邪竜転生 ~異世界いっても俺は俺~

瀬戸メグル

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3巻

3-2

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 さて、あっちばっか好き放題させるのはしゃくにさわる。こっちからも反撃に出るとしよう。
 炎の矢と氷のナイフを生み出す。見たまんま炎矢ファイアアロー氷刃アイスナイフという。
 炎矢ファイアアローは細く小さい分、火炎球ファイアボールに比べて命中力や威力が劣る。ただその代わり速度がかなりある。先手を打つ際や、動きの鈍いやつ相手には有効だ。
 氷刃アイスナイフも氷属性の下級魔法で、威力より速度重視の魔法。
 ちなみに異なる魔法を同時に発動させることは「異色いしょく魔法」といい、これもまた竜人の特権。どんだけ竜人って優遇されてんだよ。
 ともあれ、炎矢ファイアアローをヤギ頭、氷刃アイスナイフをライオンに向けて発射。ヤギの額、ライオンの目玉にそれぞれ見事命中した。
 ヤギは毛に引火して火ダルマ状態、ライオンは眼球に刃が刺さってその周辺が凍り付いている。これでライオンのほうはほぼ再起不能だな。氷刃アイスナイフは凍結させる効果もあるのでけっこう便利だ。
 キマイラの司令塔はやっぱりライオンだったのか、胴体が動かなくなる。元気なのは大蛇だけだ。
 体動かねえのに何できんだよと思ってたら、なんと大蛇の野郎、胴から分離して地上をって攻めてくる。

「うねうね気持ち悪りぃぞ、攻土針ニードルウエイク

 そう唱えて魔法を発動させると、地面から巨大な土針が何本も隆起してきて、這っていた大蛇を串刺しにした。少しの間もがいていたが、やがて力尽きてダランと垂れ下がる大蛇。さっきのと違い、今のは大魔法だ。威力が高いものが多い印象だな。
 少し、頭が重いような気がする。
 けっこう魔力を使った感があるな。「連撃」「複合」「異色」は強力な分、消費も激しい。つってもまだまだ余力はあるっぽいけどな。
 こうして無事キマイラを退治すると、タタタと髪を踊らせながらルシルが駆け寄ってくる。ルシルはこのグリザードを治める公爵家こうしゃくけの娘さんなんだが、ひょんなことから懐かれちまって、こうして魔法を教えてもらってるってわけだ。

「やっぱり竜人だけが使える竜式りゅうしきはずるいわよ~。あたしがキマイラを倒せるようになったのは、魔法覚えて五年後なのに」
「じゃあ師匠越えまで、あと三日くれえか……」
「はぁ? さすがにそれはないわ。プライドにかけてそれはない!」

 反るような勢いで胸を張るあたり、魔法には相当な自信があると。実際、ルシルは俺が使えない魔法も数多くマスターしている。超魔法もいけるみたいだしな。
 大魔法までしかいけない俺は下手したてに出ることにした。

「そうだな、ルシルには及ばねえわ……。ルシルだったら、あんなに手間かけないで倒すもんな」
「あらジャー、わかってるじゃない。そうなの、そういうことなのっ」

 さらに胸を反らすルシル。ご機嫌だ。

「ルシルだったらキマイラなんて瞬殺なんだろうなーすごいわーマジで尊敬するわー」
「そ、そう? あはっ、まあ、ね? まあキマイラくらい瞬殺よ?」
「本当に?」
「本当の本当! 楽勝楽勝!」
「もしできなかったら、鼻から水飲んでもらっていい?」
「あはは、水なんて必要ないわ。だって楽に倒せるし~」
「じゃあ頼むわ」

 俺は顎先あごさきで東の方角を指す。ダダダダダと大地を震わせながらこっちに向かってくるキマイラがいるのだ。俺は迅速にルシルの背後へと隠れる。

「かっこいいところ見せてくれよ、師匠」

 あわわと焦りを見せたものの、ルシルはすぐに冷静さを取り戻す。そしてずいぶんと長い溜めに入った。その間、キマイラは秒速二十メートルくらいの勢いで距離を詰めてくる。
 まだ魔法撃たないのかよ……?
 もう、あと数秒でキマイラはルシルに接触できてしまう。発動速度が速いルシルなら、やろうと思えば二、三発は魔法を撃てたはず。これだけ時間をかけるということは……。

「―――闇呪霊魔アニマ

 ルシルの頭上に真っ黒で巨大な球体が生まれ――その瞬間、キマイラがルシルに飛びかかってくる。
 ルシルに襲いかかろうとすると、黒球から鎖を巻き付けた丸太のように太い腕が二本伸び出て、ジャンプ中のキマイラを捕獲。そのまま黒球の中へと引きずり込む。
 キマイラはしばらく抵抗していたが、いとも簡単に闇の中へと吸い込まれていった。
 ボギボギッバギバギッグジュバギゴギュジュ……。
 骨が折れるような嫌な音が頭上から鳴り続ける。そして静かになるや否や、ポイッとゴミをほうるかのごとく黒球から投げ捨てられるキマイラ。
 惨状。
 二個の頭部はどちらも変な方向を向き、尻尾の大蛇はそもそも頭がなかった。噛みちぎられたみたいに。
 黒球が消えると、ルシルは手で髪を払い、ドヤ顔を見せる。今の見た? みたいなわざとらしい態度がちょいイラッとくる。

「瞬・殺・ね?」
「まぁ、な。っていうか今の何だよ」
「闇の超魔法。闇属性って超レアなのよ」

 あの闇の中にはアニマとかいうヤバイ精霊がいたようだ。絶対入りたくねえな。この間倒した青竜もあれで倒せばよかったんじゃねえの?
 と思ったけど、さすがに竜レベルになると倒すのは難しいらしい。

「にしても、闇とかすげー悪者臭わるものしゅうするな」
「う……、確かに、歴史に名を残した悪人は闇魔法を使えたりするのよね……」

 気にしていたことだったらしい。ルシルはちょっと変なやつだが、それは愛嬌あいきょうがある変だ。悪のほうにねじ曲がったやつじゃねえのは確か。

「悪かった、気にすんな。でも突然変異みたいに偶然適性があることもあんだな」
「偶然、ってわけでもないかも。……実はね、うちのご先祖様が有名な死霊しりょう使いを倒したんだけど、その際に呪いをもらっちゃったの。ひいひいお爺様で呪いは消えたらしいんだけど……。もしかしたら、それが関係してるんじゃないかって、お父様は言っていたわ」

 なぜか、家族の中でもルシルだけ闇適性があるらしい。

「おまえ自身は呪いで苦しんでたりしてねえよな?」
「うん、そこは大丈夫よ。ただ太股ふとももの内側に変なあざがあるのよね」
「見せてみろ」

 俺はしゃがんでルシルの太股を確認する。なるほど、よく見りゃ小さな青あざがあった。
 ただそこまで特異な感じはしない。正常な範囲に思える。

「それね、年々大きくなってる気が――、ってその角度パンティ見えてるぅ!?」
「あ? ああ、いや、別にそこは興味ないっつうか」
「興味ない!?」
「まぁ、いいんじゃねえの。水シマとか、いいんじゃねえの」
「声に感情がこもってないんだけど!?」

 だってパンツ見たかったわけじゃないからなぁ。パンツと同じ色の空を見上げてみる。

「まぁパンツの件はともかく……。ねえジャー、もっと真剣に魔法の勉強してみない?」
「ん?」
「あたしの通う魔術師学院に一緒に行きましょうよ。もちろん毎日じゃなくて、気が向いたときだけでもいいから」
「そこって十代ばっかか?」
「そうよ。でもジャーなら大丈夫よ。竜人なんて珍しいし、竜式魔法をじかに見せてもらえるって、あたしが理事長を説得するから! それに、私のお父様は領主でしょ? 本当はそういうの好きじゃないけど……。でもジャーと一緒に授業を受けられるなら、ね」

 学費もかからず魔法を学べるなら悪い話じゃないか。

「そうだな、時間あるときは行ってもいい」
「オッケー。あと、明日って暇? 一緒にご飯でもどうかしら?」
「悪りぃ、明日はちょっと人を訪ねようと思ってんだ」
「誰?」
「クロエって言って、まあ俺の恩人みたいなもんだな」

 クロエは少し前に遠出したらしいのだが、クロエの所属している冒険者ギルド「真光しんこうの戦士」の受付嬢シエラは、どこに行ったかまでは不明だと言っていた。とはいえ、そろそろ帰ってきてもおかしくないはずだから、久しぶりに会おうと考えたのだ。
 仮に危険な場所におもむいていたとしても、クロエにはどんな傷も癒やすことができる俺の涙を渡してあるし、きっと無事に戻ってきているだろう。


  ◇ ◆ ◇


「クロエさんに会うの、ずいぶん久し振りな気がしますね。すごく楽しみです!」

 クロエに会いに行くと伝えたところ、イレーヌもついて行きたいと言い出した。イレーヌは俺の従者をしているエルフの少女で、元々クロエに好意を抱いていたから、そう言うのも予想はできていたけどね。
 さっそく、二人で冒険者ギルドを訪ねる。午前中ということもあって人は多い……。が、クロエの姿は見当たらない。もしや、また依頼に行ってしまったのかと思い、シエラに訊いてみようと探したが……、こっちもいない。
 別の受付に二人のことを訊いてみた。

「クロエさんはしばらく来ていませんね。シエラさんは公爵家から呼び出されて、そちらに向かいました」

 クロエはまだ帰路の途中で、シエラは公爵家ということだからルシルのとこか。でも何でルシルの家に? どんな繋がりがあるんだ?
 さすがに勤務態度が悪いので説教、とかはないと思うけどよ。……いや、あり得るかもな。あいつ、嫌いなやつにはとことん冷淡だから、貴族の息子とかに淡々と暴言吐いたのかもしれねえ。
 しかし、こうなると無駄足感がハンパないな。

「ずっと戻ってきてないって変ですね。もしかして、クロエさんの身に何かあったんじゃ。魔物に襲われて怪我をしてるとか……」
「一応、俺の涙を渡してあるぞ」
「そうでしたね、でも」
「大丈夫だっての。あいつの強さは、俺が世界で一番よく知ってんのよ。クロエは頭が良くて分析力もある。適応力も相当だ。安心しろ、絶対帰ってくるからよ」

 不安がるイレーヌを落ち着かせる。絶望的な状況でも絶対諦めないクロエの精神力には、俺も何度も驚かされた。クロエは何が何でも帰ってくるだろう。
 さて、もうここに用はない。俺たちはギルドをあとにしようとして――。

「ジャーじゃないかよ!」

 なぜかザックに話しかけられた。先日の青竜討伐に参加してた槌使いで、一応の俺の友達だ。おたく、何でここにいるん?

「オレ、この真光の戦士の冒険者なんだよ」
「初耳なんだが」
「訊かれなかったから言わなかったんだぜ」

 訊かれなくても普通言うもんじゃねえの。訊けば、あの下位竜討伐の試験も元々ここに貼られていたのを見て応募したそうだ。

「で、ジャーはもしかして冒険者になりにきたのか?」
「違う、クロエに会いにきたんだ。いねーみてえだけど」
「クロエか、オレも見てないぜ。……ところで、これから暇か? ならさ、賭博場とばくじょうでも行こうぜ。イレーヌちゃんも一緒にさ」

 またこいつは……。そうやって俺の財産減らそうとしやがって。興味あるから行くけどよ! イレーヌも興味津々といった感じなのでちょうどいいな。要は、理性ぶっ飛ばしてアホみたいにのめり込まなきゃいいわけだろ。
 ……俺にとってすげえ難しいことじゃねえか。
 でも今回は、理性イレーヌもいるから大丈夫だろう。


 賭博場はグリザードの西方、住民区を抜けた先にあった。
 かなり広いスペースを占めており、巨大な建物がそびえ立っている。さらに近づくと、円形で、ギリシャのコロシアムを彷彿させる石造りの闘技場であることがわかった。入り口のアーチゲートに人がゾロゾロと入っていく。
 客層も様々で、女だけのグループもいれば親子連れもいた。相当に繁盛しているらしい。

「闘技場って、まさか人同士の闘いに賭けるのかよ」
「違う違う、ここで闘うのはアレ」

 ザックが指さした先には、二つの鉄檻てつおりが設置してあった。近寄って確認してかなり驚いた。生きた魔物が中に入っている。

「ここは魔物賭博場なんだぜ。あの檻に入ってるのが今日闘う魔物ってわけ」
「こいつら闘わせんのか……」

 両方とも闘ったことがある魔物だ。一つの檻にはつい先日倒したしゅ、キマイラ一匹が閉じこめられている。
 で、もう一つにはゴブリン。ただしこっちは五匹で、しかもそれぞれが剣を握っていた。
 ちなみに魔物には鎮静効果のある薬を打ってあるので、暴れることはないようだ。まあ、じゃねえと危ないわな。檻っていっても鉄格子で隙間がある。キマイラだったら熱の息を吐けてしまう。

「魔物が入り交じって闘うバトルロイヤル方式と、二者が戦うマッチ方式がある。バトルロイヤルのほうが倍率は高くて当てるのが難しい。その点、マッチ方式は初心者向けといえるぜ」

 俺たちはマッチ方式に参加することに。
 ゴブリン五匹と、キマイラ一匹とのバトルマッチになるらしい。まあ、ゴブリンとキマイラの一対一じゃ勝敗は明らかだもんな。だからゴブリンの数を増やして武器を与えると。

「ここでわざわざ魔物を見せるのは個体を確認させて、どっちが勝ちそうか予想させるためなんよ」

 人間もそうだけど魔物だって個人差がある。強い個体もいれば病弱なやつだっているだろう。けどよ、こんなことやったら予想が楽になるんじゃねえの?
 と思ったが、そうでもないらしい。

「魔物を見ただけでどっちが勝つかなんて予想できるやつは少ないぜ。そもそも客の中には、魔物とまともに闘ったことがないやつも多い。とくに貴族とか金持ち連中とかさ」

 ザックの説明を聞いていたら、やる気満々のイレーヌが興奮気味に割り込んできた。

「ご主人様、私はキマイラが勝つと思います」
「いいねイレーヌちゃん。オレもそう思ってたんだぜ」
「やっぱり複数いてもゴブリンじゃ厳しいですよね」
「そーそー、今日はラッキーだったな。一口千リゼでいけるんだ。買いに行こうぜ」

 券を購入するため、イレーヌとザックの二人は受付のところへ行く。購入券が入場証代わりになるようだ。受付の横にはオッズが記載された看板が出ている。


 キマイラ 1.2倍
 ゴブリン 4.5倍


 だそうだ。キマイラを一万買って勝てば、二千リゼ儲かるってことか。悪くねえな。
 俺もキマイラに賭けようかと思ったんだけど、一つ思いついたことがあった。ゴブリンの檻の前に行き―――相手を威圧する殺気、覇気はきを出す。
 途端、そばにいた職員が腰を抜かす。職員だけじゃなく周囲にいた客のほとんどが同じようにした。悪い、ちょっと我慢してくれな。
 で、肝心のゴブリンはといえば……、四匹はガタガタと震えていた。でも一匹だけは平然とした顔で俺を見据えている。
 よく見りゃ他のより体が一回り大きい。筋肉もかなり質が良さそうだ。何より目が全然違う。どんな敵を前にしようとづかない芯の強さを感じる。
 こいつたぶん、ゴブリン界のプリンスだわ。

「おお、いいじゃねえの」

 覇気を解除すると、俺は受付のほうへ足を運ぶ。イレーヌは堅実に一万、ザックは豪快に十万、キマイラに賭けたようだ。俺は受付に希望を伝える。

「ゴブリンに二十万で頼む」
「え、ええっ、ご主人様……? いくら何でもそれは」
「そうだぜジャー、マジで言ってんのかよ、お前?」
「大マジだけどな」
「ご主人様、今回ばかりは賛成できません。どう見てもキマイラが勝つと思います!」

 珍しくイレーヌが強気で発言してくる。そんな強気になるくらいキマイラとゴブリンの力の差は確固たるものと判断していると。ザックもまた同じ見解だ。

「キマイラは中級の冒険者でもかなりてこずる相手だぜ。対してゴブリンは初心者でもイケる。多勢に無勢っていっても限度があるだろ」
「どうかお考え直しを」
「そうそう、悪いこと言わないからさ」
「うるせえな。俺はゴブリンに賭けたいんだよ」

 アドバイスを無視して券を買うと、二人は顔を見合わせてため息を吐いた。
 そんな二人を尻目に、俺は闘技場へと入った。中央に円状の広場があって、外周に沿って高さ数メートルの石の壁が造られている。観客席はきちんと段差がついた場所に用意され、上から広場を見渡せるようになっているようだ。
 上段のほうの席を確保して三十分くらい待っていると、司会者らしき男が現れて挨拶が始まった。それが終わるといよいよ本番。会場のボルテージが一気に上がっていく。
 基本的に魔物に言葉は通じないので、通路奥にある鉄柵を開けると同時に試合がスタートすることになっているらしい。
 そして、ようやく鉄柵が上がり、それぞれ別のほうから魔物たちが決闘場中央に向かって走っていく。


 キマイラ VS ゴブリン五匹衆


 今、開幕である。
 猪突猛進ちょとつもうしんなゴブリンたちに対してキマイラは途中で足を止め、お得意の灼熱しゃくねつブレス。四匹は回り込むようにしてこれを避けたが、一匹モロに受けてしまいまたたく間に肌が焼ける。早くも一匹フェードアウト。
 二、二に分かれたゴブリンたちは、挟み撃ちを敢行する。
 しかし元々の体格が違いすぎる。蛇の尻尾まで含めるとキマイラは体長五、六メートル。爪をひとぎして右の二匹を瞬殺。左の二匹のゴブリンはこの隙に、それぞれヤギの頭、蛇の尻尾を攻撃。
 ヤギの頭を斬り落としたゴブリンがいる。俺が目をつけていたやつだ。さすが、動きが全然違う。剣の振り方も悪くない。
 一方、蛇の方を攻撃したゴブリンも……、おっ! 上手く斬り落としたじゃねえか。
 ……早計だった。蛇は斬られたんじゃなく、自ら本体から離脱したのだ。そういや、あいつ単独で行動するんだった。
 大蛇はゴブリンに巻き付き、そのまま絞め殺してしまう。これで残るは、あのスーパーなゴブリン一匹だけになっちまった。ちと、分が悪いか……。
 そう思った矢先、ゴブリンは剣をライオン頭に投げつける。そして上手く耳を削いだ。ちょこちょこ動き回るゴブリンにぶちギレて、灼熱の息を吐くキマイラ。
 しかしゴブリンは仲間の死体を持ち上げて盾にする。そのまま突き進んで、途中で投げつけた剣を拾い上げる。そして、キマイラの顎下から剣を刺して脳まで貫通させた。会場が今日一番の盛り上がりを見せた。客たちは、ここまでゴブリンが強いとは思ってなかったようだ。
 さて、そんな勝利ムード一色に染まったところだが――。まだ大蛇が残っている。
 スルスルと気配を殺して、大蛇はゴブリンの背後から飛びかかる。横っ飛びダイブで間一髪かんいっぱつ逃れるゴブリン。すぐに闘技場の砂をつかみ、バッと大蛇に投げつける。ひるんだ隙に落ちている剣を拾い、大蛇の真ん中らへんから一刀両断。
 切断後もウネウネと波打つように動く大蛇の頭に、ズサッ!
 杭を打つかのごとく剣を入れる。正真正銘のファイター。完全勝利だ。
 観客たちは相手が魔物であることも忘れ、賞賛の言葉を投げかける。俺もそうさせてもらったわ。あいつ、ゴブリンにさせとくにゃ勿体もったいないやつだ。
 テンションダダ上がりの俺に比べ、青白い顔色で呆然ぼうぜんとするイレーヌとザック。
 会場を出て券を換金する。二十万の4・5倍なので、九十万になって返ってくる。
 実に七十万の儲けである。なんかどんどん金持ちになってくぞ、おい!
 金運の神様にでも取り憑かれたのかよ、ずっとそのままでいてくれよ。
 俺がニヤけていると、二人が謝罪してくる。

「すみませんでした、ご主人様……。私が浅慮せんりょだったみたいです」
「オレもだ、バカにして悪かったよジャー。……つうかオレの十万」
「まあ、あれだな。常識にとらわれてちゃダメなんじゃねえの?」
「……はい、ご主人様がすべて正しいです……」
「今回はジャーの一人勝ちだな……」
「おう」

 俺はあの英雄ゴブリンに感謝しつつ、ご機嫌に道を行く。
 まあ、だからといってゴブリンと仲良くなんてごめんだけどな。




 2 竜の力


 ザックとイレーヌと昼飯をとったあと、三人で午後の街をプラプラと歩く。
 午前中のどこか慌ただしい雰囲気も薄れ、街全体がノンビリとしている。
 当てもない散歩が、俺はけっこう好きだ。日本にいたときも、日曜なんかはヒゲを剃らず、髪もボサボサ、そしてラフなスウェット姿でよく歩いていた。
 そして、「すみません、ちょっとよろしいですか」と警官に職務質問されるまでが日常。何なのあいつら、俺ってそんなに不審者に見えるのかよ。
 ちょっと歯磨きしながら歩いてただけじゃねえか。……うん、客観的に見ると怪しいことしてたわ……。
 人で溢れる通りから横道に逸れてみる。陽光のあまり届かない路地裏を、他愛もない話をしつつ進むと、道の脇で胸を押さえながら座り込むおっさんと今にも泣きそうな子供がいた。
 病気、か? イレーヌが二人に話しかける。

「どうしましたか?」
「あ、いえ……、ちょっと、持病で」
「パパだいじょうぶ? ねえパパぁ」

 まだ十歳にも満たなそうな女の子が目をうるうるとさせている。けっこう深刻な状態かもしれねえな。このあたりに治癒院はあったかと記憶を探る。

「はは、私なら大丈夫ですので、ウッ……」
「ダメですよ、安静にしていないと!」

 うずくまる男の背中をイレーヌが優しく撫でる。「パパ、パパ」と口にしながら泣き出す子供をなだめながら、男が申し訳なさそうに告げる。

「す、すみません、今日は妻の命日でして、どうしても教会へ行かなくてはならないのです」
「少し休んでからにしてください。体が一番ですから」
「そうだよパパ……、パパまでいなくなったら、わたし……」
「おおごめんよノーラ。大丈夫だからね。……すみません、もし水を持っていたら少し分けていただけないでしょうか」
「俺持ってるわ」

 俺は荷物を下に置いて、そこから水の入った瓶を取り出す。おっさんに渡すと、ゴクゴクとすごい勢いでのどをうるおしていく。
 だいぶ状態も良くなったみたいでホッとしていると――。
 ドンッ!!

「きゃ!?」

 イレーヌが悲鳴を上げてよろめく。俺はとっさにイレーヌを支えた。


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