妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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混乱の東京

312 インビジブルサイト その9

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「翔一、避けろ!」

 静まり返った繁華街に、遼太郎の怒声が響く。即座に反応した翔一は、重心を右へ傾けると、そのまま倒れ込む様に何歩か踏み出す。
 元居た場所からは、空中から翔一を捕えようと手が伸びていた。翔一が振り向き、その手を認識した時には、伸びた手は既に空間へと消えようとしていた。

 一瞬の事に、翔一の肌は粟立ち、冷や汗が止まらなかった。恐怖の一言では語り尽くせない感覚が、翔一を襲う。座り込む翔一に、遼太郎は慌てて駆け寄った。

「大丈夫か? 怪我は? 何もされてねぇよな?」

 矢継ぎ早に問いかける遼太郎の言葉に、翔一は軽く頷いて答えた。遼太郎は、翔一の手を取り立ち上がらせる。少しばかり、翔一の様子を見ると言葉を続けた。

「今の奴を追えるか?」

 未だ早鐘を打つ胸、やや青ざめた顔。翔一の様子を理解しながらも、遼太郎は問う。それが任務であるから。それが一連の事件を、解決する糸口になるから。
 翔一も遼太郎の意図を察して、能力を発動させる。異能力者を探し出す、探知の能力を。しかし、結果は望んだ様な好転を見せない。

「駄目です。範囲外みたいで」
「これならどうだ?」

 遼太郎は翔一の背中に触れ、神気を流す。遼太郎の体に残る、ほんの僅かな残り滓。それでも、この世界では充分な力だろう。
 翔一の背中が僅かに光を帯び、全身へと広がっていく。そして翔一は、再び探知を行った。伸びて来た手から、無意識の間に感じ取った能力者の気配。それと同一の気配を追って、翔一は探知の範囲を広げる。遼太郎から受け取った神気のおかげか、自身の限界を超えて探知の範囲が広がっていった。

「わかりました。北東方向へ、凄い速さで移動しています」
「この周囲に、能力者は居るか?」
「さっきの現場で強い力を数個、それ以外には特に」 
「そっちのは、ペスカ達だ。気にするな。それより、もう過ぐパトカーが来る。俺達は、今の奴を追いかける。翔一、マークを外すなよ」
「わかりました」

 翔一は軽く深呼吸を繰り返すと、冷静になろうと努める。ただ、冷静になればなる程、違和感が有る事に気がつく。
 翔一の能力は、超常現象の一切を感知し、その内容を理解するものである。その能力は霊的な事象にも及ぶ。能力を使用すると、範囲内にある超常現象は、機械的に脳へデータとして入って来る。
 普段は生活に影響を及ぼす為に、意図して能力を封じているが、先程は能力を全開にして使っていた。自分に近づく能力者が居れば、必ず察知する事が出来る。不意を突かれる事は、有りはしない。言い換えるならば、敵がどんな行動をしようとも事前に察知し対処する事が可能になる。しかし、先程は不意を突かれた。寧ろ、不意を突かれた事こそが問題なのだ。
 底知れぬ恐怖と違和感の正体、それは自分が追っている能力者の能力にこそ有った。それは、遠くから狙撃される恐怖と同様。いくら翔一でも、探知の範囲外から狙われれば、不意を突かれる。

 猛スピードで遠ざかる能力者を、懸命に探知し続けると、少しずつ能力の正体が翔一の頭に流れ込んでくる。

「能力の正体は、コピーとインストール」
「はぁ? 何言ってんだ翔一!」
「奴の能力ですよ。遠すぎて、能力しかわかりませんけど」
「それは、インビジブルサイトの能力を奪ったって事か?」
「厳密には違います。インストールしたんでしょうね」

 遼太郎はあの時、遠目から空間の揺らぎの様なものを感じた。だから大声で、翔一に警告した。多少不格好でも、翔一が瞬時に避ける事が出来たのは、日頃の鍛錬の成果だろう。ただ、空間から伸びた手は、多次元空間を使って移動する、インビジブルサイトの能力そのものである。
 現にインビジブルサイトの少年は、気を失って拘束されている。翔一に接触出来るはずが無い。第三者の手で、この能力が使われた。その事実に遼太郎の顔は、青ざめていた。

 今までインビジブルサイトの少年が、大きな事件を起こして来なかったのは、少年に、それほど害意が無かったからだろう。最悪なのは、ゲーム感覚で他者を嬲れる者が、この能力を持つ事である。
 
「狙いは僕、若しくは僕の能力だったんでしょうね。インストールと同時に、僕を殺す。そうすれば、オリジナルはいなくなる。インビジブルサイトも同様かもしれません」

 翔一の言葉が確かなら、危険な能力が悪意の無い使用者から、悪意の有る使用者へと移った事になる。それなら、送り主不明の荷物や、今回の事件を企んだ意図に説明がつく。
 インビジブルサイトの能力を得たから、オリジナルの本人は不要。事件を起こさせると同時に本人ごと、特霊局の切り札を潰す。余程、悪知恵が働く連中なのだろう。この際に、翔一の能力も得ようとしていたのは、疑いようがあるまい。

「是が非でも捕まえるぞ。せめて、素性がわかる位には追い詰めねぇと」
「わかってます。東郷さん」
 
 コピーの能力者が幾ら遠くにいても、物理的手段で逃げているなら、捕まえられるかもしれない。いや、捕まえなければならない。

 コピーの能力者が、その能力を完全に使い熟せる様になれば、未曾有の大量殺戮が起こる。
 当然だろう、他者の肉体に自分の手を忍び込ませ、内臓を抜き取る事など造作も無い。それどころか、これはどんな場所へでも侵入出来る能力だ。厳重に警備された場所ですらも。

 機密区画は、漠然と機密なのではない。知られてはならない秘密は、知ると危険だから封じてある。それを安易に暴く事が、どれだけ愚かな行為かを知るべきであるのだ。
 この能力を使えば、一部の人間しか持っていない、核の発射ボタンを押す事さえ可能になる。
 流石に、第三次世界大戦などと、とんでもない事は考えてはいまい。だが、そんな能力者のせいで、日本が危険視される事になれば、話は別だろう。
 それ以前に、いつどこで誰が殺されるかわからない。そんな状態になれば、経済は混乱し、社会は崩壊する。そうなれば、某国からの援助と言う名の侵略が始まり、文字通り日本は終わる。

 遼太郎が最悪のシナリオを想定して、頭を巡らせている間に、一台のパトカーが到着する。遼太郎は、翔一に声をかけると、勢いよく後部座席に乗り込んだ。そして遼太郎は、翔一を指さして、運転席の警察官に言い放った。

「おい! こいつの言う通りに走らせろ! それと無線の状態はどうなってる?」
「今はクリアになってます。妨害らしきものも感じません」
「なら、対策本部へ繋げろ。俺が全部説明する」

 運転席に座る警察官は、対策本部へ無線を繋げ、ハンドマイクを遼太郎に渡した後、車を走らせた。遼太郎は、マイク越しに怒声を浴びせる。

「東郷遼太郎だ! この事件にはやっぱり裏が有った。黒幕の一人をこれから追跡する。能力をコピー出来る能力者だ! いいか、これから俺が指示する道は全て封鎖しろ! 検問を突破する奴が居たら、最後まで追え! ホシは、姿を隠せる能力を持ってる。無人で暴走する車を見つけたら、問答無用で止めろ!」

 突飛な遼太郎の言葉に、対策本部からは避難の声が上がる。それに気になるのは、錯乱している現地の情報である。だが遼太郎は、そんな言葉の全てを一喝した。

「うるせぇよ馬鹿野郎共が! 爆発の危険はねぇ。その内、佐藤と安西から報告が有るはずだ。インビジブルサイトは確保した。問題は黒幕なんだ! インビジブルの能力を奪って、逃走してるんだ。こいつを逃がせば、最悪の事態が起こるんだぞ! 警視庁の威信をかけて、捕まえて見せろや!」

 国道を抜けて高速道路へと移る。遼太郎は翔一の言葉をナビに、地図と照らし合わせながら、行く先を予測し封鎖の指示を出す。
 ただ、二度も同じ轍を踏まない。遼太郎は、無線に乗せて脅しをかけていた。

「どいつだかしらねぇけど、糞野郎。捕まりたくなきゃ、無線の傍受は止めとけ! てめぇが、無線を傍受した瞬間、正体が割れる様にした。これははったりじゃねぇぞ! それでもやりたきゃ、やってみろ。明日の朝には、てめぇはワッパかけられて、ブタ箱行きだ!」
 
 遼太郎の言葉は、実際にはったりではない。翔一の能力は、高まりを見せている。通常であれば、三キロ程度の探知範囲は、十キロ程に広がっている。ただこの状況で、漠然と範囲を広げるだけでは、効果的とは言えない。その為、遼太郎は翔一の意識を二つの事に絞らせた。
 いま現在行っている、コピー能力者の追跡。それと通信を妨害、若しくは傍受する者が居れば、通信を介して探知する事の二つである。
 翔一の探知に引っ掛かり、完全にデータの読み込みが行われれば、名前から住所や年齢等の個人情報は、全てわかる。後は偽計業務妨害罪でもなんでも逮捕状が出せれば、しょっぴける。

 遼太郎のおどしが利いたのか、これまであった無線を混乱する様な事はなりを潜めた。ただ、逃げるコピー能力者に対しては、中々距離を縮められずにいた。
 コピー能力者は、封鎖されている高速道路を諦め、一般道へと移る。少しでも距離が詰められれば、これ以上のデータが、翔一に入るはず。遼太郎は追い詰める為に、的確に指示を出した。

「品川3、無人の暴走者を発見、中原街道を北上。車種××、ナンバー××」

 ようやく、無線から情報が出た矢先の事であった。無線から、爆発音が聞こえた。そして、次々と巡回中のパトカーから、あってはならない報告が入る。

「高輪四、一般車両と衝突し走行不能。車両運転手は意識不明」
「赤坂三、一般車両と衝突。走行不能。車両の運転手は意識不明」
「四谷三、走行中に一般車両と衝突。車両の運転手は意識不明」

 まるで逃走を助けるかの様に、パトカーと一般車両の衝突が相次ぐ。そして、遼太郎達が乗るパトカーにも異変が迫る。
 緊急車両の通行で、道路脇に避けていた四トンのトラックが急発進し、車両の横に激突した。車両は大きく跳ねる様に回転し、反転し地面に叩きつけられ炎上した。
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