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三章 ~天災の領域~

4:砂海の主

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 巨大で強烈な一撃に、船体は砂の壁を割って高々と舞い上がり、大きな弧を描いて地表に激突。そこは、丁度大きな流砂の通り道だったのか、船は流れに運ばれていく。物言わぬ鉄塊と化して。
『巨大餓獣、離脱。ただし、一定距離を保ちつつ、旋回中。こちらを観察している模様。船内に限り、会話をしても危険はないと判断します』
「ぶっはぁ~」
 溜まった息を吐きだしたのは、マハルだった。マハルだけではなく、皆が息を潜めるのを解いたことで、過ぎるくらいに張りつめていた空気が少しだけ弛む。
 地中で生活する生物は、視力が退化している分、聴覚が非常に発達しているため、大きな音を出さなければ相手を認識できない──存在自体が常識外れな巨大餓獣に、殆ど希望的観測同然の予想で死んだふりを実行してみたが、運良く大当たりだったらしい。
 とはいえ、
「〝死んだふり〟ってのも、意外と大変よね~」
「ただでさえ、お前は大人しくしてられねえからな~」
 マハルのぼやきに、レイヤがすかさず茶々を入れる。いつもなら何か言い返すマハルだが、今は睨む気力も無い。
 本当の〝死〟をやり過ごすための〝死んだふり〟とは、それほどまでに気力を削り取る。
「まだ安心しないで。観察してるって、マオシスも言ったでしょ」
 必要以上に弛みかけた空気を感じて、ラヴィーネが警告した。
「付かず離れずでこっちを見張ってるんだから、仕留め切ったとは思ってないってことよ」
「巨体に似合わない慎重ぶり……まるで誰かさんみたい」
 ぽつりと、そのくせ聞こえよがしにサクラは言った。そんなサクラを、フィルは冷たく睨みつけ、
「その〝誰かさん〟が一体どなた様かは、さておき……如何なさるおつもりで? このまま死体の真似を続けても、分の悪い根比べでございましょう?」
「そうですね。どうするかを考えるために、まずは状況を整理しましょう。ラヴィ、船の被害は?」
「右後ろを三分の一くらい、丸ごと持ってかれたわ。障壁と主砲の導伝体もいくつかヤられて……」
 ラヴィーネの声は次第に萎れていき、最後にはため息に変わった。
「つまり、動くのがやっとなわけで戦うどころか逃げるのもままならないわねド畜生が私の可愛いスザンノーに何してくれてんのよあのクサレ餓獣がったくもう……」
「ラヴィ様。下品な言動は、せめてお口に出される事だけでもお控えを」
 ラヴィーネの怨嗟の悪態を諌めながらも、フィルはフィルで不機嫌さが滲み出ている。相も変わらず、分かりづらいが。
「では、次。マオシス、巨大餓獣の情報を出してください」
『戦闘記録を統合した、新たな解析情報を表示します』
 投影されたのは、先の巨大な餓獣。先ほどよりも情報が追記された事で、より詳しくなっている。
『表面の砂の層については、先ほど述べたため割愛。これを排した本体形状はこちらになります』
 立体図から外殻が取り払われ、素の状態の餓獣の姿が露わになる。それでも、砂の中を進むためか、表皮は見るからに強固である。
『なお、内部の骨格や全体的な構造を分析した結果、過去に遭遇した大鯨龍フーラーの亜種、あるいは近似種と考えられます』
 大鯨龍の映像が投影され、巨大餓獣に並べられる。分厚い砂の層を持つ分、後者の方が二回りは大きい。
 海の生物が、途方もない時間の中で陸の生物に進化するというのはよくある話である。恐らくこれらも、その例なのだろう。
「なら、〝砂鯨龍フーラー・クサン〟とでも名付けましょうか。マオシス、図鑑に登録を」
『了解』
 今度は、安直などと言う者はいない。今は、そんな場合ではない。
『大鯨龍との最大の相違点として、紅月精の巨大炉心と全身に大規模且つ複雑な月路を備えていることです。当然ながら月精術、あるいはそれに相当する能力の行使が可能です』
「なるほど。こんなことも、楽々出来るわけだわね」
 ラヴィーネが呼びだしたのは、先ほどの砂の壁──否、壁というより、
「津波と称すべきでしょうか。水ではなく砂の、でございますが。こうなりますと、この砂漠の不自然な流砂についても、漠然とですが見えてきますね」
『フィルの発言に同意します。レヴェラ大砂海の流砂は、砂鯨龍の巨体による砂中移動と、紅月精の影響によるものと思われます』
「つまり、アイツにとってこの砂漠は、庭どころか体の一部みたいなモノってこと? ホンモノの〝天災級〟じゃないのよ」
 うんざりとばかりに、マハルは頭を抱えた。
 天災級──文字通り、天変地異じみた力を行使し、一夜にして都市をも滅ぼせる程の強大な種。それを前にして、矮小な人類ごときでは大軍を以てしても、一息で蹴散らすとも言われる。
「……おい、十三番」
 砂鯨龍の立体図を見ながら、レイヤは訊ねた。
「この辺りは、まだお前の能力が使えるんだったな?」
「可能ではある。しかし、障壁がまともに機能しなくては、転移も接合も自殺行為。脱出は」
「〝脱出〟は無理だろうが、他のことには使えそうだな」
 何とも悪い笑みを浮かべてみせるレイヤ。
「……レイヤ? また何か悪巧みでも思いついたんですか?」
「悪巧みたぁ人聞き悪ぃな? 今あるモノを活用して危機を乗り越えようってんだぜ」
 サクラの疑念に、レイヤはさも悲しそうに目元を覆って見せる。実にわざとらしい。
「……意見があるなら、聞くだけ聞きましょう。今は、手が増えて増え過ぎるということはありませんからね」
 そんなレイヤに、サクラは投げやりに続きを促した。

                                  *****

「前から知ってたし、今更とは思うけどね」
 両腰に下げた剣を確かめながら、マハルは疲れたように深く嘆息した。
「アンタ、イかれてるわ……」
「そりゃどうも」
 鉤銛を装填した射出器を確かめながら、レイヤは鼻を鳴らし、
「まあ、ビビるのも当然さ。俺だって、正直怖くてチビりそうだしな~」
 などとからかうように言うが、マハルは噛みつくどころか呆れしか無い目を向け、
「……レイヤ、気づいてる? チビるとか言ってるアンタが、一番楽しくてしょうがないって顔してるわよ」
「冒険は浪漫だろ?」
 レイヤは、開き直るように笑ってみせる。それはもう、先ほどマハルを挑発した時以上の、獰猛な笑みで。
「少ない手持ちで圧倒的な相手を仕留めるからこそ面白えんだろうが」
「……贔屓目に考慮しても、レイヤの意見は〝浪漫〟と称するには暴論じみている。この場合は、錯乱からくる自暴自棄と解釈する」
 十三番が、淡々と的確な突っ込みを入れた。そこへフィルが、
「ところが、レイヤ様は決して錯乱されているわけではないのです。無策無謀で、博打に挑まれることはございません」
 と、珍しく擁護する──わけがなかった。
「故にこそ、悪質この上ないのでございます」
「おいフィル。それ褒めてんのか? 貶してんのか?」
「一般論を元に事実を申し上げたのですが、ご気分を害されたなら深くお詫びいたします。レイヤ様が実に聡明で狡猾な方とは重々理解しております」
 睨んでくるレイヤに詫びを入れつつ、しっかりと棘を刺してくる。こと口喧嘩においては、口の悪いレイヤでもフィルには分が悪いのだった。
「面白い話してるとこ悪いけど、そろそろこっちを気にしてちょうだい」
 足元を蓋が開き、応急処置から戻ってきたラヴィーネが顔を出した。達成感と呼ぶには程遠い、落胆を多分に混ぜた溜息を吐きだしながら。
「その様子じゃ、思わしくなさそうですね?」
「当り前よ。たった五分足らずで、しかも音を出さないような作業でどうにか出来るわけないわ。一応動けるようにはしたけど、本当にそれだけ・・・・だからね」
「充分ですよ。それじゃ、第二回戦を始めましょうか」
「はいはい。導力再起動~」
 席に着いたラヴィーネが操作盤に指を走らせて導力を再起動。それを皮切りに、船のあちこちから低い唸り声が上がる。
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