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夜も深まった頃。ガーラは私室に引き取っていた。クオが入浴から居間に戻ると、フローが一人、テーブルの上の円形のチェス盤を見つめていた。盤上には白黒の駒が並んでおり、フローはひょいと円の一番外側にある黒のルークの隣のポーンを動かした。自動的に白のポーンが一つ進む。クオはたまにフローが正方形のチェス盤の他にも、円形のチェス盤や、立方体のチェス盤などで一人で遊んでいる所を見ることがあった。これらの珍しいチェス盤は、魔法がかかっていて、自動で駒が動くものだった。フローはテンポ良く駒を動かしていった。クオはフローの向かいの席に座り、しばらく見ていた。
フローはポンと、白を詰んだ。
「よくどう動かせばよいか分かるな」
クオは普通のチェスならできるが、変則チェスは全然分からなかった。フローの頭の回転の速さをクオは感心した。
「まぁ、これは普通のルールとほとんど同じだからね。と言っても、他のいかれた変則チェスも面白いんだけどさ」
フローの眼が楽しそうに光った。普段、クオとフローはチェスをやらない。
フローは円いチェス盤の端をトントンっと軽く叩いた。形が8×8マスの正方形に変わった。
「一戦やる?」
フローはいつもならチェスに興味を示さない相手を誘った。
「お前に敵うわけないだろ」
クオは速攻否定した。
「だけどさ、オレとガーラとの試合はよく見てるよね~」
クオは図星を突かれて、一瞬戸惑った。クオはフローとガーラのチェスが楽しそうなので、二人の邪魔をするのが悪いようで、遠くから距離を置いて見ていた。それは羨ましくもあり、遠慮でもあった。フローとガーラは距離が近い。それは三人が大事にしなければならない距離感のようにクオは思っていた。
クオは正直に答えた。
「そうだな。お前とガーラの仲に割って入るのは悪いかと思ってな」
フローはふっと一つ笑った。
「だろね。まぁ、せっかくだからさ、チェスやろうぜ。オレはクオと勝負してみたかったし」
クオは流れに乗り、今までの関係性から一歩足を踏み出した。
「お手柔らかに頼むぞ」
フローはクオの短い返事を了解と受け取った。
「じゃ、黒がクオね」
「おい、俺にはいきなり後手を回すのか」
クオはよくあるフローの容赦ない行いに辟易したが、黒の駒を盤上に並べた。
試合はゆっくり進んだ。白は動きやすい展開で、黒は守るのが精一杯だったが、手堅く駒を動かした。
フローはすーっとルークを動かしながら言った。
「アルビノの魔術師はチェスが得意なのに、クオってあまりチェスはやりたがらないよね~。かと言って、割と強い方だしさ」
クオは白駒の鏡のように自分のルークを真ん中に移動させた。
「ああ。魔術を独学するのが忙しくてな。ウィンデラではお前のような強者ばかりだったから、酒場で試合を見てやり方を覚えたが、負ける試合をわざわざやる気は無かったからな」
「クオらしいね」
フローは手元に置いてあったコーヒーを飲んだ。
「ところでさ、クオは『チェス』の中でアルビノの魔術師に会いたかった~?」
クオは肯った。
「そうだな。知っていれば、プロミーの旅を共にしたかったな。だが今でもリン・アーデンが生きていると知ったら、俺の意識が変わったことは否めない。何と言ったらいいだろうな、心強くなった、といった感じか。リアともっと話せたら良かったんだがな。いや、聞かなくて良かったかも知れないが……」
「いつか何かの異空間魔術でリン・アーデンに会ったりしてね」
クオは白のポーンを捕った。
「もしお前が『チェス』で宣誓する時は、誰にかけて誓うんだ?」
フローは軽快に言った。
「そーだねー。古の大盗賊か、シーフの親方だろね~。もともとチェック以外で試合をする気は無かったけど」
クオは手を止めてフローを見た。
「気になっていたのだが、お前はもし騎士ロッドのことがなかったら、二度目のチェックをかけていたのか?」
フローは飄々と答えた。
「いや、ゲームの勝ちにこだわる気も無かったし、“勝てる試合”は面白くないしさ。クオもいたから、適当に戦線離脱の予定だったね~」
「そうか」
クオはフローの強気な言いように苦笑した。たぶん、フローが王にチェックをかけるとしたら、試合は『駆けっこ』だったろうと思っていた。言葉の後半『クオもいたから』が、緩くクオの心を温かくした。
「やはりお前には敵わないようだな」
クオはふーっとため息を吐いた。
「ま、また相手するからさ、時間の空いた夜にでも二人で一戦しようぜ」
フローはポンと、白を詰んだ。
「よくどう動かせばよいか分かるな」
クオは普通のチェスならできるが、変則チェスは全然分からなかった。フローの頭の回転の速さをクオは感心した。
「まぁ、これは普通のルールとほとんど同じだからね。と言っても、他のいかれた変則チェスも面白いんだけどさ」
フローの眼が楽しそうに光った。普段、クオとフローはチェスをやらない。
フローは円いチェス盤の端をトントンっと軽く叩いた。形が8×8マスの正方形に変わった。
「一戦やる?」
フローはいつもならチェスに興味を示さない相手を誘った。
「お前に敵うわけないだろ」
クオは速攻否定した。
「だけどさ、オレとガーラとの試合はよく見てるよね~」
クオは図星を突かれて、一瞬戸惑った。クオはフローとガーラのチェスが楽しそうなので、二人の邪魔をするのが悪いようで、遠くから距離を置いて見ていた。それは羨ましくもあり、遠慮でもあった。フローとガーラは距離が近い。それは三人が大事にしなければならない距離感のようにクオは思っていた。
クオは正直に答えた。
「そうだな。お前とガーラの仲に割って入るのは悪いかと思ってな」
フローはふっと一つ笑った。
「だろね。まぁ、せっかくだからさ、チェスやろうぜ。オレはクオと勝負してみたかったし」
クオは流れに乗り、今までの関係性から一歩足を踏み出した。
「お手柔らかに頼むぞ」
フローはクオの短い返事を了解と受け取った。
「じゃ、黒がクオね」
「おい、俺にはいきなり後手を回すのか」
クオはよくあるフローの容赦ない行いに辟易したが、黒の駒を盤上に並べた。
試合はゆっくり進んだ。白は動きやすい展開で、黒は守るのが精一杯だったが、手堅く駒を動かした。
フローはすーっとルークを動かしながら言った。
「アルビノの魔術師はチェスが得意なのに、クオってあまりチェスはやりたがらないよね~。かと言って、割と強い方だしさ」
クオは白駒の鏡のように自分のルークを真ん中に移動させた。
「ああ。魔術を独学するのが忙しくてな。ウィンデラではお前のような強者ばかりだったから、酒場で試合を見てやり方を覚えたが、負ける試合をわざわざやる気は無かったからな」
「クオらしいね」
フローは手元に置いてあったコーヒーを飲んだ。
「ところでさ、クオは『チェス』の中でアルビノの魔術師に会いたかった~?」
クオは肯った。
「そうだな。知っていれば、プロミーの旅を共にしたかったな。だが今でもリン・アーデンが生きていると知ったら、俺の意識が変わったことは否めない。何と言ったらいいだろうな、心強くなった、といった感じか。リアともっと話せたら良かったんだがな。いや、聞かなくて良かったかも知れないが……」
「いつか何かの異空間魔術でリン・アーデンに会ったりしてね」
クオは白のポーンを捕った。
「もしお前が『チェス』で宣誓する時は、誰にかけて誓うんだ?」
フローは軽快に言った。
「そーだねー。古の大盗賊か、シーフの親方だろね~。もともとチェック以外で試合をする気は無かったけど」
クオは手を止めてフローを見た。
「気になっていたのだが、お前はもし騎士ロッドのことがなかったら、二度目のチェックをかけていたのか?」
フローは飄々と答えた。
「いや、ゲームの勝ちにこだわる気も無かったし、“勝てる試合”は面白くないしさ。クオもいたから、適当に戦線離脱の予定だったね~」
「そうか」
クオはフローの強気な言いように苦笑した。たぶん、フローが王にチェックをかけるとしたら、試合は『駆けっこ』だったろうと思っていた。言葉の後半『クオもいたから』が、緩くクオの心を温かくした。
「やはりお前には敵わないようだな」
クオはふーっとため息を吐いた。
「ま、また相手するからさ、時間の空いた夜にでも二人で一戦しようぜ」
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