父が腐男子で困ってます!

あさみ

文字の大きさ
上 下
28 / 35

文化祭デート

しおりを挟む
宗親の作った予定表通りに教室に戻ると、了はミズキと合流した。
「カナデは?」
訊ねるミズキに了は答える。

「ヒビキの所に向かったよ。この後は一緒にまわるって」
「そっか」
ミズキはエプロンを外しながら呟いた。

「ずっとたこ焼き焼いてたの? 当番時間は終わってたよな?」
ミズキはエプロンを片付けながら頷く。
「暇だし、やってたら楽しくなったからずっと焼いてた。ちょうど遊びに行きたいから代わって欲しいって人もいたし」
「優しいな、ミズキは」
「そんな事ないよ。ちゃんとお礼の品をもらったんだ」
ミズキはペットボトルを一本差しだした。
「二本もらったから一本あげるよ」
「え、ありがとう」
了はそれを受取った。

「ミズキはどこか行きたい場所あるの? 何か食べたいとか?」
了の問いにミズキは首を傾げる。
「いや、特にはないよ。リョウはどこに行きたい? もう行きたい場所はカナデと行ってきた?」
「カナデとはクレープ食べてきた。行きたい場所は……実は一カ所あるんだな」
「じゃ、そこに行こうか」
歩き出したミズキに並ぶ。
「で、どこに行きたいの?」
聞かれて了は微笑んだ。
「書道部」



書道部はミズキが所属している部活だ。
普段特に何をしているか、活動内容は聞いた事がなかった。
書道なんだから、半紙に字を書いて、日々上達を目指しているのだろうし、文化祭には展示をしているのだろう。
了はそんな風に予想していた。
「うちの部活? 別に良いけど、そっか……今からだと丁度パフォーマンスの時間かな?」
ミズキが呟くので了は首を傾げた。
「パフォーマンス?」
「ああ、パフォーマンス見た事ないんだね。丁度良いから見てくと良いよ」
了はミズキに連れられて書道部の展示のある教室に向かった。

「えっと、書道部って文字を書いた紙が貼ってあるんじゃないの?」
廊下を歩きながら訊ねると、ミズキは頷いた。
「うん、それもあるし、本も売ってる」
「本!?」
つい大きな声がでた。
「もしかして文芸部や漫研が同人誌出してるみたいな系? 『人間だもん』的な?」
ミズキは微笑みつつ頷いた。
「うん、作品集みたいなのだよ」
「ああ、なるほど。じゃあ、ミズキの本買うよ」
「いや、俺は出してないから」
「え、そうなの?」
聞きながら了は考えた。
そもそも何故、ミズキが書道部にいるのかも知らない。
書道が得意だとか、字を書くのが好きなんだろう位に思っていた。

「えっと、今更だけど、ミズキは何で書道部にいるの? あ、もしかして親が有名な書道家とか? なんとか流派の跡継ぎとか?」
ミズキはふっと微笑んだ。
「リョウみたいに、有名で立派な両親は持ってないよ」
「ちょっと待って、うちの親が立派とかないから! 有名は有名かもしれないけど、変人だし!」
「おじさんはそういう所が逆に良いよね。親しみ安くて」
ミズキは宗親のフォローをした後で話しだす。

「俺が書道をやってるのは、元々は字がヘタだったからなんだ。子供の頃にそれで書道教室に通い出した。今は教室には行ってないけど。字はそこまで上手くならなかったけど、あの雰囲気が結構肌にあったんだ。基本的に静かだし、墨をするとか字を書くとか集中出来て気に入ったんだ」
なんとなくわかる気がした。
ミズキはいつも落ち着いているし、普段から姿勢も良い。授業中も誰よりも集中して見える。
もしかするとそれは、書道を習っていたせいなのかもしれない。

「書道の展示にミズキの作品もあるの?」
「うん、あるよ」
楽しみになった。
「でも意外だな。ミズキの字ってキレイだから、最初から上手かったんだと思ってた」
「今でもそんなに上手くはないよ」
了は首を振った。
「いや、男にしたらキレイな字だよ」
ミズキのノートを見た事があったがとてもキレイな字だった。上手くないと言うのは謙遜だ。

「リョウもヘタではないんじゃないかな?」
了は眉を顰める。
「いや……自分でも書いた字が読めない事があるからヤバイよ」
「でもヒビキよりはキレイな字だし、読めるから大丈夫だよ」
「あーーヒビキと比べるとね」
了は響の字を思いだしながら頷いた。
響は小学生のような字を書く。文字のサイズがバラバラで統一感がない。

「カナデはキレイな字だったよな?」
了が言うとミズキが頷く。
「筆圧が強くて丁寧に書いていたな。真面目な性格なのが現れてるよ」
「確かに」
奏は金に近い茶髪で外見は派手だが、性格は真面目だ。
真面目すぎて自分にも他人にも厳しいタイプだ。

「あ、着いたよ」
ミズキが教室のドアの前で立ち止まった。
「この部屋で展示と販売があって、廊下の先のホールでパフォーマンスがあるんだ」
ミズキは開いていたドアから中に入っていく。

中はパーテーションで仕切られ、画廊のようになっていた。
その壁に書が飾られている。

作品はどれも絵のように美しかった。
漢文のように漢字のみで書かれた縦長の作品や、四字熟語が不ぞろいに並び、飛沫が散っている作品。
文字を崩した独特な作風の物などいろいろあった。

了はミズキの名前が入った書の前で立ち止まった。

「これがミズキの作品?」
「ああ、うん、そうだよ」
「やっぱりキレイな字だな」
言いながら作品に見入っていた。
ミズキの字は繊細さの中に力強さがあった。
ただ丁寧に書かれているのではなく、一文字一文字が思いを伝えようとしているように見える。

「この言葉って、何かの引用?」
書かれた文字は文章になっていた。縦書きで四行。
誰かの詩なのか、ミズキの創作した物なのか分からなかった。

「ああ、それはおじさんの小説の中のセリフなんだ」
「え?」
了が振り返ると、ミズキは真顔で答える。

「展示用の作品をどうしようか悩んでいたら、おじさんが自分の小説からおすすめだという言葉をリストアップしてくれて、その中から選んだんだ。なんとかっていうBL作品の攻の言葉らしいよ」
「今すぐこの展示、外した方が良いんじゃない!?」
了は突っ込まずにはいられなかった。

「なんで?」
ミズキは不思議そうに首を傾げるが、了は冷汗が出そうだった。
「いやいや、だって知ってる人が見ればBL作品からの引用だってわかっちゃうよ? 書いた人もBL好きだって思われちゃうかもしれないし、この作品とか攻キャラのファンなんだなとか思われたりとか、いろいろ……」
「別に良いよ」

きっぱり言われて了は黙った。
ミズキは真面目な顔で続ける。

「別に俺は誰にどう思われても良いんだ。ただこの言葉が気に入ったから選んだんだ。このキャラが受けの事がすごく好きで大事にしてるって言うのが伝わってきて、共感したんだ。だからこの攻めキャラのファンだと思われても、あながち誤解でもないし、構わないんだ」
了は何も言えなかった。
ミズキ本人が気にしないと言うなら、何も言う事は出来ない。
了は改めて作品に向き直った。

BL作品の攻めの言葉。ミズキが共感した言葉。
そう思って見ると、先ほどとは違う感情がわいてきた。

このセリフを発した人物が、相手を大事に思っているのが伝わってくる。
押しつけではなく、優しく見守っている。
けれど心の内側に熱い情熱を秘めている。

最初はただキレイな字だなと思っていた。キレイな言葉だなと。表面だけを見ていた。
それが今は生々しく胸に届いた。
このセリフを言った攻めに共感したミズキ。
引用だとしても、それはミズキの心と同じだ。

体温が上がった気がした。
ミズキが想う相手とは自分だと気付いたからだ。
このセリフと書かれた文字の熱が伝わる。


その後に見た他の生徒の作品は、あまり記憶に残らなかった。
了の胸の中で、いつまでもミズキが書いた文章が消えなかったからだ。

出口に会計場所があり、作品集が売られていた。
展示の作品も販売されているようだった。
会計にいた生徒とミズキが会話をしている時も、了の中ではミズキの書いた言葉が響いていた。

「そろそろパフォーマンスが始まるから見に行こう」
ミズキに言われて廊下を進んだ。

ホールには人だかりが出来ていた。
床にはビニールシートが敷かれ、袴姿の少女が巨大な筆を持っていた。
「彼女が部長なんだ」
ミズキの説明に頷きつつ彼女の動きを目で追った。

裸足で床に広げられた大きな紙の上に立ち、墨をつけた筆で勢いよく、体全部を使って文字を書いていく。
圧巻のパフォーマンスだった。
テレビで書道パフォーマンスを見た事もあったが、実際に見ると迫力が違った。
もっと言うと、墨が飛んでくるのではないかというと若干の恐怖もあった。
けれど思ったような事態は起こらず、無事に文字が完成した。
見物人から拍手がわき上がった。

終わった瞬間にミズキに腕を引かれた。
「行こう」
「え、もう行くの?」
ミズキは苦笑した。
「部長に見つかって、俺までパフォーマンスさせられたら困るから」
「あー、さては頼まれてたのを断ってたパターンだ?」
ミズキは答えなかったが、そういう事だろう。
「もしかして次期部長はミズキなの?」
「……いや、違うよ」
それも頼まれているんだなと思った。




ミズキと別れたあと、了は宗親との待ち合わせ場所である昇降口に向かった。
外履きの靴に履き替えて入口に向かうと、紫苑と宗親の姿が見えた。
女子生徒と宗親が会話している。

「この後はどうするんですか? どこか行きたいところがあったら、私達が案内しますよ」
逆ナンされていた。
宗親はニコニコの笑顔だが、その横で紫苑は遠くを眺めている。
女子生徒などまったく目に入っていない様子だ。

「ああ、気持ちは嬉しいんだけどね、ごめんね、待ち合わせ相手が来たから。じゃあ、またね」
宗親は女子生徒に手を振ると、了に向かって歩き出した。
紫苑も黙って向かってくる。

「あー、見られちゃったかな? 父さんモテて困っちゃうよ」
宗親は嬉しそうな顔で頭をかいていた。
「今の女子は完全にシオンさんしか見てなかったと思うよ」
了は淡々と事実を告げた。
「いや、俺の事をちゃんと見てたぞ!」
「それは父さんしか返事してくれなかったからでしょ?」
宗親は大きく首を振る。
「確かにシオン君は美形だが、この俺もそれなりにイケてると、今の子達は言ってくれたぞ!」
「父さん、社交辞令って言葉知ってる? 人って気を遣う生き物なんだよ?」
「違う、俺は本当にモテるんだ!」
騒いでいる宗親の横で、紫苑が突然、了に抱きついた。
「え?」
「会いたかったよ、リュウ」
「な、なんで急に抱きつくんですか!?」
了は人目を気にしながら叫んだ。

「いや、だって生き別れの兄弟は再会したらハグするものだと宗親さんが……」
「父さん、変な事言って、シオンさんを操るのやめてくれるかな!? この人純粋なんだから!」
了はカメラを構えていた宗親に突っ込んだ。
宗親は連写でシャッターを切るとニコリと笑った。

「よし、良い写真が撮れた」
満足したのか宗親はカメラをしまう。

「あとは二人でゆっくりまわってくると良い。父さんは一人で先に帰ってるから。あ、道もわかるから大丈夫、心配しないで良いぞ」
「この場合の心配は、こっそりついて来て写真撮るんじゃないかって方なんだけど……」
呟く了を気にせず、宗親は笑顔で立ち去った。


了は紫苑に向き直る。
「えっと、どこに行きますか? 行きたい場所は父さんともうまわって来ちゃいました?」
「宗親さんとは適当に、目的もなく見てまわっただけなんだ」
「じゃあ、行きたい場所とか食べたい物とかありますか?」
紫苑は顎をつまんで考える。
「うーん、特にはないかな? それよりリョウとこの雰囲気を楽しみたいな」
「雰囲気ですか?」
「うん、弟の学校の文化祭見学だなんて、それだけでワクワクするからね。ただ歩くだけで良いよ」
「そうですか」
「あ、でもそうだな。リョウが普段使っている教室やお昼を食べているベンチなんかは見たいな」
「ベンチですか?」
「うん、たまに宗親さんが写真を送ってくれるんだけど、いつもみんなで楽しそうにランチしてるでしょ? その場所に俺も実際に行ってみたいなって思って」
宗親が送っている写真とはなんだと思ったが、響がよく写真を撮っていたので、あれを宗親に送っていたんだなと理解した。

了は出店や出し物を見ながら、校舎の中を案内した。
途中、二人でフライドポテトを買った。
了がコンソメ味で紫苑は塩味だ。

「はい、リョウ」
紫苑がポテトを了の口の前に差し出した。
「え?」
『あーん』な状況に固まっていると紫苑が首を傾げた。
「食べてくれないの? 塩味じゃつまんない?」
「あ、いや、はい、頂きます」
深く考える事はやめて、そのまま噛り付いた。
男同士で『あーん』は変だとか、恥ずかしいとか、浮世離れした紫苑にはきっとどうでも良いだろうから。

「俺のも食べて下さいね」
了は袋ごとポテトを差し出した。けれど紫苑は顔を寄せてくる。
「えっと、自分で食べて下さい」
さすがに自分の指から紫苑に食べさせるのは恥ずかしかった。

ポテトを食べながら二人で歩いた。
お金持ちで上品な紫苑には、食べ歩きのイメージはなかったのだが、嫌がられる事はなかった。
紫苑は食べ歩く姿ですらも、高貴さにあふれていた。



「ここが俺の教室なんですが、今はたこ焼きカフェしてます」
了は教室の前で紫苑に説明した。
「たこ焼き食べて行きますか?」
聞くと紫苑は頷いた。
「じゃあ、持ち帰りで買っていこうかな? 食べるのはいつもリョウが使ってるベンチが良いな」
「了解です。じゃあ、買ってきます」
了の服の裾を紫苑が掴む。
「俺が奢るよ。年上だからね」
笑顔で言われてドキリとしてしまった。

紫苑が教室に入ると女子がざわめいた。
それを無視して、了はクラスメイトの男子に声をかける。
「ミズキは今、ここにいる?」
「いや、出かけてるよ。あ、でもミズキが焼いたたこ焼きならまだ残ってるよ」
「じゃあ、それを一つ下さい」
紫苑が注文してくれた。
せっかくならミズキが焼いた物が食べたいと思っていたのを、察してくれたみたいだった。

「つーか、リョウの連れってなんでいつもイケメンなんだ?」
クラスメイトに突っ込まれてしまった。

買い物を終えると、普段よく利用しているベンチに向かった。
中庭のベンチは寒そうなので、今回は校舎内にする事にした。
校舎の外れで人があまり来ない場所だ。奏のファンから逃れる時によく利用していた。

「もっとあったかい季節なら中庭の緑の中も良いんですけどね、今はちょっと外は寒そうなんで」
窓から見える、葉の落ちた落葉樹を見ながら呟いた。最近はだいぶ風も冷たい。

了はベンチに飲み物を置いた。紫苑もたこ焼きを置く。
「あ、リョウ」
坐ろうとしたら紫苑に肩をつかまれた。
「何ですか?」
「背中にマヨネーズがついてる」
「え!?」
大きな声が出た。

「あー、そう言えばさっき、お好み焼き持った人とすれ違ったかも?」
文化祭の廊下はたくさんの人で混雑していた。食べ歩きしている人間も多い。
その中にお好み焼きを持っていた人間もいた。
了が顔をしかめていると紫苑が言う。

「大丈夫だよ。シミ落とし持ってるから、すぐキレイに出来るよ」
紫苑はカバンからシミ取りを取りだした。
「相変わらずなんでも持ってますね……」
了が呟くと、紫苑は笑顔を見せる。
「いつでもリョウを守れるようにね」
今もマキビシを持ち歩いているんだろうか。怖くて聞けなかった。

「着たままだと取りにくいから、上着は脱いでもらっても良いかな?」
背中を拭いていた紫苑に言われた。了は慌てて制服のジャケットを脱ぐ。
「取れそうですか? ってか俺がやりますよ?」
手を伸ばしたが紫苑は首を振る。

「うん大丈夫、俺がやるよ。コツがあるからね」
了は、一生懸命シミ取りをしてくれる紫苑をじっと見つめた。
「シミの下に専用の紙を入れて、こう叩くとね、ほら、キレイに落ちてくだろう?」
「はい……」
頷きながら、了は自分の体を抱きしめた。
日が当たらない校舎端のベンチは空気が冷えていた。
シャツ一枚だと寒い。
肩をこすっていると紫苑に聞かれた。
「寒い?」
「あ、でも大丈夫です」
そう答えた了の肩に、紫苑は自分の着ていたパーカーをかけた。

「これじゃシオンさんが寒くなっちゃいますよ!」
慌てて脱ごうとしたら、背中から抱きしめられた。
「え?」
「大丈夫。こうすれば俺もあったかいしね」
いわゆるバックハグという状況に了は動揺する。
これは少女漫画やドラマで見るヤツだ。宗親のBL小説にも出てきそうなアレだ。
了はなんとかこの抱擁から逃れようと声を出す。

「いや、でもこれはちょっとマズイんで……」
「何が? あ、雪山だと裸で抱き合うね。その方があったかいって言うもんね。裸で抱き合う?」
「そうじゃなくて! シミはもう良いんでジャケット着ます!」
了が大声で言うと紫苑は離れてくれた。

紫苑はベンチに置いてあったジャケットを手に取る。
「シミはもう落ちたよ?」
「え?」
渡された服を見た。シミは取れていた。
だったら抱擁より前に、普通に返してくれれば良いのにと思ったが気付いた。
紫苑は了を困らせそれを助ける事がある。
そんな方法で親密度を深めようとするのだ。

そもそもマヨネーズは本当についていたんだろうか? ついていたとして誰がつけた?
廊下ですれ違った人の物がたまたまついたと思ったが、紫苑がつけたのかもしれない。
そう思ったが、それ以上は考えるのをやめた。
紫苑には悪気があるわけではない。不器用なだけなんだと思うと、怒る気もなくなる。

「たこ焼き食べましょうか?」
気を取り直して了が言うと、紫苑は頷いた。
「そうだね、冷めちゃったかな?」
「まだあったかいですよ」
了はパックを持って確認した。
「うん、じゃあ食べようか」
微笑んで言う紫苑の笑顔は幸せそうなものだった。
そんな顔を見ると、マヨネーズの事なんかどうでも良いと思えてしまった。




 
時間が来たので紫苑と別れ、了は生徒会室に向かった。
ノックしてドアを開けると、そこには王子と下僕がいた。

「リョウ君! 久しぶり!」
他校の生徒会生。奥村実が笑顔で駆け寄ってきた。
「会えて嬉しいよ!」
ハグしようとする実を了は必死で制した。
「手に持った、みたらし団子がつきそうなんですけど!?」
「あ、ごめん、持ってたの忘れてた」
テヘペロ的に言われたが、あんな物を持った手でハグされたら大惨事だ。

「まったく、奥野はとんでもないドジっ子だな。いや、ワザトの嫌がらせか?」
突っ込む王子こと圭に向かって実が叫ぶ。
「だから俺の名前は奥村だから! 奥野じゃないから!」
「久しぶり、今日はよろしく」
圭は実を無視して了に話しかけた。その隣には隼人がいる。

「もういろいろまわってきたんですか?」
了の問いに答えたのは隼人だった。
「俺が日村君と一緒に案内してきた。日村君は必要なかったんだが、どうしてもと言うから連れていった」
「はぁ、そうでしょうね……」
生徒会副会長の日村夏帆は、他校の王子こと森川圭に恋をしている。
そりゃあ、ついていきただろう。

「彼女凄いんだよ。森川が買おうとするも物、全部奢ろうとするんだよ!」
何もわかってないのか、不思議そうに実が言った。
「それで、森川さんは全部奢ってもらったんですか?」
了の問いに圭は首を振る。
「まさか、俺が奢ってもらうワケないだろう。逆に俺が奢ったよ。女の子相手なんだ、当然だろう?」
毅然と言う態度が格好良かった。
思わず惚れてしまいそうだった。

「俺だったら奢ってもらうのにな。ちなみにこのみたらし団子は自腹だよ。森川は俺には奢ってくれないんだ」
呟く実を圭が睨む。
「当然だろう。誰が男に奢るか」
「そう言いながら、森川君は後輩には奢ってあげてるよね」
隼人が突っ込むと圭はサラリと言った。
「後輩に奢るのは普通だろう?」
「え、俺は後輩に奢るより奢ってもらう方が多いかも」
実が呟いた。
モテる男子とモテない男子の差は、こういう所なんだろうかと思ってしまった。
いや、でも奥村実という人物は後輩に放っておけないと思われている、愛されキャラなのかもしれない。

「えっと、もういろいろ見てきたみたいですけど、この後はどうするんですか?」
了の問いに答えたのは隼人だった。
「君の恋人候補を見てもらおうと思っている」
「何でですか!?」
了はこの日、一番大きな声を出していた。

「あ、芸能人の咲田奏君もいるんでしょ? 彼、格好良いよね」
実が目を輝かせていた。
「芸能人のカナデに会いたいって言うのはわかるんですけど、でも他のメンバーは普通の友達なんですけど!? だいたい森川さんだって生徒会長の仕事で来てるんでしょ? 俺の恋人候補とかわけわからない理由で紹介されたって迷惑でしょう!?」
「いや、俺も会ってみたい」
「は?」
了は圭に向き直る。

「より多くの人間に会うのも勉強だ。人脈が増えるなんていうのは生きていく上でも重要だし、ハヤトの話を聞く限り、みんな優秀なようだし、ぜひとも会ってみたい」
「……」
了は何も言えなくなっていた。

「あ、そろそろみんなが来てくれる時間だな」
隼人が時計を見て呟いた。
「もしかして、もう呼び出してあるんですか?」
「そうだよ、君以外の人達には声をかけてある」
さすがは隼人だと思った。手回しが良い。

暫くするとミズキ、響、奏の三人が生徒会室にやってきた。
実は奏を見て大興奮だった。
社交的な響は他校の王子である圭にも物怖じすることなく話しかけ、すぐに親しくなっていた。
ミズキは相変わらずマイペースで飄々と対応していた。

結局、その後は集まったメンバーで話し込んでしまい夕方となった。
実と圭を校門まで見送り、一日が終わった。







片づけを終えて家に帰った了は、廊下で声を出した。
「え! どういう事!?」
廊下の壁には、先ほど見たミズキの書道作品が飾られていた。
「父さん、あの書を買って来たの?」
了がリビングに駆け込むと、床に座って文字を書いている宗親の姿が見えた。

「ああ、ミズキ君の作品だろ? もちろん買ったんだよ。俺の小説の言葉だし当然だろう?」
「っていうか、何してるの? ミズキに感化されたの?」
宗親は筆を持って書道をしていた。
「ああ、そうだよ。あんな素敵な書を見たら、俺も何か書きたくなったんだよ」
宗親は筆を置くと、書き上がった書を持ち上げた。
「なかなか上手く書けたぞ」

宗親が満足気に持ち上げた紙は長かった。
またBL小説の文章だろうかと思ってそれを見た。
『七つ池公園バラバラ殺人事件捜査本部』と書かれていた。

「何その文章! 勝手に物騒な事件起こさないでくれる!?」

こうして了の高校一年の文化祭は終了した。




しおりを挟む

処理中です...