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赤の章

赤十二話

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 メリルに着いたデンファーレ王は、郊外のカトレア王の屋敷へ行った。主人は屋敷にいた。主人が新しい客を待つ広間には他にも客がいて、優雅に紅茶を飲んで歓談していた。
「初めまして、新王デンファーレ。屋敷へようこそ」
 客を迎えたのは、見た目は三十代に見える女性だった。下がり目が優しく、妖艶であった。実際は五十才を過ぎている。デンファーレ王と同じ薄紫色の髪を高く緩やかに結い、白いかんばせは歓迎の色を見せていた。
「歓迎を感謝する」
「どうぞお掛けになって」
 主人が客人に席を勧めた。デンファーレ王は屋敷の召使いが引いた椅子にちょこんと座った。
「町への案内は召使いにさせましょうか?」
 カトレア王は親切に提案した。デンファーレ王は遠慮した。
「いや、私の護衛の魔術師がこの町のことを知っているので大丈夫だ」
「そう。それは良かった」
 カトレア王は嫣然と微笑んだ。デンファーレ王の前に紅茶が出された。
「こちらにいる方々は、赤バラの王家の名族の方々です。一緒に賭けをするお友達です」
 客人の一人が言った。
「遠くよりメリルへようこそ、デンファーレ王。今年は赤と白のどちらに賭けますか?」
 カトレア王が言葉を重ねて聞いた。
「赤でしょう?」
「いや、引き分けに賭ける」
「あら、意外ね。私もそうしようかしら」
 カトレア王はふふと笑った。
「歴代のデンファーレ王の賭けは外すことが少ないのですよ、皆さん」
 客人達が盛り上がった。
「それは良いことを聞きました」
「この席にいて幸運でしたな」
 その後もデンファーレ王はしばらく茶会の席を温め、赤バラの者達が話す王家の話を静かに耳を傾けていた。
 挨拶の用を済ませて部屋へ下がり、夜になるとデンファーレ王は護衛のアフェランドラを連れて賭博の会場へ向かった。

 賭博の会場は賑やかだった。今年のチェスは紅白とも大国で賭けは白熱していた。デンファーレ王は店に入ると辺りを見渡した。その場に合う明るいピアノの音が客を出迎えた。音楽は客の射幸心を煽るようなエネルギーに溢れる調べだった。それは楽しく、甘く、酔うように。デンファーレ王はピアノに近付いた。そこでピアノを弾いていたのは、自分と同じ年頃の子どもだった。少年は一曲終わると、聞き手に歓迎の笑顔を見せた。まるで大人のような笑みだった。
「ここは初めてだね?」
 デンファーレ王は少年の落ち着いた様子から、ただのピアノ弾きではなく、高貴な者だと直感した。
「私の先代の王がよくここに来ていた。私もそれを継いでここへ来た」
「そうかい。私はここに詳しい。歓迎するよ」
 赤色の髪の少年は相手が王だと名乗っても気にせず、大らかに答えた。
「では、君にはこの曲を贈ろう」
 少年は再びピアノに向き直った。重々しいメロディーから始まり、次に軽やかなメロディーが顔を出した。二番目のメロディーは踊り、一番目のメロディーが時々威厳を持って行進した。最後に二つのメロディーは転調し、同時に奏でられた。それぞれのメロディーは主張するように、重なり合うように交錯した。奏者は器用に長い指を動かした。子どものピアノとは思えない技量だった。
 少年は最後まで弾き終わると、とんと椅子から軽やかに降りて説明した。
「これは異世界の音楽だよ。ファランドールっていう名前だと言われている。気に入ってもらえたら嬉しいけど、どうだった?」
 少年は気さくなようで、距離があった。口元には笑みを浮かべながら、眼は鋭かった。デンファーレ王は自分と同じ性質の者だと察した。
「良い音楽だった。歓迎に感謝する」
「私は人の集まる所が好きでね。この町は私の庭の一つだ。いつか世界の全てを私の庭にしようと思っている。まぁ、領地にするという意味ではないけどね」
「庭か。私と似ていることを考える者に会ったのは初めてだ。メリルでは普通なのか?」
「いや。でも私と同じようなことをしている者は他にもいることは知っているよ。私が特別な訳でもない」
「そうか。それは良いことを聞いた」
 デンファーレ王はこの少年の襟元に赤バラの紋章が刺繍されていることを見つけた。現在の赤バラの王は四十三才だと聞いた。この少年は王ではなかった。少年は言葉を続けた。
「君はデンファーレ王家の王だね? この町に来たとは噂に聞いているよ。カトレアの所にいるのだったね」
「そうだ。しばらくメリルを見ようと思っている」
「私が案内しても良いでしょうか、王よ?」
 少年は戯けてデンファーレ王に尋ねた。デンファーレ王は直感的にこの少年の“庭”に踏み込むことにした。それはたぶん政治的に絡むことだった。
「良い友として色々教えて貰おう」
 少年は満足げに笑みを浮かべた。
「名乗るのが遅くなったね。私の名はスカーレット・ポルカ・ローズ。バラ族の中でも名家だよ。宜しくデンファーレ」
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