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二人の青年
血の気が多い二人
しおりを挟む四つの大陸に囲まれ、世界の真ん中と言える位置にある小さな国々で形成される島々。
その中でひときわ大きい港を有し、貿易の要として「世界の港」と言われる小さな国。その国の名前は「ライラック王国」。
王都が海を臨み、城下町に大きな港がある。
船が行き来する港は、昼夜問わず人や荷物が行き来し魔導機関が発する光で溢れ、視覚聴覚ともに騒がしい。
大陸同士の中継地点とても使われるこの港は、様々な国の人たちが行き来し、様々な格好をした者たちがいる。
そして、様々な立場の者たちがいる。
そんな騒がしい国の「ライラック王国」は、穏やかな王が治める平和な国である。
この国の王族は特殊な血族から始まっており、癒しの力に特化した魔力を持つことが多いのが特徴的であり、さかのぼれば聖者や聖女と呼ばれる存在にたどり着く。
ライラック王国の象徴は、魔導の光溢れる港だけではなく、海を臨めるアクアブルーの屋根が特徴的な王城である。
また、美しい色の屋根だけでなく水路に囲まれた王城は塩害対策により、特殊な魔石で城壁を築いている。
その城壁は薄く魔力の光を帯びており、夜にはうっすらと光り、城の輪郭が浮かび上がる様子は幻想的である。
だがそんな国にも、いや、そんな国だからこそ後ろ暗い者が集まる場所はある。
王城を囲む水路沿いに、やや暗い街並みを持つ通りがある。石造りの多い城下に珍しく建物の多くは木造で、それらは継ぎ足しを繰り返したように継ぎはぎである。
その通りの中に、その店はあった。
そこは、表で武器屋を営み、裏では後ろ暗い者が集まる酒場や宿を営む。
そんな店の、まさに後ろ暗いものがあつまる酒場では、ある話題で持ちきりだった。
「おい。聞いたか?大陸の悪魔たちがこの大陸に来たらしいぜ。」
「まじかよ。だから帝国がこの国に来ているのか。」
「バーカ。それは勢力拡大のためだろ。」
「でもよ…二人で大軍を壊滅させてる化け物だろ?…俺怖くて外歩けないわ。」
「バーカ。お前がそんな繊細な輩かよ。」
「俺はむしろ勝負したいな。汚い裏切者でも、腕が立つならこの剣の錆に相応しい。」
店の中では、噂話が飛び交っていた。
彼等の言う“大陸の悪魔”は二人組で、別の大陸の人間であったが、仲間を裏切り二人で数千人を殺したと言われている凶悪犯だ。
二人それぞれ母国から追われている、大陸屈指のお尋ね者だ。
ただ、別の大陸の人間であるため外見などに関しての情報はない。
それぞれが思い思いのことをテキトーに言っている。
そんな店の中、マルコムとシューラはカウンターの前に立っていた。その上には硬貨が数枚置かれていた。
マルコムは呆れたような顔をして、シューラは気まずそうな顔をしていた。
二人に向かい合う店主は溜息をついていた。
「足りないな…」
店主は困ったように眉を寄せていた。
「平和すぎるんだよ。この国は…誰かから締め上げれるかと思っていたんだよ…」
気まずそうな顔をしていたシューラは口を尖らせて言った。
「無計画に船旅なんかするからだよ。お金がないと、国からも出れないし。君稼いできてよ。」
呆れた顔をしたマルコムはシューラを睨んでいた。
「町出てテキトーに盗賊とかゴロツキ締め上げるしかないか…」
シューラは腰に差した刀に手をかけて言った。
「俺はヤダよ。船で疲れたから、一人でやってよ。」
マルコムは首を振って言った。
シューラは恨めしそうにマルコムを見て、彼が背負っている槍を何回かつついた。
しかし、マルコムはシューラの行動を気にする様子もなくそっぽを向いている。
「僕一人だと、か弱いからさ…いいでしょ?…」
シューラは助力を請っているようだ。
「やだよ。疲れているのにゴミと接しないといけないとか嫌だ。」
しかし、シューラが頼んでもマルコムは頑なに首を振った。
二人の会話を要約すると、お金が足りないからその辺のゴロツキを締めあげお金を頂戴する…と物騒極まりないことである。
しかし、その内容はまさにゴロツキたちがいる店でするのはよくない。
なにせ、お前らを締めあげてカツアゲすると言っているようなものだ。
事実、自分をゴロツキだと自覚している輩は青筋を立ててマルコム達を見ていた。
そして、その中で忍耐力の無いゴロツキが立ち上がり、二人の下に向かった。
「ほお…楽しそうな話だな」
マルコムとシューラを睨みながら、店にいた数人の男は、腕を鳴らしていた。
「僕ちゃんたち…腕に覚えがあるんだね。」
「じゃあ、遊ばない?」
男達は冷やかすように話しかけたが、怒りを隠すことなく二人を見ていた。
だが、マルコムとシューラはそんな男たちの方に見向きもせず
「その刀売れば?」
「はあ?君と違って丸腰で戦えるゴリラじゃないんだよ!!」
とゴロツキを気にすることなく会話を続けていた。
全く相手にしない二人に、男たちは青筋を立て始めた。
店主は素早く机の上に乗っていたお金を持って、カウンターの奥に下がった。
マルコムとシューラは絶対に視界に入っているはずなのに、後ろの男達を相手にしなかった。というよりも、いないものとして扱っていた。
マルコムとシューラが二人に対し、後ろの男達は四人だ。数では負けている。
「おい」
男の内の1人がシューラの胸倉を掴んだ。
シューラの体は軽いのか、あっという間に持ち上がった。
「…うわ…」
シューラは怯えるわけでもなく、ただ、嫌悪を顔に表していた。
「軽いなー。僕ちゃん。」
シューラを持ち上げた男は嫌な笑みを浮かべていた。
「君のせいだよ。」
マルコムは持ち上げられているシューラを見て呆れたように言った。
「なんでだよ。」
「俺はゴミと接したくないだけだったのに、君が下手に騒いだからだよ。」
「今の君の発言は?」
シューラはマルコムを呆れたように見ていた。
シューラの言った通り、マルコムの発言で男たちは顔色を変えた。
「おい…兄ちゃんよ。可愛い顔に傷がつきたくないなら…」
「せっかくの綺麗な顔が、ボコボコになるぞ」
男達は腕をボキボキと鳴らしてマルコムを見ていた。
そして、その腕には脅しではないと示すように魔力を帯び始めていた。
「生憎、これ以上の傷は増やすつもりはないよ。だいたい、お前らの顔とは造りが違うんだよ。見ればわかるだろ?」
マルコムは右頬の傷を撫でて笑い、吐き捨てるように言った。
その言葉を聞いてシューラは呆れて溜息しか出なかった。
言っていることに対しては全面同意だが、何で逆なでするようなことを言うのかとそれしか思っていなかったのだ。
それは、カウンターの内側に逃げた店主も同じ感想だった。
シューラも喧嘩っ早いが、マルコムはそれ以上に好戦的だ。
相手を煽るだけ煽る。
「…ふざけ…」
シューラを持ち上げている男以外の三人がマルコムに殴りかかった。
しかし、彼等の拳は空を切った。
拳に帯びた魔力もむなしく霧散する。
その代わりに、一人の男の顎の下にマルコムの拳があった。
ただ、拳があったと理解したときにはボキン、と何かが砕けるような、折れるような鈍い音を立てて一人の男が宙を舞った。
「ガホ…」
宙を舞った男は、口の中を切ったのか、歯が抜けたのか、空中に血と歯をまき散らせながらくぐもった呻きと吹き出すような息が混じった声を発した。
一瞬のことに他の二人はポカンとしていた。
が、そんな暇をマルコムは与えない。
宙を舞っている男が床に落ちる前に両手で残りの二人の男の頭をそれぞれ掴み、思いっきりぶつけた。
ゴギンと、逃がせない衝撃が何かの内部で響く音がした。
マルコムが手を放すと、二人の男が床に倒れた。
「な…何だ…」
シューラを持ち上げている男は、一瞬で殴り倒された3人の男を見下ろして震えていた。
「ねえ…」
「…な…何だよ!!」
男は動揺を隠さずに声を荒げた。
「下ろしてよ」
シューラは宙に浮いたまま男を睨んだ。
その目に男は「ひいっ」と声を上げて、慌ててシューラを下ろした。
シューラは床に着地すると体を捻り、片足を大きく上げた。
男は急なシューラの行動にただ驚いた。
シューラの上げた足は、男の顎に横蹴りとして綺麗に入った。
カコンと、間抜けな音がしたが、ダメージはしっかりあったようで、蹴られた男は床に倒れた。
「ああ。嫌だと言ったとたんにゴミに遭うなんて…ついていないよ。」
マルコムは倒れる男たちのみぞおちを追い打ちのように踏みつけながら言った。
「君が煽ったんだよ。」
シューラは持ち上げられた時に乱れた服の襟を整えながら言った。
マルコムは溜息をついた。
それ以上に、カウンターの中に入る店主が溜息をついていた。
そして、店の中にまだまばらにいる客たちは、遠巻きに二人を見ていた。
魔力を用いて攻撃をしようとしたゴロツキたちに対し、魔力を使うことはおろか武器も使わずに撃退したのだ。
できるだけ関わりたくないのは当然だ。
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