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【最終話】間違いを正す【ミラフィーナ】
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「どうした!? 大丈夫か!?」
グラッスリドが慌てたように駆け寄って、そっと私の肩に触れた。
私はぎゅうっとその手を握りしめ、縋りつくように手に額を付けた。
「私、何でもします。家事も覚えます。だから、ここに居てもいいですか? ここにいたいんです。帰りたくないんです。妹さんが帰ってくるまででもいいです。その間だけ、妹さんの代わりに、だからっ」
私の言葉は、気を付けていたのにひどい懇願を含んで響いた。
縋ってしまう私に、グラッスリドは低く簡潔に答えた。
「お前はミアの代わりじゃない」
息苦しくてどうしていいかわからずに叫びだしてしまいそうになる気持ちを、私は目をつむり抑え込んだ。
「わかっています。弁えています。間違えません……間違えていません」
知っている。
私は、彼の大事な人ではない。
ただ、責任感で一緒に住んでいるというのもおこがましい、居候だ。
間違って召喚されたために、仕方なく拾われた、だけなのだ。
一緒に住まわせてほしいなど、まして、妹の代わりなど図々しすぎる願いだ。
わかっていたのに。
「いや、間違えている」
グラッスリドの声が、とても近くで聞こえる。
彼のごつごつとした手が、私の頬の上で滑る。
その時初めて、私の目からは涙がどんどんと出ていることに気が付いた。
……こんな時に。
ああ、そうだ。私は間違えている。
グラッスリドの事が、好きなのだ。
だから、彼のそばにいたいのだ。
好きだから。
どんなに殴られても、暴言を吐かれても、床にこぼれた水を飲むしかできなかったときでさえ、私の涙は枯れていたのに。
こんな風に彼に涙を見せ、彼の罪悪感をあおろうとしているかのように。
あさましい自分の気持ちを見せつけられたようで、恥ずかしい。
恥ずかしいのに、どうしようもなく、苦しい。
「っ、ごめんなさい……。嘘を、つきました」
一旦気づいてしまえば、もう、気持ちを抑えることができなかった。
私の目からは次から次へと涙が出てきて、嗚咽してしまう。
恥ずかしくて、申し訳なくて、それでいてまだ一緒に居たくて捨てられたくなくて、私がここを居場所だと感じていたことが馬鹿みたいで苦しくて、ただ、こんな温かな場所があった事と失う事が苦しくて。
グラッスリドみたいな人が私の事を見てくれるなんてないのに。
グラッスリドは私を見るたびに、罪悪感とうっとうしさを感じていたと思うのに。
自分の気持ちばかり大事にしている自分が、恥ずかしくて、やっぱり私は元の場所がお似合いで、ああいう場所にずっと居るのが良かったと、そう思った。
「お前は馬鹿だな」
「えっ」
ぎゅっと、私の身体は何かに包まれた。
温かくて、少し硬くて、やっぱり温かい……。
グラッスリドが私の事を抱きしめていた。
突然の事に信じられずグラッスリドの事を見れば、彼はとてもやさしい表情で私の事を見つめていた。
まっすぐに、私を。
「妹にこんな感情を持ったら、犯罪だ。俺は、お前が好きだよミラフィーナ」
「嘘」
「嘘ではない。……ミアの事は諦められていない。だが、ミラフィーナ……お前と一緒に居るこの時間が幸せだと思ったんだ。一緒に、これからもいてほしいんだ」
「……本当に、私なんかが?」
「こんなに俺が好きなお前を、私なんかと言わせている過去の環境はすぐに忘れてくれ」
「ここに来て、もう忘れかかっていました。幸せすぎて」
「なら、いい。……もし、お前がどうしても苦しいのなら、時間がかかっても昔の場所に繋げてお前の過去を俺が消してやる」
「……消す?」
思ってもみない単語が出てきた。私の涙すら止まる驚きだ。
「ああ。俺はなかなか大規模魔法も得意だ。この城ぐらいの規模であれば燃やす事などたやすいだろう」
そう言って、グラッスリドはそっと私の背中を撫でた。
あの時、やっぱり見られていたのか。
私の背中は、殴られた痣や火傷の跡だらけで汚いのに。
恥ずかしい。
「ごめんなさい」
「何を謝る?」
「私の身体、汚くて」
「気になるなら回復魔法の研究の方が先だな。痕を消す魔法は今は存在しないが、まあ大丈夫だろう。待っててくれ」
「何が大丈夫なんでしょうか」
「安心して俺に任せてくれ。俺は時間をかけるのが得意だ。集中力もある」
何の安心感を感じていいかわからないまま私がグラッスリドを見つめると、彼は間違いないというように頷いた。
わからない。
「ただ、ミラフィーナはそのままでも綺麗だし、俺は全く問題ないと思っている」
「そ、そんな……!」
私が恥ずかしくて下を向いて自分の肩を抱くと、グラッスリドは私の腕をそっと握り開かせた。
「これから、ゆっくりわかってもらおう。俺が、ミラフィーナ、お前をどんなに焦がれ美しいと思っているか」
腕をつかまれたまま、グラッスリドの声が耳元で聞こえ、私はかぁっと全身が赤くなるのを感じた。
なんて言っていいのかわからない。
本当に?
信じられないのに、同じぐらい嬉しくて、どきどきして、苦しい。
彼はくすりと笑い、私の身体から離れた。
温かな体温がなくなり、さみしく感じる。
そんな私を見越したように、グラッスリドは私の指に自分の手を絡め、更に口づけを落とした。
「わっ。ぐ、グラッスリド、さま」
なんだ、というように私を見つめ、ぎゅっううと私はもう一度抱きしめられた。
今度は、とても強く、苦しいほどに。
「楽しみにしていてくれ。好きだ、ミラフィーナ」
甘い声が私の中で広がり、私もです、と言う言葉はグラッスリドの唇に吸い込まれていった。
*****
グラッスリドはその後、本当に私の世界に魔法陣をつなげた。
私の過去は、さっぱりと、きっぱりと、清算されたのだった。
そして今度は、二人の時間を同じだけにするように、研究をしている。
きっとそれは、もうすぐ叶うだろう。
グラッスリドが慌てたように駆け寄って、そっと私の肩に触れた。
私はぎゅうっとその手を握りしめ、縋りつくように手に額を付けた。
「私、何でもします。家事も覚えます。だから、ここに居てもいいですか? ここにいたいんです。帰りたくないんです。妹さんが帰ってくるまででもいいです。その間だけ、妹さんの代わりに、だからっ」
私の言葉は、気を付けていたのにひどい懇願を含んで響いた。
縋ってしまう私に、グラッスリドは低く簡潔に答えた。
「お前はミアの代わりじゃない」
息苦しくてどうしていいかわからずに叫びだしてしまいそうになる気持ちを、私は目をつむり抑え込んだ。
「わかっています。弁えています。間違えません……間違えていません」
知っている。
私は、彼の大事な人ではない。
ただ、責任感で一緒に住んでいるというのもおこがましい、居候だ。
間違って召喚されたために、仕方なく拾われた、だけなのだ。
一緒に住まわせてほしいなど、まして、妹の代わりなど図々しすぎる願いだ。
わかっていたのに。
「いや、間違えている」
グラッスリドの声が、とても近くで聞こえる。
彼のごつごつとした手が、私の頬の上で滑る。
その時初めて、私の目からは涙がどんどんと出ていることに気が付いた。
……こんな時に。
ああ、そうだ。私は間違えている。
グラッスリドの事が、好きなのだ。
だから、彼のそばにいたいのだ。
好きだから。
どんなに殴られても、暴言を吐かれても、床にこぼれた水を飲むしかできなかったときでさえ、私の涙は枯れていたのに。
こんな風に彼に涙を見せ、彼の罪悪感をあおろうとしているかのように。
あさましい自分の気持ちを見せつけられたようで、恥ずかしい。
恥ずかしいのに、どうしようもなく、苦しい。
「っ、ごめんなさい……。嘘を、つきました」
一旦気づいてしまえば、もう、気持ちを抑えることができなかった。
私の目からは次から次へと涙が出てきて、嗚咽してしまう。
恥ずかしくて、申し訳なくて、それでいてまだ一緒に居たくて捨てられたくなくて、私がここを居場所だと感じていたことが馬鹿みたいで苦しくて、ただ、こんな温かな場所があった事と失う事が苦しくて。
グラッスリドみたいな人が私の事を見てくれるなんてないのに。
グラッスリドは私を見るたびに、罪悪感とうっとうしさを感じていたと思うのに。
自分の気持ちばかり大事にしている自分が、恥ずかしくて、やっぱり私は元の場所がお似合いで、ああいう場所にずっと居るのが良かったと、そう思った。
「お前は馬鹿だな」
「えっ」
ぎゅっと、私の身体は何かに包まれた。
温かくて、少し硬くて、やっぱり温かい……。
グラッスリドが私の事を抱きしめていた。
突然の事に信じられずグラッスリドの事を見れば、彼はとてもやさしい表情で私の事を見つめていた。
まっすぐに、私を。
「妹にこんな感情を持ったら、犯罪だ。俺は、お前が好きだよミラフィーナ」
「嘘」
「嘘ではない。……ミアの事は諦められていない。だが、ミラフィーナ……お前と一緒に居るこの時間が幸せだと思ったんだ。一緒に、これからもいてほしいんだ」
「……本当に、私なんかが?」
「こんなに俺が好きなお前を、私なんかと言わせている過去の環境はすぐに忘れてくれ」
「ここに来て、もう忘れかかっていました。幸せすぎて」
「なら、いい。……もし、お前がどうしても苦しいのなら、時間がかかっても昔の場所に繋げてお前の過去を俺が消してやる」
「……消す?」
思ってもみない単語が出てきた。私の涙すら止まる驚きだ。
「ああ。俺はなかなか大規模魔法も得意だ。この城ぐらいの規模であれば燃やす事などたやすいだろう」
そう言って、グラッスリドはそっと私の背中を撫でた。
あの時、やっぱり見られていたのか。
私の背中は、殴られた痣や火傷の跡だらけで汚いのに。
恥ずかしい。
「ごめんなさい」
「何を謝る?」
「私の身体、汚くて」
「気になるなら回復魔法の研究の方が先だな。痕を消す魔法は今は存在しないが、まあ大丈夫だろう。待っててくれ」
「何が大丈夫なんでしょうか」
「安心して俺に任せてくれ。俺は時間をかけるのが得意だ。集中力もある」
何の安心感を感じていいかわからないまま私がグラッスリドを見つめると、彼は間違いないというように頷いた。
わからない。
「ただ、ミラフィーナはそのままでも綺麗だし、俺は全く問題ないと思っている」
「そ、そんな……!」
私が恥ずかしくて下を向いて自分の肩を抱くと、グラッスリドは私の腕をそっと握り開かせた。
「これから、ゆっくりわかってもらおう。俺が、ミラフィーナ、お前をどんなに焦がれ美しいと思っているか」
腕をつかまれたまま、グラッスリドの声が耳元で聞こえ、私はかぁっと全身が赤くなるのを感じた。
なんて言っていいのかわからない。
本当に?
信じられないのに、同じぐらい嬉しくて、どきどきして、苦しい。
彼はくすりと笑い、私の身体から離れた。
温かな体温がなくなり、さみしく感じる。
そんな私を見越したように、グラッスリドは私の指に自分の手を絡め、更に口づけを落とした。
「わっ。ぐ、グラッスリド、さま」
なんだ、というように私を見つめ、ぎゅっううと私はもう一度抱きしめられた。
今度は、とても強く、苦しいほどに。
「楽しみにしていてくれ。好きだ、ミラフィーナ」
甘い声が私の中で広がり、私もです、と言う言葉はグラッスリドの唇に吸い込まれていった。
*****
グラッスリドはその後、本当に私の世界に魔法陣をつなげた。
私の過去は、さっぱりと、きっぱりと、清算されたのだった。
そして今度は、二人の時間を同じだけにするように、研究をしている。
きっとそれは、もうすぐ叶うだろう。
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