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ライラック王国の王子様~ライラック王国編~
家族想いの王子2
しおりを挟む緊急事態であるとはいえ、警戒すべき相手にとんでもない姿を晒してしまった。
プライドを捨ててピカピカ光ったが、この相手にその姿を見せるつもりはなかった。
誰もいなければ、ここで一人暴れたいところだが、それを見せるのももちろん嫌だ。
机を挟んでオリオンとフロレンスはお互いソファに腰を掛けていた。
帝国からの客人であるこの青年は、今年22歳になるオリオンと同い年くらいの外見をしているが、正直30過ぎと言っても信じられるほどの貫禄がある。外見ではなく雰囲気にだ。
自分と変わらないくらいの体型で細身であり、とてもじゃないが噂にある戦闘能力があるようには見えない。
「…こちらの内部事情に巻き込んでしまったのは、謝りたいと思っている。しかし、表立って動けない今…この部屋に閉じ込めるような形をとってしまい…」
「気にしてませんよ。」
オリオンの謝罪の言葉をフロレンスは断ち切った。
「え?」
「おたくの父上はやり手でしたよ。むしろ不利になったのはライラック王国側です。」
フロレンスは口を歪めて笑っていた。
その表情にオリオンは直感的に警戒した。
「父上とは、どんな話を…?」
「いえ。ただ、港の一部に駐在軍を置かせてほしいというものをお願いしていたのですよ。でも、突っぱねられて…譲歩で友好条約のようなもので、貿易の優先と、いくつかの船の出入りを許すことでしたね…
元々こちらはライラック王国の王族を尊重するつもりでした。」
「…最悪だ…」
オリオンは呻いた。フロレンスが笑顔だったのがよくわかった。
あからさまな敵対をされなければ、帝国は友好条約で済ませるのだ。
ただ、軍事力が大きいため優位性は明らかである。
だが、ライラック王国は特殊である。
貴重な魔力を持ち、王族のルーツが人々にとって象徴的な存在であるため存在自体が貴重なのだ。
実際オリオンは自分がかなり貴重であると分かっているし、父親にもそれは言い聞かせられている。
しかし、あからさまな敵対は、マイナスだ。
「まあ、この町も城も綺麗ですからね…穏便に済ませたいですよ。」
フロレンスは片方の眉を吊り上げてにやりと笑った。
もはや王族の尊重などの前提は無い口調のフロレンスを見て、オリオンは頭が痛くなった、
「わかりませんよ。おそらく、大臣を始めとして沢山の上層部はホクトに着きます。今はこのように話せますが、明日以降は話すのも難しいと思います。」
ただ、穏便に済ませたいというフロレンスの言葉通りになるかは別問題だ。
過激なホクトの方が穏便に済ませない可能性の方が高いのだ。
そして、オリオンがこうしてフロレンスと対面する機会がこの先あるかも問題である。
そもそも、今のこの事態が発覚したらオリオンも立場が危うい。
「簡単ですよ。あなたが王になればいいのですから。オリオン王子。」
フロレンスは簡単なことのように言った。
その言葉を発する彼はとてもじゃないが自分と同い年くらいとは見えず、老獪さが見えていた。
「それが難しいです。」
「いえ。ホクト王子を助けたければ、それしか手が無いですよ。」
「何を言っている?」
オリオンはフロレンスの言葉に、彼を睨みつけた。
ただ、ここで少し話しただけだがオリオンはこのフロレンスという男に敵う気がしなかった。
「そのままですよ。このままだと、彼はライラック王国を帝国の属国にさせた最悪の王となりますよ。ああ、私もこのままだとあなたが王位につくのは難しいと分かっていますよ。」
「ホクトだと対抗する。…だから力ずくで潰すというのか?」
「想像に任せます。まあ、それは最悪の事態です。保険はかけています。」
笑みを含ませて言うフロレンスからは、あくまでも優位な立場であるという姿勢しか見えない。
「…お前の望みは?」
オリオンは姿勢を正して、改めてフロレンスを見た。
よくよく考えてみればこの男は帝国の代表としてこの国に来ているのだ。
若者だからと生半可な考えで対応していい存在じゃない。
「別に最初から言っている通り、友好な関係です。…できれば王はあなたがいいですよ。」
フロレンスは営業的な笑みを浮かべていた。
「この城にいるお前は不利だと思わないのか?」
「こう見えても腕に覚えはあります。城に滞在できない帝国の者には警戒させていますし…私の武勇は知っていますよね。」
フロレンスは片手を挙げて笑った。
彼の武器はこの部屋には置いていないし、いわば丸腰状態だ。
それでも、彼の言う通りフロレンスは腕が立つ。
それは世界的に有名だ。
「…帝国の死神…か。」
オリオンは彼の二つ名を呟いた。
目の前の真っ赤な長髪の青年は、それを聞いて困ったように笑った。
その様子からは、とてもじゃないがその二つ名を与えられるような人物には見えない。
「その呼び名は好きじゃないですけど…まあ、いいでしょう。」
頬を描きながら苦笑し、彼は一人納得したように頷いた。
「保険をかけていて、万一の時は力でねじ伏せることもできる。なのに、どうしてお前は俺を王にさせようとする?正直言うと、ホクトが王になった後に潰した方が、支配しやすいだろう。」
オリオンはフロレンスの話を聞いていて、感じた違和感をぶつけた。
「ああ。それはあなたがを気に入ったからです。」
「は?」
オリオンはフロレンスの言うことが分からないし、気に入る要素が分からない。
確かに自分はホクトよりも過激ではない。しかし、ピカピカ光った程度で気に入るとは思えない。
それに、ホクトよりも癒しに特化した魔力を持っているという事実をこの男が掴んでいるとは思えない。
オリオンやミナミ、ホクトの持っている魔力に関しては完全に機密事項だ。それを父親が漏らすとも思えない。
しかし、確かに他よりも友好的なほうかもしれないし、彼を信じて行動もしている。
事実、彼の言葉を真に受けてミナミの元にルーイを向かわせた。
だが、それはホクトという弟の危うさを知っているからだ。フロレンスへの信頼とは別問題だ。
「だって、妹の非常事態に動揺して護身用の剣を持ち忘れましたよね。」
フロレンスの言葉にオリオンは眉を顰めた。
彼の言う通りだった。
最初に廊下に出た時に護身用の剣を持ち忘れたのは、動揺していたからだ。
そのせいでフロレンスの拘束を解くことができなかったわけではないが。
「そして、彼女のために行動していましたし、父親の死を悲しんでしました。」
「…」
「あとは、今あなたが考えているのは、妹のこともですけど、父親を殺した弟も生き延びさせようとしている。だから、あなたは私と話している。」
フロレンスは全て見通したように涼しげな眼をしていた。
「平和な時ならまだしも…有事の際の王には向いていない。」
オリオンは否定できなかった。
自分でわかっている。父もそれを分かっていた。
オリオンの決定的な欠点。
非情になれないことだ。優柔不断で切り捨てることができないのだ。
「弟妹を大事にするのは…好ましいです。」
フロレンスは優しい目を向けた。
その表情は思った以上に人間的で、彼の本質な気がした。
「弟妹のためには、何が一番いいことなのか、よく考えているしな…」
そのフロレンスの言葉にオリオンは思わず立ち上がった。
彼は片頬を吊り上げて笑った。
人懐こい半月の形をした目は三日月の形に細められ、薄い唇は頬とともに吊り上がり歪んだ笑みを浮かべている。
そして、もはや敬語を使っておらず、自分の方が優位だと示している。
その様子を見て、オリオンは彼に対して人間的とか考えたことを振り払った。
彼は、一番傀儡にしやすいオリオンを選んだのだ。
ホクトとミナミを人質に、それでなくとも彼は保険をかけていると言っていた。
力でねじ伏せるよりも平和的かもしれないが、少ない手間で目的を達成できる。
帝国とこの男は。
「明日が楽しみだ…」
フロレンスは笑っていた。
その様子を見て、オリオンは彼は本当に帝国の赤い死神なのだなと実感した。
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