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赤の章

赤十四話

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 その茶店の看板は葉の模様だった。それは案内人が言うにはどの“花”の者でも受け入れるという意味だということだった。デンファーレ王は茶店に入った。
「ここの紅茶で一番美味しいのはフレーバーティーではなくて、幻の島で出される紅茶だね。私はミルクティーを頼むけど、どうだい?」
「ではそうしよう」
 店の奥の席に落ち着いたデンファーレ王は辺りをそっと見渡した。自分たちとは反対側の奥に、女性の二人組の客人がいた。どちらも王冠を被っていた。
「王族が気になるかい?」
「知っているのだな?」
「そうだね。あの二人は結婚している。片方が百合王で、もう片方がその女王様さ。仲がいいと評判だよ。大国だけど、チェスには参加しないで観戦するだけの国だよ。同性同士の結婚は珍しいかい?」
 デンファーレ王は言葉の奥に田舎者となじられているような気配を察した。
「魔女婚は珍しくないので、気にすることはない」
「私がバイセクシャルだと言っても?」
 この同い年の子どもは大人の言葉を使った。デンファーレ王はただ一言言った。
「やはりな」
 その答えにポルカは笑んだ。
「バラ族には私のような者も多いよ。バラ族は自由だからね。魅力のある人と付き合うのに理由はいらないよね」
 この少年はさぞや性別を問わず人を惹きつけ、付き合っていくのだろうなとデンファーレ王は思った。
「紫バラの王は男性で配偶者も好青年さ。バラ族は自分の子どもが跡を継がないし、そういう気風なんだよ。おっと、新しい客だね。挨拶してくるよ」
 店に金の髪の上に王冠を載せた少年が入ってきた。見た目は十五才くらいに見えた。ポルカは立ち上がって新客を迎えた。
「やぁ、今年のチェスは面白いね。君もチェスの賭けで遊びに来たのかい?」
 少年は高貴な者の笑みで挨拶を返した。
「こんにちは、ポルカ。何かいい情報でもありますか?」
「また新しい友が増えたよ。少し一緒にどう?」
「それではご一緒しましょう」
 ポルカは新たな客を連れてデンファーレ王の待つ席に戻った。
「紹介するよ、デンファーレ。彼はコスモス王。西大陸でも有名な大国の王様だよ」
「こちらがデンファーレ王ですね。その在位にチェスに参加するご予定だという」
 コスモス王はにこりと笑った。デンファーレ王は挨拶を返した。
「私はラルフ・デンファーレ。確かコスモスの王家も御代が代わったばかりだと聞いたが」
「そうですよ。私も今年戴冠したばかりの新王です。ポルカには王子の頃からこのメリルでお世話になっていました」
 コスモス王は店員にストレートの紅茶とコスモスのジャムを頼んだ。
「コスモス王家はチェスには参加しないのか?」
 デンファーレ王は尋ねた。
「西大陸の中央の大国はあまりチェスには参加したがりません。華やかにチェスを楽しむのはバラ族くらいです」
「皆国の威信を賭けるのが億劫なんだよ」
 ポルカが一言付け加えた。
「今日はメリルで開かれるオークションに参加しに来ました」
「ああ、そういえば、珍しい骨董品が出品されるって言ってたよね」
「そうです。それを譲り受けに来ました」
 コスモス王は紅茶とジャムが届くと、ジャムをスプーンですくって紅茶に静かにかき混ぜた。
「デンファーレ王は、魔法アイテムの古い品に興味はありますか?」
「いいや。知らない世界だ」
「メリルで開かれるオークションに今夜シャーロットの短剣が出品されます。それは風の町の花の名の王がポーンとして出場した時に使っていた名剣ですね。私は競り落としに来ました。楽しみですね」
「コスモス王は昔から魔法アイテムの骨董品を集めているんだよ。それは王立の美術館に飾られて、誰でも見られるようにしているんだ。収集家の鑑みたいな王さ。だからコスモス王家の王都には旅の職人が訪れるし、王家でも魔法アイテム職人を保護しているんだよ。コスモス王は狙ったアイテムは必ず競り落とすから、今日楽しみにオークションに来た富豪達はさぞや残念がるだろうね」
「オークションを楽しめるから、王になって良かったですよ」
 コスモス王はふふと笑った。デンファーレ王は、コスモス王は善良そうに見えるが、一筋縄ではいかない性格の持ち主に見えた。
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