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赤の章

赤十話

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 それから二人は店を出て、通りを歩いた。花売りが大きな籠に花を揃えて呼び声を掛けていた。アキレスが見ると、籠の中はバラの花だった。赤、白、青、ピンク、黄色、オレンジ、紫。一輪の花に黄色やピンク、緑、紫などカラフルな色を持つ虹色のバラもあった。バラは色も違ったが、形もそれぞれ違った。一輪咲きの物、一つの茎にいくつかの花を咲かせた物、多くの花弁で広がりのある物、五枚の花弁の一重咲きのシンプルな物など。
「バラはやはり華やかだな」
「バラは王家の者が多い。バラの王家は花の色で分かれている。他の大陸にもバラ族の影響があり、西大陸のお土産といえば、バラが一番である。バラ族と関係がない町でも、赤バラ白バラは必ず花売りが持っている。アキレスよ、足を休めるのにいい店がある」
 デンファーレ王は一つの店を見た。紅茶を飲む店だった。看板は葉の模様で彩られていた。
「そうだな。王が勧めるとは楽しみだ」
 王とアキレスは店へ入った。
 その店の客は王冠を頂いた者も多く、無冠でもその姿からどこかの王族のように見えた。
 アキレスが店のメニューを見ると、花の香りのフレーバーティーが並んでいた。バラ、桜、ラベンダー、りんご、キンモクセイなど。アキレスはりんごとマスカットとバラの合わさった甘そうな紅茶を頼んだ。王は幻の島で客人にもてなされる紅茶を頼んだ。
 紅茶が届いた。ティーカップは緑の葉の模様だった。
「この店は昔から王族の休憩所として知られている」
「おや、久しぶりだな、デンファーレ」
 そこに赤髪の青年が現れ王に挨拶した。
「こちらに来ていたのだな」
 デンファーレ王はふっと笑った。
「少し長旅をしてきた。赤バラの王は変わりないか?」
「ああ。そろそろチェスも近いと嘆息し、心を燃やしている」
「アキレス、紹介しよう。彼は赤バラの王家の者で、スカーレット・ポルカ・ローズ。現赤バラの王の近しい親戚だ。現在の赤バラの王は十五才で気さくな性格をしている。スカーレット・ポルカは西大陸の王たちの中で顔が広く、親切だ。友人も多い」
「デンファーレも隅に置けないな」
 スカーレット・ポルカは爽やかに笑った。アキレスは挨拶をした。
「初めまして。私はアキレス。バラ族の者と会えて嬉しい」
「こちらこそ、どうも、アキレス。デンファーレは優しい者だろう?」
「ははは。二人は仲が良いのだな」
 アキレスは笑って誤魔化し、話を変えた。スカーレット・ポルカは言った。
「王たちの中でも美しい王だと思う。野心があるだろう? デンファーレの話は目の付け所が良くて聞いていて飽きない。友達としては楽しい王だ」
 笑みを見せるバラ族の者は、複雑な王家の関係や王族の間の政治をかいくぐってきた鋭さが垣間見えた。
「スカーレット・ポルカは赤バラの王の側近だ。子どもの頃は遊び友達としてよく世話になった」
「いつでも頼ってくれて構わないよ。歓迎する。それじゃ、ご馳走様!」
 スカーレット・ポルカは明るく挨拶し、王とアキレスの元を離れた。
 デンファーレ王はアキレスに説明した。
「現在の赤バラの王はスカーレット・メイ・ローズだ。十四才で戴冠した。十才でメリルの大学に入った聡明な者で親戚の多いバラ族の中でも信望の厚い青年である。バラ族でも珍しく飾り気がなく、爽やかな性格をしている。赤バラと白バラは百年に一度チェスで戦うが、現赤バラの王と白バラの王の在位中に行われると言われている。二人の王は同い年でよく比べられる」
「それは盛り上がりそうだな」
「赤バラと白バラの戦いには、蘭族の王たちも賭けに参加し、応援する。馬上試合では、西大陸中から王が集まり、ある者は試合に参加し、ある者は観客席でこの祭りを優雅に観戦する。デンファーレ王家では、毎回赤に賭けている。よって、赤バラの王もデンファーレ王家に縁を感じて親しくしている。カトレアも毎回赤に賭けている。彼らは仲が良い」
「そうか。政治も絡んでくるのだろうか?」
「大した影響はない。しかし西大陸の大物が動く大祭ではある」
「楽しみだな」
「そうだな。その時は、一緒に馬上試合を見に行こう、アキレス」

 カトレア王の屋敷に戻ったデンファーレ王とアキレスは、館の中が賑やかになっていることに気付いた。屋敷の召使いが客人に告げた。
「お帰りですか、デンファーレ王とアキレス女王。先程主が戻られました。どうぞ大広間へご挨拶をお願いします。主は楽しみにされております」
「分かった」
 デンファーレ王は一言言うと、アキレスに頷いた。
「帰る前に挨拶ができて良かった。一緒に行こう、アキレス」
「大事な方だ。会えて良かった」
 大広間に近付くと、音楽が聞こえてきた。その調べは上品で、心地良かった。
 主人の席に座っていたのは、十代後半の若い女性だった。
「久しぶり、デンファーレ」
 カトレアは音楽を止めて、客人を迎え入れた。その髪色はデンファーレ王と同じ薄紫色だった。ピンと伸びた姿勢は堂々として、高貴な者特有の空気を纏っていた。顔立ちは整っていて、下がり目の瞳は髪色と同じ紫色だった。
「こたびも世話になった。感謝する」
 デンファーレ王は柔らかい声で返した。デンファーレ王とアキレスは召使いの案内で客人の席に座った。
「そちらがアキレス女王ですね」
 カトレア王はアキレスを見てにこりとした。笑みに魔性の魅力があった。アキレスは畏れ多く感じた。年は下でも、カトレア王は多くのことを知り、西大陸の中央で政治を渡ってきた貫録を感じた。
「初めまして、カトレア王。この町に泊めて下さってありがとう」
 カトレア王は笑みを見せたままデンファーレ王に言った。
「感じの良い方ね」
「カトレアは七つの時に戴冠して十一年だ、アキレス。蘭族の庇護者でもある。昔から色々と世話になっている」
「メリルの町は楽しかった?」
 カトレア王はアキレスに尋ねた。こぼれる笑みは女性の魅力に満ちており、アキレスは何でも話してしまいそうな陶酔感を覚えた。
「王に案内されて色々見てきた。この町に住む者は好奇心を楽しませ飽きることがなさそうだと思った。ぜひまた来て違った顔を見てみたい」
「そうね。ぜひまたいらっしゃい。私はもてなします」
「ありがとう、カトレア王」


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