妹と歩く、異世界探訪記

東郷 珠

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人間達の抗い

92 グラスキルス王国から齎された情報

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 ペスカと冬也がベッドで寝息を立てている間、空は城内を走り回っていた。
 ケーリアに事の子細を伝えると、腰を抜かす程に驚かれ、猛烈な勢いで叱られた。薄っすら涙ぐんだ空は鼻を啜りながら、ケーリアと共に一緒に国王への報告を行った。ここでも空は、たっぷりと国王からお説教を受けた。
 空はひたすら耐えた。命がけの戦いをしたペスカに比べれば、お説教くらい軽いと自分に言い聞かせ、空は頑張った。

 罰として空は、業務復旧の手伝いをさせられる。ただ、仲間の中でただ一人、全く事情を知らず、自室で呑気に寝ていた者がいた。空は、部屋で寛いでいた翔一を巻き込んだ。
 何が何だか事情がわからず、重労働をさせられる翔一は、首を傾げながら働いた。空を問い詰め、聞かされた内容に、腰を抜かしたのは無理も無い。自分が呑気に寝ていた隣の部屋で、神との戦いが繰り広げられていたとは、誰が思うだろうか。
    
「あのさ、何で教えてくれなかったの?」
「ペスカちゃん曰く、工藤先輩は役立たずだから! だそうです」
「君達って、僕の事を嫌いなの?」
「私は嫌いってより、邪魔ですね。ペスカちゃんと一緒です」
「あぁ冬也、僕の味方はお前だけだ・・・」
「工藤先輩は、わんこ受けですね」
「ちょっと何を言ってるか、わからないよ。僕はちゃんと女の子が好きだし」
「ははは、まさか! あと、残念ですが冬也さんは、おっぱいが好きです。私が一歩リードです」

 空は自分の豊な胸を、更に強調する様な仕草をする。しかし翔一は空の胸に興味を示さず、溜息をついた。

「ほら、女の子に興味あるなんて嘘じゃないですか! 普通の男子なら、おっぱいをガン見ですよ!」
「そ、それはセクハラに・・・」
「言い訳乙! 良いから働いて下さい。私達は、まだ二人のサポートにしか出来ないんですから」

 昼過ぎになり、ペスカと冬也が目を覚まし、部屋から出て来る頃には、城内は日常を取り戻していた。お腹を空かせたペスカと冬也が、食事を要求する。そして空と翔一を含めた四人で、食事を取る事になった。
 ただ四人が合流する前からだろう、ペスカは少し頬を膨らませている。そして冬也は顔をしかめている。
 空は、いたたまれずに話を切り出した。

「ペスカちゃん、どうしたの? お腹痛い?」
「お腹じゃ無いよ、頭だよ! お兄ちゃんにゴンってされた! 頑張ったのにゴンってされた!」
「お前が俺に内緒で、危ない事するからだろ!」
「お兄ちゃんがいたら、囮の意味が無いでしょ! 散々説明したのに、まだ理解してないの?」
「誘きだして、俺がやるんでも良かっただろ!」
「それじゃあ、罠に引っ掛からないんだよ。弱っちい空ちゃんの姿だから、引っ掛かったんだよ」

 激しい口調で、言い合うペスカと冬也。しかし突然、冬也がペスカを抱きしめた。

「すげぇ心配したんだぞ。あの糞女神に締め出し喰らうから、手出し出来なかったし」

 大人しく冬也の胸に頭を預けて、ペスカはポツリと呟く。

「うん。ごめんね、お兄ちゃん」

 兄妹喧嘩と言う名の、じゃれ合い。そういえば、学校でも良く見かける光景であった。思い出すと、溜息をつきたくもなる。喧嘩するのは勝手だけど、気を使う側の身にもなって欲しい。
 ジト目になり兄妹を見やった後、空と翔一はスタスタと食堂へ急いだ。

「ってか、お兄ちゃんって、セリュシオネ様に相当嫌われてるね」
「嫌われる様な事したか?」
「ん~? なんだろね?」

 脳筋の冬也と、理屈っぽそうな女神セリュシオネとでは、単に馬が合わないんだ。空と翔一は心の中で呟いたが、声には出さなかった。

 食事を終えるとペスカは、既に試作品が完成したモンスター感知器と、その設計図をケーリアに渡す。

「まだ改造の余地は有るから、要望があったら言ってね。ってか、改造はここに滞在してる時しか出来ないけど」
「畏まりました、ペスカ殿。早速試してみます」
 
 ペスカの意図を察したケーリアは、部下を連れて直ぐに城外へ向かい走り出す。そしてペスカ達は車の改造に取り掛かった。

 外装の強化、足回りの整備、計器系魔石のグレードアップ、装填用砲弾の準備、内装の充実等、四人で手分けをして作業を進め、あっと言う間に日が暮れる。めぼしい作業を終えた所で作業を終了にし、夕食を取るため食堂へ向かう。
 食事へ向かう一行に、慌てた様子の官職が一人走り寄った。

「皆様、急ぎ謁見室にお越しください。ご報告する事がございます」

 走って謁見室に向かう。謁見室で一行を迎えたのは、国王とケーリア、それに大臣達である。国を動かす重鎮達が顔を揃え、張り詰めた空気を漂わせていた。
 一行が入室するや否や、国王は口を開いた。

「待っていたぞ、ペスカ殿。グラスキルスから使者が来たのだ。信じられん内容だが、心して聞いてくれ」

 国王が語ったのは、大陸中央部から西にかけての情報であった。
 帝国の壊滅とその理由、更にその脅威が東へ向かっている事。そして、魔道王国メルドマリューネの、エルラフィア王国侵攻。どれも深刻な状況に、ペスカと冬也は顔をしかめる。
 そして情報の中には、大陸の地理に疎い空や翔一でさえ、驚愕する内容が含まれていた。
 
「死者が歩いて、生者を喰らう。それで、爆発的に感染する。それってゾンビパニックじゃない! 糞ロメの奴、日本で余計な知識を手に入れたな!」
「ペスカ、ゾンビってこの世界にはいねぇのか?」
「お兄ちゃん。この世界には、ゾンビの概念が無いんだよ。死体を操るのは、死者への冒涜だからね。それに、世界に溢れるマナの均衡が破られる、禁忌なんだよ」
「武器や魔法が利かないのが厄介だな」
「多分、お兄ちゃんの神剣は利くんじゃない? ただ、対抗手段が少なすぎだね。ミーアさんだっけ、何か他にゾンビの情報無い?」

 グラスキルスから訪れたミーアと呼ばれる使者に、ペスカが問いかける。ミーアは僅かの間、思い巡らせてから答える。
 
「ペスカ様、奴らはマナを吸収する様です。その為、人型が保てなくなっても、マナを吸収し復活します」
「何だよそれ、ほぼ無敵じゃねぇか!」
「仰る通りです、冬也殿。帝国に攻め込んだ三国を呑み込み、数を増やした死者の軍は、いずれ東に到達するでしょう。何か対抗策を講じねば! 最悪の場合、こちらの全滅も有り得ます! その時間稼ぎに、サムウェル閣下が向かわれました」

 余りの出来事に、言葉が出ないのであろう。謁見室内には、静寂が訪れていた。
 死者の軍団は、ほぼ無敵の集団と言えよう。神若しくはそれに近しい力を持つ者でなければ、相対する事は出来ない。寧ろ軍を差し向ければ、無駄に死者の軍団の数を増やす事になろう。
 エルラフィアの精鋭が、太刀打ち出来ずに撤退を余儀なくされたのも、仕方がないと思える。

 サムウェルが時間稼ぎに向かった。ミーアは、それを殊更に強調した。
 それは、国王や大臣達の耳にもしっかりと届いている。しかし現状で、対抗手段は持っていない。

 もしかしたら、ケーリアであれば、死者に対抗出来るかもしれない。しかしケーリアを単身で乗り込ませる訳にはいかない。国王として、そんな自殺行為を認める訳にはいかない。
 そもそもアーグニール王国の各地では、未だモンスター被害が収まっていない。ケーリアには国内のモンスターを討伐して貰わければ困るのだ。
 割ける戦力がない状況で、国王を含む大臣やケーリアでさえも、口を噤んでペスカの答えを待つ。
 
 そしてペスカは、ミーアが説明している最中、ずっと考えを巡らせていた。やがて周囲を見渡すと、重い口を開いた。

「マナキャンセラーが利くかな? それと、空ちゃんのオートキャンセル」
「待てよペスカ。マナキャンセラーってのは、クラウスさん達が帝国に持って行かなかったのか? それが通用しなかったんじゃねぇのか?」
「大丈夫、お兄ちゃん。ちゃんと改良するから。ねぇケーリア、魔攻砲を急いで大量生産させて! 設計図は後で渡す。それと弾丸、それも後で詳しく説明してあげる。ミーアさん、あなたにも図面渡すから、グラスキルスで生産を開始させてね」
「承知いたしました、ペスカ様。それと私を呼ぶ際は、敬称は不要です。我等グラスキルスの間諜部隊は、ペスカ様の指揮下に入る事になっております」
「そういうのは、要らないんだけど。まぁ国の盾になって死ぬなんて、ふざけた事させないよ! あの馬鹿弟子を助けるには、迅速な行動が必要だからね」
 
 謁見室内の全員が、一様に頷いた。単身で向かったサムウェルを救い、中央から流れて来る脅威に対抗する。全員の意志が一致した瞬間だったろう。
 しかし静寂から解放された謁見室内で、大陸の事情に疎い空から質問が出る。
 
「ところでペスカちゃん、メルドマリューネっていうのは、不味い相手なの?」
「かなり不味いね。あの国の王様は、エルフなんだよ。そんで魔法の天才。神に対抗出来る数少ない人」
「でも、味方って事ではなさそうね」
「うん、物凄い野心家なんだよ。世界征服を企むくらいね。だからついた渾名が魔王。因みに知り合いの兄だったりする」
「おい、ペスカ。それってクラウスさんか?」
「当り! この状況で動きだしたのは、迷惑極まりないね。それで、ミーア。エルラフィアと連絡が取れる?」
「直接の通信は出来ません。死者の軍団のせいで、通信回線の復旧も出来ません」
「なら直接出向くしかないんだね。ミーア。あなたの部下に、エルラフィアへ図面を持って行かせて。マルス所長に渡せば、後は何とかしてくれる。それと伝言。私の机を見る様に!」
「他にお伝えする事はございますか?」
「じゃあ国王陛下に、クラウスをメルドマリューネに行かせない様に伝えといて」
「承知しました」

 ミーアが頷くと、ペスカは謁見室を後にする。
 ペスカは、ケーリアとミーアを引き連れ、会議室を借り装填式魔攻砲と弾丸の設計図を書き上げる。ケーリアは直ぐに、制作の準備に取り掛かり、ミーアは城を後にした。
 
 命がけで国を守ろうと、西へ旅立ったサムウェル。そして彼を救うために、皆が立ち上がった。
 人類の抗いは、始まったばかり。混迷極める大陸に、まだ明日の光は見えない。
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