シャ・ベ クル

うてな

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人間ドール開放編

第三十二話 その亀裂は、一瞬にして入った。

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 会場で一人が倒れると、一同は白けてその倒れた人を見る。
会場の外に居たロディオンも急な静けさに気づき、会場を再び覗いた。
ラズベリーは呆然としてしまう。

(まさか…この程度の薬で気絶する人がいたなんて……)

「この人、飲み物を飲んだ瞬間に倒れたわ…!」

「まさか毒…!?嘘でしょ…!」

会場の人は大騒ぎして慌てふためき始めると

「お前ら動くなッ!」

と声を出したのはニコライだった。
すると、会場の人々は静かになる。
ロディオンはニコライを見ると

「ニコライ…!」

と小声で呟いた。
ニコライは会場の人が動きを止めた事を確認すると歩き出す。
そしてラズベリーに言った。

「彼は眠っているだけ。君、救急車を呼んでください。」

「あ、はい。」

ラズベリーは慌てて答えて、電話機を探す為に奔走。
そして会場の人は口々に言った。

「でも急に倒れたってどういう事?」

「誰かが毒を飲み物に入れたとかそういうんじゃ…?」

「え、会場の人が狙われてるって事!?」

ニコライは倒れた人の傍に落ちた飲み物のコップを見ると言った。

「飲み物が原因…そうですね。」

するとロディオンは言う。

「皆が口にする飲み物に危ないものが入ってるわけがない。…誰かが危険な物を彼のグラスに入れたのならば、話は別…って事だな?」

それを聞いて会場の人がそわそわすると、ニコライは続ける。

「持ち物をチェック、しましょう。君、女の方は任せてもいいですか?」

丁度戻ってきたラズベリーにお願いするので、ラズベリーは

「勿論。」

と答えるのだった。
ニコライは一人一人確認していると、出口前でロディオンと顔合わせ。
ロディオンは満面の笑みを見せると、ニコライはスルー。
ロディオンはショックを受けてニコライを見つめていたが、ニコライは作業を続けるのであった。

「全員見せてはくれたけど…らしい人はいないわね…」

ラズベリーは呟くと、ニコライは「んー…」と言いながらテーブルクロスの下などを確認している。
すると、トイレから覗いていた白華は言った。

「あの人よ…!私のグラスに薬を入れた人…!見たのよ私……!あの人のピアスに白い薬入ってた…!」

勇気を振り絞った様な声だった。
白華の指す方向にはラズベリー、ロディオンはそれを聞くと颯爽と出てきて

「お姉さん、ピアスを確認させてもらってもいいかな?」

と聞いた。
ラズベリーは無言になり、焦りを隠すのに必死。
ラズベリーが動かない為に周囲が騒がしくなってくると、ニコライは溜息をつく。
ロディオンは

「見せられないのかい?」

と聞くと、ラズベリーはピアスに手を付けた。
対しニコライは人の少ない場所までテーブルクロスの下で移動すると、ニコライは懐に忍ばせていた拳銃を用意する。
これはもしもの為にと殺し屋スナックから拝借した物だ。
そして向かいの壁に向かって拳銃を撃つと、会場は突然の銃声に混乱。
一同は会場を出ようと急いで出入り口に逃げる。
ロディオンは客の波に押され、体勢を崩してしまった。

「皆さん落ち着いて!」

ロディオンは言うが皆聞いてくれず、ニコライが更に銃をもう一発放つと会場全員が外に出ようとして出入り口が渋滞した。
ラズベリーはその隙に出入り口の対角線にある目立たない非常口へと向かう。
ニコライも共に非常口に向かうと、ラズベリーは言った。

「騒ぎを大きくしちゃってー、まあいいわ。にしてもまさか見られてるとは思わなかったわ…ナイスフォローよニコライ。後でキスしてあげる。」

「そんなのいいから飯奢れ。」

とニコライ。
非常口から外に出ると、外には前もって用意された車がある。
するとニコライはふと思い出した。

「ん、ロッキーは?」

「知らない。放っておきなさい、別にすぐに帰ってくるでしょ。」

ニコライは眉を潜めると、車に置いてあるトランシーバーを取り出すのだった。
これはロッキーが持ってきた物らしく、連絡用に一つ置いてくれた物だ。



 ロッキーは会場から少し離れたトイレにて、セオーネから身を隠していた。
セオーネは近くで探し回っており、ロッキーはまずいと思っている状況である。
そこで、不幸にも所持していたトランシーバーから音が鳴った。

「聞こえる?」

(Oh shoot!ニコライのヤツ喋ってくるなや…!)

ロッキーは慌てて小声で返答をする。
そしてセオーネの足音が近づくのを聞きながら、どう脱出するか考えるのであった。



 ニコライは受信機に視線を落としていると、ロッキーの声が聞こえた。

「追われとる!今トイレに隠れとるんや!喋らんといて!」

それを聞くと

(”電源切れよ。”)

とニコライは冷静にツッコミを入れつつも、次にラズベリーに言った。

「俺ロッキーを探しに行く。」

ニコライはそう言って懐から拳銃を出すと、ラズベリーに渡す。

「これよろしく。」

「ちょ…!」とラズベリーは言うが、ニコライは口角を上げた。

「一人で運転できるだろ?」

そう言ってニコライは非常口から会場へ向かってしまう。
ラズベリーは軽く溜息をついてしまうと

「まあ、人数で行く必要も無いものね。」

と素直に用意していた車に乗り込むのであった。



 ニコライは会場に戻ると、廊下への扉はまだ人で溢れていた。
ロディオンは最後尾で

「押さない押さない!皆さんこういう時こそ落ち着いて!」

と言うが聞いてくれず。
ニコライはロディオンの隣まで来ると

「邪魔。」

と不機嫌な顔を見せた。
ロディオンはニコライを見ると驚く。

「”ちょ!どこに行ってたんだよ!”」

「”あ?どこでもいいだろ。”」

ニコライはそう言うと、人混みに無理矢理割り込む。
ロディオンはその様子に参ってしまいながらも、ちゃっかりすぐ真後ろを追いかけた。
ニコライは人など気にせずに押しのけて行くので、ロディオンは遠慮のないニコライにやれやれとしつつ

「ごめんね、追いかけてる子がいるから通してー」

と周りに言っていた。
ニコライは廊下に出ると、出口ではなく廊下を走る。
ロディオンは変に思って眉を潜めてしまうと、そのままニコライを追いかけた。

「ロッキー!」

ニコライはそう言って探していると、ロディオンはその聞き覚えのある名前にピンと来る。
そしてニコライは近くのトイレ前で立ち止まると、男性トイレ前でセオーネが立っていた。
ロディオンはセオーネを見ると目を丸くする。

「オイ!?セオーネいたの!?て言うかなんでトイレの前!?」

セオーネはロディオン達に気づくと言った。

「ロディオン…!ルーシャちゃんまで…!実はこの会場に殺し屋のロッキーがいたんです!きっと男性トイレに…!」

その言葉にロディオンが前に出ると、ニコライはロディオンの肩に手を乗せて止める。

「私が代わりに行きます。」

そう言ってニコライは男性トイレに入るので、ロディオンは難しい顔を見せた。

「ルーシャ、ロッキーの名前を呼んでたんだ。もしかしたらロッキーと知り合いなのかも。」

ロディオンがそう呟くと、セオーネも難しい顔を見せる。

「殺し屋と知り合いだなんてルーシャちゃん…一体何者…?」

それを聞いたロディオンは嫌な予感をしていると、ニコライはトイレの扉を開いた。
すると、銃声が聞こえる。
ロディオンは飛び出すようにトイレに入ると、なんとニコライが撃たれていた。
ニコライは腹部から血を滲ませると、ロッキーは冷や汗。

「なっ、なんでセオーネやなくてニコライなんや…?」

「ニコライ!!」

とロディオンは叫ぶように言うと、ロッキーはトイレから出てきた。

「ロディオン!?どう言う状況やこれ!」

「ロディオンも居ただけ。今騒ぎになっていて、早く出よう。」

ニコライは冷静に言うと、ロディオンはニコライの体を支える。

「大丈夫かニコライ!お腹…!」

涙を滲ませるロディオンに、ニコライは不機嫌な顔を見せると言った。

「腹撃たれただけ。」

「ロッキー!」

ロディオンは怒った様子でロッキーに言うと、ロッキーは難しい顔をして黙った。
ロディオンも黙ってしまうと、次に質問する。

「ニコライは…殺し屋のロッキーと知り合い?どう言う関係?」

「最近知り合った。日本で助けてくれた人がロッキー。」

ニコライがそう言うと、ロディオンは怪しいと感じてしまう。
そしてロディオンとニコライは暫しの間、会話のラリーをした。

「あーそう?ロッキーの家に泊まってるの?」

「ああ。」

「二人で!?俺という超パワフルキュートな弟を放っておいてか!」

「あ?」

「いつも出掛けたりするの?」

「仕事と買い物以外は家、最近は日本語の勉強中。」

「仕事って何!外に出ても金髪の男性(ロッキー)がいつもニコライを迎えに来てるって噂聴いたぞ!ロッキーの仕事でも手伝ってんのかよ!」

「?…世話になるから、家事もやっている。それも仕事の内。」

ニコライは不動だが、ロディオンは身振り手振りが激しい。

「え?じゃあやっぱ仕事って家事か!ニコライやっぱ女子力~!」

「満足したか?」

「て言うかニコライ、タバコくさ~い。吸ってる?故郷じゃ吸ってなかったじゃん。」

「吸ったら悪いか?」

「勿論だよー。」

ロディオンはそう言うと、ニコライに悪戯な笑みを見せる。

「ニコライ?ロッキーはタバコの匂いが大嫌いなんだ。喫煙者は家に侵入禁止なんだぜ?…本当に一緒に住んでる?」

ニコライはそれに少し黙ると、ロッキーの持っていた拳銃を手に取った。

「時間の無駄。間が悪かったな、ロディオン。」

ロディオンはそれを見ていると、ニコライはロディオンを捕まえて銃を突きつけた。

「オイ!?」

ロディオンは驚きのあまり声を出してしまうと、ニコライはロディオンを拘束したままトイレの外に出る。
セオーネは状況に動揺してしまうと、ニコライは言った。

「コイツは人質だ。俺達を見逃せ、したらコイツを開放する。」

「えっ…」

セオーネは完全に戦意を失ってしまうと、ニコライは声を低くして念押しする。

「一歩も動くな。」

ニコライ達はセオーネを後にして廊下を歩くと、窓の外を確認していた。
ロディオンは

「覚悟はしてたけど……本当に仲間なのか…?殺し屋と…」

と呟くと、ニコライは言う。

「お前がいつまでもトイレにいるからだ、ロッキー。」

「はぁ!?うちのせいかいな!あのセオーネを相手するのがどんだけ命懸けか!アンタわかってて言っとるんか!」

ロディオンは衝撃が隠せず緊迫していた。
二人の会話の隙に、ロディオンは抵抗してニコライを振り切った。

「ロディオン!」

しかしニコライは振り切れてもロッキーには勝てず、ロディオンは再び捕まってしまう。

「うちもロディオンに乱暴はしたくないんやで?大事な友達や。ニコライも兄だからきっと同じ気持ちやで?」

するとロディオンは凄い剣幕で二人に言い放った。

「だったら殺し屋なんて辞めろ!人を殺して何がいいんだ!人が傷つくだけだろ!?
なんでニコライもロッキーも残忍な事…!今回の騒動もお前達がやったんだろ!」

「声がでかい。静かにしろ。」

ニコライはそう言うと、ロディオンの頭を平手で殴る。
本気で殴ったので、ロッキーは痛そうだなと顔を引き攣った。

「痛っ!こんな仕事辞めろ!ニコライ!」

ロディオンは殴られても尚声を上げるので、ニコライはナイフを出してロディオンの喉元に突きつける。

「斬られたいか。仕事の邪魔すんな。」

見下す様な視線にロディオンは、遂に声をか細くして言った。

「狂ってる…!狂ってるよお前ら……!」

「あ、ここの窓なら出られそうやで。人がいないわ。」

ロッキーは淡々と言うので、ニコライはロディオンを見る。

「ロディオンは捨てた方がいい。…本当は殺すべき、だが…」

ロディオンはニコライを睨むと、ロッキーはロディオンに目隠しをした。

「何をする!」

更に口には布を咥えさせ、声も出せない状態にして腕と足を括りつけた。

「流石に殺すのはうちも可哀想やと思うわ。ロディオン、周りには秘密な。」

そう言ってロッキーは窓を開けると、ニコライと共に外に出ていってしまう。
ロディオンはその場で留まるしかなく、悔しくて唸る事しかできなかった。

(嘘だろ…!ニコライがこんな…!)

ロディオンの気持ちは空振りし、ニコライとロッキーは徒歩でスナックまで帰るのであった。
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