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赤の章

赤十三話

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 メリルの郊外の赤バラの屋敷に招待されたデンファーレ王は、広いバラ園の中の東屋でスカーレット・ポルカとお茶をしていた。バラ園は赤バラだけでなく、色とりどりのバラが花を咲かせていた。高貴に凛と咲くバラもあれば、小さな茂みを作る華やかなバラもあった。所々アーチがあり、つるのバラが頭上から訪問者を見下ろしていた。
「私は先代のデンファーレ王とも話したことがあるよ」
 スカーレット・ポルカが紅茶をゆっくり味わいながら客に語った。お茶請けとしてスコーンとバラのジャムが饗されていた。
「楽しい王だった。賭けでは負けることがなかったよ。おや、この話は退屈だったかな?」
「私は先代の王より“庭”を広げようと思っている」
「それは楽しみだね。どうやって?」
「僧侶は王家に仕えるし、西大陸一の無国境団体でもある。そこからつてを広げて直轄領を増やそうと思っている」
 ポルカはテストの答えが正解だった時の先生のように満足そうな笑みをこぼした。
「へぇ、いいね。王は自由にできていいね」
「ポルカが王になれば良いのではないか?」
 デンファーレ王はポルカは年齢としてはチャンスがありそうに思った。ポルカは否定した。
「先代の赤バラの王が私の家の者だったので、私には出番がない。だから私には楽しみがある。次の王を選ぶことだよ」
 落ち着いた話の中で、ポルカは眼がらんらんと光ったようにデンファーレ王には見えた。
「結構なことだな。ライバルも多そうだが」
 きっとその戦いさえ、この目の前の子どもは勝ち抜くのだろう。そういう威容があった。王というより、宰相が似合いそうだった。
「今は支持できそうな王がいるのか?」
「いいや。これから生まれて来る者に期待しているよ。私は青年王を立てたリン・アーデンになりたい」
 七才の子どもの夢は大きかった。ポルカは話を変えた。
「私はカトレアよりデンファーレの方が大きく伸びる王だと思うね。胡蝶蘭もそうだけど、蘭族は人を魅了する美しさがある」
「同じ蘭族とはライバルとしてでも戦う気はない。蘭族は横の繋がりが深くて互いに世話をし合う気風だ」
 デンファーレ王の言葉は暗にバラ族とは違うという意味にも取れた。ポルカは自嘲したように笑った。
「バラ族は内部で喧嘩していると言う者もいるが、それは合っているようで間違っているんだよ」
 デンファーレ王は紅茶を飲んで話を聞いた。
「バラの王家は色別に分かれているけど、その中でも多くの名族が連合している。王は同じ家で続かないように親族で話し合って決められる。連帯感はあるんだよ。最近はバラ族でも少子化で王を継ぐ者の候補も少ない。チェスで戦う時もスポーツとして楽しんでいる」
「チェスには参加するのか?」
 デンファーレ王は話を変えた。
「そうだね。次の王の御代でチェスをするという話だから、私にも出番があるだろうね」
「ナイトか?」
「いや、私はポーンでいいよ」
 ポルカの答えは謙虚だった。
「たぶん、白の方も私みたいな変わり者がいるから、そちらもポーンを選ぶだろうね。チェスで戦うとは覚悟が必要だね」
「その者とは?」
 この気高い赤バラの者が一歩引く相手とはどんな者かデンファーレ王は話を聞きたくなった。
「この町にもよくいるから、町に行った時に教えるよ。私より一つ上だ。想像通りの話だろうけど、彼も王位を継げない。顔が広くて、盤上のチェスが得意だ。たぶんチェスではポーンとなって王の参謀になるだろう。私と同じだね」
 ポルカは一口紅茶を飲んで、話を続けた。
「ちなみに赤バラと白バラは気兼ねなく交流する。デンファーレとスターチスよりもだと思うよ。同族として親戚だと思っている。王家の名前も同じローズだしね」
 ポルカはデンファーレ王に与えた茶菓子の皿が空いたのを見て言った。
「それではこれから王族の休み場所へ案内するよ。ついてくるでしょ?」
 デンファーレ王は答えた。
「楽しみだな」
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