斯くて少女は、新たな一歩を踏み出す

takosuke3

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一章 ~異郷との格差~

異郷の母子

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「くだらん」
 父は見放した。
「もういいわ」
 母は諦めた。
「何が妹だ。出涸らしがっ!」
 兄は唾棄した。
「やっと消えるのね」
 姉は安堵した。
「例外というのはどこにでもある」
「生まれてきた瞬間、終わっていたんだ」
「最初から血迷っていたのさ。こうなるのも無理はない」
 教師や同級生らは、同情という名の嘲笑を投げながら、アレクシアを断頭台に抑えつけた。
「友に、そしてこの世の全てに、生まれてきたことを冥府で詫びろっ!」
 そして濡れ衣を着せた張本人は、怒りを張り付けた・・・・・顔で叫びながら、鎖の留め具を躊躇無く外した。
 押さえられていた断頭の刃が、耳障りな音を立てて、哀れな贄に食らいつき、

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あ」

 木目の平面が突然視界を埋めたものだから、それが天井だと気づくのに随分と時間がかかった。
(生きてる‥‥‥?)
 首に触れてみれば、切れていない。そもそも、手が動かせるということは、首と胴はまだ離れていないということ。
 夢を見ていた事をようやく自覚して、しかし横倒しになっているのは夢でないと気付いて体を起こす。
 アレクシアが横たえられていたのは寝台ではなく、床の上に敷かれた分厚い敷布の上。身を包む掛布は、分厚くも重さを感じさせず、起き上がれば簡単にめくれた。
 身に着けているのは、肩から足まですっぽりと覆うゆったりした服で、ガウンと似ているが、材質は違う。
 そして、この部屋──床には草を編み込んだような板がいくつも敷き詰められ、扉は格子状に組まれた木に真白い紙が張られている。
 どれもこれも、神聖帝国では・・・・・・見たことが無い。
「‥‥‥どこ、ここ?」
 ようやくその疑問に行き着き、緊張感が一気に膨れ上がる。そんな時に、扉がいきなり左右に開いたものだから、
「びゃあぁっ?」
 悲鳴──というか奇声を上げ、掛布に包まったまま壁際まで飛びのいた。
「××××××××‥‥‥」
 何を言ったかは分からないが、若い男の声であることは分かった。恐る恐る掛布の中から顔を出すと、部屋の入口に立つ少年と視線が合う。奇妙な生き物を見ているような、何とも言えない目をしていた。
「××××、××××」
「え、えっと‥‥‥」
「××‥‥‥俺の言ってるコト、分かるケ?」
 耳慣れた言葉に、戸惑いながら頷く。端々の発音がやや怪しいが、確かに耳慣れた帝国語だった。
「ヨロシイ。次、これは何本?」
「三本‥‥‥て、そんなことよりもっ!」
 アレクシアは掛布を体に巻いたまま跳ね起き、
「貴方は誰っ? ここはどこなのっ? 私をどうするつもりっ?」
「一つ目と三つ目はこっちの質問だが、まあイイ‥‥‥俺はソーマ・タカギリで、ここは俺が住んでる家。歩けるなら、ついてコ」
 と、少年は立てた三本指で手招きすると、返事も待たずに歩きだした。
 どうするか迷うが、こうしていても始まらないので、アレクシアは身を包んでいた掛布を置いて、ソーマについていく。
 木の板を張った廊下を進み、ガラス張りの仕切り戸を開け、用意された突っ掛けサンダルらしき履き物を引っ掛けて庭に出る。
「っ!」
 途端に、アレクシアは総毛立った。
 人の領域であるはずのこの場にはあってはならない気配が、家を囲う塀の向こうから漂ってきた。それも、一つや二つではない。
「お前、ココから出てキタ」
 アレクシアの戦慄など気にも留めず、ソーマは端に設けられている池を示した。傍に寄って水中に目を凝らすと、見覚えのある法術式が水底に描かれている。
「お前、これだけ持っテタ」
 ソーマが差し出したのは、アレクシアが使った板状の法具。刻まれているのは、水底と同じ法術式──ではなく、よく見れば微妙に差異がある。術式コウセイを読み解くと、どうやら対になっているようだ。
「論より証拠ダ。使ってミロ」
 ソーマに促されたアレクシアは、試しに術式を起動してみる。光が爆発するが、さすがに二度目では意識を飛ばされることはなかった。
 代わりに、
「わぷっ?」
 水を被る感触に、アレクシアは咳込む。光が晴れると、池の中で尻餅をついていた。
「転移術式とか言う、法術ラシいな。片道だけとはいえ、便利なモンダ」
 言いながら、ソーマはアレクシアを池から引っ張り上げる。
「まあ、往復でも片道でも、俺達には・・・・使えナイから関係ないケド」
 と、皮肉を込めたソーマの言い回しに、アレクシアは引っ掛かりを覚えた。
「‥‥‥使えない?」
 法具に不備が無いことは、たった今証明されている。つまり、問題があるのは使った者(ソーマ)達の方だということ。
「アタリ前だろう‥‥‥俺達には、そもそも〝法力〟ガ無い」
 アレクシアの手を握るソーマの手が、不意に強められる。
 強弱や大小の個人差はあるものの、神の寵愛の証たる法力を全く持たない人類などあり得ない──神聖帝国の・・・・・人類ならば。
 つまり、
「じゃあ、貴方達は‥‥‥というか、ここは」
陽出乃国ヒデノクニ‥‥‥神聖帝国では、〝ケオセスタ〟とか呼んでタカ?」
 ソーマのその言い回しこそが、二つ目の質問の本来の答え・・・・・となった。

                                  *****

 混沌の東地ケオセスタ──邪悪な魔族と、魔族の瘴気によって染められた野蛮人が住まう、その名の通り混沌が渦巻く、東の地。
 自分が今、そこに立っていることが嘘や冗談でないことは、先ほどから総毛立たせるたくさんの魔族と魔力の気配が証明している。それをようやく理解して、緊張感が目を覚ましたときとは比較にならないほどに膨れ上がり、握られた手を思わず払いのけた。
「‥‥‥私をどうするつもり?」
 三つめの質問を、更に警戒を濃くして繰り返した。
「サッキも言ったケド、ソレハこっちの質問だ。神聖帝国のヤツが、陽出の民家にイキナリ現れて何をするツモリ‥‥‥と、思ったケド」
 ソーマは、アレクシアを上から下までたっぷりと眺めると、警戒を大きく弛めるように肩をすくめ、
「その様子ダト、本当に何も知らないデやって来たミタイだな」
「だから言ったじゃない。心配することなんて何も無いって」
 少年のそれよりも、より流暢な発音の帝国語が割り込む。横目でそちらを見れば、年かさの女がやってきた。
「キョーカ・タカギリよ。ソーマの母親で、ここの家主で‥‥‥まあ、細かい話は後にしましょう。まず貴方‥‥‥え~っと‥‥‥」
「‥‥‥アレクシア」
 警戒しながらも名乗る。家名の方は、一瞬迷うが伏せておくことにした。
「よろしく、アレクシアちゃん。まずは貴方の着替えと包帯の交換、朝ごはんはその後よ」
 着替え、包帯──アレクシアは、今の自分の状態に、ようやく・・・・気付いた。
 水を吸った薄手の寝間着が体に張り付いたことで、体型が完全に浮き出ており、隙間からは包帯やら絆創膏が覗かせていた。
 それが何を意味しているのか。
「ま、まさか‥‥‥」
 顔を真っ赤にして、アレクシアはソーマを睨む。そんなアレクシアに、キョーカは苦笑し、
「ああ、安心して。くたばってた貴方の着替えと手当ては私で、ソーマは貴方を運ぶ以外は指一本も触れてないから。それにしても」
 キョーカは、不意に悪戯っぽい笑み浮かべてアレクシアの体を見据え、
「なかなかどうしてご立派なモノお持ちだわね~。特にこの辺が~」
 手を胸の辺りで抱えるような形にして見せる。何というか、この上なく厭らしい顔で。
 一方、
「あ~そ~カイ。なら、今夜のオカズ・・・はソレで決マリだな。さ~メシだメシ~」
 ソーマは、艶めかしい姿のアレクシアに一瞥くれただけで、すぐに興味を失ったように踵を返した。
「‥‥‥」
 〝出来損ない〟と常日頃蔑まれてきたから、無視されることには慣れている。が、この時ばかりは、どういうわけだか釈然としなかった。それはもう、物凄く。
「こういう子なのよ。だから安心して」
 アレクシアの肩に、キョーカは慰めるように手を置いた。
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