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婚約破棄の罠にかかる
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確かに乙女ゲームは好きだった。
なんなら乙女ゲームのモブに転生とか憧れてた。
でも、転生先は悪役令嬢で、このタイミングとかいったいどうしろっていうの……?
私は途方に暮れていた。
「フィリーナ・ラエネック。残念ながら君とは婚約破棄だ。君が行った悪行についてはこちらに証拠が揃っている。侯爵令嬢だとは思えない所業だ」
良く響き渡る低い声が、しずかな学園の講堂に響き渡る。
冷たく侮蔑を含んだ声が、私に容赦なく降りかかる。
ゲームで聞いた時はときめく声だったけれど、その冷えた嘲笑は自分に向けられるとぞっとするばかりだった。
今、私は彼の前に這いつくばっている。貴族令嬢としてはあるまじき姿だ。
私の前には一人の少女と妙に顔の整った五人の男性がいる。更に私達を取り囲むようにたくさんの生徒たちが遠巻きに私たちを見ている。
学園の食堂の中には、たくさんに人が居るが、しかし誰も私に手を貸そうとはしない。
当然だ。
彼らは乙女ゲームの攻略者たちで、王族を含む高位貴族だ。
私は今まさに断罪されている悪役令嬢だった。
中心に居て私に冷たく告げているのはテオフィール・リシュリュー。私の婚約者だった人だ。
金色の瞳に金色の髪。傲慢ともとれる程の自信に満ちた顔は、上に立つものとしてのカリスマとなっている。
王太子である彼は、当然のように攻略対象者だった。私は彼のことが好きで好きで、けれどどんなに頑張って努力しても関係は変わらなかった。
いつでも私には優しくなかった彼は、ついに運命の相手と出会ったらしい。
彼の隣に居る小動物系の可愛い女の子が、きっとこの乙女ゲームのヒロインなのだろう。
ゲームでは名前はなかったけれど、確か彼女の名はイリス・ツーボン、伯爵令嬢だ。
「……テオフィール様、私は」
「大丈夫だ。君は私の後ろに隠れていればいい」
「ありがとうございます。あの、私にはテオフィール様が居るのですから……頑張りますわ」
「無理はしないでくれ。傷ついた君をこれ以上つらい目には合わせたくはないのだ」
「そんな……。でも嬉しい、です」
彼女はそっとテオフィールの服の裾を掴み、うるんだ目で私の事を見ている。しかし、その目の奥には愉悦が潜んでいた。
おびえるようにテオフィールの腕に顔をくっつけて、勝ち誇ったように唇をゆがめた。
……ああ、はめられた。
フィリーナとしての記憶をたどっても、彼女を虐めたりなんてしていなかった。
私の顔はいかにも悪役令嬢だったし、嫉妬から嫌味を言ったけれどそれだけだ。褒められた行動ではないが、婚約破棄をするには罪が軽すぎるはずだ。
「何とか言ったらどうだ!」
グラードが私を睨みながら見下ろす。大柄で筋肉質な彼はテオフィールの側近であり、こちらも攻略対象者である。
この男に突き飛ばされ、私は前世の記憶が戻ってしまったのだ。
……記憶がよみがえった為にまだゲームと同じだと冷静になれるだけ、感謝するべきなのだろうか。
そもそも婚約破棄するとはいっても、まだ王太子の婚約者である私を突き飛ばして床に這いつくばらせるとか、貴族の男としてどうなの?
私が不快な顔を隠せずに睨むと、グラードはかっとしたように怒鳴った。
「イリス様がどんなにつらいかわからないのか!」
ゲームでは大型犬のように可愛かった彼だが、今はただ乱暴者にしか見えない。無駄に筋肉質な体格が、圧迫感があって怖い。
私がびくりと肩を震わせると、ヒロインは眉を下げて見せた。
「そんな言い方したら、フィリーナ様が可哀想……」
元凶の彼女は弱弱しく震える声で、定番の台詞を言う。
「ああ、すまない。イリス様のお気持ちを考えたら……」
私には怒鳴ったグラードがしゅんとしたように身体を小さくしている。
「私の為に……ありがとう」
ヒロインが感動したように笑い、グラードが照れたようにはにかんだ。そんなヒロインを愛おしそうに見て、テオフィールは彼女の肩をなでた。
「君は優しいな。君がされたことを思えば、こんな事ぐらい当然なのに」
微笑まれ、ヒロインは急に顔をぐしゃりとゆがめた。
「……それでも、わたし、わたし」
「泣かないでくれ」
大きな目から涙が溢れ、テオフィールが悔しそうに彼女を抱き寄せる。そのままヒロインは声を殺すように、すすり泣いた。
それはしんとした空気の中で、悲し気に響き渡る。
周りの空気が一気に彼女に同情的になったのがわかった。
私から見ても、抱きしめてあげたくなるような可憐さだ。
「……駄目だわ」
ここで悪役令嬢である私が反論したところで、よりひどい事になるだけだろう。
皆が私に憎しみに満ちた視線を送り、小動物のような彼女は、ちらりと私を見て微笑んだ。
この茶番じみた断罪を、私はどうにもならない気持ちで眺めていた。
※今日1日で完結まで投稿します。全六話ですよろしくお願いします!
なんなら乙女ゲームのモブに転生とか憧れてた。
でも、転生先は悪役令嬢で、このタイミングとかいったいどうしろっていうの……?
私は途方に暮れていた。
「フィリーナ・ラエネック。残念ながら君とは婚約破棄だ。君が行った悪行についてはこちらに証拠が揃っている。侯爵令嬢だとは思えない所業だ」
良く響き渡る低い声が、しずかな学園の講堂に響き渡る。
冷たく侮蔑を含んだ声が、私に容赦なく降りかかる。
ゲームで聞いた時はときめく声だったけれど、その冷えた嘲笑は自分に向けられるとぞっとするばかりだった。
今、私は彼の前に這いつくばっている。貴族令嬢としてはあるまじき姿だ。
私の前には一人の少女と妙に顔の整った五人の男性がいる。更に私達を取り囲むようにたくさんの生徒たちが遠巻きに私たちを見ている。
学園の食堂の中には、たくさんに人が居るが、しかし誰も私に手を貸そうとはしない。
当然だ。
彼らは乙女ゲームの攻略者たちで、王族を含む高位貴族だ。
私は今まさに断罪されている悪役令嬢だった。
中心に居て私に冷たく告げているのはテオフィール・リシュリュー。私の婚約者だった人だ。
金色の瞳に金色の髪。傲慢ともとれる程の自信に満ちた顔は、上に立つものとしてのカリスマとなっている。
王太子である彼は、当然のように攻略対象者だった。私は彼のことが好きで好きで、けれどどんなに頑張って努力しても関係は変わらなかった。
いつでも私には優しくなかった彼は、ついに運命の相手と出会ったらしい。
彼の隣に居る小動物系の可愛い女の子が、きっとこの乙女ゲームのヒロインなのだろう。
ゲームでは名前はなかったけれど、確か彼女の名はイリス・ツーボン、伯爵令嬢だ。
「……テオフィール様、私は」
「大丈夫だ。君は私の後ろに隠れていればいい」
「ありがとうございます。あの、私にはテオフィール様が居るのですから……頑張りますわ」
「無理はしないでくれ。傷ついた君をこれ以上つらい目には合わせたくはないのだ」
「そんな……。でも嬉しい、です」
彼女はそっとテオフィールの服の裾を掴み、うるんだ目で私の事を見ている。しかし、その目の奥には愉悦が潜んでいた。
おびえるようにテオフィールの腕に顔をくっつけて、勝ち誇ったように唇をゆがめた。
……ああ、はめられた。
フィリーナとしての記憶をたどっても、彼女を虐めたりなんてしていなかった。
私の顔はいかにも悪役令嬢だったし、嫉妬から嫌味を言ったけれどそれだけだ。褒められた行動ではないが、婚約破棄をするには罪が軽すぎるはずだ。
「何とか言ったらどうだ!」
グラードが私を睨みながら見下ろす。大柄で筋肉質な彼はテオフィールの側近であり、こちらも攻略対象者である。
この男に突き飛ばされ、私は前世の記憶が戻ってしまったのだ。
……記憶がよみがえった為にまだゲームと同じだと冷静になれるだけ、感謝するべきなのだろうか。
そもそも婚約破棄するとはいっても、まだ王太子の婚約者である私を突き飛ばして床に這いつくばらせるとか、貴族の男としてどうなの?
私が不快な顔を隠せずに睨むと、グラードはかっとしたように怒鳴った。
「イリス様がどんなにつらいかわからないのか!」
ゲームでは大型犬のように可愛かった彼だが、今はただ乱暴者にしか見えない。無駄に筋肉質な体格が、圧迫感があって怖い。
私がびくりと肩を震わせると、ヒロインは眉を下げて見せた。
「そんな言い方したら、フィリーナ様が可哀想……」
元凶の彼女は弱弱しく震える声で、定番の台詞を言う。
「ああ、すまない。イリス様のお気持ちを考えたら……」
私には怒鳴ったグラードがしゅんとしたように身体を小さくしている。
「私の為に……ありがとう」
ヒロインが感動したように笑い、グラードが照れたようにはにかんだ。そんなヒロインを愛おしそうに見て、テオフィールは彼女の肩をなでた。
「君は優しいな。君がされたことを思えば、こんな事ぐらい当然なのに」
微笑まれ、ヒロインは急に顔をぐしゃりとゆがめた。
「……それでも、わたし、わたし」
「泣かないでくれ」
大きな目から涙が溢れ、テオフィールが悔しそうに彼女を抱き寄せる。そのままヒロインは声を殺すように、すすり泣いた。
それはしんとした空気の中で、悲し気に響き渡る。
周りの空気が一気に彼女に同情的になったのがわかった。
私から見ても、抱きしめてあげたくなるような可憐さだ。
「……駄目だわ」
ここで悪役令嬢である私が反論したところで、よりひどい事になるだけだろう。
皆が私に憎しみに満ちた視線を送り、小動物のような彼女は、ちらりと私を見て微笑んだ。
この茶番じみた断罪を、私はどうにもならない気持ちで眺めていた。
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