邪竜転生 ~異世界いっても俺は俺~

瀬戸メグル

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6巻

6-1

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 1 のろ


 南大陸にあるディシディア王国。上に立つ者はまともだし、住みやすいし、食べ物も悪くない。かなり良質な国なのだが、隣国のストミアに以前からちょっかいを出されていた。
 そしてつい先日、ストミアはこの世界を再び支配しようと目論もくろ十神じゅっしんの一人、ティダンと組み、かつてこの地を荒らした悪獣あくじゅうを復活させて、ディシディアを本格的に侵略しようとしたのだ。
 この俺ジャーはそれを阻止するため、はるばる中央大陸まで、仲間と共に俺を邪竜じゃりゅうの姿に戻す秘薬ひやく作りの旅に出た。そして見事成功して戻ってきて、ティダンと悪獣を返り討ちにしたわけだ。
 まあ、俺が邪竜に戻るまでには色々あったけども。鳥人ちょうじんの村に世話になったり、死天してん破魔はまりゅう――アルスーンと戦いになったりな。
 最終的には何もかも解決して、ディシディアは平和を取り戻し、俺たちはご褒美ほうびと美味しいものにありつけたってわけ。
 俺の人生、異世界転生してからは色々と恵まれていてありがたい。前世では宝くじに人生を賭けてたのがうそみたいだ。
 生涯楽に暮らせる分の金は貯まったので、今後はのんびりと生きていきたいもんだ。


  ◇ ◆ ◇


 十神ティダンを返り討ちにしてから一週間が経過すると、王都のお祭り騒ぎもだいぶ落ち着いてきて、元の姿を取り戻している。
 そんなわけで俺はいま、元幽霊ゆうれい屋敷だった別荘で、エルフの少女のイレーヌと二人、くつろいでいた。

「なあイレーヌ、あの三人はどこいった?」

 あの三人というのは、俺と行動を共にしている雷撃の剣士クロエ、公爵こうしゃく令嬢れいじょうで様々な魔法が得意な少女ルシル、そして強力な風魔法を扱う猫耳娘ミーシャのことだ。

「皆さん買い物に出かけましたよ。服とか小物とか、色々とこの街には興味をく物が多いですよね」
「面白い物がいっぱいあるよな。つか、お前も一緒に行っても良かったんだぞ」

 寝ぼすけな俺のために、わざわざ朝食を用意してくれて待っていたのだ。本当、十四歳とは思えない気の回し方で、ありがたいね。

「では私も、出かけようかなと思います。ご主人様もご一緒にどうですか?」
「あーそうだなぁ。グリザードのみんなに土産みやげもの買っていくのも悪くねえかな」

 遅めの朝食を済ませてからイレーヌと一緒に街に出かけた。目抜き通りを二人で歩くだけで、周りが道を開けてくれる。

「よージャーさん! 買い物かい」
「イレーヌちゃん、今日も可愛いわね」

 ディシディア王国の王様が俺たちを戦勝の立役者たてやくしゃと広めてくれたおかげで、ちょっとしたヒーローになっちまってる。
 地方都市のグリザードに続き、ここでも宗教開祖的なアレで商売できちまいそう。ともあれ、市場でイレーヌと土産になりそうな品を探していく。

「何買ってくかね」
「ご主人様の黒袋くろぶくろに入れれば鮮度が落ちないので、食べ物を買っても問題なさそうですよね」
「ああ、何でも選んでいいぞ」

 俺のほうは、食べ物だけじゃなく珍品探しをする。
 スライムたち、ザック、タケシ、あとはスライムの面倒見てもらってるシエラにも買っていかなきゃな。
 怪しげなお面とかミイラの手……みたいなやつは男どもにあげよう。受け取ったときの反応が楽しみだぜ、ククク。
 変な笑みを浮かべていると、地面に布を広げて商売している男に声をかけられる。

「あの……すみません。よかったら、これいかがですか」

 面長おもながで青白い顔をしたその男の健康状態を若干心配しつつ、出された石を受け取る。

「北方三大陸でしか採れない物ですよ……角度によって色が変わって見えるんです」
「おおすげー、本当だ。でも相当高いんじゃないかこれ」
「銅貨一枚で結構、です。その代わり……これをもらってくれませんか?」

 たった銅貨一枚でいい上、そこそこ高そうな装飾がほどこされている腕輪までくれるという。何とも奇妙な申し出に、俺はきなくささを感じ取る。

「何か理由があるな?」
「……はい。ですが、それは私から話すことはできないのです。ただし、英雄で人気者のあなたならば、この腕輪の効力にも耐えることができます。どうか、どうかこの通りです! 本当に私、困ってるんです!」

 何度も頭を下げまくって頼み込んでくる青年に、俺は困ってしまう。

「どう思う、イレーヌ?」
「ご主人様に何か害があるのならば、絶対に受けるべきではないです」
「どうかっ、どうかこの通りですっ。あなたなら、強くて有名で女性にもモテそうなあなたなら、絶対に腕輪をつけても問題ないと思います」

 別に助ける義理はないのだが、放っておいたらこの青年、何か死にそうな雰囲気もある。

「確認しておきたいんだが、腕輪をつけたら即死したり病気になったりする、ってわけじゃないよな?」
「誓って、そういうたぐいのものではないです。いて言うならわずらわしいというか……これ以上は言えません」
「んー、しょうがねえ。石も安くなるし引き受けてやるよ」
「ご主人様!?」
「あっ、ありがとうございますっ!」

 まあ俺は邪竜なわけで、大抵のことは乗り越えられるだろう。
 竜に戻る秘竜薬ひりゅうやくはまだ八粒も残ってるし、いざとなったら変身すりゃ何とかなるんじゃないかね。甘い、かな。
 男が右手にめていた腕輪を外して、俺に譲渡してくる。

「誰かに渡す際にだけ、外せるんです。逆にそれ以外では絶対に無理ですので、もしあなたが放棄したいときは、誰か別の男性にお渡しください」
「男性限定か?」
「限定です。この腕輪には……いえ、これ以上は。すみません」

 よくわからんけど、俺は腕輪を装着してみる。特に何が起きるわけでもない。イレーヌが不安そうに尋ねてくる。

「体調に変化など、ありませんか?」
「いまのところ問題ないな」
「私も最初はそうでした。腕輪の力が出てくるのは、もう少し先でしょう。私は数日はここにいますので、困り事があったらいつでも訪ねてきてください。あなたがその腕輪の力を知ってからなら、色々と教えてあげることができます」
「わかった。逃げねえでくれよ」
「恩人を裏切る真似はいたしません」

 ということなので、ここは信頼して場を離れることにした。

「何だかんだでもうかったな。あの石、普通に買ったら金貨一枚くらいはしそうだし」
「ですが、私はお体が心配です……」
「なーに、平気だって。毒だって効かねえ体なわけだし」

 そわそわするイレーヌを落ち着かせる。神経こまやかでいい少女だけど、俺のことになると心配性な部分もあるんだよな。
 ぽんぽんとイレーヌの頭を軽く叩いてやるとだいぶ大人しくなったので、引き続き買い物をすることにした。ちなみに今日一番の収穫は、大量の黒と白の小石だ。

「特殊な石でもありませんよね? 何か意味があるのです?」
「実はさ、白黒の石がいっぱいあれば、移動時間に暇を潰せることに気がついたんだよ」

 これに四角に切られた木の板を購入すれば、日本でも馴染なじみの遊びができる。飛行してるときはいいのだが、馬車や船での移動って退屈だからな。
 土産もだいぶ増えたので、夕方には別荘に帰った。すでにルシルたち三人も戻ってきていて、室内には大量の服やら食い物やらがあふれていた。

「おめーらさ……いくら何でも買いすぎだろ」
「おかえりジャー。でも聞いて、これでも我慢したのよ!」
「うぇ、ま、俺も似たようなもんだけどよ」
「君のほうも、買い物だったみたいだな」

 食べ物を多く買い込んで満足そうなクロエが言う。

「ああ。ところで、結構長居したし、そろそろグリザードに帰るんだろ?」
「ああそれなのだが……私はそれでもよいのだけれど、こちらの二人が……」
「「――一緒に北方三大陸に行かない!?」」

 ルシルとミーシャがすげー勢いで迫ってきて声を揃えた。
 北方三大陸ってのは、死天破魔竜がいた中央大陸よりさらに北にある三つの大陸のことだ。
 海を挟んで、横に三つに並んでいる大陸でいずれも邪竜が支配している……と聞いたことがある。

「とんでもなく面倒事が待ってそうだけど」
「でもね、北西の大陸には飛行木板ひこうもくばんがあるらしいの!」
「アタシたちも、ジャーにおんぶされてるばっかじゃなくて、それに乗ってみたいニャー」

 何だその胡散臭うさんくさそうなアイテムはよ。

「仮にそんな板があったとしても、便利そうだし誰かの手に渡ってるだろ」
「そうでもないらしいの。とにかく行けばわかるわ」
「そうは言うけどよ……手に入っても持ち運びに邪魔だろうし」
「そこも問題ないよ! アタシが聞いた情報によると、何とその板、使うときだけ大きくなって普段は片手で持てるんだって」

 ルシルとミーシャは相当情報を集めてきたらしい。つーか、もう行く気満々なんだけどこの二人。

「ただまあ、確かに面白そうで便利なアイテムではあるな」
「でしょでしょ!? アタシたちで行こう、決定にゃー」

 ミーシャが断らせないぞとばかりに腕を組んでくる。イレーヌやクロエも反対ではないみたいだ。

「けどルシル、公爵に連絡くらいしとけよ」
「任せて。明日、お父様には手紙を出しておくわ」

 じゃあ、俺も一筆いっぴつ書いてスライムたちに渡してもらうとするかね。
 しかし次は北方三大陸かよ……世界観光は悪くねえけど、随分ずいぶんと遠いな。暇潰すために石を買っておいて良かった。


  ◇ ◆ ◇


 真夜中、奇妙な声が聞こえてきて俺は目を覚ます。


『…………たい…………もてたいよぉ……』


 モテ、たい? 
 明らかに男の声だったのだが、いまベッドには俺しかいない。
 今日はイレーヌたちは全員別室で就寝中だ。
 以前あったようにまた幽霊かよ、という考えが頭をよぎったが、そこでハッとする。

「これまさか、腕輪のせいか……?」

 しばらく静かにしていると、またさっきの声が聞こえてくる。どうやら腕輪が話しているわけじゃなくて、直接俺の頭の中に声が響いてきているようだ。

『……オレは……ダメだった。オレは生前、全然モテる要素がなかった。死ぬほど頑張ったのに……』
「それが心残りで、この腕輪に魂を?」
『その通り。オレは生前、特殊な魔法が得意でな。死ぬ前、この腕輪に魂を込めた。この綺麗きれいな腕輪なら、綺麗な女性が装着してくれるだろう。そう思ってな』

 しかし期待した通りにはいかなかったのだろう。
 それは、声の怒気どきが増したことからもわかる。

『なのに――何なの! 何でオレを装着するやつはどいつもこいつも男なんだよ! 男の腕なんか楽しくも何ともない。だから、装備した男に毎回言ってたんだよ。もっとモテてくれ、腕輪ごと愛してくれる女を探せって』

 あの青年が疲れ切っていた理由が判明したな。どうせ一日中、女を探せとかこいつが叫んでいたのだろう。
 無理だろうとは思いつつ、俺はこっそり腕輪を外そうとした――途端、ガラスを爪で引っ掻いたときのような嫌な音がして、俺はベッド上を転がる。

「うぉおおお、この鳥肌が立つような音はっ……!」
『オレからそう簡単に逃げられると思わないでくれ。どこからでも苦痛を与えられるぜ』
「わかった、話聞くからひとまず待ってくれ」
『よし』

 存外話が通じるやつなのか、嫌な音は一切しなくなった。こいつとしても持ち主の俺をすぐ壊すつもりはないのかね。腕輪だけじゃ大したことはできないだろうしな。

『まず、お前の情報をオレに教えろ。名前、見た目はいいか、恋人や配偶者の有無』
「ジャーだ。見た目は、悪くはねえとは思う。恋人も配偶者もいねえけど、したってくれるのは一応いる」
『何人かの女と会話していたもんな。オレは音は聞こえるが目が見えない。率直に言って、美人か?』
「全員、相当な美人と言っていい」
『やるじゃないかジャー! ようやく期待できるやつに巡り会えたぜ』

 よっぽどテンションが上がったらしく、鐘の音が響いてきて少々驚く。どんな音でも出せるんだろうかこいつは。

『明日からが楽しみだなジャー』
「二つきたいわ。一つ、お前の名前は何?」
『そんな昔のこと忘れた。非モテマンとでも呼んでくれ』

 ネーミングセンスが壊滅してやがる。モテなさすぎて腕輪になっちまったくらいだからしょうがねえか。

「じゃあ次。俺が綺麗な女の持ち主を探してやろうか? 元々は美人につけてもらいたくて魂入れたわけだし」
『無駄だと思うけどな。試しに明日、何も言わず身近な女にオレを譲ってみろ。すべてがわかる』

 それ以上、非モテマンは説明してくれなかった。
 その代わり、滝のような勢いで滔々とうとうと自分語りを朝まで続けた。
 そんなわけで俺は、非モテマンが生前いかにモテなかったかを聞かされるハメに。自分の名前も忘れてる癖に、女にされた嫌なエピソードとかはやたら細かかったな。


 翌朝、俺は目の下にクマを作ったまま階段を下りていく。

『何かスッキリしたな。色々話したら』
「つーかさ、そんだけ嫌な目にあったら女嫌いになるだろ。女に復讐ふくしゅうとか考えてたほうが自然なんだけど」
『バカかよ! 世の中には男と女しかいないんだ。女を嫌ったら世界がつまらなくなっちまうじゃないか』

 何でこいつ、こういうところだけ正論なの。よくわからんやつだと嘆息しつつリビングに行くと、クロエが朝食の準備をしていた。

「今日は早いのだな」
「たまにはな。イレーヌはまだか?」
「いや、買い物に行ったのだ。それより、そのクマ……ちゃんと眠れているのか。心配だぞ」

 クロエが近くに寄ってきて俺の顔に触れる。
 肌質のチェックをしているのだそうだ。

『ふぉぉおおお、手のぬくもりが、温かさが伝わってくるぅ!』
「は? 目が見えないんじゃないっけ」
『完璧ではないが感覚は伝わってくる。ジャーの体を通じて!』
「便利なやつ」
「ジャー? 何を言っているのだ?」

 そうだった。腕輪の言葉は俺にしか聞こえないので、独り言を炸裂さくれつさせている頭ヤバイやつになっちまう。何でもないと告げた後、俺はふと思いついた。

「なあクロエ、もしこの腕輪をやるって言ったら、欲しいか?」

 昨晩、女に腕輪をつけさせるのは難しいと非モテマンは話していた。どういう意味なのかずっと疑問だったのだ。
 クロエは困ったように視線をあちこちに飛ばしながら、やんわりと断ってきた。

「私には、似合わないだろう。誰か別な女性に使ってもらうのがいいかもしれないな、うん」

 決して汚くはない、それどころか、金まで装飾されてかなり綺麗なはずなのだが。
 ルシルとミーシャも下りてきたので、それぞれ同じように尋ねてみた。まずルシルはしばらく眺めてから首を横に振る。

「何かこう、センスが違うかも。こんなこと言っちゃ失礼かもしれないけど、あんまりゴテゴテしたのは、ね」

 ミーシャに至っては一瞥いちべつして、即ノーの返答をよこした。

「ごめんね~。欲望をそのまま腕輪にしたみたいで、アタシは好きじゃないかな~。ってか、女子でそういう感じの好きな人いないかも」

 女の感覚は俺にはわかんねえけど、何か共通して嫌なものを感じるってのは理解した。

『な、言ったろ? 生前のオレの非モテオーラがきっとにじみ出てんだろうね』
「言ってて悲しくねえか……」
『だからこそ、早くモテてくれよ!』

 モテライフを楽しんだら俺を解放してくれると言うし、ここは従うしかないだろうな。
 イレーヌが買い出しから戻ってきて食事の準備が完了したので、俺は恥ずかしさをこらえて頼む。

「すまんイレーヌ、悪いが飯を食べさせてもらいたいんだが。筋肉痛か、腕が痛くて」
「もっ、もちろんです!」

 イレーヌに横の席に来てもらって、俺は食事を食べさせてもらう。小声で非モテマンに言う。

「こういうので、どうよ?」
『いい! 夢のシチュエーションの一つだ。アーンもやってもらってくれ』

 さすがにそれは拒否したいが、非モテマンを納得させるために我慢する。

「なあ、アーンとか、やってもらっても……」
「ええ大丈夫ですよ。ご主人様、あーん」
「アーン……」


『ひゃっほぉーーーー』

 鬱陶うっとうしいぐらい喜んでやがる。
 今日一日この方向性で頑張るしかないようだ。やれやれ。
 食事が終わった後は、間髪いれずルシルを買い物に誘う。返事は秒速で来た。

「ええ! 行きましょう!」

 街中を二人で並んで歩く。休日の午前中ということもあり道の人通りは穏やかで、雰囲気も落ち着いている。

「ジャーが誘ってくれるなんて珍しいわね。さては、あたしの魅力に少しは気づいたのかしら?」
「最近、大人っぽくはなったんじゃねえか」
「ほんとっ!? 嬉しい……色々と研究してたの。大人っぽい女性の仕草しぐさとか」

 足をクロスさせるようなウォーキングをするルシル。モデル歩きみたいなやつだ。慣れてないのかヨロけて倒れそうになったので、俺が咄嗟とっさに支えに入る。

「あり、がと」
「危ねえから気をつけろよ」
「う、うん」

 とりあえず、二人で開いてる店を見て回ることに。
 俺たちは日常に戦闘が組み込まれてるので、どうしても道具屋とか武器屋を見るのが優先になる。大きい武器屋で、ルシルが杖を買うか迷い出したので背中を押す。

「金も大量に入ったし、遠慮するなよ」
「そうね! いっちゃいましょう!」

 ルシルは一番高価なやつを購入して、ルンルン気分で外に出る。今度は食事に行こうという話になったところで、目の前のカップルに視線を向けていたルシルが言う。

「ねえ、手とかつないで、みたいの。ダメかしら?」
『繋げ! 繋いでくれええ!』

 ずっと大人しかった非モテマンがここで爆発したので、俺は手繋ぎを受け入れる。十秒も経たないうちに、非モテマンが感激の感想を漏らす。

『あぁっ、小さくてすべすべしてて、温かい。優しさが伝わってくるようだ……』

 感触が伝わるってのは便利ではあるな。家に着くまで、非モテマンはずっと喜んでいた。
 一眠りしようとリビングに入った俺だが、クロエに剣の稽古けいこに誘われて断念。

「腕がなまりそうで怖いのだ。頼むよジャー」
「メンバーで剣が使えるのは俺とお前だけだしな。仕方ねえか」

 本物の剣を使って、庭で俺たちは剣戟けんげきを行う。練習、と言っても実戦形式だし、お互い軽く流したりはしない。真剣勝負にかなり近い。
 クロエは身軽でけんさばきも華麗かれい。さらに独特のタイミングで斬撃が襲ってくるので、俺も気を抜けない。
 五分ほど打ち合いをしたところで、クロエの太刀筋たちすじが一瞬甘くなる。そこを狙って刃を打ち上げ、彼女の手元から剣を弾き飛ばす。

「む……参った。キミはさすがだよ」
「そっちも現在進行形で成長してるぜ。剣が前より重くなってたし。そもそも、何回かに一回は逆の立場になってるだろ」
「どうだろう。私は剣の腕でもやはりキミが上だと思っているよ」
「うーん、まあ五分五分ってことにしとこう。それより、いい感じに疲れたしグッスリと昼寝できそうだ」

 リビングに戻ると、みんな出かけたのか誰もいない。

「私は水浴びしてくるよ」
「おう。俺は一眠りする、たぶん夜まで爆睡コース」
「はは、キミらしいよ」

 ソファーに寝っ転がってまぶたを閉じると、数秒後には意識が落ちた。これ、俺の特技の一つかもしれん。
 …………
 ……………………
 ………………………………


 俺が目を覚ましたのは、顔に熱い吐息を感じ、同時にくちびるにとある感触を覚えたからだった。
 これは――と思って目を開けると、やはり誰かにキスされていたようだ。最初はミーシャだと予想したが、外れた。
 顔が離れていくと、ようやくその人物が判明する。

「クロ……エ?」
「わっ、こっ、これはその、違う、そうではないのだ! グッスリ眠っているようだったから、つい……」
「眠ってて、ついキスをする、かね」
「わーっ、だからその、興味本位というか……自分でも、よくわからないのだが……とにかくすまない」
「謝らなくてもいいけどよ。ただビックリしたわけで」

 よく考えれば、二十歳前後の女性だったら、たまにはキスくらいしたくなるのかもしれない。いくら剣に生きているとはいえ、それだけだと寂しいもんな。

「俺で良かったら、気を遣うことはないぞ」
「そう、か。ではまた、気が向いたらー!」

 顔を真っ赤にして叫ぶと、クロエは室内から出ていってしまった。
 ウブなやつめ。

『ジャー聞いてくれ。いまのが、オレの初キッスだ』

 気分良さげだし、ツッコまないでおこう。

「今日一日だけでも色々経験できただろう。そろそろ腕輪外させてくれてもいいんじゃねえの」
『まだ、まだ一緒にいさせてくれ。確かに幸せをいくつかもらったが、まだだ』
「そうか。まぁ、あの嫌な音鳴らさないなら、しばらくはいていいけどな」
『もっと、オレに感動をよろしく頼む』

 とは言われても、俺自身は大したことできないっていうね。
 のんびりモードでいくわ。
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