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フローの案内でたどり着いた町は、いたって普通の町だった。しかしクオは自分の故郷ウィンデラのような緊張感が町にあることを感覚で察し、ガーラは、商人の勘で気を引き締めた。フローは二人の直感を我が意を得たりと笑った。
フローは町に入ると、昼時ということもあり、大きな食堂に二人を連れて入った。食堂では、ボードゲームのチェスをする恰幅の良い親父達、新聞を読む細い男性客、昼休みを憩う若い職人達がいた。旅人の姿はいなかった。フローは猫耳の女給を呼び止めて、クオとガーラを見た。
「ここの店は、そば粉のクレープが美味しいのでお勧めだけどさ、三人前でいい?」
提案するフローの眼は鋭かった。クオとガーラはフローに合わせた。
「俺は構わない」
「私もいいわ」
フローは女給に伝えた。
「サンキュー。じゃ、そういうことで。ウィンデラからの客だと食堂の主人に宜しく」
フローの注文に女給は目が光った。
「かしこまりしたにゃ!」
女給が去ると、クオが小声でフローに尋ねた。
「今の注文は何か町に入った手続きみたいなものか?」
クオはウィンデラの普通の旅人は泊めないしきたりを思い出して、それと似たようなものかと推測した。フローは軽く答えた。
「作法? みたいなものだね」
再び女給が席に現れ、注文した品が運ばれた時、ワインが三人分一緒に届けられた。クオとガーラは用心深い目で赤いワインを見た。フローはワイングラスを手に取ると、口に傾けた。フローは陽気に説明した。
「ワインは、町に入った歓迎の合図だから、安心して大丈夫だぜ。食べ終わったら、シーフの隠し道具の市場を案内するからさ、クオもガーラも緊張しなくて大丈夫だぜ」
「そうか……」
クオはふっと笑って緊張を解いた。
「でも、オレの同業者も集まる町だから、町の中では用心した方がいいかもね~」
「おい、フロー……」
クオのツッコミに、フローは軽く付け足した。
「ま、オレが気付かないことはないからさ、大丈夫だろね」
ガーラはワインを口に含んだ。
「じゃあ、宜しくね」
食事が終わり、クオとガーラはフローの案内で町の中心へ行った。そこには、多くの旅道具が野外に並べられた店が並んでいた。店で立ち止まると、店の主人達は、たいていフローの知り合いで、挨拶を交わした。フローは故郷の馴染みの人のように、それぞれに話を返した。
睡眠薬を拡散するねずみ型の玩具などの小道具を売る青年が、フローに声をかけた。
「やぁ、フロー! ウィンデラのギルドの親方は元気かい?」
「親方は変わりないぜ。今年の『チェス』の賭けの情報を集めてたぜ。何かいい情報でもある?」
「そうだな、白は騎士の称号を持った女性が海戦の指揮を執るってさ」
「面白いねぇ~。その話は、夜、酒場で聞くことにするぜ。じゃ、また!」
市場を一通り回ると、フローは軽快な足取りで人ごみから離れた路地裏に入っていった。クオは直感的に、フローが町の裏側に連れて行こうとしていることに気付いた。ガーラも同じく気付き、黙って目を輝かせていた。
市場から離れると、工房が並んでいた。その一つにフローは入っていった。看板には葉に包まれた鍵の絵が描かれていた。クオとガーラも後ろに着いて行った。
フローは工房の入口でナイフを磨いている親父に声をかけた。
「久しぶり~、ネスト親方。今日はオレの仲間を連れて来たんだけどさ、下を見ていっていい?」
ネスト親方は、ぎろりとクオとガーラを見て、フローに答えた。
「良く来たな。お前さんの『仲間』か。お前さんも隅に置けないな。見た所、魔術師と商人か。まぁ、挨拶は長くなるだろうから、今はいい。久しぶりだ。工房を見ていってくれ」
フローは「サンキュー!」と軽く返した。クオは、工房の中に入ったのに、それらしい物音が聞こえてこないことに警戒した。フローは中に入っていった。
工房の中は、誰もいなかった。入口からそう遠くない所に、鍵のかかったドアがあった。フローはにっと笑って、鞄から針を出した。その様子を見てクオは虚を突かれた。
「フロー、知り合いの工房なのに、勝手に鍵を開けるのか?」
フローは不敵に目を光らせた。
「ここは盗賊御用達の道具を作る工房だからね。鍵も開けられない客は入れないのさ」
容易く鍵を開けたフローは茶色の扉を開いた。そこは、地下に降りる階段しかなかった。
フローは明るく言った。
「この先の地下が隠し道具の工房になっているから、皆で降りようぜ」
フローの先導で、クオとガーラは地下への長い階段を降りていった。階段では、工房らしい物音が聞こえてきた。火のくすぶる音や、金槌で金床を叩くテンポの良い音や、聞いたことのない楽器の楽しげな試し吹きの音など。その雑多な音の中で、職人達の気の良い歌声が聞こえてきた。
「ここは誰も目にしちゃいけない。
盗賊様の隠れたポケットさ。
目を盗む、煙に巻く、虚を突く
出し抜く技は百五十!
ここを見ることできるのは
生き馬の目を抜く盗賊様
隠し道具の作り方は
王にだって教えちゃいけない。
盗賊様の身内の仲間は
花婿花嫁ござんなれ
赤い実 紫バラ 花の交換
どんな仲でも歓迎するよ!」
地下へ降りると、広く明るい空間があった。そこでは、様々な職人達が、それぞれ小道具を作っていた。熟練の老夫が、魔力のある蔦で縄をより、からくり人形を作る中年の男性が眼鏡を光らせ細かな手作業をしていた。目の良さそうな若い青年が、何やら小さな縦笛を作っていた。手元には色々な種類の縦笛が置いてあった。楽器職人の青年は、工房の客達に声をかけた。
「フロー、久しぶり! 大きな仕事をしたんだって聞いてるよ。お疲れさん。そちらさんたちは?」
「オレの旅の仲間さ」
職人は疑いの目を向けた。
「へぇ……、フローも嘘をつけなくなったんだね。仕事が終わった後でゆっくり話を聞くよ」
「いいぜ。土産話はたくさん持ってるからさ!」
クオはコホンと一つ咳をした。少し頬が赤く染まっていた。ガーラは縦笛に興味を持って話に入った。
「あなたはどんな道具を作っているのかしら?」
職人は小さな縦笛を客達に見せた。
「これね、獣が眠りにつく笛だよ。大きな獣に出くわしても、これを使えば逃げることができるよ。ドラゴンにも効くけど、相手の耳に音が届かなかったら意味ないね。シーフは普通、富豪の番犬みたいな生き物を眠らせるのに使うんだ」
ガーラは感心した。
「面白いわね。私は商人なんだけど、仕入れさせてもらえるかしら?」
職人は笑みをこぼした。
「いいよ。フローの仲間ならね。上の市場で僕の名前を言えば、安く仕入れさせてくれるから」
「ありがとう」
ガーラは色とりどりの笛を見た。
「他にも笛を作っているようだけど、これはどんな笛かしら?」
ガーラが指したのは、艶やかな焦げ茶色の笛だった。クオははっとして呟いた。
「ガーラ、それは……」
職人はにっこり笑って説明した。
「シーフが身内に向けた結婚式の夜に吹く笛だよ。シーフ以外の職業の花婿や花嫁は、音楽を聴いて身内に入るんだ」
ガーラは感心した。
「シーフも結婚式はするのね」
フローは軽く鼻歌のように応えた。
「そだね」
職人はひと言付け足した。
「フローには入り用だね」
フローは町に入ると、昼時ということもあり、大きな食堂に二人を連れて入った。食堂では、ボードゲームのチェスをする恰幅の良い親父達、新聞を読む細い男性客、昼休みを憩う若い職人達がいた。旅人の姿はいなかった。フローは猫耳の女給を呼び止めて、クオとガーラを見た。
「ここの店は、そば粉のクレープが美味しいのでお勧めだけどさ、三人前でいい?」
提案するフローの眼は鋭かった。クオとガーラはフローに合わせた。
「俺は構わない」
「私もいいわ」
フローは女給に伝えた。
「サンキュー。じゃ、そういうことで。ウィンデラからの客だと食堂の主人に宜しく」
フローの注文に女給は目が光った。
「かしこまりしたにゃ!」
女給が去ると、クオが小声でフローに尋ねた。
「今の注文は何か町に入った手続きみたいなものか?」
クオはウィンデラの普通の旅人は泊めないしきたりを思い出して、それと似たようなものかと推測した。フローは軽く答えた。
「作法? みたいなものだね」
再び女給が席に現れ、注文した品が運ばれた時、ワインが三人分一緒に届けられた。クオとガーラは用心深い目で赤いワインを見た。フローはワイングラスを手に取ると、口に傾けた。フローは陽気に説明した。
「ワインは、町に入った歓迎の合図だから、安心して大丈夫だぜ。食べ終わったら、シーフの隠し道具の市場を案内するからさ、クオもガーラも緊張しなくて大丈夫だぜ」
「そうか……」
クオはふっと笑って緊張を解いた。
「でも、オレの同業者も集まる町だから、町の中では用心した方がいいかもね~」
「おい、フロー……」
クオのツッコミに、フローは軽く付け足した。
「ま、オレが気付かないことはないからさ、大丈夫だろね」
ガーラはワインを口に含んだ。
「じゃあ、宜しくね」
食事が終わり、クオとガーラはフローの案内で町の中心へ行った。そこには、多くの旅道具が野外に並べられた店が並んでいた。店で立ち止まると、店の主人達は、たいていフローの知り合いで、挨拶を交わした。フローは故郷の馴染みの人のように、それぞれに話を返した。
睡眠薬を拡散するねずみ型の玩具などの小道具を売る青年が、フローに声をかけた。
「やぁ、フロー! ウィンデラのギルドの親方は元気かい?」
「親方は変わりないぜ。今年の『チェス』の賭けの情報を集めてたぜ。何かいい情報でもある?」
「そうだな、白は騎士の称号を持った女性が海戦の指揮を執るってさ」
「面白いねぇ~。その話は、夜、酒場で聞くことにするぜ。じゃ、また!」
市場を一通り回ると、フローは軽快な足取りで人ごみから離れた路地裏に入っていった。クオは直感的に、フローが町の裏側に連れて行こうとしていることに気付いた。ガーラも同じく気付き、黙って目を輝かせていた。
市場から離れると、工房が並んでいた。その一つにフローは入っていった。看板には葉に包まれた鍵の絵が描かれていた。クオとガーラも後ろに着いて行った。
フローは工房の入口でナイフを磨いている親父に声をかけた。
「久しぶり~、ネスト親方。今日はオレの仲間を連れて来たんだけどさ、下を見ていっていい?」
ネスト親方は、ぎろりとクオとガーラを見て、フローに答えた。
「良く来たな。お前さんの『仲間』か。お前さんも隅に置けないな。見た所、魔術師と商人か。まぁ、挨拶は長くなるだろうから、今はいい。久しぶりだ。工房を見ていってくれ」
フローは「サンキュー!」と軽く返した。クオは、工房の中に入ったのに、それらしい物音が聞こえてこないことに警戒した。フローは中に入っていった。
工房の中は、誰もいなかった。入口からそう遠くない所に、鍵のかかったドアがあった。フローはにっと笑って、鞄から針を出した。その様子を見てクオは虚を突かれた。
「フロー、知り合いの工房なのに、勝手に鍵を開けるのか?」
フローは不敵に目を光らせた。
「ここは盗賊御用達の道具を作る工房だからね。鍵も開けられない客は入れないのさ」
容易く鍵を開けたフローは茶色の扉を開いた。そこは、地下に降りる階段しかなかった。
フローは明るく言った。
「この先の地下が隠し道具の工房になっているから、皆で降りようぜ」
フローの先導で、クオとガーラは地下への長い階段を降りていった。階段では、工房らしい物音が聞こえてきた。火のくすぶる音や、金槌で金床を叩くテンポの良い音や、聞いたことのない楽器の楽しげな試し吹きの音など。その雑多な音の中で、職人達の気の良い歌声が聞こえてきた。
「ここは誰も目にしちゃいけない。
盗賊様の隠れたポケットさ。
目を盗む、煙に巻く、虚を突く
出し抜く技は百五十!
ここを見ることできるのは
生き馬の目を抜く盗賊様
隠し道具の作り方は
王にだって教えちゃいけない。
盗賊様の身内の仲間は
花婿花嫁ござんなれ
赤い実 紫バラ 花の交換
どんな仲でも歓迎するよ!」
地下へ降りると、広く明るい空間があった。そこでは、様々な職人達が、それぞれ小道具を作っていた。熟練の老夫が、魔力のある蔦で縄をより、からくり人形を作る中年の男性が眼鏡を光らせ細かな手作業をしていた。目の良さそうな若い青年が、何やら小さな縦笛を作っていた。手元には色々な種類の縦笛が置いてあった。楽器職人の青年は、工房の客達に声をかけた。
「フロー、久しぶり! 大きな仕事をしたんだって聞いてるよ。お疲れさん。そちらさんたちは?」
「オレの旅の仲間さ」
職人は疑いの目を向けた。
「へぇ……、フローも嘘をつけなくなったんだね。仕事が終わった後でゆっくり話を聞くよ」
「いいぜ。土産話はたくさん持ってるからさ!」
クオはコホンと一つ咳をした。少し頬が赤く染まっていた。ガーラは縦笛に興味を持って話に入った。
「あなたはどんな道具を作っているのかしら?」
職人は小さな縦笛を客達に見せた。
「これね、獣が眠りにつく笛だよ。大きな獣に出くわしても、これを使えば逃げることができるよ。ドラゴンにも効くけど、相手の耳に音が届かなかったら意味ないね。シーフは普通、富豪の番犬みたいな生き物を眠らせるのに使うんだ」
ガーラは感心した。
「面白いわね。私は商人なんだけど、仕入れさせてもらえるかしら?」
職人は笑みをこぼした。
「いいよ。フローの仲間ならね。上の市場で僕の名前を言えば、安く仕入れさせてくれるから」
「ありがとう」
ガーラは色とりどりの笛を見た。
「他にも笛を作っているようだけど、これはどんな笛かしら?」
ガーラが指したのは、艶やかな焦げ茶色の笛だった。クオははっとして呟いた。
「ガーラ、それは……」
職人はにっこり笑って説明した。
「シーフが身内に向けた結婚式の夜に吹く笛だよ。シーフ以外の職業の花婿や花嫁は、音楽を聴いて身内に入るんだ」
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