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二章 ~広がり始める世界~
龍の姫
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奇妙な疲労感を抱えつつ、背嚢を背負ったアレクシアは、浮揚機の傍に置かれていた乗り物に跨った。
〝自転車〟と呼ばれる代物で、足踏み板を漕いで前後に並ぶ二つの車輪を回して進むという仕組みで、よほど運動神経が無ければ小さな子供でもすぐに乗れるとの事。アレクシアも庭先で二、三度転びかけたものの、すぐに乗れるようになった。
神聖帝国においては、法力で空中を移動する〝飛行盤〟や〝飛行杖〟に相当するものだろう。空を飛べないのは不便だが、のんびりと動くには、悪くないかもしれない。
「こんに、チ、ワ」
高桐邸を出てから走る間に、近所の住民達とすれ違う。
「はいこんにちわ~」
「お喋りも自転車も上手くなったね、アレクシアちゃん」
「今日もかわいいよ」
発音も区切りもかなり怪しいアレクシアの言葉に気にせず挨拶を返してくる方々は、人類だけではない。角が生えていたり翼をはばたかせて飛んだり、耳が長かったり半身が人で獣であり虫であり──様々な種族が、当然のように通りを行き交う。
魔族は、神への反逆者。
魔族は、平和を脅かす存在。
魔族は、滅するべき存在。
そのように教えられ、それが世界の全てであり、そのことに疑問を持たずに十数年間生きてきた。
そんな自分が、魔族達の隣近所で普通に生活し、魔族達と普通に挨拶し、魔族達と普通にすれ違うなど、二週間前は想像だって出来なかっただろう。
二週間という時間に付けるのが〝もう〟なのか〝まだ〟なのか──そんな哲学的な判断はともかく、いちいち驚かなくなるには充分すぎる時間だった。
〝慣れる〟ではなく、〝諦める〟という意味で。
〝混沌の坩堝〟などと揶揄され、国とも呼ぶのもおこがましい穢れた野蛮人と魔族の群れとされていた陽出の文明は、神聖帝国の遥か先にあった。それこそ、神の寵愛によって栄華を極める神聖帝国の方が〝野蛮〟だと思えるくらいに。
そして、考えがそこまでに至ると、自然と出てくる疑問がある。
これほどの発達した国家に侵攻されて、神聖帝国は無事でいられるのは何故か?
過去、神聖帝国は幾度となく陽出からの侵攻を受けている。最近では、十二年前の〝第八次東洋戦役〟が、それにあたる。
大規模戦力で海を渡ってきた陽出の軍勢に対し、神聖帝国軍は多くの犠牲を出しながらも撃退した──ついこの前まで毛ほども疑っていなかった英雄譚に、今のアレクシアは完全に疑問を抱いていた。
そして疑問を抱けば、当然それを解明したいという欲求が生まれる。そのためにどうしたものかと考えを巡らせていたものだから、
「わっ、と?」
目の前の注意も疎かになってしまった。
気づけば、〝信号機〟と呼ばれる機械が停止を促す赤い光を灯しており、浮揚機が走る道路に真横から飛びこむところであった。
慌てて減速の取っ手を握ると、甲高い音を立てて自転車は停止する。その前を、結構な速さで浮揚機が通り過ぎた。減速があと少し遅ければ、確実に弾き飛ばされて、〝痛い〟では済まされない結果になっただろう。
便利だが、それ故に恐ろしい凶器になり得る──鏡華の忠告が、今更のように身に沁みた。
「‥‥‥蒼真?」
信号機の光が変わるのを待つ中、ふと視線を巡らせると、道路と敷地を分ける網目の仕切りの向こう──木の枝の上で寝そべっている少年に気づいた。
「あ~? ああ、お前か‥‥‥」
寝そべったまま振り返った蒼真は、アレクシアに気づいて面倒そうに身を起こすと体を伸ばしながら大きな欠伸をかましつつ、枝から飛び降りた。
「ココ、蒼真の学校?」
敷地内のあちこちには、蒼真と同じ制服を着た者が、ちらほら見受けられる。そして、人間の他にも多くの種族がいた。
「まあな。で、お前は何やって‥‥‥て、お袋の使い走りか」
アレクシアの背嚢に気づいて、蒼真は納得したように頷く。
「蒼真は、何しテル? 勉強抜ケ出しテ、お昼寝?」
「今は昼休みだ。昼寝して何が悪い?」
と、蒼真はむっつりと返した。確かに、学生たちは談笑したり読書をしたり食事をしたりと、いわゆる〝授業の風景〟ではない。
「大体、お前は俺が授業をサボる不良学生に見えるのか?」
見える──その答えは、しかし遮られた。
「午後の授業を丸々サボる常習犯──これが不良学生でなければ何じゃ?」
突然割り込んだ澄みきった声と、居るだけで総毛立たせる程の強大すぎる魔力に。
*****
〝法力〟という力を行使するためか、法術師は目に見えない存在に敏感である。
特に──敵である魔族が行使する、〝魔力〟には。
「‥‥‥っ!」
何とか口元を押さえて声が漏れるのを防ぐ。
銀色の髪、金色の瞳、猛々しい双角──人間の娘に近い姿をしているが、紛れもない魔族ではある。
だが、その優美な姿以上に、溢れ出る魔力の凄まじさは、校内を歩く他の〝魔族〟と一括りにして良いかも怪しい。
それは、まるで、
「魔王‥‥‥」
「まあ、その認識もあながち間違ってないか」
頭に大きく浮かんだ単語を思わず呟くと、蒼真は曖昧ながらも肯定し、
「名前はリン子。皇龍族っていう」
「燐耀じゃっ」
と、蒼真の紹介に割り込みながら、皇龍族という種族の娘は飛び上がり、蒼真が寝そべっていた枝の上に乗り、
「妾は、皇龍が長──天凰が娘っ! 燐耀なのじゃっ!」
居丈高に名乗りを上げると、魔力とは別の、強烈な威圧がアレクシアを凍り付かせた。アレクシアだけでなく、談笑していた他の学生──特に魔族たちが、会話や足を止めて振り向いた。そしてすぐに、納得するような仕草や表情を見せながら、各々の動きに戻っていく。どうやら、珍しい光景ではないようだ。
なので、蒼真は凍り付くどころか、
「とかいう立派すぎる名前が面倒だから、普段はリン子で通ってる」
鼻で笑って言うものだから、火に油。
「燐、耀、じゃっ!」
「分かったから落ち着け。そこの奴がチビりそうだ」
「むぅ‥‥‥」
燐耀は、唸るように大きく息を吐きしながら、威圧を納める。
「済まぬな、人類の娘よ。立てるかの?」
燐耀の気遣うような言葉に、アレクシアは自分がへたり込んでいることを、ようやく自覚した。どうにか立ち上がるが、足の震えが止まらない。蒼真の言うように、実際に漏らしそうになったが、踏みとどまった自分を褒めてやりたい。
「神聖帝国風に言えば、ドラゴンロードとかカイザードラゴンってとこか。その長の娘ってくらいだから、プリンセスドラゴンとでも呼べばいいかね。これ以上の説明は必要か?」
蒼真の説明に、アレクシアは驚くこともなく、むしろ納得した。
ドラゴン──数ある中で、最高位にして最強の一つと目される種族。
幼体でも強靭な肉体と生命力を誇り、成体ともなれば高い知性まで兼ね備え、例え大軍を擁しても屠ることは困難を極める。
そんな強大な種族の統率者だの帝王だの皇女だの──これほどの魔力と存在感とあっては、僅かな疑問も無意味だろう。
「ふむ、根性はなかなか‥‥‥で、この娘は何者じゃ? まさか、ついに若い青い劣情の余り手籠めにしたなどと言うではあるまいな?」
リン子呼ばわりの意趣返しのつもりか、枝から降りた燐耀は、刺々しく蒼真に問いかける。しかし、そんなことで蒼真がムキになるはずもなく、
「色々あってウチで拾ったアレクシアちゃんだよ。行くアテが無いってんで、お人好しなお袋がウチで面倒見るとか言い出しちまった」
「‥‥‥色々、のう‥‥‥ふ~む‥‥‥」
アレクシアを見据えながら、燐耀は何やら思案し、
『神聖帝国の貴族‥‥‥それも、指折りの大家のご令嬢とお見受けするが?』
「っ?」
流暢な帝国後で、見事に的の中心を射抜いてきた。それでアレクシアの表情が変わったのを見逃す燐耀ではなく、
「やはり、〝フローブランの迷子〟じゃったか」
「やっぱ、皇龍の方にも話は行ってたか」
蒼真の確認に、燐耀は自慢するように胸を張り、
「情報の把握は、優先すべき一つじゃて。それに」
燐耀は、アレクシアに目を向けると、上から下までじっくりと観察し、
「そうでなくても見るからに、じゃ。言葉は拙いというのに、物腰や立ち振る舞いは育ちの良い者のそれ。そもそもにして魔力──神聖帝国では法力とか呼んどったか──を持つなど、陽出の人類ではあり得んし、量も凄まじい。故に」
燐耀の、アレクシアを見る目が鋭くなる。こちらの隙を、ただの一分とて見逃すまいとばかりに。
龍の眼光は、それだけでアレクシアの身を竦ませた。
「神聖帝国貴族が敵視している国の只中で行くアテも無く居候先の使い走り‥‥‥はてさて、どのような〝色々〟か、実に興味深いのう?」
「‥‥‥ソウイウ、燐耀は」
身を竦ませながらも、どうにかアレクシアは言い返した。強がりが半分、残りは純粋な疑問で。
「ドウシテ、学校にイル? アナタだったら、学校通うヒツヨウは無いンジャナイ?」
「〝修学不要〟などと、若輩如きがどの口で言えるものか」
燐耀は、さも不本意なことを言われたとばかりに鼻を鳴らす。
「そうでなくても、陽出の進歩は目覚ましいものじゃて。少し怠ければ、あっという間に〝昔〟どころか〝太古〟の存在になりかねんのでな‥‥‥そなたも」
「ぐぇっ?」
燐耀は、コソコソと立ち去ろうとした蒼真の襟元を引っ掴んだ。
「午後の講義をサボっとる場合ではないぞ、不良学生め。丁度予鈴も鳴ったことだしの」
建物の最も高い位置に設置された鐘楼から、大きな音を響き渡る。どうやら、昼休みは終わりらしい。
「そういうわけじゃ。アレクシアとやら。いずれ茶でも飲みながら、ゆっくり話そうぞ‥‥‥ああ、そうじゃ」
踵を返しかけた燐耀は、ふと道路を挟んで学校の向かいにある建物を示した。
「時間があれば、そこの建物に入るが良い。己が世界が、今少し広がろうて」
言い残して、有無を言わさず蒼真を引きずっていく。
「きゃ~いや~人さらい~犯される~」
「妾に痛めつける趣味は無いのでな。全ては一瞬‥‥‥そう、一瞬じゃ」
「こ、殺される~っ?」
蒼真の悲鳴を黙殺し、燐耀は颯爽と去っていく。その背中を、アレクシアは憧憬と共に畏怖を込めて見送る。
さすがというか、龍の目は他者を見抜く力も有り過ぎるようだ。どこまでも正鵠を射抜いてくれる。
大きく深呼吸し、竦んでいた体が少しずつ元に戻るのを確かめると、アレクシアは向かいの建物に向かう。
入り口横に掲げられた看板には、図書館とあった。
〝自転車〟と呼ばれる代物で、足踏み板を漕いで前後に並ぶ二つの車輪を回して進むという仕組みで、よほど運動神経が無ければ小さな子供でもすぐに乗れるとの事。アレクシアも庭先で二、三度転びかけたものの、すぐに乗れるようになった。
神聖帝国においては、法力で空中を移動する〝飛行盤〟や〝飛行杖〟に相当するものだろう。空を飛べないのは不便だが、のんびりと動くには、悪くないかもしれない。
「こんに、チ、ワ」
高桐邸を出てから走る間に、近所の住民達とすれ違う。
「はいこんにちわ~」
「お喋りも自転車も上手くなったね、アレクシアちゃん」
「今日もかわいいよ」
発音も区切りもかなり怪しいアレクシアの言葉に気にせず挨拶を返してくる方々は、人類だけではない。角が生えていたり翼をはばたかせて飛んだり、耳が長かったり半身が人で獣であり虫であり──様々な種族が、当然のように通りを行き交う。
魔族は、神への反逆者。
魔族は、平和を脅かす存在。
魔族は、滅するべき存在。
そのように教えられ、それが世界の全てであり、そのことに疑問を持たずに十数年間生きてきた。
そんな自分が、魔族達の隣近所で普通に生活し、魔族達と普通に挨拶し、魔族達と普通にすれ違うなど、二週間前は想像だって出来なかっただろう。
二週間という時間に付けるのが〝もう〟なのか〝まだ〟なのか──そんな哲学的な判断はともかく、いちいち驚かなくなるには充分すぎる時間だった。
〝慣れる〟ではなく、〝諦める〟という意味で。
〝混沌の坩堝〟などと揶揄され、国とも呼ぶのもおこがましい穢れた野蛮人と魔族の群れとされていた陽出の文明は、神聖帝国の遥か先にあった。それこそ、神の寵愛によって栄華を極める神聖帝国の方が〝野蛮〟だと思えるくらいに。
そして、考えがそこまでに至ると、自然と出てくる疑問がある。
これほどの発達した国家に侵攻されて、神聖帝国は無事でいられるのは何故か?
過去、神聖帝国は幾度となく陽出からの侵攻を受けている。最近では、十二年前の〝第八次東洋戦役〟が、それにあたる。
大規模戦力で海を渡ってきた陽出の軍勢に対し、神聖帝国軍は多くの犠牲を出しながらも撃退した──ついこの前まで毛ほども疑っていなかった英雄譚に、今のアレクシアは完全に疑問を抱いていた。
そして疑問を抱けば、当然それを解明したいという欲求が生まれる。そのためにどうしたものかと考えを巡らせていたものだから、
「わっ、と?」
目の前の注意も疎かになってしまった。
気づけば、〝信号機〟と呼ばれる機械が停止を促す赤い光を灯しており、浮揚機が走る道路に真横から飛びこむところであった。
慌てて減速の取っ手を握ると、甲高い音を立てて自転車は停止する。その前を、結構な速さで浮揚機が通り過ぎた。減速があと少し遅ければ、確実に弾き飛ばされて、〝痛い〟では済まされない結果になっただろう。
便利だが、それ故に恐ろしい凶器になり得る──鏡華の忠告が、今更のように身に沁みた。
「‥‥‥蒼真?」
信号機の光が変わるのを待つ中、ふと視線を巡らせると、道路と敷地を分ける網目の仕切りの向こう──木の枝の上で寝そべっている少年に気づいた。
「あ~? ああ、お前か‥‥‥」
寝そべったまま振り返った蒼真は、アレクシアに気づいて面倒そうに身を起こすと体を伸ばしながら大きな欠伸をかましつつ、枝から飛び降りた。
「ココ、蒼真の学校?」
敷地内のあちこちには、蒼真と同じ制服を着た者が、ちらほら見受けられる。そして、人間の他にも多くの種族がいた。
「まあな。で、お前は何やって‥‥‥て、お袋の使い走りか」
アレクシアの背嚢に気づいて、蒼真は納得したように頷く。
「蒼真は、何しテル? 勉強抜ケ出しテ、お昼寝?」
「今は昼休みだ。昼寝して何が悪い?」
と、蒼真はむっつりと返した。確かに、学生たちは談笑したり読書をしたり食事をしたりと、いわゆる〝授業の風景〟ではない。
「大体、お前は俺が授業をサボる不良学生に見えるのか?」
見える──その答えは、しかし遮られた。
「午後の授業を丸々サボる常習犯──これが不良学生でなければ何じゃ?」
突然割り込んだ澄みきった声と、居るだけで総毛立たせる程の強大すぎる魔力に。
*****
〝法力〟という力を行使するためか、法術師は目に見えない存在に敏感である。
特に──敵である魔族が行使する、〝魔力〟には。
「‥‥‥っ!」
何とか口元を押さえて声が漏れるのを防ぐ。
銀色の髪、金色の瞳、猛々しい双角──人間の娘に近い姿をしているが、紛れもない魔族ではある。
だが、その優美な姿以上に、溢れ出る魔力の凄まじさは、校内を歩く他の〝魔族〟と一括りにして良いかも怪しい。
それは、まるで、
「魔王‥‥‥」
「まあ、その認識もあながち間違ってないか」
頭に大きく浮かんだ単語を思わず呟くと、蒼真は曖昧ながらも肯定し、
「名前はリン子。皇龍族っていう」
「燐耀じゃっ」
と、蒼真の紹介に割り込みながら、皇龍族という種族の娘は飛び上がり、蒼真が寝そべっていた枝の上に乗り、
「妾は、皇龍が長──天凰が娘っ! 燐耀なのじゃっ!」
居丈高に名乗りを上げると、魔力とは別の、強烈な威圧がアレクシアを凍り付かせた。アレクシアだけでなく、談笑していた他の学生──特に魔族たちが、会話や足を止めて振り向いた。そしてすぐに、納得するような仕草や表情を見せながら、各々の動きに戻っていく。どうやら、珍しい光景ではないようだ。
なので、蒼真は凍り付くどころか、
「とかいう立派すぎる名前が面倒だから、普段はリン子で通ってる」
鼻で笑って言うものだから、火に油。
「燐、耀、じゃっ!」
「分かったから落ち着け。そこの奴がチビりそうだ」
「むぅ‥‥‥」
燐耀は、唸るように大きく息を吐きしながら、威圧を納める。
「済まぬな、人類の娘よ。立てるかの?」
燐耀の気遣うような言葉に、アレクシアは自分がへたり込んでいることを、ようやく自覚した。どうにか立ち上がるが、足の震えが止まらない。蒼真の言うように、実際に漏らしそうになったが、踏みとどまった自分を褒めてやりたい。
「神聖帝国風に言えば、ドラゴンロードとかカイザードラゴンってとこか。その長の娘ってくらいだから、プリンセスドラゴンとでも呼べばいいかね。これ以上の説明は必要か?」
蒼真の説明に、アレクシアは驚くこともなく、むしろ納得した。
ドラゴン──数ある中で、最高位にして最強の一つと目される種族。
幼体でも強靭な肉体と生命力を誇り、成体ともなれば高い知性まで兼ね備え、例え大軍を擁しても屠ることは困難を極める。
そんな強大な種族の統率者だの帝王だの皇女だの──これほどの魔力と存在感とあっては、僅かな疑問も無意味だろう。
「ふむ、根性はなかなか‥‥‥で、この娘は何者じゃ? まさか、ついに若い青い劣情の余り手籠めにしたなどと言うではあるまいな?」
リン子呼ばわりの意趣返しのつもりか、枝から降りた燐耀は、刺々しく蒼真に問いかける。しかし、そんなことで蒼真がムキになるはずもなく、
「色々あってウチで拾ったアレクシアちゃんだよ。行くアテが無いってんで、お人好しなお袋がウチで面倒見るとか言い出しちまった」
「‥‥‥色々、のう‥‥‥ふ~む‥‥‥」
アレクシアを見据えながら、燐耀は何やら思案し、
『神聖帝国の貴族‥‥‥それも、指折りの大家のご令嬢とお見受けするが?』
「っ?」
流暢な帝国後で、見事に的の中心を射抜いてきた。それでアレクシアの表情が変わったのを見逃す燐耀ではなく、
「やはり、〝フローブランの迷子〟じゃったか」
「やっぱ、皇龍の方にも話は行ってたか」
蒼真の確認に、燐耀は自慢するように胸を張り、
「情報の把握は、優先すべき一つじゃて。それに」
燐耀は、アレクシアに目を向けると、上から下までじっくりと観察し、
「そうでなくても見るからに、じゃ。言葉は拙いというのに、物腰や立ち振る舞いは育ちの良い者のそれ。そもそもにして魔力──神聖帝国では法力とか呼んどったか──を持つなど、陽出の人類ではあり得んし、量も凄まじい。故に」
燐耀の、アレクシアを見る目が鋭くなる。こちらの隙を、ただの一分とて見逃すまいとばかりに。
龍の眼光は、それだけでアレクシアの身を竦ませた。
「神聖帝国貴族が敵視している国の只中で行くアテも無く居候先の使い走り‥‥‥はてさて、どのような〝色々〟か、実に興味深いのう?」
「‥‥‥ソウイウ、燐耀は」
身を竦ませながらも、どうにかアレクシアは言い返した。強がりが半分、残りは純粋な疑問で。
「ドウシテ、学校にイル? アナタだったら、学校通うヒツヨウは無いンジャナイ?」
「〝修学不要〟などと、若輩如きがどの口で言えるものか」
燐耀は、さも不本意なことを言われたとばかりに鼻を鳴らす。
「そうでなくても、陽出の進歩は目覚ましいものじゃて。少し怠ければ、あっという間に〝昔〟どころか〝太古〟の存在になりかねんのでな‥‥‥そなたも」
「ぐぇっ?」
燐耀は、コソコソと立ち去ろうとした蒼真の襟元を引っ掴んだ。
「午後の講義をサボっとる場合ではないぞ、不良学生め。丁度予鈴も鳴ったことだしの」
建物の最も高い位置に設置された鐘楼から、大きな音を響き渡る。どうやら、昼休みは終わりらしい。
「そういうわけじゃ。アレクシアとやら。いずれ茶でも飲みながら、ゆっくり話そうぞ‥‥‥ああ、そうじゃ」
踵を返しかけた燐耀は、ふと道路を挟んで学校の向かいにある建物を示した。
「時間があれば、そこの建物に入るが良い。己が世界が、今少し広がろうて」
言い残して、有無を言わさず蒼真を引きずっていく。
「きゃ~いや~人さらい~犯される~」
「妾に痛めつける趣味は無いのでな。全ては一瞬‥‥‥そう、一瞬じゃ」
「こ、殺される~っ?」
蒼真の悲鳴を黙殺し、燐耀は颯爽と去っていく。その背中を、アレクシアは憧憬と共に畏怖を込めて見送る。
さすがというか、龍の目は他者を見抜く力も有り過ぎるようだ。どこまでも正鵠を射抜いてくれる。
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