだけど」
「ホラ、返事。さっさと出して。何にもなかったならいいじゃない」
「うううっ。分かったわよ。返事書くからちょっと待ってて」
確かに映画のことは昨日話をして。今度行こうかって話もしたから、誘って来てくれたのはその流れだってのは分かるし、多分その通りだし。
でも、1つだけ佳代ちゃんには言えなかったこと。それは。すでに金曜日の夜にも会う約束がしてあるってこと、で。
う、うにゃぁぁぁっ!な、なんで約束の前に更にお誘いが入るの?なんで晃さんは私のことそんなに誘って来るの?
「あううう…」
「ほら、また挙動不審に。別に誘われてイヤって訳じゃあないんでしょ。イヤなら最初から行かないだろうし。だったらいいんじゃないの?それが例えただの誘いでも、デートの誘いでも」
「いやいやいや。その2つって全然違うじゃないっ?」
「なんでそこで困るの?イヤじゃないならいいじゃない」
イヤじゃないって?うん。イヤなんかじゃない。そんなんじゃないけど、でも。だって。
「だって…。晃さんだよ。本当に凄いイケメンなんだよ。なんで私なのかわからないよ…」
「だったら聞いてみたらいいじゃない?ここで悩んでたって仕方ないんだし。水曜日に会うなら丁度いいんじゃない。会った時に聞いてみなさいよ」
「…う、うん。そう、だよ、ね」
本当にそう、なんだ、けど。
でも、晃さんだし。アウトレットでは話していたのは恭介さんと和樹さんばっかりで晃さんはあんまり話さなかったのに。でも昨日は普通に話してて。二人っきりって佳代ちゃんに言われるまで意識してなかったし…。
ふいに目を隠すような前髪と、太い黒縁メガネの姿でもご飯を食べながら私の話に笑ってくれた顔を思い出してドキンとした。変装してたってイケメンは美形でイケメンだったし!
でも、絶対晃さんは外で寄って来る女の人には笑いかけたりしない、よね。
また佳代ちゃんに怒鳴られるまで、気がつけば晃さんのことを考えてしまっていた。
◇◆◇◆◇ 晃 side
ピピっ。
「ああ、もうそんな時間か」
ずっとパソコンの画面に張り付いていた視線をそらし、傍らに置いたスマホで時間を確認する。4時30分。支度して出かけるには丁度いい時間に掛けておいたアラームだった。
「ふう」
掛けていたブルーライトカットのメガネを置いて目をもむ。いつものこととはいえ、気が付くと目の疲労感が凄く、目を閉じただけでクラクラくる程だ。
「もうちょっととはいえ、根を詰めすぎたか」
綾乃に連絡する前に自分で決めた計画。その計画の最終段階の準備にもうちょっと、というところでつい根を詰めすぎてわずかな睡眠をとった以外はずっと画面の前にいた。
「綾乃…。支度するか」
計画を立てた時には、最後まで実行するかは半々だと思っていた。けれど土曜の日に改めて綾乃に会って。半日一緒に居て二人きりで話をしていても、楽しいばかりで煩わしいとも鬱陶しいとも思うことは一度もなかった。
待ち合わせの時、素顔を晒したのは勿論わざとだ。綾乃の反応を見たい為に素顔を晒した。綾乃が来るまではハッキリ言って集まる女達の視線で吐き気さえする程だった。顔なんて産まれた時に勝手に決まるもので、所詮薄皮一枚のこと。それなのにどれ程今まで振り回されてきたか。あまりにもうんざりしすぎて、独りで生きることの方がよっぽどましだと思っていた。それなのに。
「どうして綾乃はあんなに予想の斜め上を行って、それなのにそうだったらいい、と期待していた通りのことをするんだろうな」
あんな娘は今までいなかった。出会えるなんて思ったこともなかった。
「本当に凄いよ、綾乃は。この顔に感心するとは思ってもいなかったのに、な」
鏡の前の自分を見る、なんてことさえほぼなかったのに。髪を撫でつけて流して綾乃の選んだメガネを掛けた自分は、今まで嫌いだった顔が少しはましに見える。
「まあ、今日はとりあえずはこっち、だけどな」
整えた髪をわざと手荒く乱し、メガネをケースにしまって今まで使っていた太い黒縁メガネを掛ける。それだけで印象がガラリと変わる。
「これだけのことなのに顔にこだわるなんて滑稽なだけだ」
さて。今日も計画通りに進めねば。綾乃はどんな反応をしてくれるのか。
それを想像しただけで口元が緩む。そんな自分を受け入れて待ち合わせに向かう為に玄関へと向かった。
今夜の映画の後の食事を楽しみに思いながら。
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