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三章 ~天災の領域~

3:尖兵

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『分析完了。餓獣図鑑に該当情報あり。モーライ、あるいはその近似種と思われます』
 マオシスが投影したのは、三ヌーラ超の餓獣。全体的に平坦な形の体は強固な殻で覆われ、両側からは鋭い爪を持つ腕、尾部からは針のような尖った尾が伸び、体を蠕動させて砂の海面を高速で走る。時速百ラセクを超えるスザンノーと並ぶほどに。
『流動する砂中を進むためか、他系統のモーライよりも外殻は薄く、反面運動能力は非常に高いと判断されます』
「要は、すばしっこいってことですね。とりあえず、〝モーライ・クサン〟と名付けましょうか」
流砂クサンのモーライね……」
 サクラの考えた名前を繰り返して、ラヴィは微妙そうな顔になり、
「ちょっと安直じゃない?」
「安直な方が、分かりやすいでしょう。マオシス、図鑑に登録」
『了解。モーライ種に、新たな項目を登録します』
「モーライ群、さらに増大。十五……いや、二十頭を超過。尚も増大」
 探知画面を注視しながら、十三番が告げる。窓から覗けば、左右と後ろから迫る大群が、砂煙を上げて迫って来ていた。
 のみならず、
「正面より八っ! 突撃行動っ!」
 正面から現れた群れが、砂中から一斉に飛び出してきた。鋭い爪を大きく振り上げて。
「急転進します。方々、ご注意を」
 フィルは大きく舵を右に切る。
 船は大きく右へと急転進し、それによって五頭が狙いを外して砂の中に戻り、三頭が障壁にぶつかって弾き飛ばされるか、細かい肉塊になって砂塵に消えていく。
「このくらいは、今の障壁の出力でも大丈夫みたいですね」
「な~んだ、つまんない」
 サクラは安堵して見せるが、火器管制に座るマハルは不満そう。この船には、自衛用の攻撃兵装が搭載されている──あくまでも自衛用だから使わないに越したことはないのだが、引き金を握っているマハルとしては、面白くない。そうでなくても、レイヤと揉めて憂さが溜まっているというのに。
「状況は決して良くないことは事実」
 群れの動きを見ながら、十三番が言う。
「この包囲とこれまでの行動から鑑みて、どこかに追い込もうとしている」
 モーライ達はっきりとした動きを見せたのは、先ほどの正面からの急襲だけ。あとは、逃げ道を塞ぐような形で周囲を併走し、そのくせ正面だけは大きく塞ぐことはない。
「つまり、このまま進めばマズイってことでしょ」
 と、マハルはむしろ喜々として火器管制に指を走らせ、
「だったら囲みに穴を開けてやろうじゃ」
「だから、もう少し我慢なさいって言ってるんです」
 それを、サクラは船長席の上位権限によって強引に奪い取り、起動した兵装を停止させる。
「素早くて、この数。乱射しても一、二匹が精々。どう考えても無駄撃ちです」
「え~」
「安心しなさい。こんな整然とした動き、モーライの動きじゃありません。仕切っている親玉がいます」
「あ」
 水を差されて不満一色だったマハルの顔が、サクラの補足で理解の色に変わる。
『地中より異常振動。流砂の流れが著しく変動しています』
「モーライ群、離脱開始。正面より、大型動体反応」
 マオシスと十三番の警告が、遠回しにサクラの予測を肯定した。
「回避っ!」
「既に行っております」
 サクラの指示よりも先に、フィルが急加速と同時に大きく舵を切った。
 直後──船の正面の砂が激しく撒き上がり、巨大な影が飛びだした。

                                  *****

 寸前の回避のおかげで正面からの衝突は免れ、左舷側数ヌーラの距離を交錯。砂の波と砂交じりの風圧が、船を激しく揺さぶる。
「姿勢維持っ! 防御っ!」
「行っております」
「とっくにねっ!」
 フィルが姿勢を調整し、ラヴィーネが障壁と駆動系の出力を制御。荒波を乗り切る。
『中途ですが、現時点の分析情報を表示します』
 マオシスが、今の巨体の情報を投影する。
 全長にして二百ヌーラ。その巨体を覆うのは、鱗どころか分厚い岩盤と称するべき突起群。その威容は、正に〝動く山脈〟というべきか。特に、頭部から突き出た猛々しい双角は、三十ヌーラを超える巨峰である。
『衝角は高速回転する構造を有しています。砂中の推進と掘削を主としていますが、当然攻撃にも転用可能な模様』
「スザンノー程度なら、掠めただけでも木端微塵でしょう。モーライ達も、追い込みの役目を終えたというより、巻き添えを嫌がって逃げたのかもしれませんね」
 探知画面を埋め尽くしていた光点は残らず消え、代わりに巨大な光点が一つだけ。
「余裕たっぷりなのは良いがな、取り巻き共も逃げ出すバケモノ相手にどうすんだ?」
「巨大餓獣、反転。こちらを追跡中。急ぎ対応を」
「それもそうですね」
 急かすレイヤと十三番に、サクラは呑気に頷きながら、火器管制の制御権をマハルに返す。
「ご挨拶なさい。マハル」
「ぅおっしゃぁっ!」
 マハルは喜々として制御盤に指を走らせる。すると、船の両側の装甲が回転し、砲塔が露わになった。
『砲塔への導力伝達、及び変換正常。照準補正完了。発射準備よし』
「発射~っ!」
 放たれたのは、合わせて四本の光条──船の導力を返還した荷電粒子が、矢となって放たれ、
「光条砲は効果無しか」
 四本全てが、強固な突起群に弾かれて虚しく散った光景を、レイヤは冷静に見て取り、
「なら、徹甲弾ならどうかね?」
 操作盤に指を走らせると、甲板後部の蓋が開き、誘導弾が顔を出した。
『目標点補足。弾体装填完了』
「行け」
 噴煙を上げて誘導弾が発射され、火器管制とマオシスの誘導に沿って弧を描き、餓獣の背中に命中。鋭い尖端部が突き刺さり、一瞬遅れて内部の炸薬が派手に爆発した。その結果、その場所を中心に、餓獣の表面が大きく破砕された。
「よっしゃっ! 徹甲弾はダテじゃないわっ!」
『警告。マハルの認識は大きな誤りがあります』
 マハルの喝采を、マオシスは否定した。
『分析の結果、巨大餓獣の表層部は砂中進行中に圧着された砂の層と判明。また、外部からの衝撃に対し、瞬時に切り離すことで攻撃を相殺し、無効化ないし限りなく低減しています』
「つまり効果無し、と」
 再装填を操作しながら、レイヤは肩をすくめた。効果は期待できなくても、何もしないわけにはいかない。
「巨大餓獣、減速……いや、急速潜航。離脱する」
「ほら逃げてったっ!」
「なわけないわね。下手な刺激で、かえって怒らせちまっただけよ」
 マハルの喝采を、今度はラヴィーネが否定した。
「十三番、探知を切り替えて。そこの三番を押せばすぐよ」
「了解した……切り替え完了。探知機能正常。巨大餓獣、後方砂中に確認。こちらの追跡から外れて旋回行動中」
「仕掛けてきますよ。みんな、注意して」
『警告っ! 餓獣内部より強大な駆動反応検知』
 サクラよりも先に、マオシスが警告を発した。
『紅月精粒子の反応増大中』
「紅月精って」
『周囲の砂の流動が急変動……噴出します」
 前方に突然壁が現れた──そう思えるような勢いで砂が噴き上がり、正面を塞いだ。
「障壁を船首に集中っ!」
「分かってるわよっ!」
 ラヴィーネの操作で、障壁の形態が変化──船の舳先に障壁の光が集まり、鋭く尖った輝く衝角が形成される。
「推力制限解除っ! フィル、ぶち抜いてやってっ!」
「そのようなお下品な発言をされずとも、サクラ様の短絡志向など百も承知でございます」
 フィルは、調整桿を一機に押し込み、推力を最大──制限を解除された事で、船は爆発的に加速し、砂の壁に突っ込んだ。
 高速突撃と光の衝角によって、砂の壁を穿ち、激流の中を突き進み、
「餓獣急速接近っ! 真下っ!」
 砂の激流の中では探知能力が低下し、回避もままならず、障壁の展開で防御もままならず──十三番の警告は虚しく、船は下から突き上げられた。
 回転する巨大な衝角によって。
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