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出会い~ライラック王国編~
一息つくお姫様2
しおりを挟む浴室に湯を張るまで、ミナミはシャワーを浴び続けることにした。
少しお金の面などを考えたが、今は冷えた体を冷やすことが先決だと思い、贅沢に温かいお湯を浴びている。
お城の生活ではお湯はすべて準備されているものなので、ミナミには魔導具でお湯を出す事はなじみがないはずだ。しかし、お城の厨房や兵士の詰め所のあちこちを冒険していたミナミは普通に使えるのだ。
不意にミナミはこういう時に、普段の脱走も役に立つものだなと思ってしまった。
しかし、どんな事を考えても、起こった現実は変わらず、消えるものではない。
シャワーのお湯は、ミナミの身体をじんわりと温めた。
堀にもぐったりとして、体も汚れているという理由以上に、今日のことを振り払いたくてお湯を浴びていた。
優しく穏やかな兄のホクト。
その彼が父を殺した。
大臣が唆したのはわかるが、最終的に判断したのは彼だ。
「何で…」
ミナミは父が死んだことは勿論悲しい。
それ以上に、父が兄に殺されたことが悔しくて仕方なかった。
自分が何も知らなかったことを思い知らされて…
ホクトはミナミと母親も一緒だし、仲もいいと思っていた。
たまにしか会えなくて寂しいとよく思っていた。
逆にオリオンは自分を煙たく思っていると思っていた。
彼とは母親が違うから自然と距離ができるのだが、それをうまく理解できていないミナミはホクトと同じようになれない兄に嫌われていると思っていた。
それが、今日はホクトの息がかかった者に追われ、オリオンの命を受けたルーイが助けてくれた。
「…もっと…私は」
ミナミは、今日父に言われたことを思い出した。
色んな面で物事見ていくこと、知っていくこと、視点を持つことの大事さを身をもって知ったのだ。
知っていたからと言って防げたかは分からない。
だが、ここまで打ちのめされることは無かっただろう。
ホクトに対する失望のような、切り離されたような思い。
オリオンのことを考えていなかったという反省…
自分は何もできなかった、いや、何もできないのだという思いがミナミの中でいっぱいになっていた。
逃げる時も、ルーイに手を引かれるままだった。
彼の存在が無ければ、逃げることもできなかった。
その前に、フロレンスに匿ってもらわないと…
「…フロレンス…さん」
ミナミは思わず呟いた。
赤い長い髪をなびかせた青年が、彼の手が、優しくミナミの頭を撫でた。
黒いマントを羽織った時、彼の髪の赤と、彼の顔の冷たさが異様にマッチしていて、とても様になっていた。
それに対し、ミナミに対して気安さのある口調で話したこと。
彼の優しい手と、茶色の瞳…思い出すと不思議と胸が苦しくなってきた。
ふと、自分の着ていた服が彼の服であったことを思い出した。
その瞬間顔が真っ赤になるほど熱くなった。いや、きっと赤くなっただろう。
誰も見ていないのに、ミナミは照れを隠すように身をよじった。
オリオンや父、ルーイに対して湧きあがる温かい気持ちや安らぎとは全く違った何かが、自分の中にあった。
それが何だか、ミナミはわからなかった。
ただ、もう一度会ってみたいと思った。
少ししか接していない異国の人間だ。
何がそう思わせるのか分からないが、きっとつり橋降下でドキドキしているのだと自分に言い聞かせていた。
「つり橋効果…って…それ、まるで恋しているみた…」
ミナミは自分で考えて、自分で突っ込んだ。
口にするとまた顔が熱くなった。
フロレンスのこと以外を考えようとすると、父親のことしか出てこない。
そしてフロレンスの存在は、辛い現実からの逃避にとても丁度良かった。
それも父親のことで悲しくて仕方ないのに、素直に泣くことができないのが原因だ。
きっと悔しさや無力感が勝っているからだ。
それに、わからないことが多すぎるのだ。
辛くて悲しいのに、ミナミには見えていないものが多すぎるのだ。
オリオン、ホクト、父親、フロレンス、父親、フロレンス…
ミナミの頭の中は色んな人のことでいっぱいになっていた。
「…あれ?」
ミナミは先ほど感じた既視感が分かった。
顔に傷のある青年のあの目に、ミナミは覚えがあった。
彼の目…
「フロレンスさんも…私を見た時…」
ミナミは客間の扉を開けた時の彼の顔を思い出していた。
彼の目は、先ほどの青年と同じようなものだった。
ミナミを見て…
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