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自分の欲しいもの【ミラフィーナ】
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「グラッスリド様」
私は研究室の前に立って、しばらく逡巡していた。
雷。何を思いついたのだろう。
あの日、約束をしてから、初めて食事を一緒にしなかった。
1時間ほど迷って、やっぱりどうしてもグラッスリドの顔を見たくて私は研究室の扉をノックした。
三回ほどノックをしたが、グラッスリドからの返事はなかった。
入ってはならないと言われた研究室。
グラッスリドの『もしかしたら』という声が耳から離れない。
あれから、もう丸一日だ。
もし、彼が倒れていたら。
もし、あの温かな時間を失ってしまったとしたら。
すっと体が冷えた感覚があり、知らず、身体がこわばっているのを自覚した。
吐き気もする。
私はゆっくりと深呼吸し、扉をそろりと開けた。
中は、一見がらりとした部屋だった。
しかし、よく見ればそれは、全てが研究の成果だった。
「……こんな複雑な魔法陣」
重ねられた専門書、足元に広がるいくつもの魔法陣、たくさんのメモ。
ほこりをかぶったものから新しいものまで、たくさんの、たくさんの時間をかけた、全て。
グラッスリドがどれだけ長い間、深く何かを願ったのか伝わってきた。
あまりの年月に圧倒されて、ふらりと机に手をつく。
そこには一枚の紙があった。
他のメモよりもさらに古めかしく、幾度となく触れたことがわかる。
端は破れ、補修し、それでもまた痛んでしまっている。
グラッスリドの字で、ミアと書いてあった。
震える手で、紙をめくる。
それは、写真だった。
屈託なく笑う、私と同じぐらいの少女。
グラッスリドと同じ、明るい銀色の柔らかな髪に、彼によく似た可愛い可愛い少女。
そして、隣には少し照れたように、仕方がないというように笑う、幼いグラッスリド。
護られるべき、愛された可愛い子供二人の幸せそうな姿。
何度も読みこまれたであろう専門書は、召喚魔法についてのものばかりだった。
ミア。
……彼の可愛い妹。
全てが、繋がって、わかった。
私は、グラッスリドが妹を呼び出そうとして、間違って召喚されてしまったのだ。
部屋の中では、がりがりと、ペンが走る音だけが聞こえる。
妹を呼ぶべき魔法陣で、私が。
私は幸運だった。ここに召喚されて。
だけど、だけどグラッスリドは?
「ミラフィーナ?」
低くいぶかしむような声がして、私の肩はびくりと震えた。
振り向かなくったってわかる。
この数か月で、あっという間になじんでしまった、とても大事な声。
いつの間にかグラッスリドは私の近くに居た。
私を見て、彼は親しげに、ゆっくりと目を細めた。
「グラッスリド様」
「ミラフィーナ、ここは魔法陣だらけだ。入ってはいけない。君が召喚されてしまった魔法陣が消えてしまったら、大変なことになってしまう」
困ったように微笑まれかけられた言葉に、私は冷水を浴びせられたような気持ちになった。
私が召喚された魔法陣。
『……俺の、魔法の失敗で、お前を召喚してしまった。多分、雷が何か作用したのだろう。帰すすべは見つける。お前をちゃんと帰してやる。だが、今はまだ方法がわからない』
あの時、初めて出会ったとき、彼は何て言った?
あの時の約束を、グラッスリドは今でも守ろうとしている。
返されてしまう。
あの場所に。
意見を言うどころか考えることもできず、痛みに耐え働くばかりだったあの場所。
そして何より、この優しい幸福な時間を、失ってしまう。
返されないように逃げることはきっと簡単だ。
でも、私はもう知ってしまった。
大事な人と、毎日一緒にいる喜びを。
もう一人に戻ることなんて、できない。
私の欲しいのは、暴力がない世界ではなく、このグラッスリドがいる場所なのだと、はっきりと自覚してしまう。
ゆっくりと力が抜け、私はそのまま座り込んでしまった。
私は研究室の前に立って、しばらく逡巡していた。
雷。何を思いついたのだろう。
あの日、約束をしてから、初めて食事を一緒にしなかった。
1時間ほど迷って、やっぱりどうしてもグラッスリドの顔を見たくて私は研究室の扉をノックした。
三回ほどノックをしたが、グラッスリドからの返事はなかった。
入ってはならないと言われた研究室。
グラッスリドの『もしかしたら』という声が耳から離れない。
あれから、もう丸一日だ。
もし、彼が倒れていたら。
もし、あの温かな時間を失ってしまったとしたら。
すっと体が冷えた感覚があり、知らず、身体がこわばっているのを自覚した。
吐き気もする。
私はゆっくりと深呼吸し、扉をそろりと開けた。
中は、一見がらりとした部屋だった。
しかし、よく見ればそれは、全てが研究の成果だった。
「……こんな複雑な魔法陣」
重ねられた専門書、足元に広がるいくつもの魔法陣、たくさんのメモ。
ほこりをかぶったものから新しいものまで、たくさんの、たくさんの時間をかけた、全て。
グラッスリドがどれだけ長い間、深く何かを願ったのか伝わってきた。
あまりの年月に圧倒されて、ふらりと机に手をつく。
そこには一枚の紙があった。
他のメモよりもさらに古めかしく、幾度となく触れたことがわかる。
端は破れ、補修し、それでもまた痛んでしまっている。
グラッスリドの字で、ミアと書いてあった。
震える手で、紙をめくる。
それは、写真だった。
屈託なく笑う、私と同じぐらいの少女。
グラッスリドと同じ、明るい銀色の柔らかな髪に、彼によく似た可愛い可愛い少女。
そして、隣には少し照れたように、仕方がないというように笑う、幼いグラッスリド。
護られるべき、愛された可愛い子供二人の幸せそうな姿。
何度も読みこまれたであろう専門書は、召喚魔法についてのものばかりだった。
ミア。
……彼の可愛い妹。
全てが、繋がって、わかった。
私は、グラッスリドが妹を呼び出そうとして、間違って召喚されてしまったのだ。
部屋の中では、がりがりと、ペンが走る音だけが聞こえる。
妹を呼ぶべき魔法陣で、私が。
私は幸運だった。ここに召喚されて。
だけど、だけどグラッスリドは?
「ミラフィーナ?」
低くいぶかしむような声がして、私の肩はびくりと震えた。
振り向かなくったってわかる。
この数か月で、あっという間になじんでしまった、とても大事な声。
いつの間にかグラッスリドは私の近くに居た。
私を見て、彼は親しげに、ゆっくりと目を細めた。
「グラッスリド様」
「ミラフィーナ、ここは魔法陣だらけだ。入ってはいけない。君が召喚されてしまった魔法陣が消えてしまったら、大変なことになってしまう」
困ったように微笑まれかけられた言葉に、私は冷水を浴びせられたような気持ちになった。
私が召喚された魔法陣。
『……俺の、魔法の失敗で、お前を召喚してしまった。多分、雷が何か作用したのだろう。帰すすべは見つける。お前をちゃんと帰してやる。だが、今はまだ方法がわからない』
あの時、初めて出会ったとき、彼は何て言った?
あの時の約束を、グラッスリドは今でも守ろうとしている。
返されてしまう。
あの場所に。
意見を言うどころか考えることもできず、痛みに耐え働くばかりだったあの場所。
そして何より、この優しい幸福な時間を、失ってしまう。
返されないように逃げることはきっと簡単だ。
でも、私はもう知ってしまった。
大事な人と、毎日一緒にいる喜びを。
もう一人に戻ることなんて、できない。
私の欲しいのは、暴力がない世界ではなく、このグラッスリドがいる場所なのだと、はっきりと自覚してしまう。
ゆっくりと力が抜け、私はそのまま座り込んでしまった。
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