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穏やかすぎる日常【ミラフィーナ】
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「雨になりそうだわ」
グラッスリドから一緒の食事の提案を受けた日から、本当に毎日一緒に食事をし、夜は二人でお茶を飲んで過ごした。
掃除も、どんどん進んでいった。研究室だけは危ないからと言われたけれど他全ての部屋がピカピカになったと思う。
私も、この生活に慣れてきた。
季節はいつの間にかいくつも変わり、私がもうすぐここにきて1年の時がたつ。
驚いて飛び起き、ここに居ることに安心する朝は、少ない。
今日は、シチューにしよう、とメニューを決め仕込んでいると、予想通り雨が降ってきた。
そして、夜にはあの日みたいな、雷が鳴り始めた。
打ち付ける雨が、大きく窓を揺らす。
私は、あの日の事を思い出す。
それまで、すべてぼんやりとできるだけ何も考えないようにすることでやり過ごしていた人生の、全てが変わった。
窓の外は、暗く、部屋の中は安全だ。
そろそろ夕食の時間だと、シチューを温めていると、グラッスリドは城を見回ってくる、と出ていった。
お前はここでゆっくりとしていてくれ、と温かなハーブティーを入れてくれた。しかし一人で待つ部屋は雨の音があまりにも大きくて、痛みと寒さと雨の音に、耐えているしかなかった時に戻ってしまったような気になる。
じっとしていると、駄目だ。
片づけをしておこう、としたところで足がもつれ、後ろに滑り椅子にしたたかに背中を打ってしまった。
「研究室は無事だった。……っ、ミア!?」
痛さに動けずにいると、グラッスリドがちょうど戻ってきていたようで私に駆け寄ってきてくれた。
「背中を打ったのか! 見せてみろ」
着ていた上着の背中を、有無を言わさぬ勢いでまくり上げたグラッスリドの手が止まる。
彼の視線の先にあるのは、きっと、打撲の赤さだけではない。
自分では見られないが、いくつもの傷跡や火傷が残っているはずだ。
嫌だ。
見られたくない。
私はあわてて身をよじり、上着を強引に引き下げた。
「だ、だいじょうぶです! ……なんでも、ありませんから」
「す、すまない。つい癖で」
グラッスリドは、私から手と体をすぐに話してくれた。
そのままグラッスリドは視線をそらし、わたしの為に氷を用意し、背中を冷やしてくれた。
優しい仕草で、なるべく私を見ないように。
その気遣いに、私の苦しくなってしまった気持ちも、落ち着いていく。
「驚いてしまい、すいませんでした」
「いや、こちらこそすまない。……立てるか?」
冷たい氷に、痛みが引いた頃グラッスリドは優しく手を引き椅子に座らせてくれた。
怪我をして、手当てをしてもらったのは初めてだ。
同じように痛いのに、誰かがそばにいてくれ審配してくれるだけで、こんなにも違うんだと思った。
いつもなら、惨めで、そんな自分を忘れるために痛みの事を考えて眠りが来るのをじっとまっていたのに。
椅子に座ると、目の前に、冷たいお水が置かれた。
そして、グラッスリドがいつものように目の前ではなく隣の席に座る。
「俺には妹が居たんだ。言い訳のようだが、それでつい、さっきのような行動を」
「私嬉しかったです。心配してもらったんですね」
「ああ、心配した。妹は、戦争の時に死んだんだ」
隣にいるグラッスリドの顔は見えない。
「戦争……?」
「ああ、お前は知らないのか。酷い戦争だった。国が混乱して、魔術師だった俺の家は、特に大きく関わることになってしまった。両親は死に、妹と俺だけが残された」
「そうだったんですね」
彼の話す妹は、過去形だ。
先ほど呼ばれた名前、ミア。
きっと、それが彼女の名前だったのだろう。
「戦争が激化すると、味方も敵もわからなくなって、そこらじゅうで暴動が起きた。ある程度裕福だった我が家は、余計に標的になりやすかった。幼かった俺は妹を護れず、妹は、死んでしまった」
淡々とした口調が、余計に彼の苦しみを表しているようで、私は思わず彼の手を握った。
「つらい出来事だったんですね」
「ああ、自暴自棄になった。その後何年も何十年も戦争は続き、いくつもの大規模で不確かな魔術を使った。その結果、なぜか俺だけ時が止まってしまったんだ」
「時が、止まった?」
「そうだ……皮肉にも妹は時を失ったのに、俺には永遠にあるんだ。ああ、そんな顔しないでくれ。大丈夫だ。こんな雨でつい感傷的になった。ただ、お前にしばらく誰ともまともにしゃべっていない、妹が居るというのが本当だと伝えたかっただけなんだ」
グラッスリドは、おどけたように私に笑いかけた。
誰も大事にしてくれず大事にしてこなかった私は、なんて言っていいかわからず、ただただ頷くことしかできなかった。
「きゃっ」
重い空気を破るように、雷が落ちる大きな音が響いた。
私は思わずグラッスリドの手を握る。グラッスリドは私の手を握り返してくれたが、「かみなり」と、呆然としたようにつぶやいた。
「雷と、あの魔法陣。……もしかしたら」
グラッスリドは何かを思いついたように、目を見開いた。
自分が声を出しているとわからないぐらい、グラッスリドは思考の海に潜っていた。
「グラッスリド様……?」
呼びかけると彼ははっとしたようにして、でもあっという間にまた思考の海に潜りこんでしまう。
しばらくして戻ってきた彼は、硬い顔をして私の手をゆっくりと離した。
「研究室に行ってくる。悪いが食事は一人でとってほしい。ちゃんと食べるんだ」
それでも私を心配する言葉をかけてくれ、そのままグラッスリドは研究室に向かってしまった。そして、一晩中研究室から戻ってくることはなかった。
その夜、食事は全く味がせず、冷めてしまったシチューは物悲しく、夜は眠れなかった。
グラッスリドから一緒の食事の提案を受けた日から、本当に毎日一緒に食事をし、夜は二人でお茶を飲んで過ごした。
掃除も、どんどん進んでいった。研究室だけは危ないからと言われたけれど他全ての部屋がピカピカになったと思う。
私も、この生活に慣れてきた。
季節はいつの間にかいくつも変わり、私がもうすぐここにきて1年の時がたつ。
驚いて飛び起き、ここに居ることに安心する朝は、少ない。
今日は、シチューにしよう、とメニューを決め仕込んでいると、予想通り雨が降ってきた。
そして、夜にはあの日みたいな、雷が鳴り始めた。
打ち付ける雨が、大きく窓を揺らす。
私は、あの日の事を思い出す。
それまで、すべてぼんやりとできるだけ何も考えないようにすることでやり過ごしていた人生の、全てが変わった。
窓の外は、暗く、部屋の中は安全だ。
そろそろ夕食の時間だと、シチューを温めていると、グラッスリドは城を見回ってくる、と出ていった。
お前はここでゆっくりとしていてくれ、と温かなハーブティーを入れてくれた。しかし一人で待つ部屋は雨の音があまりにも大きくて、痛みと寒さと雨の音に、耐えているしかなかった時に戻ってしまったような気になる。
じっとしていると、駄目だ。
片づけをしておこう、としたところで足がもつれ、後ろに滑り椅子にしたたかに背中を打ってしまった。
「研究室は無事だった。……っ、ミア!?」
痛さに動けずにいると、グラッスリドがちょうど戻ってきていたようで私に駆け寄ってきてくれた。
「背中を打ったのか! 見せてみろ」
着ていた上着の背中を、有無を言わさぬ勢いでまくり上げたグラッスリドの手が止まる。
彼の視線の先にあるのは、きっと、打撲の赤さだけではない。
自分では見られないが、いくつもの傷跡や火傷が残っているはずだ。
嫌だ。
見られたくない。
私はあわてて身をよじり、上着を強引に引き下げた。
「だ、だいじょうぶです! ……なんでも、ありませんから」
「す、すまない。つい癖で」
グラッスリドは、私から手と体をすぐに話してくれた。
そのままグラッスリドは視線をそらし、わたしの為に氷を用意し、背中を冷やしてくれた。
優しい仕草で、なるべく私を見ないように。
その気遣いに、私の苦しくなってしまった気持ちも、落ち着いていく。
「驚いてしまい、すいませんでした」
「いや、こちらこそすまない。……立てるか?」
冷たい氷に、痛みが引いた頃グラッスリドは優しく手を引き椅子に座らせてくれた。
怪我をして、手当てをしてもらったのは初めてだ。
同じように痛いのに、誰かがそばにいてくれ審配してくれるだけで、こんなにも違うんだと思った。
いつもなら、惨めで、そんな自分を忘れるために痛みの事を考えて眠りが来るのをじっとまっていたのに。
椅子に座ると、目の前に、冷たいお水が置かれた。
そして、グラッスリドがいつものように目の前ではなく隣の席に座る。
「俺には妹が居たんだ。言い訳のようだが、それでつい、さっきのような行動を」
「私嬉しかったです。心配してもらったんですね」
「ああ、心配した。妹は、戦争の時に死んだんだ」
隣にいるグラッスリドの顔は見えない。
「戦争……?」
「ああ、お前は知らないのか。酷い戦争だった。国が混乱して、魔術師だった俺の家は、特に大きく関わることになってしまった。両親は死に、妹と俺だけが残された」
「そうだったんですね」
彼の話す妹は、過去形だ。
先ほど呼ばれた名前、ミア。
きっと、それが彼女の名前だったのだろう。
「戦争が激化すると、味方も敵もわからなくなって、そこらじゅうで暴動が起きた。ある程度裕福だった我が家は、余計に標的になりやすかった。幼かった俺は妹を護れず、妹は、死んでしまった」
淡々とした口調が、余計に彼の苦しみを表しているようで、私は思わず彼の手を握った。
「つらい出来事だったんですね」
「ああ、自暴自棄になった。その後何年も何十年も戦争は続き、いくつもの大規模で不確かな魔術を使った。その結果、なぜか俺だけ時が止まってしまったんだ」
「時が、止まった?」
「そうだ……皮肉にも妹は時を失ったのに、俺には永遠にあるんだ。ああ、そんな顔しないでくれ。大丈夫だ。こんな雨でつい感傷的になった。ただ、お前にしばらく誰ともまともにしゃべっていない、妹が居るというのが本当だと伝えたかっただけなんだ」
グラッスリドは、おどけたように私に笑いかけた。
誰も大事にしてくれず大事にしてこなかった私は、なんて言っていいかわからず、ただただ頷くことしかできなかった。
「きゃっ」
重い空気を破るように、雷が落ちる大きな音が響いた。
私は思わずグラッスリドの手を握る。グラッスリドは私の手を握り返してくれたが、「かみなり」と、呆然としたようにつぶやいた。
「雷と、あの魔法陣。……もしかしたら」
グラッスリドは何かを思いついたように、目を見開いた。
自分が声を出しているとわからないぐらい、グラッスリドは思考の海に潜っていた。
「グラッスリド様……?」
呼びかけると彼ははっとしたようにして、でもあっという間にまた思考の海に潜りこんでしまう。
しばらくして戻ってきた彼は、硬い顔をして私の手をゆっくりと離した。
「研究室に行ってくる。悪いが食事は一人でとってほしい。ちゃんと食べるんだ」
それでも私を心配する言葉をかけてくれ、そのままグラッスリドは研究室に向かってしまった。そして、一晩中研究室から戻ってくることはなかった。
その夜、食事は全く味がせず、冷めてしまったシチューは物悲しく、夜は眠れなかった。
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