2 / 5
第2話 雨の日 私のお店
しおりを挟む
「なかなか降りやまないなあ……」
ぱたぱたと窓に雨が当たる音が響いている。
外の窓から眺める景色は、灰色の空と溢れんばかりの雨粒で満たされている。街から人が消えてしまったかのように、誰もいない。
王都では雨は珍しく、雨の日は外に出ないという人も多いらしい。
それでもぽつぽつとお客様が来てくれたお昼休憩の時間も過ぎ、店には誰もいない。
私はカウンターの後ろで、蒸気が立ち上る熱いカップを手に椅子に座った。
人が居ない短い休憩時間に砂糖を三杯入れたミルクティーに、お手製のハーブを入れたクッキーは定番だ。
一口飲むと、甘さがほっとする。
誰もいないお店の中は、雨音だけが響いて時間がゆっくりと流れるような気がする。昼間だけど少し薄暗くて、なんだかのんびりとした気持ちになった。
「今日はもう、おやすみかな」
もともと夜営業はしていないので、ティータイムが終われば閉店だ。今日はもう誰も来なそう。
もうそれだったら、時間がなくてできなかったあの煮込み料理作ってみようかな……!
だとしたら、のんびりクッキーを食べている場合じゃない。
ひらめきにやる気が出た私は、急いで大きな口を開け残りのクッキーを放り込んだ。
その瞬間、カランと入り口のベルが鳴った。そこにはびしょ濡れのグライアさんが戸惑ったように立っていた。
完全に油断した姿で、口にはぎゅうぎゅうにクッキーが詰め込まているせいでとっさに言葉が出てこない。
「……!」
「あれ、お休み……だったかな?」
おやすみじゃないです、と言いたかったけれど喋れない。ただあわあわと両手を振る私に、グライアさんはぷはっと吹き出した。
「ごめん食事中だったんだね、ゆっくり食べてください。……タオルだけ、借りてもいいかな」
笑われてすっかり恥ずかしくなった私は、何度も頷いて逃げるようにタオルを取ってきた。戻ってきて、残っていた紅茶を飲み込むとやっと落ち着いた。
「ううう、接客業としてあるまじき姿でした……」
「こんな雨の日に、誰か来るとは思わないよね」
「すっかり油断してしまいました。……お詫びに、これもどうぞ」
同罪にならないかと私が食べていたクッキーを渡すと、グライアさんは驚いたように目を瞬いた。そして、目を伏せて微笑んだ。
「このお店に最初に来た日も、クッキーをくれたよね」
「はい。懐かしいですね。あの日も大雨で、グライアさんはびしょびしょに濡れていましたね。……あの日、グライアさんが来てくれて本当に嬉しかったんです」
「大げさだ」
「大げさじゃないですよ。カウンターに座ってください。コーヒーでいいですか?」
「……そうしたら、ネリアと同じものをください。誰も来ないのなら、たまには一緒に飲みませんか?」
思わぬ誘いに戸惑ったものの、今日は誰も来ないのは間違いないだろう。……グライアさんは来たけれど。
あの日も大雨で、静かで、お店には誰も居なかった。
三か月前。思い出話には早いけれど、私はグライアさんの隣に座らせてもらうことにした。
自分のものも入れ直し、迷ったけれど私のも彼のも同じ味にした。
「もう、既にちょっと懐かしいです。風邪ひかないでくださいね」
「うん。……う、甘い」
「ふふふ。この甘さが、ほっとするんですよ。一緒のものを飲みたいとか言うから」
意地悪な気分で笑えば、グライアさんは急に余裕そうな顔で紅茶を飲み美味しそうに微笑んだ。
「そうですね、ほっとする甘さだ」
思わぬ綺麗な所作に、どきりとする。
「もう。急に真面目な雰囲気出して!」
「ははは、実は私は真面目な男なんですよ」
「そうだったんですね。私も真面目ですけど」
「それは知っています」
グライアさんのことで知っていることは少ない。
その事に何故か一抹の寂しさを感じ、振り払うように甘い紅茶を飲んだ。
「こうやって静かに過ごす日もたまにはいいね」
しみじみとグライアさんが言う。私も思い切り頷く。
「なんだかのんびりしますよね……」
甘い紅茶、雨の音、静かな店内。
「でも、あの日は全然のんびりって気分じゃなかったので、今の穏やかな気持ちの方がちょっと不思議な気もします」
あの日も雨だった。
ぱたぱたと窓に雨が当たる音が響いている。
外の窓から眺める景色は、灰色の空と溢れんばかりの雨粒で満たされている。街から人が消えてしまったかのように、誰もいない。
王都では雨は珍しく、雨の日は外に出ないという人も多いらしい。
それでもぽつぽつとお客様が来てくれたお昼休憩の時間も過ぎ、店には誰もいない。
私はカウンターの後ろで、蒸気が立ち上る熱いカップを手に椅子に座った。
人が居ない短い休憩時間に砂糖を三杯入れたミルクティーに、お手製のハーブを入れたクッキーは定番だ。
一口飲むと、甘さがほっとする。
誰もいないお店の中は、雨音だけが響いて時間がゆっくりと流れるような気がする。昼間だけど少し薄暗くて、なんだかのんびりとした気持ちになった。
「今日はもう、おやすみかな」
もともと夜営業はしていないので、ティータイムが終われば閉店だ。今日はもう誰も来なそう。
もうそれだったら、時間がなくてできなかったあの煮込み料理作ってみようかな……!
だとしたら、のんびりクッキーを食べている場合じゃない。
ひらめきにやる気が出た私は、急いで大きな口を開け残りのクッキーを放り込んだ。
その瞬間、カランと入り口のベルが鳴った。そこにはびしょ濡れのグライアさんが戸惑ったように立っていた。
完全に油断した姿で、口にはぎゅうぎゅうにクッキーが詰め込まているせいでとっさに言葉が出てこない。
「……!」
「あれ、お休み……だったかな?」
おやすみじゃないです、と言いたかったけれど喋れない。ただあわあわと両手を振る私に、グライアさんはぷはっと吹き出した。
「ごめん食事中だったんだね、ゆっくり食べてください。……タオルだけ、借りてもいいかな」
笑われてすっかり恥ずかしくなった私は、何度も頷いて逃げるようにタオルを取ってきた。戻ってきて、残っていた紅茶を飲み込むとやっと落ち着いた。
「ううう、接客業としてあるまじき姿でした……」
「こんな雨の日に、誰か来るとは思わないよね」
「すっかり油断してしまいました。……お詫びに、これもどうぞ」
同罪にならないかと私が食べていたクッキーを渡すと、グライアさんは驚いたように目を瞬いた。そして、目を伏せて微笑んだ。
「このお店に最初に来た日も、クッキーをくれたよね」
「はい。懐かしいですね。あの日も大雨で、グライアさんはびしょびしょに濡れていましたね。……あの日、グライアさんが来てくれて本当に嬉しかったんです」
「大げさだ」
「大げさじゃないですよ。カウンターに座ってください。コーヒーでいいですか?」
「……そうしたら、ネリアと同じものをください。誰も来ないのなら、たまには一緒に飲みませんか?」
思わぬ誘いに戸惑ったものの、今日は誰も来ないのは間違いないだろう。……グライアさんは来たけれど。
あの日も大雨で、静かで、お店には誰も居なかった。
三か月前。思い出話には早いけれど、私はグライアさんの隣に座らせてもらうことにした。
自分のものも入れ直し、迷ったけれど私のも彼のも同じ味にした。
「もう、既にちょっと懐かしいです。風邪ひかないでくださいね」
「うん。……う、甘い」
「ふふふ。この甘さが、ほっとするんですよ。一緒のものを飲みたいとか言うから」
意地悪な気分で笑えば、グライアさんは急に余裕そうな顔で紅茶を飲み美味しそうに微笑んだ。
「そうですね、ほっとする甘さだ」
思わぬ綺麗な所作に、どきりとする。
「もう。急に真面目な雰囲気出して!」
「ははは、実は私は真面目な男なんですよ」
「そうだったんですね。私も真面目ですけど」
「それは知っています」
グライアさんのことで知っていることは少ない。
その事に何故か一抹の寂しさを感じ、振り払うように甘い紅茶を飲んだ。
「こうやって静かに過ごす日もたまにはいいね」
しみじみとグライアさんが言う。私も思い切り頷く。
「なんだかのんびりしますよね……」
甘い紅茶、雨の音、静かな店内。
「でも、あの日は全然のんびりって気分じゃなかったので、今の穏やかな気持ちの方がちょっと不思議な気もします」
あの日も雨だった。
27
あなたにおすすめの小説
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ガネス公爵令嬢の変身
くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。
※「小説家になろう」へも投稿しています
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。
ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。
彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。
婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。
そして迎えた学園卒業パーティー。
ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。
ガッツポーズを決めるリリアンヌ。
そのままアレックスに飛び込むかと思いきや――
彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる