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ライラック王国の王子様~ライラック王国編~

困惑する王子

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 オリオンは大汗をかいていた。



 なぜなら、さきほど城中に響いた叫び声のせいだ。

 城中に溢れた魔力は自分と似ている。



「…ミナミの声だ…」

 オリオンは王子としても執務も終わり、楽な格好になっていたが、上を羽織り廊下に飛び出した。



 廊下には兵士達がいる。



 嫌な予感がする。

 ミナミと自分は血が繋がっていることもあり、魔力が似ている。

 ややミナミの方が癒しに特化しているが兄弟間で一番似ている。

 そして、感じた魔力はミナミのものだと確信している。



「何があった?」

 オリオンは傍にいた兵士を捕まえた。



「え…いや、叫び声が響いて…大臣が国王陛下が殺害されたと…」

 兵士は何やら言葉を選んでいるようだ。



「父上が…」

 オリオンは目の前が真っ暗になった気がしたが、それどころではない。



「ミナミは?」

 悲しみを帯びた魔力はミナミに身に何かあったと察知するのに十分だった。

 いつもの能天気な妹があんな魔力を発すると思っただけでもオリオンは心中穏やかではない。

 半ば強迫に近い形で兵士に詰め寄っているのを自覚しているが、間違いなく緊急事態だ。

 そして、この城には異物が滞在しているのもわかっている。

 どうしようもない胸騒ぎしかしないのだ。



「姫様は…いえ。わかりません。」

 兵士は首を振った。



 オリオンは父親の予定を知っている。



 これから城に滞在する異物、気に食わない帝国のフロレンスという男と話をすると言っていた。



 誰かに立ち会わせることはしないと言っていた。



 見張りの兵士くらいしか着けないだろうし、おそらく大臣は気になって見に行ったのだろう。



 なら、殺したのは帝国のフロレンスなのだろうか?



「違う。」

 オリオンは断言できる。



 いくら気に食わないや、軽蔑していたとしても彼や帝国がそんな真似をするとは思えない。



 まして、国王は帝国に友好的である。



 ならば、殺したのは大臣やその類の人間だろう。



 大臣が直接手を下すとは思えない。

 ならば、扱いやすくて国王に近づくのに臆しない人物だ。



 一般的に考えるとオリオンが挙げられるが、オリオンは大臣の傀儡になることはないと断言できる。



 それは大臣も分かっている。だから、オリオンには何も情報の欠片も無い。

 どうしようもない胸騒ぎと共に、もうどうしようもない事態であると直感で察しているものものある。

 父が死んだと聞いているのに、城の騒ぎようは静かだ。そしてミナミの声と魔力…





「そういえば…兵士達の指揮を取っているホクト王子がいたそうですが…いつ来られたかお聞きしていますか?」

 兵士が何気なく言った言葉に、オリオンは確信を得た。



 ホクトが犯人だと。



 ホクトはオリオンの四つ下の18歳の第二王子だ。



 表面上穏やかで優しいが、オリオン以上に潔癖であり、思想は過激である。



 早い段階でそれに気づいた国王は、オリオンを次期国王と指名断言して、ホクトには別の地方の領主の元で勉強と手伝いという名目で王城から追い払われた。

 また、ホクトはライラック王国の王族の特徴である癒しの魔力がオリオンよりも弱い。それを説得力として父親である国王は王位継承権から遠のかせたのだ。



 最初はやり過ぎだと思ったが、今はそれが正解だとオリオンは思っている。



 それぐらいホクトは危うい。

 再会する度に、王国の膿と言える存在からの悪影響しか得ていないのである。

 だが、彼は間違いなくオリオンの弟だ。

 自分の扱う魔力を見て目を輝かせていた姿、必死に国を思い学んでいた姿を知っている。



 どこで違えた

 後悔のような言葉で心が満たされる。

 しかし、今はそれどころではない。



 オリオンは真っ暗になりそうな目の前を見据え、自身を落ち着かせるように深呼吸をした。



「おい。」



「はい!!」



 オリオンは目の前の兵士を観察した。



「…あの…オリオン王子…」



「ああ。悪いが、俺は動かない代わりに情報を集めてくれないか?状況を知りたい。」



「え…ええっと、ここの見張りは…」



「国王陛下が殺された緊急事態だ。俺も直ぐに行く。」

 オリオンは有無を言わせない口調で命じた。



 兵士は姿勢を正し、委縮したように返事をして廊下を走り出した。



 オリオンはその兵士の背中を見送りながら溜息をついた。



「…くそ」

 オリオンは誰もいなくなったことを確認してから悪態をついた。



 オリオンは、自分も立ち会えばよかったと思っている。

 いや、国王は赦さなかったが、それでも無理にでも一緒にいると言えばよかった。

 そうすれば、ホクトは行動を留めたであろう。



 現場を見たわけではないが、オリオンはホクトが父を殺したのを確信していた。

 そして、城中に響いた声と魔力でミナミをそれを目撃してしまったことも。

「あのお転婆め…」

 オリオンは思わずミナミに悪態をついた。

 どうせあの会議室の隣の部屋から窓を伝って覗いたのだろうと想像がつく。

 いつもなら呆れるだけで済むが今は違う。



 潔癖なホクトがミナミをそのままにするはずがない。

 それは決して赦してはいけない。



「嫌だ…だめだ」

 オリオンは最悪の事態を考えてしまったため、震える声で無意識に呟いてしまった。

 深呼吸をして落ち着くべきだ。

 もっと最悪な事態がある。



 状況から考えると、間違いなくフロレンスの仕業にされる。



 オリオンは帝国のあのフロレンスが濡れ衣を着せられて大人しくするとは思えないのだ。

 誰であっても濡れ衣を着せられて大人しくするはずないが、よりによって

 帝国の赤い死神に濡れ衣を着せるなど、命知らずにもほどがあるのだ。



 周りの見えていない大臣や地方貴族の入れ知恵だろうと分かるが、国の存亡にかかわる。





 今、オリオンに出来ることは情報を集めて、誰よりも早くミナミに接触することだ。

 情報収集には兵士を走らせたが、自分も動く必要がありそうだ。

 オリオンは護身用の剣を持って行こうと部屋に戻ろうとした。



 しかし、踵を返した瞬間、急に体を引っ張られ、廊下の柱の陰に引きずり込まれた。

 誰かがいる気配など全く感じなかった。

 心臓が飛び出しそうなほど驚いたが、衝撃に呻きながらも反撃しようと腰に手を当てた。

 しかし、護身用の剣は持っていない。



 羽交い締めにされている状態を無理にほどこうと思ったが、力負けしている。



「オリオン王子…無礼を許し下さい。」

 耳元で、引きずり込んだ者の声がした。



 男の声だ。

 いや、体が密着した瞬間に気付いたが。



「…これはこれは…フロレンス殿…」

 オリオンは皮肉たっぷりに言った。



 オリオンを柱の陰に引きずり込み、羽交い締めにしているのは帝国からの客人のフロレンスだった。



「お話があります。」

 オリオンの皮肉っぽい口調を取り合わずに、フロレンスは誠実そうな口調で言った。



「…こちらも急ぎです。城が騒がし…」

 早急に開放してもらうために交渉しようとしたが



「姫様が、客間に逃げてきました。」

 フロレンスの言葉にオリオンは固まった。



 オリオンが思った通りの事態だと分かったからだ。



 逃げているということは追われているのだ。



 つまり、ミナミは見てしまったのだ。



 父親殺しの犯人を。



「…俺の部屋でもいいですか?」

 オリオンは両手を上げて、抵抗する気が無いことを示した。

 そもそも武器を持っているので、フロレンスに対抗する手立てはない。



「問題ないです。」

 フロレンスは頷くと、オリオンを放した。



 オリオンは廊下を見渡し、兵士がいないことを確認した。



 さっきいた見張りの兵士を情報収集に向かわせて良かったと心から思った。



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