一羽の天使、悪魔の村にまい降りて。

うてな

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01 ヤマザクラ:あなたに微笑む

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少し昔の話。
どこかの国にある、名も無き小さな小さな村の話。


その村は百数十人ほどしか住んでいない為、建物が殆ど見受けられない。
幾十種類の花が咲く花畑が広がっており、村は花畑に囲まれていた。
そしてこの村で一番目立つ建物は、高い高い屋根のある教会のみだった。


村の寂れた一軒家がチラホラある中、綺麗で比較的新しい建物が一軒ある。
その家に住むのは教会の牧師と、その家族たちだ。


その家の一室で目覚める女性。
艶のある金髪を持ち、世にも美しい瞳を持った女性だった。
瞳は空を映し出すガラスの様に、青く綺麗だ。

彼女はベッドの上に寝転がっていて、隣には結婚して四年目になる夫が寝ていた。

(朝ご飯作らなきゃ…)

彼女は起き上がると、突然隣に寝ていた夫に腕を掴まれる。
彼女はふと夫の顔を見つめた。
夫は穏やかな表情を浮かべ、目をゆっくり開く。
大空の濃い青色をした瞳が顔を出すと、彼女に優しく微笑んだ。

「おはようございます、【ガリーナ】。」

表情に劣らず、宥めるような低い声。
夫の言葉に、ガリーナは頬を少し赤くすると言う。

「もう…【ワレリー】さんったら…。お、起きているのなら早く教会に行ったらどうですか?」

するとワレリーはすぐに穏やかな表情を変え、つまらなそうにする。

「毎日同じ事の繰り返しで飽きてしまいましたよ。もう少しゆっくり…せっかくガリーナと共にいるのですから。」

ガリーナの手を握り、ワレリーは再び微笑むとガリーナは困った。

「でも私、朝ご飯作らないと…」

「ご飯なんて後でもいいです、今は一緒に…」

ワレリーはガリーナの手を握ったまま、もう片方の手でガリーナの背中を支えて抱き寄せる。
急接近する体、相手の吐息が聞こえる。
ガリーナは強くなる鼓動を抑え、視線を泳がせて言った。

「でも…【ニコライ】がお腹空かせちゃうわ…」

それを聞いた途端、ワレリーの表情が冷める。
ワレリーの表情を見たガリーナの強い鼓動は収まった。

「あんな【悪魔】に気を使わなくていいんですよ?」

氷の様に冷たくなるワレリーの声。

ガリーナはワレリーから離れ、悲しい表情を見せた。
それから目に涙を溜めると、ガリーナは言う。

「でも…!ニコライは私達の大事な子供で…!」

ガリーナが泣いてしまうと、ワレリーは焦った。

「ガ、ガリーナ?なんで泣くんですか?
あなたが泣いてしまったら、この村に不祝儀が…!」

その言葉で更に大粒の涙を流してしまうと、ワレリーは息を飲んだ。

すると遠くからカキーンと、まるで野球の球をバットで殴る音が聞こえる。
音が止むと、部屋の窓へ野球ボールが向かってきていた。
ワレリーは窓に背を向けていたので気付かなかったものの、ガリーナは見ていた。

「あ。」

ガリーナは涙を止めると、ワレリーはその顔に違和感を覚える。
そのままボールは開いた窓から侵入し、猛スピードでワレリーの後頭部に直撃した。
ワレリーは目が飛び出そうなのを、ぐっと堪えてそのままノックアウト。
ガリーナは再び目に涙を溜めた。

「うぅっ…また私が泣いたせいでワレリーさんが不幸に…!」

そう、ガリーナは泣いてしまうと、なぜか不幸を呼んでしまう。
不幸の犠牲者の多くが身内である。
ガリーナの夫であるワレリーも、いつも不幸に巻き込まれる。


数分後。


家にはワレリーそっくりの青年がやってきていた。
その青年は常時目を閉じていて、穏やかな笑みを浮かべている。
青年は布団に寝かされたワレリーを診ると、ガリーナに微笑む。

「大丈夫ですよ、軽く頭を打っただけです。
すぐに良くなります。」

青年の耳のピアスが陽の光で煌く。
彼の言葉に、ガリーナは目を輝かせた。

「本当…!?ありがとう、【パーヴェル】くん!」

このパーヴェルと呼ばれた青年は、ワレリーの弟。

「どういたしまして。
ガリーナ、ワレリー兄様が起きる前に朝食を作った方がいいですよ。」

「そうね…!きっとニコライもお腹を空かせているわ!」

ガリーナは張り切った様子で部屋を立ち去ると、パーヴェルはスイッチが抜けたように溜息をついた。
パーヴェルはワレリーを見つめると、口をへの字に曲げる。

(普通の人ならば死んでるはずの重症ですが…丈夫な彼なら大丈夫でしょう…
ガリーナに真実を言って泣き喚かれたら、今度はこっちにとばっちりが来ます。)

パーヴェルはどうやら嘘をついた様子。
にしても、パーヴェルは兄弟の一大事に何一つ焦る様子も見せていない。
暫くすると、ワレリーの指は動く。
パーヴェルはその変化に気づくと、ワレリーは目を覚ました。

「あ…ワレリー兄様…?」

ワレリーはなんと、自分の名前を呼ぶ。
するとパーヴェルは微笑んだ。

「おはようございます、パーヴェル。」

ワレリーは飛び起きると、パーヴェルに聞いた。

「そう言やガリーナは!?」

「朝食を作っていますよ。
そういうパーヴェルは大丈夫なのですか?」

「え?まだ痛むけど…そこまで!」

それを聞いたパーヴェルは溜息をついた。

「私とパーヴェル、入れ替わって正解でしたね。
私なら彼女が呼び起こす不祝儀で一週間以内に死んでます。あなたはよく四年も続きますね。」

なんと、ワレリーとパーヴェルは入れ替わっていた様だ。
つまり今までワレリーと言っていたのがパーヴェルで、パーヴェルと言っていたのがワレリーなのだ。
パーヴェルは目を輝かせると言う。

「きっと俺は神様に守られてるんだよワレリー兄様!」

「パーヴェルが頑丈過ぎるだけですよ。」

即答するワレリーに、つい苦笑してしまうパーヴェル。

「本物の牧師様であるワレリー兄様が言うんなら、事実なんだろうなぁ。」

そこに、ガリーナがやってくるのでパーヴェルとワレリーは素を隠す。

「ワレリーさん起きたのね!良かった…!」

「お陰様で…」

パーヴェルは苦笑したまま言うと、ガリーナは続けた。

「朝ご飯できましたよ、早くしないと仕事に間に合わないわ!
ほーら、パーヴェルくんもお仕事間に合わないわよ!」

「もうちょっと寝かせてください…」

パーヴェルは即座に布団に潜ると、ガリーナは言った。

「教会の牧師様がお仕事サボっちゃダメでしょう!
もう…ワレリーさんったら意外と怠惰なのね…昔はもっと真面目な人に見えたんだけど。」

その小言を聞いて、ワレリーはゆっくりとパーヴェルに手を伸ばして言う。

「今すぐ行きますよね?ワレリー兄様?」

ワレリーは声色を暗くして言う。
その声からパーヴェルは殺気を感じ取ったのか、すぐに起き上がった。

「そうですね。そう言えば今日は大事な用がありました。」

パーヴェルは適当に嘘をついて起きる事に。
それを見たワレリーは殺気を消し去り、笑顔で頷くのであった。

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