父が腐男子で困ってます!

あさみ

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練習試合

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了が生徒会室に行くと、そこには戸坂誠の姿があった。
部屋を見渡しながら自分の席に座る。
「残念だけど、今日はまだ僕しかいないよ」
「え?」
了は誠を見る。
「キョロキョロしてたでしょ?」
「あ、いや、他の人はまだかなって思っただけで、残念とかはないですよ」
誠は今まで見ていたスマホを机に置いた。

「気を遣わなくて良いよ。僕はこの生徒会のおまけみたいなモノだし、君の周りは美形が多いし、こんな顔見ても仕方ないだろうから、僕なんか壁とか空気だと思ってくれて良いよ」
「ちょっと待って下さい! まるで俺が美形以外を人間扱いしてない酷い人みたいな言い方なんですけど!?」
「違うの?」
「違いますよ! 自分を良い人とか言うのもアレですが、ごく普通の価値観の人間ですから、人は見た目よりも中身だと思ってますし、まわりに美形がいるのはたまたまです!」
必死になる了とは逆に、誠は淡々と言った。
「冗談だよ」
「へ……」
気が抜けてしまった。

了はマジマジと誠を見た。
この生徒会の中ではごく普通と言える少年だった。
隼人のようなカリスマ性は感じないし、とびぬけた美形でもない。
ましてやミツルのような殺気を漂わせる元ヤンでもなさそうだ。

「どうしてこんな地味な人間が生徒会にいるのか不思議だって顔してるね?」
聞かれて慌てる。
「い、いえ、そんな事は……」
誠は了を見て苦笑した。

「実はね、会長のハヤトのスカウトで入ったんだ。理由は僕が数字に強いからだけどね」
「数字に強い?」
「そう。数学とか物理とか得意教科なんだ。だから会計にピッタリだろうって、ハヤトに無理やり入れさせられた」
「そういう事なんですね。でも数学とか得意って羨ましいです。俺は数学めっちゃニガテなんで」
褒められても誠は無表情だった。

「人には得意分野とそうでもない分野があるからね。ハヤトなんかは全教科得意なくせに、数学と物理が毎回僕には及ばないってだけで一目置いてくれてるんだよ。自分の方が凄いのに」
「戸坂さんも凄いですよ!」
つい大きな声で言ってしまった。
誠が驚いたように目を見開いている。けれど了の興奮は止まらない。

「あの小清水さんの成績を上回るって、凄いですよ、ヤバイです! って、もしかして学年一位とかいうヤツですか?」
「まぁ、そうだけど」
倒れそうになった。
「マジですか! 学年一位とか漫画の中の人みたいですね!」
「いや、普通に学年に必ず一人は存在するでしょ。教科ごとでもいるし、凄いとかないでしょ?」
「そんな事ないですよ! 俺なんかテストで一番なんか取った事ないですし、この先、学年一位なんか絶対ないって言いきれます!」
「言い切らないで、努力したら?」
「そうですが、努力とは別に実際一位は無理だと思うんで、一番取れる戸坂さんて凄いと思います」
了が興奮していると、誠は困ったように頭をかいた。

「そんなに褒められると困るな。だいたい生徒会の会計なんて、別に数学が得意じゃなくても出来る仕事だよ。電卓だってあるし」
「確かに」
了は素直に納得してしまった。それを見て誠は苦笑した。
そして少し目を細めて真面目な顔をする。

「でも、そう……そうなんだよね」
了は首を傾げた。
「何がですか?」
誠は指を一本立てた。

「生徒会の会計なんか誰がやったって良いんだ。学年一位である必要性はまったくない。それでも彼は僕をスカウトしてきた」
考えつつ話す誠を了はじっと見つめた。
「……多分、ハヤトは僕を気遣ってくれたんだよな」
「気遣う?」
了が呟くと誠は頷いた。

「見ての通り、僕は地味で目立たない人間なんで、教室に友達もいなくて浮いてたんだ。でも生徒会に入る事で僕に居場所が出来た。不思議だけど一つうまくいくと、他の部分も良くなってくるんだよね。教室でも話をする人が増えた。つまりはそういう事なんだと思うんだ」

誠の言いたい事が伝わった。
隼人は誠をスカウトした事で、誠の孤立を防ぎ、孤独から救ったのだろう。
まったくあの人はどんだけの人を救っているのだろう。
そう思いながら胸が熱くなった。
BL好きで、すぐに了を受けにして妄想を繰り広げる困った人だが、本当に尊敬に値する人物だ。

「あ、その顔はもしかしてハヤトの事良い人だなって思ってる顔? 好きになっちゃった?」
「ちょ、戸坂さんまで変な事言わないで下さいよ! てかもしかして戸坂さんもBL好きですか?」
誠は首を振る。
「いや、冗談だよ。それにBL好きってワケじゃないよ。単に面白ければ何でも良いってだけ」
「そういえば、前も自分が被害者でなければ良い的な反応でしたよね?」
「うん、でも、そういうモノじゃない? あ、でも本気で同性同士で恋愛してる人をからかうとかそういう事はしないからね」
「それは、はい、戸坂さんを、そんな人だとは思ってないですよ」

同性愛をからかったり、偏見を持つような人ではないと分かっている。
それに本気でからかわれて嫌がっている人にも、こんな冗談は言わないだろう。
少なくともこの生徒会にいる人は全員そんな人たちだ。

「だから君も遠慮なくハヤトの事を好きになって良いからね、恋の相談にも乗るよ?」
「違うって言ってますよね!?」
「照れなくて良いのに……」
「真顔で言われるのが、怖いんですけど!?」
結局、誠にもからかわれてしまった。


「随分と楽しそうだな」
ドアを開けて隼人が現れた。
「外にまで声が響いていたよ」
隼人は自分の席に向かう途中で立ち止まった。そして何か考えるように顎をつまんだ。
「……」
「え、何ですか?」
了が訊ねると、隼人は頷いた。

「これはこれでアリだな」
「え?」
首を傾げる了に、隼人は輝いた目を向ける。
「うん、これはイイ! 何で今まで気づかなかったんだ! マコト×リョウという地味攻め、美少年受けカップルがこんな身近にあるとは!?」
「え?」
了は口を開けて呆然とする。

「いや、灯台下暗し。こんな貴重なカップリングが同じ生徒会で見られるとは」
隼人は髪をかきあげ陶酔した顔で言った。
「何でもカップリングにしないでもらえます? あと、地味攻めとか、普通に戸坂さんに失礼ですよ!」
「僕は今更そんな言い方気にしないよ」
誠はサラリと言った。了はめげずに続ける。

「そもそも美少年受けとか言うのもやめて下さい! 俺は自分の事を美少年とは思えないし、他の人達もきっと異論ありますよ! このレベルが美少年なわけないだろうって!」
「ま、そこは良いんだ。妄想するのに美少年の方が響が良いし、盛り上がる」
「実は俺の事、美少年って思ってないんじゃないですか!?」
突っ込まずにはいられなかった。
「思ってないわけではないが、良いんだ。地味攻め×普通受けより、地味攻め×美少年受けの方がジャンルとして盛り上がるだろう?」
「ジャンルって何ですか!? 俺はなんのジャンルでもないですよ!」
隼人は顎をつまんだまま、首を傾げた。
「じゃあ、地味攻め×淫乱受けにするか?」
「それもっとダメなヤツでしょ!? そもそも淫乱て何ですか!? 淫乱って! てか、淫乱て放送禁止用語じゃない? 俺、今、叫んじゃったけど、大丈夫?」
了は頭を抱えて後半は呟き声になっていた。
それを黙って見ていた誠が笑い出した。

「あはははは!」

思わず隼人と二人で誠を見つめる。
驚いたような二人の視線に気づき、誠は赤くなった。
「な、なんだよ……」
「いえ、戸坂さん、そんな大きな声で楽しそうに笑うんだなって」
誠は照れたように顔を横にしながら呟いた。
「僕だって笑うよ。大きな声もたまには出る」
「あ、そうですよね、すみません」
謝る了を誠は見つめた。

「僕の事は良いんだよ。それより、君達二人、相性良いんじゃないかなって、今、本気で思ったよ」
「え?」
ドキリとして隼人を見た。隼人は真面目な顔で了を見ていた。
心臓の音が大きくなった。
相性が良い? それってどんな意味だ? あ、恋愛ではなく漫才的な?
思考がまとまらず黙っていると、隼人が近づいてきた。

「期待に応えてキスでもしようか?」
顎をつかんで顔を寄せられた。
「するワケないじゃないですか!」
了は全力で叫び、隼人を押し返していた。

隼人はそのまま了の顔を見ながら告げた。
「ああ、そうだ。この後、正式にみんなにも発表するけど、練習試合の日程が決まったよ」
「え?」
突然の言葉に、了は首を傾げた。
「練習試合? なんの話?」
首を傾げる了に隼人は微笑んだ。

「ゴウキ君の学校との、バスケの試合」






当日、了はそわそわしていた。
この緊張と興奮は遠足の前日の気分に似ていた。
他校の生徒が学校にやってくる。しかも幼馴染の剛輝だ。

今までにも他校との部活動間の交流はあったらしいが、了が生徒会に入ってからは初めての事だった。
生徒会としては特に仕事もないらしく、了は一般人として試合の見学に来ていた。
ミズキ、響、奏のいつものメンバーも一緒だ。仕事はないが、生徒会のメンバーも数名集まっていた。
会長の隼人と副会長のミツル、それにみどりと貴一の姉弟だ。
了は生徒会メンバーに軽く挨拶した後で、響達の場所に戻った。

体育館で待っていると、剛輝の学校の生徒が現れた。
剛輝はすぐに了達に気付いてやってきた。

「おお! みんな久しぶり!」
剛輝の笑顔に緊張がやわらぐ。

「ゴウ! 会えて嬉しいよ!」
響がハグして、その横でミズキと奏がそれぞれ声をかけた。
「久しぶり、今日はゴウの活躍を楽しみにしてるよ」
「俺も。ダンクとか期待してる」
「ダンクはムズイが、でも、試合は頑張るよ。てか、みんな俺の応援してくれるの? 自分の学校の応援しないで良いのか?」
剛輝の問いに奏は頷いた。
「俺はバスケ部に友達いないし、ゴウの応援しかしないよ」
奏は相変わらずだった。

「俺はどっちも応援してるけど、個人的にゴウの活躍を楽しみにしてるよ」
了が言うと剛輝は苦笑した
「あー、リョウは気を遣うタイプだもんな。当然、自分の学校も応援するよな。ま、どっち応援してくれても良いよ。俺は全力でやるだけだし」
話していると隼人が近寄って来た。

「お、会長さん久しぶりです。今日はありがとうございました!」
「いや、こちらこそありがとう」
「あっちに監督とかキャプテンいるんで、行きます?」
「ああ」
剛輝は隼人を連れて自分のチームメンバーの元に行った。
生徒会の仕事はないが、生徒会長の隼人は別だった。
練習試合を持ち掛けたのも隼人のため、挨拶など忙しそうだった。


了と残されたメンバーは体育館の隅に移動した。
両校のバスケ部のメンバーがウォームアップしているのを眺めながら話す。
「練習でも、バスケの試合って初めて見る」
了が呟くと奏が頷いた。
「俺も、授業以外でバスケ見るのは初めてだ。やっぱり部員はみんなバスケ上手いのかな?」
響が苦笑する。
「いや、授業のレベルよりは上手いよ。だって授業じゃドリブル出来ないレベルもいるじゃん」
「俺はルールもちょっと自信ないな」
ミズキが呟いた。
「ルールなんか、わかんなくても大丈夫だよ! 見てればすぐにわかるし、面白いからさ!」
響が楽しそうに言った。
「ヒビキはバスケ詳しいんだ?」
了の問いに頷く。
「ボチボチな。友達がバスケ部にいるし、それにウチの学校けっこう強いんだよ。ゴウの所も強いだろう? これは結構イイ試合になると思うんだよな!」
響は本気で楽しみにしているようだった。
両校に友達がいるからという理由ではなく、バスケの試合自体が楽しみな様子だ。

会話をしながら剛輝に目をやった時だった。
ウォームアップ中の生徒のボールが隼人の方にとんでいった。
危ないと叫ぶ直前、ミツルがボールを叩き落した。そのボールが一瞬にして潰れた。
「……」
見ていた全員が無言になった。

「えっと、あの人って元ヤンだっけ? ナイフかなんか持ってる?」
響が引きつった顔で訊ねると、ミズキが冷静に首を振る。
「いや、普通に素手だったよ」
「素手であの威力!? 人間じゃないんじゃない!?」
了は叫ばずにはいられなかった。ミツルに了はあまり良く思われていない。
いつ自分がボールのように潰されてしまうかと心配になった。

「あちゃー、すみません、ウチのチームのボールが」
剛輝が隼人に謝罪する。
「いや、構わないよ。誰もケガしてないし」
剛輝は隼人からミツルに視線を向けた。
「凄いですね。ボディーガードですか?」
「いや、ただの生徒会副会長だよ」
隼人は否定したが、剛輝はミツルの顔を覗きこむ。
「あなた、只者ではないですね? どうですか? バスケしませんか?」
剛輝は目を輝かせていたが、ミツルは首を振った。
「バスケは素人だから君の期待には沿えないよ。まぁ、ケンカならいつでも買うけどね」
「はは、ケンカはしないからな」
剛輝は楽しそうに笑顔を見せた。そして了に視線を向ける。
「さすが、お前らの学校の人間は面白いな!」
「いや、一緒にしないでくれる? 面白い人ってそんなにいないから!」
「でもほら、ここにも面白い人がいるじゃん?」
剛輝のまわりをグルリと一周しながらみどりが写真を撮っていた。
「何やってるんですか!?」
了が突っ込むと、みどりはカメラを持ったまま立ち止まる。

「会長に喜んでもらえるように、イケメンの写真を撮ってました!」
「いや、小清水さんは別にイケメンが好きってワケじゃないんじゃないですか?」
了の問いにみどりは頷く。
「はい、会長はBLが好きなので、あとでこのバスケ部のイケメン×リョウ君のイチャイチャ合成写真を作るつもりです!」
「作らないで!」
「あ、じゃあ、目の前でイチャイチャして下さい。手間が省けて助かります」
「いや、しないから!」
剛輝は大笑いした。
「やっぱ、お前んトコの学校は面白いよな!」
複雑な心境だった。

動き回っていたみどりの肩を押さえると、貴一が了に頭を下げた。
「ごめん、姉が迷惑をかけて」
「いや、別に良いんだけど……」
みどりは拘束されながらもシャッターを切った。
「キイチ×リョウを頂きました!」
「撮らないで!?」
突っ込みが追い付かなかった。

「じゃ、そろそろ時間だから、応援よろしくな」
剛輝が片手をあげてウインクみたいに片目を閉じた。
やっぱり絵になるな、なんて思っていると視線を感じた。
振り向くと相手チームのマネージャーの少女と目が合った。
彼女はその瞬間顔を赤くした。

了は思いだした。
彼女は花火大会で会った少女だ。
剛輝の事が好きだったが、了と剛輝が恋人だと聞かされ、『お幸せに』と言って立ち去った。
「なんか、騙してるのは気が引けるな」




試合が始まった。
なかなかに良い勝負だった。剛輝の学校は飛びぬけて剛輝が上手いように見えた。
スリーポイントも決めるし、ノールックパスも剛輝はやって見せた。

「やっぱ、ゴウって凄いんだな」
感嘆した声で響が呟く。
「俺もちゃんと見るのは初めてだけど、でも上手いのはわかるよ」
遊びにも行かず、自分の時間のほぼすべてをバスケにつぎこんでいる。
上手くて当たり前というより、その努力が報われて、剛輝の夢が叶ったら良いなと思った。
剛輝が最終的に何を目指しているのかは分からない。
高校で全国優勝か、プロになるのが夢か、もしかしたらオリンピックで金メダルが夢かもしれない。
どんな夢でも良いから、剛輝の夢を了は応援したかった。

「うちの学校もそれなりにやっぱり強いんだな」
感心するようにミズキが言うと、響が頷いた。
「ああ。剛輝ほど目立つ選手はいないけど、全体的に上手いし、まとっまっている。点差もほぼないしな」
了は納得しながら見ていた。
自分の学校も強いと聞いていたが、本当だったんだなと思った。
普段あまり仲良くはしていないが、顔見知りの生徒が意外に活躍している。
剛輝は応援しているが、同じ学校のバスケ部員にも頑張って欲しいなと思った。

集中していると試合はあっという間に終わってしまった。
勝ったのは剛輝の学校だった。
負けたチームは本気で悔しがっていた。

「なんか青春だな」
奏が呟いたので了は頷いた。
部活で負けて悔しくなれるというのは、本気で向き合っていた証だ。
悔しそうな姿でも憧れてしまった。

「俺、バスケっていうか、部活動を少しなめてたかも。みんなあんなに頑張ってるんだな」
奏が反省するように言った。了も同じ気持ちだった。
たかが部活なんて気持ちでやっているワケではないんだと思った。
少なくとも、今日ここで試合していたメンバーは。

「でもやっぱりゴウの学校のが強いな」
響が腕を組んで言う。
「最初はゴウの上手さが際立っていたけど、そもそもゴウのプレイについていけるんだ。他のメンバーもかなり上手いよ」
言われてみればそうなのかなと思った。
きっと彼らは本気で全国制覇を目指しているんだろう。
試合を終えた両チームの選手が眩しく見えた。



「あの、すみません」
声をかけられて了は振り向いた。そこには剛輝の学校のマネージャーがいた。
ドキリとした。
何か言われるんだろうかと身構えていると、彼女は横にいた奏に向かって手を差し出した。

「咲田奏君ですよね? ファンなんです。握手して下さい!」
久しぶりに見る光景だった。
奏は学校にいるファンには冷たいので、今では誰もこんな事をしない。
けれど他校の少女はそんな事は知らないのだろう。
案の定、奏は少女の手を見たまま固まっている。
何か辛辣な言葉を浴びせるのではないかと、了は不安になった。
その時、奏が了の肩を抱いた。

「ごめん、好きな人の前で他の子の手は握れないよ。まぁ、俺の片想いだけど」
「え?」
少女は奏の顔を見てから了の顔を見た。その目が見開かれる。
了は冷汗をかいた。剛輝の嘘がバレる。いや、奏は片想いと言ったからバレない?
動揺して固まっている了の前で、少女は興奮した声を出した。

「さ、三角関係ですね! ゴウ君とカナデ君とでリョウ君を取り合っていると! あ、名前はゴウ君に聞きました! 私、リョウ君のファンでもあります! 男同士って素敵だと思うんで応援してるし、三角関係も萌えです! 男同士なら三人で付き合うのも良いと思ってます!」
「え、いや、え?」
了が何も返せず戸惑っていると、少女は我に返って顔を押さえる。
「やだ、ごめんなさい! 私ったら興奮しちゃって!」
彼女は慌てて走り去った。
それを見送った後で、了は奏を見た。
奏は素直に謝る。

「ごめん、好きな人とか、つい本当の事言っちゃって」
「いや、別に良いけど……」
「というか、ゴウキも同じ事してたんだな?」
奏に言われて頷く。
「前に頼まれたんだよ。男同士だと素直に引いてくれるみたいで、まぁ、そういうフリなんだけど」
奏は目を細める。
「それってフリなのかな?」
「え?」
了が見つめると、奏は肩をすくめる。
「俺は本気も入ってのセリフだったんだけどな」
「あ、ああ、うん、ゴウキは違うよ。あれは本当に言い訳に使われただけ」
了は手を振って否定した。
奏はまだ少し気にしているようだったが、それ以上は何も言ってこなかった。


「何やら、面白い事になっていたみたいだな」
隼人が生徒会のメンバーと一緒にやってきた。
どうやら今のやり取りを見られていたらしい。

「俺も彼女と同意見だ。三人で付き合ったら良いんじゃないかな? BL漫画ではよくある展開だ」
「付き合いませんから! 漫画と一緒にしないで下さい!」
了は全力で拒否したが、隼人はニヤニヤと笑っている。
それを見てみどりが呟く。

「会長はリョウ君が嫌がるから、最高に楽しいんだとみどりは思うんです。リョウ君たまにはノリノリで絡んでみたらどうかな? 逆に会長は引いちゃうかもですよ?」
「確かにそう思った事もある、でもきっと、小清水さんはそれはそれで楽しみそうだから俺は嫌です!」
「むむ、リョウ君なにげに会長の事よく理解してるです」
みどりは感心したように言った。
「っていうか、みどりさん、今、俺をひっかけようとしました?」
みどりは舌を出して『テヘペロ』ポーズをした。
危ない所だった。



クールダウンと片付けが終わると、剛輝が挨拶にやってきた。
「会長さん、今日は楽しかったです」
「ああ、それは良かった」
「またよろしくお願いします」
「ああ」
二人は握手を交わしていた。
長身の美形とスタイルの良いスポーツマン。絵になる光景だった。
その時、きゃあという黄色い声が聞えた。
この光景に感動したマネージャーの少女だと思った。
振り返って、予想外の光景に愕然とした。

「えー、俺のファンなの? 嬉しいな」
「はい、先生の大ファンです! 先生のBL本は全部持っています!」
宗親が嬉しそうにマネージャーの少女と話していた。
「え、なんでいるの?」
呟く了に隼人が言う。

「俺が招待したんだ」
「あーそうですかー」
棒読みになってしまった。
他校の生徒とのバスケの試合なんて、確かに宗親が好きそうなイベントだ。
どうせまたBL転換なんだろうが。
宗親がサインを求められているのを横目で見ながら、了は剛輝に話しかける。

「ゴウ、すごい格好良かったよ。バスケ上手いのも感動したし、試合も面白かった」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
「俺もバスケに興味なかったけど、試合観戦楽しかったよ。バスケって面白いんだなって初めて思った」
奏の言葉に剛輝は微笑む。
「俺が褒められるのも嬉しいけど、バスケに興味持ってもらえたのが一番嬉しいかな」
剛輝はバスケバカなんだなと微笑ましく思った。

響は友達のバスケ部員と話していたが、戻ってくると剛輝に話しかける。
「な、今度俺もまぜてよ。初心者だけど、ちょっとバスケしてみたい」
「大歓迎だよ。てか、このメンバーで今度集まってやろうよ」
「え、俺は無理だよ」
つい了は言ってしまった。運動は得意ではない。
「大丈夫だって。初心者だけ集めるんだから平気だよ」
剛輝はそう言ったが横でミズキが真顔で言う。
「俺、割と何でも上手くこなせるから、バスケもイケると思う」
「うーん、俺も運動得意だし、授業や事務所のイベントでもバスケしてるんだよな」
奏までそう言う。
「あ、じゃあ、生徒会長さんは?」
剛輝が隼人に話を振った。
隼人は腕組みをしながら答える。

「俺は見てわかるとおり文武両道だ」
「見てもわかんないけど、まぁ、器用そうだもんな」
響が呟いた。
「でも逆に上手い人が多いと、初心者のリョウもすぐに上達できると思うぞ」
励ますように剛輝に言われた。
剛輝は隼人の横にいるミツルに声をかける。
「そこのボディーガードの副会長さんもやりましょうよ、その運動神経はバスケ向きですよ!」
誘うな、剛輝! 彼が入ったらボールが破壊されるぞ!
了は突っ込みたいのを堪えた。
ミツルは涼しい顔で言った。
「俺はバスケはしないよ。ハヤトの身を守るのが仕事だからな」
何故か最後に了の方を見た。
もしかして隼人に対して有害だと、抹殺されるのではないかと心配になった。

「あ、キャプテンが呼んでるから行かないと」
剛輝はそう言うと片手をあげてみせた。
立ち去る姿もイケメンだった。

剛輝と入れ替わりに宗親がやってきた。
「いやー、良い試合だったな。今日は動画で録画してたんだよ」
宗親は片手にカメラを持っていた。
「あれですか? あとでゴウにあげる的な?」
響が聞くと宗親はニコリと笑った。
「もちろん、ゴウ君にダビングしてあげるけど、その前に編集しないとね。試合前からずっと撮ってたからね」
「そんな前から来てたんだ?」
了の問いに宗親は頷く。

「当然だろ? でもサキちゃんお陰での予想以上の良いモノが出来そうだよ」
「サキちゃん?」
問いかけると何故か響が答えた。
「ゴウの学校のバスケ部のマネージャーちゃんだよ。さっき連絡先交換したんだ」
さすがは響だと思った。
「って、なんで彼女のお陰?」
了が首を傾げると宗親が笑顔で答えた。

「なんでって、サキちゃんのお陰でカナデ×リョウの肩抱きシーンや、三角関係のくだりも撮れてるからさ。あとで青春BL映画に編集しやすくなってるよ」
「そのカメラは没収だよ!」
了は叫んでいた。



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